【6-10】復讐の終わり
橙色に染まった空の下で、キサラギは立ち止まる。
空間に漂う魔力の影響か、元の時間の感覚が分からなくなっていたが、聖切が反応した事でライオネルと共に聖切を見る。
「どうしたの?」
「いや、何か呼んでる気がして」
「呼んでる?」
約数十分前まで泣いていたライオネルは、目を赤く腫らしながら弱々しい声で訊ねる。
そんなライオネルにキサラギは頷くが、ふと自分の手元を見て溜息を吐いた。
「(かなり弱ってるな)」
しっかりと握られた手。見た目は成人の男性なだけに、色々と思う所はあるが、まだ心の整理が上手くできていないのだろう。小さな子どものようにずっと握っていた手を、キサラギは振り払う事はなくそのままにしておいた。
とはいえ、万が一この状態で戦闘が発生したら、果たしてライオネルを守って戦えるだろうか。できれば、ライオネルも戦えたら良いのだが。
「(無理だろうな)」
光のない赤と紫の瞳を見て、キサラギはそう思った。
再び聖切が反応すると、鞘から抜いて刃を見る。と、聖切から波のように、脳内に言葉が伝わってくる。
「マコト……?」
その現象が一体何なのかは知らないが、今までに似た経験はあった為、そこまで驚きはしなかった。
聖切を介して伝わってきた言葉は、やはりキサラギを呼ぶものであり、何かがあったのだろうと理解すると、キサラギはライオネルに訊く。
「お前、戦えるか」
「えっ」
「マコトの方で何かがあったようだ。桜宮や橙月の奴らもいるから大丈夫だとは思うんだが……」
「……」
ライオネルは黙り込み考える。そして、こくりと頷くとキサラギは「分かった」と返事した後、意識を聖切に集中させてマコトの姿を思い浮かべる。
キサラギに応えるように聖切から光が発し始め、大きく強まっていくと、辺りの空間が崩れ始める。どうやら光によって魔力が消されているらしい。
空だけでなく地面も消えていき、浮遊感を感じるとキサラギは咄嗟にライオネルの腕を掴み直す。
「何だかよく分からないが、しっかり掴まってろ!」
「っ……わ、分かった!」
真っ白になった空間を二人は落ちていく。
どこに行くのかはさっぱり分からないが、下からの風圧に耐え続けた。
そして、長いようで短い時間落ち続けた後、目の前を桜吹雪が舞い始める。
キサラギは危うく手を離しそうになるが、ライオネルがしっかりと握りしめた事で、二人は手を繋いだまま、ゆっくりと地面に降り立つ。
一息ついて、周囲を見れば桜並木があった。
「戻ってきた……のか?」
キサラギが呟くと、「ライさん!」とアユの声がして振り向く。ライオネルはびくりと肩を震わせた。
「アユ?」
恐る恐るアユ達を見ると、アユの姿にライオネルは言葉を失う。ウォレスに支えられていたアユは、意識はあったが胸元と左腕の出血があまりにも酷かった。
キサラギも驚くと、慌ててマコトの姿を探す。
「キサラギ!」
「! ……っ、無事か」
「ああ。だが……」
マコトの視線の先にはフィンがいた。キサラギにとっては初対面ではあるが、雰囲気や後ろのヴェルダの兵士達でヴェルダ王だとすぐに分かると、鋭い目を向ける。
フィンはフィンで、キサラギを目にすると「ほう」と気に入らなそうに見つめて言った。
「その腰の赤い布……どこかで見覚えがあると思いきや、あの村の生き残りか」
「そういうお前こそ、どうやらヴェルダ王で間違いないみたいだな」
仲間を見ればアユだけでなく、レオンも傷を負ってアキに肩を借りていた。レオンと目が合うと、キサラギは目を逸らし、フィンに向き合う。
するとフィンが剣を振り上げた事で、全員が警戒する。剣に帯びた光が波動の刃となってキサラギ達に襲い掛かるが、避ける事なく聖切によって切り裂かれると、フィンは連続して刃を飛ばす。
その刃の一部がアユやヤマメ達に向かっていくのにライオネルは気付くと、キサラギの手を離し魔術で刃を防ぐ。
「っ……ギリギリ」
「ら、ライさん」
「ライ兄様……」
「大丈夫?」
ライオネルに言われ、アユとレンが頷く。それを見て、微かに笑みを浮かべるが、再び刃が来ると魔術で作った壁で受け止めた。
アキやレオンもスターチスによって守られ、フィンはどんどん攻撃を強めていく。
「チッ……厄介なものを……!」
役目を持った事で、力を打ち消せるようになったマコトの薙刀に、キサラギの聖切。
フィンの放つ波動の刃は確かに、鎧や氷の籠手で強化した腕すらも切り裂ける程の威力を持つが、結局は波動という魔術でしかない。その為、マコトの薙刀やキサラギの聖切にはどうしても抗えなかった。
そんながむしゃらに攻撃するフィンを他所に、キサラギは地面を蹴ってフィンに近づく。
フィンは兵士達に守るように命令するが、キサラギは既に目前に迫っていた。
「遅えよ」
「っ……!」
胸ぐらを掴み地面に押し倒しながら滑った後、フィンの上に乗り聖切を首元に押し付ける。
やられた。とフィンは思っていたが、一向に来ない痛みに、閉じていた目を開く。
「……っ、何のつもりだ」
「命を奪うだけじゃ物足りない。そんなもので許すほど、俺は甘くない」
怒りに支配されそうになりつつも、キサラギは冷静を装いフィンを見下ろす。
ヴェルダの兵士達はフィンを助けようと武器を持ち上げるが、ライオネルやスターチスによって動きを封じられ、その場に立ち尽くした。
フィンは睨みながら「退け」と言うが、キサラギは退かず地面に押さえつけると、フィンか手に持っていた剣目掛けて聖切を振るった。
剣は聖切に当たると真っ二つに切れ、刃先がキサラギ達から少し離れた地面に刺さる。
「なっ……! 聖なる神剣が……!」
フィンが目を見開き声を上げる。
神聖な光が剣から消え、フィンからも力が抜けていくと、キサラギは息を吐いてようやっと退いた。
神剣を切った事で、聖切も若干刃こぼれしてしまったが、静かに光を帯びる刀身を鞘に納め、キサラギはフィンを見ると低い声で言った。
「お前から武器を奪った。これで恐らく俺の役目は終わりだ。後は後ろの神に任せる」
「……何故だ」
「?」
「何故、俺を殺めない。貴様は、俺を恨んでいるんじゃないのか‼︎」
訳が分からない。そうフィンは叫ぶ。
だがキサラギは表情を変えずに返した。
「恨んでいる。でもお前を殺した所で頭領達は帰っては来ない」
「っ」
フィンはそれ以上何も言わなかった。だが、歯を食いしばり、下を向くと顔を両手で覆った。
キサラギはフィンに背中を向け、マコトの元へ歩いていく。その途中、スターチスに「後は頼んだ」と言ってすれ違えば、スターチスは返事せずにフィンの方へと向かった。
「フィン・ヴェルダ並びにヴェルダの諸君。お前達の処遇は星下会議で決める。それまではウィーク領域にて拘束させてもらうよ」
「……」
「……あの剣を失って、少しは楽になったんじゃない?」
「ハッ……神のお前には言われたくないな」
勇者という肩書きも、あのシステムも、全ては神が決めたことである。それに人々が便乗し、幸か不幸かフィンは絶対的な正義として生きる事を定められた。
人々を救う勇者と、人々を陥れる魔王との戦い。世間が信じ続けたそのシステムは、きっととっくの前に破綻していたのだろう。
自分の役目を疑わず敵の拠点に向かうと、そこにいたのは、子どもの頃から聞かされてきた悪い魔王ではなくて、大事にしていた妹だったのだから。
「俺は傷つけたくはなかった。戦いたくなかった……! けれども、そう仕向けたのは貴様達神と人々だ! 何故、人々の為に妹を殺さなければならなかった⁉︎ 何故、俺たちがこんな目に遭わなければならなかった‼︎」
理不尽で、残酷で、あまりにも屈辱だった。
何度あの剣をへし折りたいと思った事だろうか。けれどもフィンは手放さなかった。神剣によって、世間から勇者という呪いをかけられていたからだ。
そんな溢れる今までの恨み辛みを、スターチスは何も動じずに聞く。それで益々フィンが感情的になり、立ち上がるとスターチスの胸ぐらを掴んだ。
「全部、全部、全部……貴様らのせいだ。これは俺からの復讐だ! 報いだ……! 全ては貴様らが招いた罰なんだ!」
泣きながら嘲笑うフィンに、スターチスは溜息をついて「だから?」と冷酷に返した。
「お前の過去を聞いた所で、俺は同情はしないよ」
「っ⁉︎」
掴むフィンの手を払うと、スターチスは続ける。
「お前と同じく、お前のせいで人生狂わされた奴が沢山いる。それを復讐や報いで片付けられると困るんだけど」
「っ……う」
憎しみの目を向けるが、スターチスは無視した。
ヴェルダの兵士達は戦意を失っており、術を解くと武器を下ろし、その場に座り込む。
「おい、お前達何をしている。すぐにこの神を……」
「無駄だよ。言ったでしょ、星下会議にかけられるって。ヴェルダの解体は目に見えている以上、今更足掻いたってどうにも出来ないよ」
「ぐっ……!」
神剣を失ったフィンにはもはや出来る事が殆ど無かった。
がくりと肩を落とすフィンに、ヤマメは肩の力を抜いて息を吐く。
「ようやっと終わったな。戦いが」
長く続いたヴェルダとの戦い。
ヤマメの言葉を聞いたアユもまた、糸が切れたように膝をつくと、ライオネルが急いで傍に駆け寄った。