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【旧版】千神の世  作者: チカガミ
四章 白狼と氷空花
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【4-6】想定外と救出

 その頃、麓の村では緊迫した空気が流れていた。村人は全員兵士によって捕らえられ、村長らしき老人の男が声を上げる。


「な、何が目的だ⁉︎ 金目のものか⁉︎」

「我らは金には困っていない。貴様らには餌になってもらう」

「え、餌……?」

「ま、貴様らは薪餌にしかならないだろうがな」


 鎧と兜で素顔の見えない兵士はそう言って、村長の額を何度も小突く。そこから少し離れた鐘のある塔の一室には、シルヴィアとあのライオネルに似た男がいた。


「っ……!」


 猿轡をされ、両手は後ろの柱に縛られたままシルヴィアはもがく。すると、男はナイフを片手に近寄ると顎を掴む。

 

「(髪色も左右の目の色もフェンリルさんと同じ……でも、顔立ちは)」


 シルヴィアの過去の記憶に引っかかる一人の人物。それは、ルディやエレイン達と出会うかなり前に遡る。

 十年……いや、二百年以上も前に彼女がまだ一匹の黒猫だった頃、共に旅をしていたあの青年の姿をした『神』に似ていた。

 旅をしていた頃はまだその青年の事を神だとは知らなかったが、ある時彼に突然発生したその結晶に抗い、青年が手を切った。

 シルヴィアは猫としての本能で傷を癒す為に彼の傷を舐めたのだが、舐めているうちに彼女は【神の血】を大量に摂取してしまう。

 神の血は莫大な生命力が秘められていた為、気がつけば一人の半獣人の少女に姿を変えていた。


「(結局彼は助けられず、私は彼の兄と旅をしていたけれど……)」


 まさかこんな形で再会するなんて。シルヴィアは絶望に満ちた目で男を見つめていた。

 一方で男はナイフを首からそっと胸元にあてがう。舌舐めずりして、「どうしようかな」と呟く。


「あくまでアイツらを誘き寄せるのが目的なんだし、多少傷が付いたって良いって事だよね」

「っ……⁉︎」

「そんな怯えた顔しないでよ。大丈夫。死なせはしないからさ」


 笑った後、ナイフが静かにシルヴィアの胸元を走る。小さく震えると、黒いネックのレオタードが裂け、血が滲む。

 痛みと恐怖で涙が溢れる。だが、それも男にとっては興奮させる要素でしかない。顔を寄せて、髪に触れながら男は囁く。


「もっと見せてよ。その顔」

「っ……」


 涙が頬を伝う。と、窓が眩しく光りその直後、塔をビリビリと揺らしながら雷鳴が聞こえる。

 その音に男は不機嫌そうに「うるさいな」と呟くと、シルヴィアから離れて扉に向かう。扉越しにいる兵士に確認する為だ。

 ドアノブに手を付けようとした時、扉の先が騒がしい事に気が付くと、数歩退がった。


「……」


 警戒するが特に何も起きない。構えていたナイフを下げて、振り向くと男は驚いた。


「なっ⁉︎ っ、いつの間に‼︎」


 シルヴィアを抱えるフェンリルの姿。何故という疑問と違和感に惑わされながら男はナイフを持ち直し駆ける。


「(クソッ、何故気付かなかった‼︎)」


 暗殺者という肩書きを持つこの男にとって、気配を察知するのは朝飯前だ。だからこそ混乱していた。

 フェンリルは男に向かって氷を放ちながら、窓へ向かう。

 逃すものがと男がナイフを投げるが、猿轡を外されたシルヴィアによって水球が現れるとそれに飲み込まれて防がれてしまう。


「後は頼んだ‼︎」


 窓から飛び降り、落下しながらフェンリルは下から駆け上がるキサラギに任せる。キサラギは窓から飛び込み、男に襲いかかる。


「っ、次から次へと……一体何だよ‼︎」

「(成る程な)」


 桜宮の時と比べて明らかに冷静じゃない。グレンの話だと、この男はライオネルを基に作られた人造人間らしいが、引き継いだライオネルの性格故か、精神面で弱い部分があるのは確かな様だ。

 更に、襲う事はあっても彼自身襲われた事がない。つまり防衛戦の経験の無さが弱点だった。

 まだ収まっていたもう一振りのナイフを抜くが、それを短刀で弾くと押し倒す。


「ぐ、何で、一度ならず二度も……」

「能力じゃお前が勝っているだろうが、経験は俺たちの方が上だ。それに、運だろうな」

「運……?」


 ドアの開く音に男は顔を向ける。ドアから現れたグレンは歩み寄り剣を向ける。最初は気付かず口角を上げるが、近づくグレンの腕を見て目を見開くと、「は?」と声を漏らす。


「アンタ……腕輪、どうした」

「どうしたも何も、壊したに決まってるだろ」

「こ、壊したって……あれは、そう簡単に壊れるものじゃ‼︎」


 信じられないといった様子で男は声を荒らげる。それでもグレンは怖じけず、寧ろ笑むと剣から電撃を放つ。その電撃は、男の頰を擦り床に焦げ跡を残した。

 

「ヴェルダ王に言っておけ。俺の忠誠を誓うものはオアシスだけだとな‼︎」

「っ……ぅ‼︎」


 男はグレンを睨みつけた後、キサラギに魔弾を放つ。キサラギは転がり避けるが、この間に男はその場を去っていった。


「また逃したか」

「今回はあの女を助けるのが目的だ。あまり深追いはしない方がいいぞ」

「……」


 立ち上がるとキサラギはグレンに問う。これからどうするのかと。するとグレンは剣を鞘に収めて、「どうするかな」と言った。


「オアシスがある訳でもないし、かと言って他の王に仕える気もない。俺はずっと剣で生きてきたが、オアシスの無い世界を考えた事がなかった」


「だから」とグレンは背中を向けると、片手を上げる。


「しばらくはお前らに世話になるよ。世間とのタイムラグもあるからな」

「そうか」

「よろしくな」


 グレンはそう言いながら部屋を出て行く。キサラギは小さく笑うと後を追った。



※※※



「シルヴィア……!」

「っ、ふぇん、りる、さ」


 強く抱きしめながら、フェンリルはシルヴィアの頭を撫でる。シルヴィアもフェンリルの背中に腕を回し涙を流す。

 感動の再会に「良かった良かった」と合流したタルタが言う。その隣には怪我の癒えたルディと、共に暮らすシアスという名の緑髪の少女がいた。

 

「良かったですね。助け出せて」

「本当にな」


 シアスの言葉にルディはうんうんと頷きながら言う。


「にしても、随分とあっさり退きましたね。あの人達」

「そういえばそうだな」

「引き続き、警戒は怠らないようにしないといけませんが……まあ敵大将の一人がこちらに寝返ったようですし」

「私はまだ納得できないがな」


 ルディはじろりとグレンを見つめながら耳を伏せる。正直最初は寝返ったと聞いた時信じられなかったが、雰囲気の変わったグレンにルディは呆気に取られてしまった。

 ライオネルと話すグレンをじっと見つめていると、視線に気が付いたのかグレンがこちらを向く。


「何か用か。魔神」

「魔神言うな!」

「まあまあ」


 今にも飛びかかりそうなルディをシアスが押さえる。するとルディ達の様子にフェンリルはシルヴィアを離さないまま、「どうした⁉︎」と驚いた。

 そんな賑やかなフェンリル達を遠くで眺めながら、キサラギは腕を組んで木にもたれかかっていると、マコトがやってくる。


「キサラギ。お腹空いてないか? お菓子貰ったんだ」

「……そうだな」


 気が付けば昼も過ぎている。差し出されたお菓子に手を伸ばそうとした時、横から手が伸びる。


「これちょーだい!」

「ああ、いいぞ」

「わーい」


 赤い実が乗ったクッキーを摘むと、レンがぱくりと口にする。少し前まで不機嫌だったレンの顔には笑顔が戻っていた。


「機嫌は直ったか」

「んー。今回も乗り遅れた感があって否めないけど、連れてきてもらったし、美味しいお菓子も食べられたしね」

「そうか」


 菓子ひとつで機嫌直るなんてちょろいな。とキサラギは思ったが、言ったら機嫌をまた損ねるだろうと思って言わなかった。

 チョコレートを摘み口に入れた後、再びフェンリル達を見た時ふとレンがキサラギに訊ねる。


「ヴェルダって、何で人を操らせて他国を襲うんだろうね」

「さあな。それは俺が聞きたい」

「だよねー」


 笑った後、レンはその場に座り込み膝を抱える。マコトも側に座ると、「何でだろうな」と言葉を漏らす。


「操られるのって辛いよね」

「……ああ、そうだな。辛いと思う」


 レンの言葉に、マコトは静かにそう返す。

 間を空けて、マコトはふと遠くを見つめながら語り始めた。

 

「まるでカラクリのように言われた事をただ従順している。それは楽なようで、辛いはずなのに。私も似た経験があるが、そんなの自分じゃない気がして……辛かった」

「マコト……」

「だから、ここに来て羨ましかったんだ。皆が、自分で考えて動けて」


 お菓子の包みをそっと引き寄せて呟く。と、キサラギは息を吐いて「今更だな」と言う。


「蘭夏じゃ風呂まで一緒に付いてくる程、俺の事心配していた癖に」

「っ⁉︎ あ、あれは⁉︎」

「えっ⁉︎ 一緒にお風呂入ったの⁉︎」

「え、えと、その……! キサラギ‼︎」


 嗜めるが、キサラギはそっぽを向く。


「(何が自分で考えて動けて羨ましいだ)」


 お前がそれをいうかと思いながら、キサラギはレンに質問攻めにあっているマコトから、クッキーを摘むと「少し離れる」と言ってその場を離れていった。

 

「……」


 マコトはキサラギを目で追うと、「マコト?」とレンが名前を呼ぶ。


「どうしたの?」

「……いや。少し気になって」


 絡んでいたレンも、マコトの表情を見てそっと離れる。そして行こうか行くまいか迷っているマコトに「行っておいで」と軽く背中を押す。


「レン?」

「気になるんでしょ? キサラギの事。だったら行った方が良いよ。何もなかったらそれで良いんだし」

「……そう、だな」


 頷き、立ち上がる。手に持っていたお菓子をレンに手渡すと、「じゃあ、ちょっと行ってくる」と言って追いかけていった。

 レンはお菓子からマコトに視線を移す。「マコト」と言葉を漏らした後、お菓子を包み懐に入れてレンも追いかける。向かった先の空は真っ白に霧がかかっていた。


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