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【旧版】千神の世  作者: チカガミ
五章 キサラギとチハル
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【5-2】二人の仲

「チハル様の話はマコト様から大体は聞いた。記憶を失っており、ついこの間まで仇討ちの旅をしていた。と」

「……」

「その仇は……ライオネルという男だそうだが」


 ライオネルは雪知(ゆきち)から目を逸らす。そばにいたフェンリルは「仇?」と呟いて、ライオネルを見つめた。

 一方で雪知は自分の着物を握りしめた後、力を緩めて怒りを抑えるように深く息を吐いた。


「まあ、いい。どちらにせよ、あの方は帰ってきた。それだけでも奇跡、なんだ」

「……っ」


 奇跡。その言葉にライオネルは再度自分がしてしまった事に思い悩んだ。

 もし、自分が(きさらぎ)村を襲っていなければ。もし、キサラギが記憶を失っていなかったら。キサラギは確実に早く帰れていた筈だ。

 唇をかみしめて、項垂れた後ライオネルは頭を下げようとする。だが、それを止めようとフェンリルが名前を呼んだ。


「?」


 ライオネルは振り向く。その顔は明らかに青褪めていて、フェンリルは驚いた後少し考えて「すまない」と雪知に言う。


「コイツの拘束を解いてくれないか? 実は少し前に怪我してるんだ」

「怪我? ……そういえば、背後に斬られたような傷があったな」


 雪知はライオネルを見つめた後、「分かった」と言って、拘束を解くためにライオネルの背後に来る。

 縄が解かれた後、フェンリルは再度ライオネルの名前を呼ぶ。だが、ライオネルは暗い表情のまま動かない。

 流石に心配になったのか雪知も「大丈夫か」と肩に手を置く。するとプツリと糸が切れたようにライオネルはその場に倒れた。


「⁉︎」

「ライオネル⁉︎」


 突然の事に二人は声を上げると、フェンリルは力ずくで手首の縄を解いてライオネルに駆け寄る。

 顔色は益々青白くなり、息も荒い。やはり上層で負った傷が悪化したのだろうかとフェンリルは思っていると、小さな声が聞こえてフェンリルは耳を澄ませる。


「ごめ、ん、な……さ」


 途切れ途切れに謝るライオネルに、フェンリルは言葉を失った。


「(一体コイツとキサラギの間に何があったんだ)」


 ライオネルとは再会してまだあまり経っていない。そしてそれ以上に、フェンリルはライオネルの事を詳しく知っているわけではなかった。

 触れるか触れないかの所で手を止めていたフェンリルは、雪知に話しかけられている事に気付き、顔を上げる。


「今医者を呼んだ。その、こんな状態なのに拘束して問い詰めてしまって申し訳なかった」

「あ、ああ……うん。大丈夫だ」


 国の混乱時なのもあって、雪知の気持ちも少しは分かる。フェンリルはそう思いつつも、ライオネルの様子を気にしながら雪知に心配をかけさせぬように笑った。

 しばらくして用意された布団にライオネルを移すと、医者らしき老いた男が部屋に入ってくる。


「見かけない者ですな」

「ああ。ちょっと訳ありでな」

「訳あり……ですか」


 雪知の言葉に、医者は真っ白な顎髭を摩りながら「ふむ」と言葉を漏らす。

 意識のないライオネルの服を女中達が緩め、医者が背中の傷を診ると一瞬驚いた表情を浮かべつつも「成る程」と呟いて手当てをする。


「深い傷のようですが……傷が殆ど治っているので、そちらは心配ないでしょう」

「治っている?」

「はい。治っています」

「仲間の話だとさっき負傷したと言っていたのだが……」


 困惑した様子で雪知はフェンリルを見る。フェンリルは頭を抱えて何と説明しようか迷っていた。

 

「(以前封印される際に、コイツの治癒力がものすごく強いのは知っていたが……彼らに話した所で信じるのか?)」


 そもそもこの世界に魔術などはあるのだろうか。と、フェンリルは思っていると、医者は「とりあえず」と薬を調合し始めた。


「傷からの熱がある以上、化膿止めの薬を用意します。後は栄養のあるものを。見た所まだ若いですし、安静にしていれば大丈夫でしょう」

「そうか……」


 雪知はホッとした表情を浮かべ、フェンリルも安心する。

 医者が部屋を出ていった後、少ししてライオネルが目を覚ました。

 ライオネルは倒れた事を覚えていないようだったが、雪知が視界に入ると気まずそうに目を逸らしてしまう。


「(こりゃ相当気にはしてるな)」


 体調を崩している所為でもあるが、かなり気にしている素ぶりにフェンリルはため息をついて側に座ると、「大丈夫か?」と声をかけた。

 ライオネルは頷くが、やはり先程までの様子とは違って弱々しい。


「(まあ、無理もないか)」


 治りかけとはいえ重傷を負い、見知らぬ場所に飛ばされて、精神的に痛い所を突かれて。

 いくらオアシス二柱や桜宮(おうみや)の魔術師と呼ばれていても、弱る時は弱るのだ。多分。

 そうフェンリルは思っていると、ふと自分に違和感を感じた。自らの右手を開いたり握ったりしながら見つめていると、雪知が「どうした」と聞いてくる。


「いや……。何か、力が出ないんだ」

「力が出ない?」


 病の様な怠さもなければ、痛みも特に感じはしない。だが、フェンリルの中で何かが遮られる感覚がした。

 試しに右腕にいつも通り氷の籠手を生成する。


「(出来る。……だが)」


 これ以上の力を出そうとするが、やはりその何かが邪魔して力が出せない。

 思わず首を傾げていると、ライオネルがフェンリルの服を引っ張る。


「何だよ」

「やっぱり、フェンリルも気付いてるよね。力、出ない事」

「あ、ああ……何だよ。お前も何かあるのか?」


 気怠げに前髪を掻き上げ、くしゃりと握りながらライオネルは頷く。どうやら魔術が通常よりも出しにくいらしい。

 何故そう思うのかはライオネル本人も分からないが、とにかく頭の中で頑なに何かが制御をかけていた。

 雪知は雪知で二人の言葉に対して「訳が分からない」といった様子で二人を眺めていたが、障子の開く音がした事で、意識をそちらに向けた。


「夕餉をご用意致しました」

「夕餉? ……ああ、もうそんな時間か」


 雪知の声に、二人は外を見る。いつの間にか、日が暮れていた。

 雪知は改めて二人を見ると頭を下げる。フェンリルは驚き、ライオネルもびくりとする。


「今回の事は本当に申し訳ない。お詫びと言っては何だが、今日はゆっくりしていってくれ」

「あ、ああ……何だが悪いな」

「その、ライオネル……殿には腹に優しい物を用意させよう。食べれ、そうか?」


 気を遣ってか、ぎこちない喋り方の雪知にライオネルは布団の中で頷く。

 そんなライオネルの代わりに、フェンリルは苦笑しつつも雪知に対して「すまないな」と謝った後、雪知は首を横に振った。


「チハル様の元従者とはいえ、二人の問題に土足で踏み込んだんだ。気にするのも当然だろう」


 布団を深く被るライオネルに対して、雪知は少し寂しげに言う。

 フェンリルは複雑そうな表情を浮かべたまま、ライオネルを見ると、手と髪だけが布団から見えていた。


「後でちゃんと礼を言っとけよ」

「……」


 間を空けてライオネルが頷くと、フェンリルはため息をついた。



※※※



 日も完全に沈んだ頃、マコトはキサラギの側にいた。

 傷が痛み顔色は決して良くはないものの、目の前で高熱に魘されながら眠るキサラギよりは軽かった。


「……」


 上半身の殆どが包帯に巻かれ、薄らと血が滲んでいる。

 汗で額に張り付いたキサラギの前髪を払いながら、その汗を濡れた手拭いで拭っていると、薄らと目が開く。


「……側に、誰か……いるのか?」

「……ああ。私だ。キサラギ」


「分かるか?」と静かにマコトが訊ねると、キサラギは少し大きく目を開けてマコトを見る。


「マコト……か。傷は……」

「キサラギに比べたら大した事はない。キサラギが、守ってくれたおかげでな」


 微かに声を震わせながらマコトは頑張って笑う。キサラギはマコトの言葉に「そうか」と言った後、布団から右腕を出すとマコトに手を伸ばした。

 伸ばされた手にマコトはキョトンとすると、掠れた声で「握ってくれないか」と言った。


「マコト以外、怖くて、仕方ないんだ……ここにいる奴らを見ると」

「……」


 相手は皆自分のことを知っている。だが、自分はよく知らない。でも相手の反応を見る限り、どうやらここは自分が生まれた地なのだろうとキサラギは何となくだが分かっていた。

 とはいえ、やはり混乱はしていた。何故突然帰ってきたのだろうか。関わってくる人々は一体? 麓の村にいる仲間達は? そんなキサラギの不安な気持ちが、大怪我で弱っている状況も合わさってより強く恐怖として胸が締め付けられていた。 

 キサラギの気持ちを聞いたマコトは、伸ばされた手を優しく両手で握る。そして「大丈夫だ」と言って握り続けた。


「大丈夫……今夜はずっと私が側にいるからな」

「……マコト」

「だから、ゆっくり休んでくれ」

「……」


 マコトの手を握り返した後、一筋の涙を流して目を閉じる。力が抜けた事に一瞬マコトは慌てたが、ちゃんと息をしていることを確認して安心する。

 だが、少ししてマコトが部屋にいない事に気付いたのか、朝霧(あさぎり)に仕える家臣が部屋に入ってくるなり「マコト様」と小さな声で咎める様に名を呼んだ。


「勝手に部屋を出て行かれては困ります。すぐにお戻りを」

「……それは」


 キサラギに視線を戻すが、家臣は厳しい表情のまま歩み寄ると耳打ちする。


「自分の立場をお分かりか? あまり勝手な行動をなさると小刀祢家がどうなっても知りませんぞ」

「っ……」


 まさに脅しとも取れる言葉に、マコトは家臣を睨む。だが、言い返す事は出来なかった。

 今、キサラギが唯一信頼できるのはマコトだけだったが、そのマコトもまた朝霧の中では立場が弱い存在だった。


「チハル様が行方不明になる際の襲撃の件。まだ、疑いが晴れた訳ではありませんからな」

「……それは」

「違う、ですか。未だに言い続けているようですが、証拠がない以上仕方ありますまい」


「さ、もうお戻りを」家臣に言われ、マコトは名残惜しそうに手を離した。


「すまないな。キサラギ」


 そっとキサラギの腕を布団に置いた後、頭を撫でて離れる。キサラギは目を覚ます事なく静かに眠っていた。

 部屋が再び静まると、キサラギはマコトが手放した手を少し動かした後小さな声で呟く。


あの男(アイツ)、覚えておけよ……」


 殺意じみたその声は誰にも聞かれる事なく、虚空の中に消えていった。

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