【6-6】暗闇の中の桜
歩いても歩いても、そこは暗闇だった。
唯一レオンの手に浮かぶ炎だけが灯りとなっていたが、時間も分からなければ、上下も分からず、次第にキサラギ達の精神を不安にさせていく。
そんな時、レオンは鼻を動かし辺りを探り始めると、背後にいるキサラギ達に振り向いて言った。
「あっちに向かって、オリジナルの匂いが強くなってる」
「匂い、か。それで分かるものなのか?」
「この空間じゃ耳はともかく、目の情報は使えないからね。暗殺者として作られたから、こういうのは朝飯前だよ」
炎はそのままに、レオンは空いた手でナイフを手にする。キサラギも聖切の柄を握ると、微かに桜の香りがする。
「桜……」
マコトが呟くと、どこからともなく桜の花弁が飛んでくる。
それをキサラギは手にすると、前方から花吹雪が舞い上がった。
視界が真っ白になり、キサラギ達はそれぞれ腕などで花弁から顔を守ると、少しして暗闇に桜の大木が一樹現れる。
魔力による幻想だろうか。初めはそう思ったが、桜の大木の前に一人の男の姿があった。桜宮ヤマメである。
ヤマメはキサラギ達を見るなり、「お」と声を漏らすと槍を片手に歩み寄る。
「お前達も巻き込まれたのか?」
「巻き込まれたというよりは、入り込んだんだよ。桜宮当主」
レオンが答えると、ヤマメは瞬きして首を傾げる。声や顔がライオネルにそっくりなのもあり、不思議に思ったらしい。
「ライくん?」とヤマメに訊かれ、レオンは嫌そうな顔で「違う」と即答した。
「オリジナルじゃない。ってか、何だライくんって」
「そっちの方が親しみがあるだろう?」
「えぇ……」
よく分からないと言いたげに、レオンはげんなりする。
そんなレオンを他所に、ヤマメはレオンの背後にいたキサラギとマコトを見て笑いかける。どうやら知っているらしい。
「アユ達から聞いてるぞ。レン達が世話になったな。ええ……と」
「……キサラギ」
「ま、マコトです」
「ああ、そうだ。キサラギくんとマコトちゃん。今まで挨拶出来なくてすまんな。俺は桜宮当主のヤマメだ。よろしく頼むな」
キサラギ達よりも二回り以上年上ではあるが、年齢関係なくフレンドリーに接するヤマメに、キサラギとマコトは戸惑いつつも挨拶を受け入れる。
一方でレオンはムスッとしたままヤマメを見ていると、桜の大木の成長が止まった事に気がつき、歩み寄る。
「ねえ、桜宮の当主。この桜の木って……」
「桜? ああ、これは俺の力で発現させたものだぞ。正直こんな草木の無い場所で、発現させれるか怪しかったがな」
「ふうん」
「……そういや、お前さんの名前を聞いてなかったな。ライくんの兄弟か?」
「兄弟じゃない。けど、そうだね。オリジナルの細胞から生まれたから、あながち血は繋がってると言ってもおかしくないかな」
「細胞? 」
「そう。さっきまでアンタらが相手していたヴェルダに、仕えているドッペルゲンガー兵さ」
「ドッペルゲンガー兵……」
知っていたのか、ヤマメの顔から笑みが消える。
キサラギとマコトは何も言わずに、その様子を静かに見ていた。
しばらく口を閉ざした後、ヤマメは「そうか」と言って困った様に笑う。
「話には聞いていたが……そうか、お前が」
「あれ。警戒しないんだ」
「後ろにいる、キサラギくんとマコトちゃんの様子を見たら分かる。彼らをここに連れてきたのも、何か訳があるんだろ?」
「……」
キョトンとしていたレオンは、ヤマメに全てを見透かされたような気がして舌打ちした後、「これだからお人好しは」と呟く。
「それで。訳って何だよ」
「あー……」
キサラギがレオンに話すように促すと、レオンは少し間を空けてから話し出した。
夜に身体をグレイシャに乗っ取られている時も記憶はある程度あるらしく、それ故に事情も知っていたレオンは、ライオネルの暴走を止めるにはキサラギ達の力も必要だという。
「そもそもグレイシャ曰く、オリジナルは元人間らしいんだけど、そこら辺は知ってる?」
「元人間だと……?」
「この感じだと知らなさそうだね。ま、それもそっか。実際あの自称下層管理者とか言ってる神があえて隠してそうだし」
レオンから語られるライオネルの事は、キサラギ達にとっては初耳で、驚くものばかりだった。
元人間の神であり、約七千年ぐらいは生きているという事。そして、神の力に合う魂の器ではない為に、暴走をいつ起こしてもおかしくなかったという事。
「それ故に、グレイシャが封印してたって事はアンタ達はさっき本人から聞いたよね?」
「あ、ああ……」
「それって、ライオネルさん本人は知ってるのか?」
「さあ? 封印の事はグレイシャが言った通りだし、もしかしたら自分の事も知らないんじゃないかな?」
「とはいえ、隣にいた神はだんまりしてたけど」と、レオンはスターチスの事を言う。
最近のスターチスの言動に対しては、キサラギも謎に思える所が多々あったが、とりあえずライオネルの事情が分かった所で、レオンは話を戻した。
「今回アンタ達を連れてきたのは、アンタ達の持つ武器の力が必要だった……らしい」
「らしいって」
「仕方ないじゃん! 本来はアイツが説明する予定だったんだからさ‼︎ 大体アイツ時間制限あるってのに、話の蛇足が多すぎるんだよ! 要点だけ話せっての!」
思い出したかのように怒るレオンに、キサラギが「そうか」と心の籠っていない感じに労る。
まあ、レオンの説明がなくともキサラギとマコトには大体分かったのだが、恐らくは聖切や薙刀にある魔を無効化できるその力で、魔力を制御させようという事なのだろう。(とはいえ、残念ながらマコトの持つ今の薙刀は、魔を無効化出来る力を持っていない)
それで果たしてライオネルをどうにか出来るのかという疑問は残るが、まずはこの魔力の対処が先だった。
「そういや、桜宮の当主」
「ヤマメでいいぞ」
「……じゃあ、ヤマメ。さっき、桜宮と橙月の兵士達を見かけたんだが、レン達はどうした?」
「あー、それがどうやらバラバラになったみたいでな。そうか。兵士達はそっちにいたのか。じゃあ急いで向かわないとな」
「とはいえ、魔力酔いで動ける様子じゃなかったけどね。逆に何故アンタ達が大丈夫なのが、不思議なんだけど……」
レオンが言いかけた時、ヤマメが背後の桜の大木を親指で指す。
「アユとレンはまだ習得してないが、あの桜は周りの力を糧に発現できる術でな。ま、普段は化け桜なんて言われて忌み嫌われるものだが、ここではかえって役に立った」
確かにあの桜のせいか、ここらの魔力は他に比べて少なく安定していた。
だが、流石のヤマメでも発現するのはこの桜の大木一樹が限度らしく、ここから離れればヤマメも魔力酔いを起こすという。
「だから、探しに行こうにもいけなくてな」
「ああ、そう。それじゃ兵士達の元に向かうのは無理だね」
「そうだな」
そう言って笑うヤマメに、レオンはぼそりと「お気楽」と言った。
そのやりとりにマコトは苦笑し、キサラギは無表情で眺めていると、今度は微かに金木犀の甘い香りがし始める。
金木犀の香りにキサラギ達は辺りをキョロキョロとすると、桜の大木のその後ろから黄金色の炎が上がる。
「桜の香りがするから何があるかと思いきや……桜宮当主か」
「その声は、ケイカくんか」
「くん付けはやめろ。それと、すまないがアキを少し休ませてくれ」
九つの尾を揺らしながら、ケイカと呼ばれた狐の半獣人の姿をした青年は、ぐったりしているアキを連れてくる。
そのアキの姿に、ヤマメは驚き駆け寄る。
「この空間は九尾はともかく、何もない人間にはキツすぎるからな」
「そう、だな」
アキに肩を貸しながらも、アユ達の事を思い出したのか、表情が段々と暗くなっていく。
キサラギとマコトも手伝おうとすると、どこから猫の鳴き声が聞こえ、足を止めた。
「猫?」
マコトが呟きながら辺りをキョロキョロすると、猫の鳴き声が近くなっていく。
キサラギも探そうとした時、足元に柔らかな感触を感じ、下を向いた。そこには黒猫が喉を鳴らしながら、足に擦り寄っていた。
「お前……あの時の黒猫か?」
「にゃー」
「言葉、話せないのか」
「いや、普通話せないでしょ」
キサラギの言葉にレオンがツッコむ。
黒猫を抱え上げると腕の中でも落ち着いた様子で、キサラギを見ては何度も鳴いた。
「(何か言いたげではあるが……)」
雷に打たれ夢の中で見た黒猫と変わらないが、ただ鳴くだけで何も分からない。
すると、マコトがあるものを見て「キサラギ」と名前を呼んだ。
キサラギがマコトの指差す方を見れば、まるでキサラギ達を誘うかのように桜並木が現れる。
この光景に遠くで見ていたヤマメとケイカも驚愕していた。
「これは、猫の力なのか?」
「さあ? でも、呼ばれてるのは確かだろうね」
マコトにレオンがそう言うと、キサラギは黒猫を見て訊ねる。
「行けってことか?」
猫は何も言わなかった。だが、目は真っ直ぐとキサラギを見つめていた。