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【旧版】千神の世  作者: チカガミ
三章 梅花の願い
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【3-8】赤黒い刃

 天幕のある場所から少し離れた、桜宮(おうみや)が見渡せる丘にフィルはいた。その隣にはルッカと、その彼に言われて探していたカイルの姿もあった。

 騒動後というのに、町の様子は昨日と変わらない。ただ天幕は崩れてしまい、遠目からでも団員達が直しているのが見える。


「俺たちはさ、国を追われたり孤児だったり……そんな人達の集まりだって、知ってるよな」

「……はい」


 ルッカの言葉にカイルは頷く。とはいってもライオネルの話でしか知らないが、本人達もそういった目で見られているというのは分かっているらしい。

 

「今はほとんどの場所で歓迎されているけど、出来た当時はよく思われない事も多くてさ。そんな中でも俺たちは手を取り合ってやってきたんだ。俺たちも……アイツも」

「プリーニオさんの事ですか」

「ああ」


 プリーニオという名前に膝を抱えてうずくまるフィルは小さく反応する。そして両袖を掴む手が微かに震えた。


「アイツはフィルにとっても、俺にとっても大事な兄貴みたいなもので。あの日、グラスティアが崩壊した時両親を失った幼いフィルを助けたのもアイツだった」

「両親を……?」

「ああ。……お前、魔族の住む森の出身なんだっけ? そこは、戦争の被害はなかったのか?」

「……」


 ルッカに聞かれカイルは首を横に振る。幸いにもカイルの村は無事で両親も健在している。でも、同じ山でもやはり被害に遭った村は少なくはない。

 カイルの返答にルッカは「そうか」と言う。


「俺も両親を失って、さらに翼を斬られて弱っている所を助け出されてな。けど、アイツも大事な人を失ったばかりで」


 助け出された際、プリーニオは泣いていたという。助けることが出来て嬉しいという涙と、大事な人を失った涙。極限の状況の中、必死に人を助けていたらしい。

 プリーニオが助けている間、医術師でもあるタルタもまた助け出された人々を治療していた。けれども、中には手遅れで助けられなかった人々も多くいた。


「あんな地獄もう二度とごめんだ。だから俺達は武器ではなく、演技で人を救いたいと思った」


「それなのに」と、ルッカの悔しげな声が漏れる。

 自分の知らない間に再びまた危機が迫っていて。そして、それから守る為に大事な人が手を汚したという事実はあまりにも辛いものだった。

 

「俺たちの立場は……これからどうなるんだろうな」


 目を伏せてルッカが言う。その言葉にカイルはハッとする。自分にとって戦争というものは近くにあるようで、遠くの事の様に考えていた。

 だが、外に出てみたらどうだろうか。戦争はとうに終わったのだと思っていたのに、再びその足音が聞こえ始めているではないか。あんなに傷ついた人々がいたのに、何故。

 カイルが愕然としていると、フィルが顔を上げる。


「演技は……物語は武器じゃない」


 そうフィルが言った時、「いいや違うな」とそれを否定するようにどこからか声が聞こえた。

 三人はそれぞれ辺りを見回すと、こちらに向かってくる黒髪の半獣人の男の姿があった。


「武器にならないものはない。物語も……恋も、な」

「お前、何者だ」

「フッ、そんな警戒するな。攻撃はしないさ『今』は」

「!」


 ルッカは警戒し、カイルは弓を構える。フィルも立ち上がり、二人の背後から男を見つめていた。

 琥珀色の鋭い瞳が三人を見つめ、禍々しい気を漂わせながら歩み寄る。着ている着物には薄らと血痕が飛び散るように付いている。


「(やばい)」


 フィルの頭の中で獣の勘が騒いでいる。早く逃げろ。と。だが足が動かない。そして、何故か男からプリーニオの匂いがする。

 

「(その血痕は、誰のだ?)」


 近づくにつれ、着物だけでなく顔にも血が見えた。その時ルッカが「おい」と震えた声で呟く。


「その手に持っているの……アイツの、包帯じゃないのか?」

「えっ」


 カイルが声を漏らす。フィルは目を見開いたまま立ち尽くしていた。

 そんな三人に男は笑みを浮かべて、血濡れた手を向けると、赤黒い刃を飛ばした。



※※※



 部下から桜宮沿いの森で男が倒れていたという報告を聞き、ウォレスは駆けつけたが、そこにいたのはあのプリーニオだった。

 あまりにも傷が大きく、鋭い何かで攻撃されたのだと一目で分かる。

 驚きつつも「しっかりしろ」と何度も声を掛け、天幕にいるであろうタルタの元へ連れて行こうとした。だが、彼はそれを制止するとウォレスの腕を掴んで言った。

 

「お願いだ……早く、アイツらを、助けてやって、くれ」


 途切れ途切れの声で必死に訴える。そして同時にプリーニオは後悔する様に呟いた。「ヴェルダの言葉を信じなければ良かった」と。


「俺のせいで、仲間を危機に晒してしまった……。俺がいなければ、狙われることも、なかった、かもしれない……」


 協力すればグラスティア復興の為に手を貸す。だが、断れば流浪の旅団の団員達の命はない。やはり言われた通りやれば良かったのだろうか。……いいや、どちらにしても仲間を傷つけてしまう。

 結局はプリーニオの行動に関係なくヴェルダは桜宮ごと流浪の旅団を潰す気でいたのだ。でも何故流浪の旅団を。何が目的だ。

 ますます分からないヴェルダの思惑に、ウォレスは困惑しつつも怒りが込み上げてくる。


「ウォレス様、タルタ様をお呼びしました!」

「あ、ああ」


 部下の後ろからタルタがやってくると、傷だらけのプリーニオにタルタは衝撃を受ける。

 駆け寄り急いで治癒をしようとするが、「止めてくれ」とプリーニオはタルタの手を握る。

 それに対して「何故‼︎」とタルタが声を荒らげると、彼は哀しげに笑った。


「お願いだ……。これ以上、仲間が傷付けられるのは見たくない……」

「……っ、それは僕達も同じだ‼︎ 同じなんだよ‼︎」


「だから、助けさせてくれ」タルタの悲痛な思いにプリーニオは息を吐くと「すまないな」と言った。


「アイツに、プロムに会って、謝りたいんだ……だから……」

「そんな、の、後でも出来る……だろ……っ‼︎」


 止めていたプリーニオの手をどかし、無理やり治癒魔術をかける。

「仲間を想うのならば、どうか自分の命を大事にしてくれ」と、タルタは涙を流しながら言った。

 プリーニオはそれに対して小さく笑った後意識を失った。

 周りが一瞬慌てたものの息をしている事を確認して、タルタは脱力しウォレスも安心するが、すぐに気を引き締め部下に二人を守るように命令する。襲った奴がまだ近くにいるかもしれない。


「(ヴェルダの奴か?)」


 少し前にキサラギとライオネルが戦ったというあの男だろうか。

 ウォレスは考えながら周囲を探ると、地面に血の跡がある方向に向かって点々と続いている。

 仕事上血の匂いには敏感だ。ゆえに、その匂いをたどっていけばもしかしたら。

 ウォレスは部下に後を任せ、森の中を駆けていく。少しして森の出口が見えてくると外からフィル達の悲鳴が聞こえてきた。


「‼︎」


 刀を抜きより速く進むと、森を出た所でウォレスは立ち止まる。そして丘にいる人物に眉を顰めた。


「お前、は」


 見間違えでなければ。と、刀を握る手が怒りで震える。

 その男の背後には負傷したルッカとカイルが地面に伏せており、フィルもまた傷を負いながら男に向かって風の魔術を使っていた。


「プリーニオの、仇……‼︎」

「ハッ、そんなそよ風で俺を倒すだと? 笑わせる。狐の獣風情がこの俺に勝てるとでも思ったか?」


 男は風の魔術を打ち払うとフィルの頭を掴む。フィルが離れようと足掻くが男は力を込めて、頭蓋を砕こうとしていた。


「どうやったって勝てない事を、この頭に分からせてやろう。演技やら物語で救うなど、甘ったるい幻想でしかないって事をな……!」

「っ、やめ、ろ……‼︎」


 頭が軋むのを感じながら掴む男の右手に爪を立てた時、伏せていたカイルが弓を放ち男の右手を貫くと、背後からウォレスが刀を振るって飛びかかる。

 男はウォレスの存在に気がつくと、小さく驚いた後「久しぶりだな」と嘲笑うように口角をあげる。その瞬間何かが遮る様にウォレスを弾き返した。

 地面に着地し、フィルが男の手から離れたのを確認した後、ウォレスは男の目を見て唸る様に名前をいう。


「マンサク……‼︎」

「姿以外はあの頃と変わっていないな、白狐」


 フィル達から離れると、ウォレスの元へと近づき赤黒い刃を放つ。

 それを切り落とし首元目掛けて刀を薙ると、指先で刀を止める。指先で掴んでいるとは思えないほど力があり、押し進めようとするがびくともしない。

 舌打ちして、懐からナイフを投げる。それを避けると、刺さっていた矢を抜きそれを投げ返す。


「!」


 顔面ギリギリの所を避け、狐の面の紐が矢によって切れる。面が地面に落ちると白い髪を揺らし、エメラルドの瞳がマンサクを睨みつけた。

 普段隠している素顔にカイルは茫然として見つめた後、フィルが声を漏らしながら立ち上がったのを見て、自力で起き上がるとそばで倒れていたルッカの元に近づく。彼もまた怪我が酷かった。

 マンサクの意識が三人から逸らされている間に逃がそうと、ウォレスが目配せでカイルに指示すると、カイルはこくりと頷きルッカを抱えてフィルと逃げていった。


「……!」


 気配を感じたマンサクは振り向くが、ウォレスが攻撃した事で追うことが出来ない。

 とはいえ力の差はマンサクの方が上だった。


「(そうだとしても、これ以上好き勝手にはさせない)」


 自分はこの男の事をよく知っている。そして今まで散々探していた人物でもあった。果たしてこれは夢なのだろうか。そう疑いたくなるくらいに、ウォレスは目の前にいる事が信じられずにいた。

 暴走しそうな怒りの感情に飲み込まれぬように、冷静さを保ちながら刀を構える。

 今度こそ倒してやる。そう決心してウォレスは地面を蹴った。

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