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【旧版】千神の世  作者: チカガミ
七章 それぞれの道
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【7-2】知らない世界

 フェンリル達が夜明けの領域へと出発し、数日が経った頃。キサラギもまた朝霧(あさぎり)へ帰るために、挨拶がてら桜宮に来ていた。


「フェンリルもいなくなったし、なんだか寂しくなるね」

「とはいえ、一時の間だけだがな。こっちの件がまだ終わってねえし」


 溜息交じりにキサラギは白い団子片手に言う。

 ヴェルダを倒せばそれで終わりだと思っていたキサラギだったが、スターチスにまんまと乗せられた事で、いずれはまた上層に来る事になっていた。

 それを伝えれば、ライオネルは苦笑して「そっか」と返す。


「でも、また会えるなら俺は嬉しいな」

「そうなのか?」

「うん。まだ話したい事あるし」


 右膝を抱え、頬杖をつきながらライオネルが柔らかく笑むと、キサラギは団子を一つ口に含んだ後、中庭を見る。

 屋敷の外からは釘を打つ音や、それに混じって人々の快活な声が聞こえてきた。平和だなと思わずそう口にしてしまいそうな、そんな穏やかな空気が流れていた。

 

「俺も、こうしてお前と話せるなら、また会いたい」

「!」


 青みの増した快晴の空を見上げれば、十月桜が風に乗って花弁を散らし、二人の元にやってくる。

 桜といえば春の印象があるが、流石桜宮(おうみや)と言うべきか、様々な品種が植えられており、年中どこかで花を咲かせているらしい。

 その花弁が、二人の間にあるそれぞれの湯呑みに浮かぶと、キサラギはライオネルを見る。


「お前も、何かあったら朝霧に来ていいからな」


「ハレも会いたがっているだろうし」と、キサラギが言うと、ライオネルは目を丸くする。

 ハラハラと桜の花弁がより庭に舞い降りる中、ライオネルは頷き小さな声で「分かった」と言った。


「じゃあその時のために、帰ったらハレくんの好きなもの聞いといて。お土産に持っていくからさ」

「ああ」


 笑って返事すると、キサラギは串についた最後の団子を口にする。

 ライオネルも団子を手に取り、口に運ぼうとした時、屋敷の門の方から賑やかな声が聞こえてきた。


「レンとマコトちゃんも、帰ってきたみたいだね」

「だな」


 マコトもマコトで、一緒に旅をしていたレンと話したい事があったようで、二人で城下町に遊びに行っていた。

 行く前に、レンが行き慣れた茶屋の営業が、再開しただとか言っていた事を二人は思い出すと、門の方を見る。


「さてマコトも帰ってきた様だし、そろそろ帰るかな」

「え、もう行くの」

「ああ。もうじきキュウが迎えにくるだろうしな」


 それを聞いて「あの川の神様が⁉︎」とライオネルが驚く。キサラギも、まさかキュウが迎えにくるとは思いもしなかったが、スターチスが言うのだから本当なのだろう。


「封印から解かれたばかりなのに、そんなすぐに動けるものなのか?」

「さあ……どうだろう。少なくとも俺は数日は眠ってたみたいだけどね」


 兄のグレイシャによって封じられ、再び目を覚ました時を思い出しながらライオネルは話す。

 ここ数週間の内に、記憶の整理もある程度出来たようで、見た目からは普段の彼と変わらないように見えた。


「かれこれ結構日は過ぎてるだろうし、多分回復はしてると思うよ」

「そうだといいんだけどな」


 キュウの本体は未だ、あの龍封じの山脈の下にある。

 電波塔を壊しヴェルダの件が一旦落ち着いた後、他にも何か怪しいものがないか、スターチスと共に調べたりもしたが、結局あの電波塔以外に何もなかった。

 キサラギは背筋を伸ばして深呼吸した後、団子を手にしようと手を伸ばすと、背後から手が伸びてくる。ビクリとして振り向けば、団子を手にするキュウがそこに立っていた。


「い、いつの間に⁉︎」


 ライオネルも驚きの声を上げる。

 気配など全く感じず、突然現れたキュウにキサラギは茫然としていると、「こっちの団子も美味しいですね」とキュウは笑顔になりながら団子を次々と口にした。


「先程、栗饅頭もいただきましたが、こちらの橙月の栗も中々美味でした。まるで昔の山……おっと、そうだった。話は変わりますが、朝霧を助けてくださった礼としてこちらを是非」

「え、あ、ありがとうございます……」


 その場に膝をつき、紫の風呂敷に包まれた大きな瓶をライオネルに差し出すと、ライオネルは戸惑いながらも礼を言って受け取る。


「米で作った焼酎です。他にもクッキーやら何やら色々考えたのですが……焼酎が有名なもので」

「(そういえば焼酎有名だったな……)」


 刀鍛冶が多い事も知っていたが、それと同じくらいに朝霧には蔵元も多くあった。

 はるか昔から作られているようだが、マシロ曰く最近では名物として他国や他領域に輸出しているらしい。


「そのままでも良し、氷に注いだりお湯で割っても良しです。ちなみに僕のおすすめはソーダ割りですよ」

「ソーダって、あの炭酸飲料の?」

「そう。それです。あ、でも上層にはありますかね?」

「いや、無かったな」

「無いね」


 キサラギは子どもの頃に、輸入された瓶入りのソーダ水を口にした事はあるが、上層ではそういった物を見かけた事はなかった。

だが、ライオネルが知っているという事は、上層にはかつてはあったのだろうか。

 そうキサラギは思いながらライオネルを見る。すると、ライオネルが困った笑みを浮かべながら話してくれた。


「無いといっても、この島の話だけどね。隣の夜明けの領域には普通に売られていたよ?」

「そうなのか?」

「うん。そうだった」


「懐かしいな」と目を細めながら、ライオネルは焼酎の瓶を撫でる。


「夏にキンキンに冷えたソーダを買って、飲みながら学校から帰ったなー。駄菓子屋にある自販機で売られているんだけど、そこの店のアイスにするかソーダにするかって毎度迷ってね」

「ジハンキ? なんだそれ」

「え、知らない? 自販機? お金入れてボタン押したら、飲み物が出てくるんだよ」

「いや……知らない」


 想像もつかないキサラギは、キュウに「知っているか」と訊ねると、こくりと頷かれた。


「今の朝霧にはまだありませんが、大昔に沢山設置されていたので見た事ありますよ。ただ、今の自販機はどんな感じでしょうか」

「さあね。俺も最後に見たのは四百年前だし」

「……とりあえずそれって大きいのか?」

「んー、物にもよるかなぁ。でも俺よりも高かったような覚えはあるよ」


 ライオネルが両手を使って長方形を描きながら、説明する。その隣でキュウも同じく長方形を手で描いていると、マコトとレンがやってくる。


「何しているんだ? って、キュウ様⁉︎」

「お久しぶりです。小刀祢(ことね)の姫」

「マコト、自販機って知ってるか?」

「自販機?」


 マコトは首を傾げて考えた後、「あ」と声を漏らしライオネルやキュウのように四角を作る。一方で横にいたレンはちんぷんかんぷんといった所だった。


「ジハンキ? 何それ」

「ま、レンは知らなくて当然だけど……マコトちゃんは見たことあるんだ?」

「はい、弟からの写真でちょっとだけ」


 実物は見たことはないらしいが、そういうものがあると、ウィーク領域にいる弟から写真が送られてマコトは知ったらしい。

 

「飲み物以外にも、おでんやパンも売ってるんですよね。確か」

「場所によってはね。俺はうどんやハンバーガーが売られている自販機見た事あるよ」

「えっ。食べ物も出てくるの⁉︎」


 目を輝かせて話に混じるレンに、ライオネルは頷く。だがキサラギはますます分からなくなったようで、黙り込んでいた。

 それに気づいたキュウは、気遣うように「キサラギも実物見たら分かりますよ」と言いながら、団子の串を皿に置いた。


「もうすぐ朝霧にも蒸気機関車が走るようになりますし、自販機だけに止まらず、これからどんどん外の技術や文化が入ってきますよ」

「じょうき、きかんしゃ……?」

「あ、これも知りませんでしたか」


 次から次へと出てくる知らない単語によって、頭がいっぱいになって固まるキサラギを他所に、マコトが驚き食いついてくる。

 随分と前からそういった話が外から持ち込まれたらしいがキサラギもマコトも初耳で、しかも既に決まった話だという。

 

「最初は樹月(きづき)や小刀祢との関係悪化もありまして、あまり話は進んでいなかったんですが。小刀祢家との仲も改善しましたしね」

「へえ。良かったじゃん」


 キュウの話を聞いて、ライオネルが笑いながらキサラギとマコトに言う。

 とはいえ、これから先はキサラギの行動次第で朝霧の状況も変わっていく。

 今までの記憶を取り戻したとはいえ、国の(まつりごと)から長年離れていて、なおかつまだ一度も上に立った事のない自分に、果たしてどこまで出来るのか。

 

「こりゃ、中々の大仕事を任されそうだな……」


 嬉しくありつつも、困った表情をキサラギは浮かべると、マコトも小さく笑って「そうだな」と言った。


「私も小刀祢家の者として、朝霧を支えていきたいと思っている。だからこの先、何か手伝える事があれば言ってくれ」

「ああ。ありがとな」


「助かる」そう微笑混じりにキサラギは伝える。キュウはその様子に、微笑ましそうに膝に手を置いたまま眺めた。

 するとレンが思い出したかのように声を上げるとキサラギに訊ねる。


「実はさ、さっきマコトと道場で一試合したいなって話してたんだけど、時間ある?」

「今からか? 俺は大丈夫だが……キュウは大丈夫か?」

「ええ。時間の事ならお気になさらず。僕ももう少しこちらを満喫したいですし」

「そうか。なら、いいか」

「やった!」


 小さくガッツポーズをしながらレンが喜ぶと、マコトの腕を掴む。マコトはキサラギに「それじゃ行ってくる」と言って、レンに連れられていった。

 だがその途中で、レンは振り向きキサラギを見る。


「キサラギもどう? 兄様達も稽古で今いるし」

「試合……か。ま、たまにならいいか」


 傷もだいぶ治り、最近は軽くしか短刀を振るっていない。身体慣らしとしても良いかと思ったキサラギは、二つ返事で二人の元へ向かった。

 

「ライオネルとキュウは?」

「俺達も後で向かうよ」

「ええ。なので先に行っててください」

「そうか? ならまた後でな」


 手を振るライオネルとキュウに、キサラギは少し気になりつつも、やる気満々なレンや苦笑気味のマコトの後と共にその場を離れた。

 賑やかな声が徐々に遠ざかり、木々の揺れる音だけが辺りを包み始める。


「さて」


 ライオネルが表情を変えて言う。キュウもまた、先程とは違い無表情になると、エメラルドグリーンの瞳を鋭くさせた。

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