【6-11】得たもの、失ったもの
「アユ‼︎」
「アユ様‼︎」
ライオネルとウォレスが声を掛ける。
アユは心配かけぬように笑うが、立つ力も残っていなかった。
「すみません……力が入らなくて……」
「無理するなアユ。その傷だ。ゆっくり休んでいろ」
「はい……」
ヤマメにも言われ、アユは素直に頷く。するとアユの背後にいたレンが前に回り、傷に手をかざす。
「レン⁉︎」
「じっとして兄様。傷、治させて」
「でも、あまり力を使えば……!」
「この位なら大丈夫だよ」
何も出来なかったから、せめて傷だけでも。
そうレンは思いながら、アユの傷を癒す。傷は塞がり、少しばかり血の気が良くなったアユを見て、レンはホッとすると、アキに支えられているレオンを見て向かう。
レオンはこちらに向かってくるレンに、きょとんとすると、「傷治させて」と言われ驚く。
「……へえ。治してどうするの? 俺、ヴェルダだよ? アンタらの敵なのに」
「それでも、助けてくれたじゃない」
「それは……グレイシャに言われただけで」
お礼を言われるほどじゃない。
そうレオンは言いたかったが、支えているアキからも感謝の言葉を贈られると、レオンは照れるように顔を逸らす。
「お前のおかげで隙ができた。助かったよ」
「……まあ、うん。俺も、助かったし」
小さな声で「ありがとう」とレオンが呟くと、アキとレンは顔を見合わせて笑った。
そんな微笑ましい光景の一方で、ヤマメは周囲に倒れている兵士達を見て顔を歪ませる。戦いは終わったとはいえ、犠牲者は決して少なくはない。
「一国の主として、失格だな俺は」
戦争に犠牲が出ない事は極めて稀だ。だからこそ戦争は避けなければならない。
ライオネルの暴走によって出来た世界が崩れていき、元の世界に戻る空をキサラギとマコトは見上げていると、ヤマメに呼ばれ、二人は振り向く。
「ありがとう。二人のおかげで助かった」
「いや……こちらこそだ。お前ら桜宮には世話になった」
キサラギがヤマメに返すと、マコトも頭を下げてお礼をいう。
そうしている内に崩壊が完全に終わり、戻ってきた事を確認すると、キサラギはヤマメに問いかける。
「この後、復興するのか」
「ああ。だが、その前に兵士達を弔わなきゃな」
「そう、だな」
「……お二人さんはこれからどうするんだ」
ヤマメに訊かれ、キサラギは捕われているフィン達を見る。
キサラギ達が上層に戻ってきたのは、ヴェルダの件があったからである。だがそれが終わったという事は、上層にはもう……。
「俺を待っている奴らが下層にいる。とはいえ、まだヴェルダの件はこれで全て終わった訳じゃない」
とはいえ、キサラギの目的はこれで果たした事にはなる。結局最後まで仇討ちは出来なかったが、ヴェルダの大部分の脅威はなくなった。それだけでも、十分だとキサラギは思っていた。
いつの間にかこちらを見ていたスターチスやライオネル達の視線を感じ、ぎこちなくキサラギは言った。
「ヴェルダの事はまだ気になるが、色々落ち着いたらひとまず俺たちは下層に帰るよ。やる事があるしな」
「……そうか」
納得したようにヤマメは頷く。
マコトにも「それでいいか?」とキサラギが訊ねると、「勿論!」とマコトは笑みを浮かべていった。
「マシロ様にも挨拶したかったし」
「そうだな」
長々と会いに行けなかったマシロを思い出す。けどこれで別れだと思うと、少しばかり寂しく感じた。
そして、ここにはいないが、フェンリルやフィル、カイル達にも今後どうするかを話さないと。
そう一人でキサラギは考えていると、今まで黙っていたフィンが口を開く。
「……楽観しているのも今のうちだぞ。貴様ら」
傍にいたスターチスが、怪訝そうに「どういう事」と言った。
フィンは下を向いたまま、呟き始めた。
「この際だ。折角だから教えてやる。……特にそこのお前」
「!」
キサラギを見てフィンは言った。それに対して、キサラギは「何だ」と警戒して言うと、フィンは口角を上げて話し始める。
「村の襲撃に関しては、確かに俺たちヴェルダの仕業だ。それは認めてやる。だが、何故村を襲ったのか。それを考えた事はなかったか?」
「それは……かつてあった魔鏡領域の戦争の怨みじゃないのか?」
「戦争の怨み? まあ、そこの魔術師には当てはまるがな」
「確かに、あの戦争で鬼村の人々にやられたのはオアシスだ。けれど……」
ライオネルがふと違和感を感じる。
オアシス亡き後、ライオネルやグレンを含めヴェルダにはオアシスの騎士や兵士達も多く入っていた。
だが、ヴェルダの作戦を組む際にはオアシスの人々が関わっていない。
「ヴェルダは唯一戦争で被害を受けなかった国だ。そもそも、戦争に加担していないというのもあるがな」
「……つまりまた別の理由があると」
「ああ。だが、そうだな。貴様達にとっては呆気ないものだ」
「呆気ないもの?」
「あの塔を見たか? 龍封じの山脈にある鉄塔だ。あれは、上から命令されて作らせたものだ。その塔も、そして村の襲撃も……全ては命令されてやったものだ」
「なっ……⁉︎」
キサラギは目を見開く。ヴェルダの更に上がいる。それを聞いて、ライオネル達も驚く。だが、スターチスは知っていたのか、「やっぱりか」と呟く。
「これではっきりしたね」
「……あ、もしかして、塔の前で話していた領域案件の」
「そう。マコト、それ」
「領域案件……まさか、魔鏡守神か」
キサラギがその名を出すと、スターチスは頷く。だが、それだと今まで散々喚いていたフィンの動機らしき思いとは辻褄が合わない。
フィンの動機は、かつて神や人によって妹を亡くされた怨みからだと言っていた。しかし、命令しているのが魔鏡守神となると、話は変わってくる。
「お前……神を恨んでるって言ってたよね。なんで、魔鏡守神からの命令に従ったの」
「それは……」
フィンがいいかけた時、レオンが言った。
「結局はその程度だったんでしょ。いくら勇者様でも領域神には逆らえなかった。怖かったんだよ」
「……」
「……ま、お前も人だったって訳か」
本人の言う通り呆気ない理由である。
気まずくなりまたもや黙り込んだフィンに、呆れを通り越して何も返せなくなったスターチスは、キサラギを見て訊ねた。
「どうする?」
「ど、どうするって……何がだ」
「いやこの感じだと、まだ鬼村に関わる事ありそうだなって」
「あー……」
キサラギは声を詰まらせる。薄々とヴェルダを倒した所で終わりはしないとは思っていたが、ここまで明らかにされるとそのまま帰るわけにはいかなかった。
ただ……。
「相手はあの魔鏡守神だ。勝てる見込みはあるのか?」
「……あれ、数ヶ月前の事覚えていらっしゃらない?」
「?」
「お前一度俺に刃向かったじゃん」
「え。……あ、そんな事もあったな」
最初にマコトが上層に迷い込んだ時の話である。マコトを下層に帰らせた後、ライオネルに関して揉めて戦った事があった。
その事を思い出し、キサラギはしみじみと「あの頃はまだ荒れてたから」と言うと、「まだ数ヶ月しか経ってないよ!」とツッコむ。
「とにかく。俺に刃向かえるぐらいなんだから大丈夫でしょ」
「いや、だが……」
「……」
「ライオネル?」
いつの間にか近くに来ていたライオネルが、キサラギの肩を掴み真剣な眼差しでスターチスを見る。
スターチスはそんなライオネルの表情に瞬きすると、「ああそうだったね」と思い返すように言った。
「桜宮も守る。けど、俺も魔鏡守神に用があるから」
「……うん」
「(それって)」
先程ライオネルと二人きりになった時を思い出す。
ライオネルと兄・グレイシャの因縁。それが、どうやら魔鏡守神と深く関わっているらしいと、泣き噦るライオネルの言葉を聞いて分かった。
だからこそ不安があった。七千年が経ってもなお、解決できなかった兄弟の敵であるその神を、果たして自分が倒す事が出来るのだろうか。と。
無意識に聖切を鞘の上から撫でながら、ライオネルとスターチスの会話を聞いていた。
※※※
その後、フィンやヴェルダ兵は駆けつけたジークヴァルトやエメラル兵らの協力もあり、月宮海の向こうにあるウィーク領域へと連れて行かれた。
ヴェルダにはまだ沢山の兵士がいたが、あの日から数日後に行われた、数多の神々が話し合う星下会議にて決議され解散を命じられると、各国での聴取後それぞれの国で暮らす事になったらしい。
そんな多忙な日々の中、壊滅的被害を受けた桜宮にもヴェルダにいた兵士達の姿があった。
「ほらそっち! 気をつけて‼︎」
「は、はい!」
「これはどこに‼︎」
「その木材はこっちだな」
桜宮の大工や町人、兵士達に混じって、作業する兵士達に、アユはニコニコとして眺めていた。
「最初はどうなるかと思いましたが……打ち解けられて良かったですね」
「そうですね」
隣にいたウォレスも頷く。
ヴェルダの兵士全員が全員悪いわけではないのだが、やはり今回の戦いもあってか、兵士を受け入れる事に反対の意見は多かった。
だが、兵士達を弔う際に手を貸してくれた事もあり、謝罪もあった事から少しずつ町の人々も受け入れてくれるようになったという。
「それはそうと、父様達は?」
「ヤマメ様はそちらに」
ウォレスに言われた方を見れば、そこには大工達に混じって作業するヤマメの姿があった。
若い頃によく屋敷を抜け出しては、町の友人達と作って遊んでいたと言っていただけあって、手慣れた様子で木材を鋸で切っていた。
「私もお手伝いしたかったんですけどね……」
「アユ様はまだお身体が治りきっていませんからね」
「ええ。不甲斐ないです」
申し訳なさそうにアユは呟く。と、レンの楽しげな声が聞こえて、二人はそちらを向いた。
「おにぎりいっぱい握ってきたよー! 休憩にどうぞー!」
「おおー! レン様! って……こりゃまた随分と大きな」
お盆に並べられたおにぎり。だが、その中には明らかに大きなおにぎりがあった。
驚く人々に、レンの横にいたライオネルも苦笑いする。
「あの大きいおにぎりはきっとレンが作ったものですね……」
「ですね。相変わらず大きいですね」
握り拳大のおにぎりは、よくレンが作っていたものである。元々食欲旺盛というのもあるのだが、その分具材も沢山入っているため、力仕事で空腹の男達にはちょうどいいかもしれない。
一緒に握った女中達と共におにぎりやお茶を配るレンとライオネルに、アユも「手伝いますか」と言って袖ををまくる。
「俺もお供します」
「ええ。お願いします」
ウォレスもアユの後を追いかけ、レン達の元へと向かった。