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【旧版】千神の世  作者: チカガミ
六章 暗闇と花々
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【6-9】闇と暴君

 噴き出す魔力に関してはレオンに言われた通り、スターチスが考えて対処する事になった。

 すると、今まで話を聞いていたアキとケイカは、桜並木の異変に気がついた。桜の色が赤くなり、まるで紅葉のようになっていく。


「アキ」

「……ああ」


 刀の柄を握り、アキは桜の木を睨む。

 アユとレンを守るように、ウォレスも抜刀し辺りを気にしていると、辺りに血の匂いが漂う。そして、桜の根元に次々と兵士の遺体が現れた。


「っ……⁉︎ な、何、これ……」

「……この旗、桜宮(おうみや)橙月(とうつき)ですね」


 ウォレスが遺体に歩み寄り確認する。ガタガタと震え青ざめるレンを抱き寄せながらも、アユは強ばった表情で立ち尽くしていた。

 マコトもまた血の気が引く感覚がしたが、スターチスがある方向を見て気をより張り詰めたのを感じ、薙刀を構える。


「桜宮と橙月だけじゃないって、分かってはいたけれど……やっぱりお前もここにいたのか」

「……」


 全身を覆う重い甲冑の兵士達。その前に立つヴェルダ王のフィンに、スターチスは険しい顔をする。

 レオンはフィンなど気にする事なく、木に寄りかかったままでいた。

 

「死にかけの野鼠共だけかと思ったが……ここにいたとはな」

「お前……」


 フィンの言葉に、ヤマメは怒気を滲ませて言った。

 マコトは改めて倒れた兵士達を見た。その中にもしかしたら、この空間に入った際にいた兵士がいるかもしれないと思ったからだ。

 一見するとその兵士かどうかは知らないが、どの遺体も胸などを一突きされていた。


「(ひどい。魔力酔いで倒れている所を狙われたんだ)」


 薙刀を持つ手に力を込めつつ、フィンに視線を戻す。

 アキは柄を握ったまま、フィンに問う。


「兄貴……橙月当主をどこへ連れて行った」

「さあな。俺が知るものか」


 フィンの言葉に、アキは間を置いて「そうか」と返すと、刀を抜く。

 突然の抜刀にケイカが慌てて駆け寄るが、フィンはそんなアキを見て不敵な笑みを浮かべた。


「ほう、やるか」

「アキ……!」

「ケイカ、後方からの支援を頼む。あの感じだと、恐らく兄貴達はヴェルダの奴らに捕まっていない」

「だが、お前に敵う相手じゃない!」

「敵わなくても、俺はやる」


 桜宮と同じく、命を落とした橙月の兵士の為にも。

 それを聞いたヤマメも、「ああ、そうだな」と槍をフィンに向ける。


「アユ、レン、ウォレスくん‼︎」

「ええ、やりましょう」

「こんな形で命を奪われた兵士達の為にも……!」


 ヤマメの声に対し、アユとウォレスもそれぞれ刀を手にする。だが一方でレンは戸惑っていた。

 

「(ヴェルダ王に……勝てるのかな)」


 フィンから漂う尋常ではない力の気配に、レンは怖気付く。それにアユが気付き「レン」と名前を呼ぶが、レンは小さく「ごめんなさい」と謝ると、下を向いた。

 一人刀を抜けないでいるレンに、フィンはフッと鼻で笑った後「それが正しい」と言った。


「そのまま黙って立っていろ。苦しませずに逝かせてやる」

「‼︎ レン、逃げなさい!」

「兄様‼︎」


 フィンの剣が光を帯びる。アユはレンを力強く押して逃し、太刀を構える。

 アユを守る為にウォレスが前に立つが、それを狙っていたかのように剣に力を溜めた後、青い波動の刃を飛ばした。

 

「何人が立ち塞がろうと意味はない。そのまままとめて生き絶えるがいい」

「っ!」


 太い桜の幹を軽々と切断し、アユ達に迫る。ヤマメが盾がわりにと、花の力で地面から大木を生やすが、その大木すらも一瞬で切り落とされてしまう。

 アユは前にいたウォレスの腕を引いた後、同じく花の力によって太く硬い蔓を出現させ、網目のように張り巡らせた。


「そんなか弱い草木ごときで防げるものではない」

「くっ……!」

「桜宮の王子‼︎」


 スターチスが防壁を張った事で少しは押し留めた。だが、それでも完全には防げず、ブチブチと嫌な音を立てて、蔓の網に穴を開ける。

 威力は弱まったとはいえ、切れ味は鋭く、アユの肌を容赦なく切りつける。

 胸から左腕にかけて大きな傷が走り、アユは膝をつくと、その前に立つレオンに酷く動揺する。


「な、何故……」

「……うるさい。さっさと退きなよ」


 右肩から胸元まで切り裂かれ血を流しながらも、レオンは平然とした様子でナイフを持ち直す。

 アユ達を守ったレオンに、フィンは眉をひそめる。


R(アール)何の真似だ」 

「さあ。何だろうね」


 レオン自身も何故そうしたのか分からない。けれども、むしゃくしゃな感情のまま、レオンはそれをぶつけるように、フィン目掛けて駆け出す。

 スターチスが止める暇もなく、素早い身のこなしで一気に距離を詰めると、フィンに向けてナイフを突きつけた。


「……生みの親に逆らうのか」

「っ、ぐ⁉︎」


 ナイフはフィンの頬を掠る。だが、胸元を掴まれると地面に叩きつけられる。

 背中を強打し、レオンは呻く。更に腹部に脚を乗せられ、力強く踏み付けられた。


「裏切る事が、どれだけ大罪かあれだけ教えたというのに……! 貴様はそれだけ死にたいのか!」

「ぅ……っ、は、そんなに、裏切りが嫌なんだ」


 血反吐混じりにレオンは嘲笑って言う。挑発されて、フィンの行動に粗が出始めると、それを狙ってアキが後方から刀を振るう。

 フィンがハッとするも、刀はマントごと背中を裂く。痛みに顔を歪ませ、フィンは振り向き様に剣を薙いだ。

 刀と剣がぶつかる。辺りに響くような激しい音を立てると、アキの刀が刃こぼれする。


「っ、アキ‼︎」


 アキの後ろから援護するように、ケイカが狐火を放つ。通常の炎よりも黄金色をしているその炎は、アキやレオンを避け、フィンを包み込む。

 その間に、アキはレオンの首根っこを掴み退くが、炎に包まれていたはずのフィンから、波動の刃が飛んでくる。

 アキはすぐにその場にしゃがみ込み避けると、ケイカの名前を呼ぶ。


「くそっ、次から次へと……!」


 ケイカはぼやきながらも波動の刃に当たった途端、ボンと弾けるように煙になって姿を消す。

 刃が木々を倒した後、炎が消えフィンが現れる。背中の傷もいつの間にか癒えており、残火(のこりび)を剣で払う。

 一方で、後ろにいるヴェルダの兵士達が、現れてから一度も動いていない事に、ヤマメは違和感があった。


「(命令でもされてるのか? )」


 アユを気にしつつも、ヤマメはフィンの様子を窺う。マコトはフィンから目を離さずにいたが、その手は微かに震えていた。


「(キサラギ……)」


 キサラギもいなければ、ライオネルも、フェンリルもいない。かと言ってその三人が揃った所で、フィンに勝てるかどうかも分からなかった。

 それでもと、マコトは目を閉じて心の中で祈る。もしかしたらキサラギが戻ってくるかもしれないと、そう思いながら、小さくキサラギの名前を呟く。

 すると、その願いに応えるかのように、マコトのポケットから突如眩い光が溢れ出した。


「何?」


 フィンが光に不快感をあらわにする。

 一部を除いて驚いてはいたが、スターチスはそれを見てしてやったりと笑った。


「マコト‼︎ 石‼︎」

「えっ⁉︎ い、石⁉︎ ……あっ」


 スターチスに言われ、ポケットから石を取り出す。黒曜石のように真っ黒だった石は、青く澄んだ水のように光を帯びていた。

 アキに支えられていたレオンは、目を丸くさせて「あれ魔石じゃなかったの」と呟いた。


「その石を、薙刀に押しつけて!」

「押しつける⁉︎」


 すぐには信じられなかったが、スターチスに言われた通り、そっと石を薙刀の柄に当てる。

 石は硬物から形状を変え、水のように溶けると薙刀に吸い込まれていった。


「っ……⁉︎ させん‼︎」


 スターチスの思惑が分かったのか、フィンが焦ると止める為に波動の刃をマコト目掛けて放つ。だが、マコトの薙刀によって打ち払われた。

 反射的に薙刀を振るったとはいえ、刃が霧になる光景にマコト自身も吃驚する。


「ス、スターチス様、何ですかこれは⁉︎」

「その薙刀に、小刀祢(ことね)家でいう『役目』を持たせたんだよ」

「役目って……まさか」


 以前マコトが使っていた薙刀は、ライオネルとフェンリルを下層(かそう)に飛ばした際に役目を果たした事で折れてしまったが、今回の薙刀にはその役目を持ってはいなかった。

 それを知っていたのかは知らないが、グレイシャの提案とスターチスの協力により、レオンには調整の魔石と偽って願石(がんせき)を渡していた。


「願石は世界でかなり希少な魔石で、力が溜まったときに所持者に必要な素材へと変わると言われている」

「それで、この空間に漂う魔力を糧に願石の力を発揮させた……という事か」


 フィンは苦々しく言うと、スターチスはニヤリとする。 


「さて、薙刀に役目をつけた事だし。これで、キサラギの聖切(ひじりぎり)が反応するんじゃないかな」

「! ……や、やってみます!」


 スターチスに言われ、マコトは薙刀を見る。

 上層と下層を行き来できる力を持つのならば、この空間の中での行き来も可能なはず。だが、今まではマコトの意識関係なく突然発揮していた。

 自信は正直なかったが、マコトは柄を両手で握りキサラギの姿を頭に浮かべる。


「……キサラギ」


 どうか来てくれ。 薙刀にそう願いながら、握る手に力を込めた。

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