【6-5】消えた町
フィルとカイルが、負傷したフェンリルとグレンを助けて桜宮に戻っていった頃。
エメラルの兵士達を率いたジークヴァルトと共に、キサラギ達は桜宮を目指して、龍封じの山脈を越えた直後だった。
「分かった。じゃあこのまま向かっていいんだね」
途中で合流したタルタが、馬に乗りながらも道具で連絡を取っている。
どうやら、桜宮と橙月の兵士達と共にアユ達もまた、ヴェルダのいる陣を目指して進軍しているらしい。
それを聞いたスターチスが「そううまくいけば良いけど」と苦言を漏らすと、後ろに座っていたグレイシャは「そうだね」と言った。
「ヴェルダ王……フィン・ヴェルダはかつて勇者とも呼ばれていただけあって、その力は計り知れない。伝説によれば、魔王率いる軍勢を一人で倒し尽くしたとも言われている」
「……そんな人物がどうして、世界に仇なす存在になってしまったのかな」
グレイシャの説明に対し、タルタは少し怒りを含んだ声で言った。プリーニオの件もあるのだろう。
ヴェルダに対して思う所があるタルタにとっては、どうしてもヴェルダ王が勇者だと思えなかった。
キサラギもまたタルタと似た気持ちではあったが、上層に戻る前に聞いたセンリュウの話を思い出す。
『何も知らなければ、あの王はただの暴君だ。だが、その正体は選定神とおかしな常識によって狂わされた人間だった』
正直、キサラギにとっては関係なかった。
仮に周りのせいで狂って傷ついたとしても、今のフィンがしている事は復讐ではないと思っていたから。
「……嫌になるよな」
「キサラギ?」
キサラギの後ろにいたマコトは、その言葉を不思議に思うと、キサラギは言葉を続けた。
「今まで俺が相手にしてきた奴全員、元は善人で苦しめられた奴らばかりだった」
操られて自分の意思なく攻撃をせざるを得なかった、ライオネルやグレン、そしてエルフの村で出会ったトウもそうだった。
そして今、相手にしようとしているヴェルダ王のフィンもまた周りに人生を狂わされた人物だ。
不幸の連鎖は止まらない。それでもその連鎖がどこかで切れるとしたら、多分それはキサラギ自身に掛かっているのだろう。
手綱を握りしめ深く考えてしまうキサラギに、スターチスはハッキリと言った。
「善人だとか、悪人だとか。そんなの、それぞれの視点によって変わるもんでしょ。お前はただ、お前らしくいれば良い。自分を犠牲にして、周りの都合のいい聖人になるなよ」
「スターチス……」
キサラギは顔を上げ、スターチスを凝視する。スターチスはそれ以上何も言わずに、真剣な表情を浮かべたまま前を見ていた。
「珍しいね。スターチスがそんな事言うなんて」
昔から仲の良かったグレイシャは、スターチスの普段は言わない事にニヤニヤしながら言うと、「その顔で言われてもね」とスターチスにジト目で見られた。
「でも、スターチスの言う通りだよキサラギくん。君はまだこの先長い人生がある。周りの為の人生でも良いけれど、君という人生を僕は歩んでほしい」
出会って早々に言える立場ではないが。グレイシャは心の中でそう思いつつも、キサラギには期待と同時に懸念もあった。
キサラギはあまりにも、ライオネルに似ている。
電波塔の中で初めて対面した時、グレイシャはなんとなくそう感じていたが、こうして様子や話を聞いているうちにそれははっきりした。
自己犠牲を厭わない、優しい弟を今まで見てきたからこそ。そしてその先を見てきたからこそ。グレイシャは思ってしまった。
「(どうかこちら側には、来ないでくれよ)」
キサラギを、ライオネルと重ね合わせて見てしまう事に罪悪感を感じてしまうも、グレイシャはそれを隠すように笑って、キサラギを見る。
キサラギは目を逸らし、前を向くと小さく「ああ」とだけ言った。
※※※
「おいおい……! 何だよこれは!」
先頭にいたジークヴァルトが驚きの声を上げる。それを聞いた兵士達もざわつき、キサラギ達も前を見た。
「これは……」
この光景にタルタは衝撃を受け、キサラギとマコトも目を見開き絶句する。
城下町のあちこちから煙が上がり、以前の街並みがどこにもなかった。この街並みの有様に、ジークヴァルトはすぐ様兵士達に生存者を探すよう命令をした。
「タルタ、アイツらは……!」
「さっきまで連絡は出来てたんだけど……」
「……っ」
キサラギは馬から降りると、瓦礫の中を歩き始める。
地平線から朝日が見え始め、荒れ果てた城下町を照らしていく中、戦いで息絶えた兵士や、桜宮と橙月の旗が踏まれ汚れた状態でいくつも見かけた。
「ヴェルダは、そんなに強いのかよ……」
風が吹く度に血や砂の匂いが巻き起こり、胃が締め付けられるような不快を覚える。だが、そんな短時間でライオネル達がやられる筈がない。
キサラギの後をマコトも追い、建物が無くなり見晴らしのよくなった城下町を見渡していると、気配を感じて後ろを振り向く。
「グレイシャ、さん……?」
「……残念。アイツの時間はもう終わり」
「!」
左目が紫から黄に戻っている事に気付き、マコトは息を呑む。だが、ドッペルゲンガー兵はマコトに何もせずに、視点をキサラギに移す。
キサラギもドッペルゲンガー兵を見てハッとなるが、戦意を感じなかった為、眉間に皺を寄せたまま「何だよ」と言った。
「別に? ただ、こんな所探したって意味ないのになって思って」
「……知ってるのか?」
「知らない。でも、感じる事はできる」
「こっち来て」と、ドッペルゲンガー兵は呼びかける。
もしかしたら罠かもしれないが、キサラギとマコトは顔を合わせた後、言われた通りついていった。
「……」
「……何?」
会話もなく、ただ視線を感じる状況に耐えきれなくなったドッペルゲンガー兵が、呆れた様子で振り向く。
キサラギは不信感を隠さずに言う。
「騙してる訳じゃないよな?」
「騙してたら、今ごろあそこにいる神様にやられてると思うけど?」
ドッペルゲンガー兵が指さした先には、複雑そうな表情を浮かべて腕を組むスターチスの姿があった。
様子見と言った感じだが、特に攻撃を仕掛けてくる感じでもなく、キサラギは改めてドッペルゲンガー兵を見る。
「少しでも俺達に危害を加えたら、容赦なく斬るからな」
「どーぞ、ご勝手に」
重い空気が流れる。
足音と風の音だけが聞こえる中、一際大きく積み重なった瓦礫の山を越えると、まるでそこだけが抉られたように大きな陥没穴があった。
その穴に先にドッペルゲンガー兵が入ると、砂利や小石が転がる地面を足で蹴ったり踏んだりしながら、何かを探し始める。
「んー……近いんだけどな」
「近い?」
瓦礫の山からキサラギも降りる。
マコトは苦戦し、転けそうになりながらも何とか降り立つと、穴の周辺を見回す。
深さは平家建ての屋根から地面までと同じくらいだが、広範囲に渡って崩れており、風が吹くたびに小石が転がっていった。
と、ドッペルゲンガー兵が「あった」と呟き、二人は駆け寄る。そこにあったのは黒い結晶だった。
墨のように黒く、それを中心に周辺がじわじわと黒く滲んでいた。
「なんだこれ」
キサラギが呟くと、ドッペルゲンガー兵はしゃがみ込み触れる。
その時先程まであった朝日は消え、真っ黒に包み込まれた世界に、キサラギはマコトを抱き寄せる。
ドッペルゲンガー兵は手に炎を浮かばせ、辺りを照らすと、周囲から呻き声が聞こえてくる。そしてその声の主にマコトはすぐに気付いた。
「これは、桜宮と橙月の……!」
「そう。兵士。多分、あっちにヴェルダの兵も倒れてる。……所でアンタ達、気分は大丈夫?」
「気分?」
言われた後キサラギは何も感じなかったが、マコトは頭を押さえる。
それを見て、ドッペルゲンガー兵は「ここは魔力酔いするから」と、マコトに石を渡す。
黒曜石みたいな見た目をしたその石を手にすると、マコトの表情が少し和らいだ。
「大丈夫か?」
「ああ……。えと、ありがとう。ええと……」
「ん? 名前? いつもは魔鏡Rなんて呼ばれてるけど、レオンでいいよ。そっちの方が呼びやすいでしょ」
少しぶっきらぼうにそう言うと、マコトは笑みを浮かべる。
キサラギはそのやりとりを静かに見つめていたが、警戒はだいぶ薄れていた。
「所で、周りに倒れてる兵士って……」
「多分、飲み込まれたんだろうね。アイツの暴走に」
「暴走って……まさか」
「グレイシャからも聞いたでしょ? オリジナルの事」
ドッペルゲンガー兵……レオンに言われ、キサラギは渋々頷く。とはいえ、にわかには信じられなかった。
「ライオネルさんが暴走だなんて……今までいて、そんな兆候なんかなかったのに」
マコトが呟くと、レオンは鼻で笑って「アイツの事だから尚更ね」と返す。
「オリジナルを元に作られたからよくわかる。……アイツは味方を作りたがらない。けど、失いたくもない。だから、どんな奴でも素を見せたがらない。それを長年癖のように隠し続けたんだ。そんな簡単に分からないよ」
「その結果がこれだけどね」と、レオンは嘲笑う。
呻き声は未だ止まず気がかりではあったが、キサラギとマコトは先に行ってしまったレオンを追った。