【5EX-1】夜空とキッシュ
時を遡る事約十数日前。
キサラギが怪我で寝込み、ライオネルもまた雪知の屋敷で熱を出して臥せっていた頃、上層ではキサラギ達を探す為にレン達が麓の村にいた。
「キサラギ達……どこ行っちゃったんだろう」
連日探しているが、どこにも姿がない。キサラギやマコトは勿論、その二人を探しに行ったライオネルとフェンリルも結局帰ってこなかった。
村にあるリンゴの木の下に膝を抱えながら、レンはしょんぼりとした表情でぼんやりとした夜空を見つめていると、足音が聞こえて左を向く。
「……シルヴィアちゃん?」
「隣、いいですか?」
バスケットを持ったシルヴィアに頷くと、レンは右にずれて左側を空けた。そこにシルヴィアが座ると、恐る恐るだがレンに話しかけた。
「キッシュ作ってきたんですけど……おひとつ、いかがですか?」
「えっ、あ、ありがとう!」
差し出されたキッシュにレンは笑みを浮かべると、そのキッシュを受け取り口にする。キノコやほうれん草が入ったそれは味が優しくまだ温かった。
表情が和らいだレンにシルヴィアもホッとした後、バスケットからキッシュを手にする。
すると早くも一つ食べ終わったレンは、再び空を見上げてため息をつく。やはりキサラギ達の事で頭がいっぱいだった。
「心配、ですよね」
「うん……」
かぷりと一口口にした後、シルヴィアも空を見る。その赤い瞳は不安げに揺れていて、小さく「フェンリルさん」と名前をこぼす。
「フェンリルさんは強いから、きっと大丈夫。そう、皆さんは言ってくれたけど……心配です」
「……うん」
分かる。分かるよ。レンは何度も頷き、膝に顔を埋める。もう少し早く駆けつけていれば、キサラギとマコトを助けられたかもしれない。もし一緒に行っていれば。
あれ以降ヴェルダの侵攻はこちらにはなく、こうして探す事に時間を費やす事は出来たが、数日経っても在処が分からず、レン達は途方に暮れていた。
そんな二人を見兼ねたルディは遠くから歩み寄ってくると、リンゴの木に寄りかかりながら「心配か?」と話しかけてくる。
「ルディさん……」
「フェンリルさん達は、大丈夫なんでしょうか」
「さあな。何も分からないから何とも言えないが……」
シルヴィアの横に座り、ルディは片膝を抱える。その胸元にはフェンリルがしているのと同じ、紅い石のペンダントがあった。
ぬるい風が静かに吹く中、ぽつりとルディは呟く。
「スターチスは、何か知ってるかもしれないな」
「スターチス?」
「スターチスさんって、前にルディさんが話していた……ナイトの国の?」
「そう。アイツの館ならばもしかしたら」
世界の様々な記録を書き記しているというスターチスならば、もしかしたら何か知っているのかもしれない。
そうルディは思って二人に伝えると、レンが顔を上げて「本当⁉︎」と声を上げた。明るい表情になったレンにシルヴィアとルディは驚いていたが、ルディは小さく笑って「ああ」と言った。
「先に言ったのはシアスなんだが、言い出した本人が今聞きに行ってるから、もうすぐしたら帰ってくると思うぞ」
「流石シアスさんですね……!」
「本当にね。でもだったら早く言ってくれたら良かったのに!」
レンの言葉にルディは苦笑して「だよな」と言う。ルディ曰く、「シアスは恥ずかしがり屋だからかも」とは言うが、実際の所は少し違う。
「貴方達が頑張って探しているから、手が空いてる私が一人でさっさと向かった方が得策だからと思ったからですよ。ルディ」
「なっ⁉︎ いつの間に⁉︎」
「おかえりなさい、シアスさん」
「おかえりなさい!」
「ただいまシルヴィア、レンさん」
ルディの背後にスッと現れたシアスにルディは尻尾を逆立てるが、それを他所にシアスはレンとシルヴィアを見てにこりと笑う。
三人の前に立つと、シアスはスターチスの館に行った報告をする。やはり思っていた通り、四人の情報が館にあったらしい。
「四人は今下層にいるみたいですよ。生存の確認も取れたんですけど、何かスターチス多忙みたいで報告が遅れたって」
「多忙?珍しいな」
「って、待って。四人とも下層にいるの⁉︎ 何で⁉︎」
「さあ。多分そういうのもあって、スターチスがドタバタしていたのでしょう」
驚きを隠せないでいるレンの問いにシアスが冷静に返す。一方でシルヴィアはフェンリル達の生存を知れた事で、胸を撫で下ろした。
「下層にいるのならば後はスターチスに任せた方が良いのか?」
「そうですね。それが良いかも。明日には下層に行くらしいし、あの方に任せましょう。レンさんもそれで良いでしょうか?」
「あ、うん……お願い、します」
レンは茫然としつつも、シアスに頭を下げる。本当は自ら迎えに行きたかったが、ここは大人しくスターチスに任せる事にした。
間を空けて深く息を吐いた後、「良かった」とレンが呟くとそれに応える様に腹の音が鳴る。その音にレンは顔を赤らめると、シルヴィアはバスケットから新たにキッシュを取り出した。
「何か、安心したらお腹が……」
「ふふ、私もです。いっぱい作ったのでおかわりどうぞ。ルディさんとシアスさんもどうですか?」
「お。じゃあ私も貰おうかな。シアスは?」
「私もいただきます。けれどその前にタルタさん達にも報告してきますね」
そう言ってシアスはその場から一旦離れていく。キッシュを美味しそうに食べるレンに、シルヴィアも自分の食べかけのキッシュを食べ始める。
するとシアスが足を止めて、「スープでも作ってきますね」といえば、ルディもキッシュを食べ終えると、「私も何か持ってくるよ」と言って一緒に離れていった。
「シルヴィアちゃんの作る料理って何でも美味しいよね……! すごいなぁ」
「ありがとうございます。レンさん」
「こちらこそ、ありがとう。シルヴィアちゃん」
三つ目のキッシュに手を伸ばした時、「そういえば」とレンは呟く。
「こうして女の子同士で喋ったの、あまりないからすごく新鮮だなぁ」
「そうなんですか?」
「うん。あたしの周りって男の人ばかりだからさ。だからってつまらないって訳じゃないんだけど……立場上、友達とか中々出来なくて」
幼少期の思い出と言えば、母と共に過ごしていたり、兄であるアユの後をついて行っては、剣術を真似たりとしていた。
母が亡くなった後も、すぐにライオネルやウォレスが桜宮に来た事もあり、寂しさが全く無いわけではなかったが、レンは周りから愛情を受けて育てられていた。
だが、その一方で城下町の子どもたちが羨ましく感じられた時もあった。
「友達がいないから寂しいなんて言えやしなかったけどさ。でも、憧れではあったんだよね。こうして話すの」
屋敷で行われる豪華な宴も好きではあるが、友人同士で行なう小さなパーティーもしてみたかった。
それはレンにとってはちょっとした夢であり、勝手に国を抜け出してキサラギ達に出会ってからは、どんな食事でも楽しく感じられたという。
それを聞いていたシルヴィアもまた「分かります」と言って、二つ目を手に取る。
「私もこうして人と会話ができたら良いなって昔思っていたんです。私、猫だったから」
「猫?」
「はい。その、訳あって半獣人になったんですけど……猫の時だと食べられる物も限られてきますし、人の言葉なんて話せませんでしたから。だから今幸せです」
笑顔になるシルヴィアに、レンも笑いかける。と、報告も終わりスープの入った鍋を抱えたシアスと、マグカップやクッキーの置かれた盆を持ったルディが戻ってきた。
「今夜はちょっとしたパーティーですね」
「だな。こんな状況でも、たまには良いかもしれないな」
「そうですね」
シアスは先程出てきた家を振り向く。家からはタルタやフィル達の楽しげな声が聞こえていた。どうやらボードゲームで盛り上がっているらしい。
賑やかな声に混じって、ゲームに負けたフィルの悲鳴が上がる中、シアスとルディは顔を見合わせてやれやれと困った様に笑った。