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【旧版】千神の世  作者: チカガミ
五章 キサラギとチハル
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【5EX-2】不穏

 状況が変わったのはそれから数日経ってからだった。レン達は一度桜宮(おうみや)に帰る為に移動する準備をしていた時、血相を変えてフィルが部屋に入ってきた。


「た、大変‼︎ 桜宮にヴェルダが……‼︎」

「えっ⁉︎」


 突然の桜宮に向けての進軍。滞在している流浪(るろう)の旅団の事もあり大急ぎで準備をし始めると、さらに悪い情報がレンの耳に入ってくる。それは橙月(とうつき)が桜宮を攻めているという報告だった。

 ヴェルダだけならともかく、何故橙月まで? 信じられないといった様子でレンは立ち尽くす。

 

「橙月って、聖園(みその)領域の中でも大国のあそこだよな……何でいきなり……」

「……」


 グレンも驚きを隠せないでいると、報告してきたフィルとカイルは不安げにレンを見る。

 キサラギもいなければライオネルもいない中、二人はレンの指示を待っていると、グレンがレンの肩を掴む。


「っ⁉︎」


 突然掴まれた事に吃驚(びっくり)して振り向けば、グレンはフィルとカイルに言った。


「一先ず桜宮に向かうってあの医術師にも伝えろ。んで、桜宮の王女。この場合指揮権はお前にあると思うんだが……出来るか?」

「……」

「まあ、すぐには難しいか」

「ご、ごめんなさい」


 不甲斐なく感じてレンが謝ると、グレンは「別に良い」と言って数回優しく肩を叩く。辺りを見ると、レンに心配をかけさせぬ様に、フィルとカイルは笑みを浮かべていた。

 すると、その様子を見ていたシアスがふとグレンに話しかける。


「桜宮には私も同行しても?」

「シアス⁉︎」

「シアス、さん?」


 シアスの横にいたルディとシルヴィアが驚くと、シアスは表情を変えず無のまま「手が足りぬのならば行きます」と言う。

 グレンはきょとんとしていたが、頭を掻きながらも「人手が多い事に越した事はないだろう」といって、受け入れる。


「ルディ。貴方はここにいてください。もしかしたら桜宮に戦力を誘導させて、此方に攻め込むという可能性もありますから」

「あ、ああ……」

「あ、あの。私は」

「シルヴィアもルディと一緒に。万が一何かあれば、連絡をお願いしますね」

「はい……!」


 ルディとシルヴィアはそれぞれ頷く。ある程度作戦が決まった後、レンとグレン、そしてシアスは、先にドラゴンの姿になったタルタに乗って桜宮を目指した。

 夏空で直射日光が眩しく感じられる中、内海である月宮海(つきのみやかい)の空には大きな入道雲が天高く上っていた。

 風圧であまり景色が見えなかったが、ふとレンは真下を見る。何もかも小さく、あまりの高さに恐怖心すら感じるが、そんな中でも少し気になるものがあった。


「(……あの、建物は何だろう)」


 恐らく竜封じの山脈らしきそこには、()()()()()見た事のない塔が建っていた。

 

「(木で出来てる……訳じゃないよね)」


 この島では少なくとも使われない、鉄骨で作られたその塔は、上空から見下ろしても赤く目立っており、レンの後ろにいたグレンもその塔を見ると「何だあれは」と呟く。


「グレン、さんも知らないの?」

「ああ……だがもしかしたら、俺の管轄外だから知らないだけで、ヴェルダ関係のものかもしれないな」

「管轄なんてあるんですか」


 ヴェルダの内部事情に、レンの前にいたシアスが反応する。

 そんな塔を気にしつつも、タルタは降下していき桜宮の町へと近づく。見た感じ特に変わってはいなさそうだが、徐々に近づくにつれ、その異変は空気で伝わった。

 屋敷から少し離れた林の側に降りると、レン達は急いで屋敷に向かう。その時遠くから馬の嘶きと共に蹄が地面を蹴る音が聞こえてきた。


「……敵か?」


 グレンが肩に提げていたグレートソードを抜いて警戒していると、城下町の方から誰かが馬に乗ってやってくる。

 その姿がはっきりとしてくると、レンは目を丸くして「アキ」と近づく人物の名前を言った。

 

「姫……⁉︎ 良かった、無事で」


 栗毛色の馬に乗りながら、アキと呼ばれた青年はレンの顔を見て笑みを浮かべた。

 風に揺れる赤い髪が首にある封印用の綱を隠し、琥珀色の瞳がレンから傍にいるグレンやシアス、タルタをそれぞれ見た後、馬から降りてくる。


「服装からして、橙月か?」

「ああ。……改めまして。俺は橙月アキ。橙月の第二王子だ。レン王女やアユ王子とは幼馴染さ」

「橙月の王子様、ですか」


 自己紹介したアキに対して、シアスは小さく驚く。だが、警戒は緩めずいつでも抜剣出来る様に、柄を握っていた。いくら幼馴染で友人であっても、橙月が桜宮を攻めているという状況である以上、グレンやシアスは簡単には信用は出来なかったのである。

 しかし一方でレンは気にも止めず、アキに笑みかける。


「それで、姫。アユ王子は?」

「多分屋敷。それよりも何故橙月が桜宮を……?」

「分からない。けど、兄貴の事だ。何かしら良からぬ事を考えているんだろうさ」


 そうアキは眉間に皺を寄せながら言う。その言葉にレンとアキ以外の三人は不思議そうな表情を浮かべる。

 というのも、橙月の内政は思ったよりも複雑で、長年狸族と狐族で争っていた。それは魔鏡(まきょう)領域であるエメラルでのエルフ問題よりも深刻であり、国を治めている橙月家の中でも狸か狐かで派閥化されていた。

 アキは第二王子であり、橙月の次期当主候補ではあったものの、とある事件をきっかけに家を追い出され、今は橙月の城下町から遠く離れた狐の里にいる。


「橙月も複雑なんだな」


 事情を知ったグレンがそんな事を呟きつつも、五人は桜宮の屋敷に向かう。

 一番後ろにいたタルタは城下町近くに滞在している流浪の旅団が心配で、何度か振り向いていた。


「タルタさん?」

「あ、すまないな。ちょっと旅団がね」

「心配か?」

「ああ……。僕達も一応ヴェルダのお尋ね者みたいなものだしね」


 タルタの言葉に、グレンは「そうだったな」と返す。

 シアスも口にはしなかったが憂わしげにタルタを見ていると、屋敷から聞こえてくる声に意識を向けた。

 屋敷の大きな門をくぐると、流浪の旅団の団員達がいた。


「皆⁉︎」

「あっ、タルタさん達が帰ってきた!」

「良かった……無事で」


 団員達が集まってくる。攻めに来る事を知り、アユの命令で街の人々や団員達を屋敷に避難させていたらしい。

 そのおかげで、屋敷はかなり人でいっぱいだったが、入りきれなかった人々は、隣国である猫屋敷(ねこやしき)の方にも避難させているという。

 

「猫屋敷って、猫神様が治めている?」


 シアスの問いに対し、レンが頷く。

 猫屋敷は名の通り猫の国である。広大な草原の真ん中にあるその国は、猫の半獣人達が暮らしており、国を治めているのはミイと呼ばれる女性の猫神だった。

 尚、猫屋敷は聖園領域の中でも最も平和であり、領域神である聖園守神(みそののまもりかみ)と親しい関係である事から、流石の大国の橙月でも攻める事はできない。現時点では。


「(ヴェルダと同時期に攻めてきたのが気になるからな……)」


 グレンが顎に手をあてて考えていると、「レン!」とアユの声が聞こえてくる。レンが団員越しに見ると、アユがこちらに向かってきていた。

 団員達がそれぞれ左右に退くと、アユがレンの元に駆け寄り強く抱きしめる。キサラギやライオネル達がいなくなったというのもあり、かなり心配していたらしい。

 少し遅れてウォレスがアユを追ってくると、グレンの姿に驚きつつもアユの傍に立つ。


「良かった、無事で。……あれ、カイルさんとフィルさんは?」

「ああ、彼らは後程僕が迎えに行くので大丈夫ですよ。それよりもこの状況は一体?」

「私達も今状況を探っていますが、まだよく分からなくて。だからアキさんに協力を願おうと思いまして」

「ああ、なるほど。それでアキが」


 アユに抱きしめられたまま、レンがアキを見て納得する。グレン達もそれを聞いて、アキに対する警戒を和らげた。


「詳しくはケイカとガマズミが調べてる。気になるのはヴェルダとの関連だが……っと、そういえば姫。この方達は」

「そういや、自己紹介がまだだったな」


 グレートソードを地面に刺し、グレンはアキ達を見る。ウォレスはとっくに気付いてはいたが、少し前までヴェルダにいた事を伝えると辺りが騒めいた。

 何故突然抜けたのかだとか、抜けたと言って実は偵察に来たのかだとか、色々怪しむ様な声は団員達や気になって集まっていた民達から聞こえたが、グレンは言い返さずにアキ達を見つめ続けると、アキは驚いた表情から真剣な眼差しになり訊ねた。


「ヴェルダの内情って、分かるか?」

「特に守秘義務も無いしな。だが、管轄外の事は俺もよく知らん」

「(また出た管轄外)」


 シアスが呆れた様にグレンを見ると、流石のグレンも「何だその顔は」とジト目で見つめ返した。

 

「ヴェルダは人が多い分、管轄で分けられているんだ。俺はあくまで前線で戦う事しか任されていなかったからな。とはいえ、よっぽどの機密情報や研究情報以外なら」


 そうグレンが言うと、聞いていたアユが「お願いします」と返す。ヴェルダに関してはライオネルやウォレスも知っている事はあるが、それ以降の内情についてはグレンの方が詳しいだろう。

 アキもアユに賛同する様に頷くと、グレンは「分かった」と言って、グレートソードを地面から抜いて鞘に納めた。

 そんな訳でアユとアキは戦況の報告を待ちつつ、作戦を練る為にグレンと屋敷の広間に向かうと、シアスやレン、ウォレスに団員、民達もそれぞれ離れていくと、タルタは屋敷の門の外を見る。


「じゃあ、僕はそろそろ迎えに行こうかな」


 背伸びして呟いた途端、ポケットに入れていた通信用の道具が反応を示す。手にして繋げてみれば、その相手はスターチスであった。


「スターチス、様……?」


 突然の連絡に疑問に思う中、スターチスから早口で伝えられたのは、下層(かそう)にいるキサラギの事だった。

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