【3-2】観劇
次の日再びあの天幕の所に向かうと、雨が降っているというのに既に人が沢山いた。
町にものぼりや装飾などがしてあり、祭りのようであった。
「賑わってますねー」
「そうだねぇ」
後ろからアユとライオネルの声が聞こえてくる。初日というのもあってかなり混んでいるが、団員の慣れた誘導でスムーズに会場へと入っていく。
「(中は意外と広いんだな)」
階段を登っていくと、大きな舞台に向かって一段一段下がっていくように長椅子が並べられている。
先に行ったレンが「こっち」と手招きする場所へ向かうと、一番下で目の前に舞台がある左隅の席だった。
そこにマコトとカイルに挟まれるようにキサラギは座ると、入り口で配られていた今回のパンフレットを見る。
「(フィル・エリオット……か)」
主人公の一人である白銀の王子・ムーン役。
名前だけではどんな人物かは分からないが、やはり役通り白銀の髪をした人物なのだろうか。
そうキサラギは思っていると音楽が流れ始め、舞台を除いて会場が暗くなる。
拍手と共に奥から白髪混じりの初老の男が舞台にやってきた。
「流浪の旅団桜宮会場にお越しいただき誠にありがとうございます! 私、この旅団の団長をしておりますカンパと申します! 以後お見知りおきを!」
挨拶をし、まるで物語に引き込むような口調であらすじを話した後、明かりと共にカンパは舞台裏に戻っていく。
カンパとすれ違いに現れたのはムーンだった。銀の髪を揺らし、琥珀色の瞳そして狐耳が頭に生えている。
そばに傭兵の仲間らしき人々を引き連れながら、舞台の真ん中に立つと振り向いて訊ねる。
『さあ、皆。仕事の内容、分かってるよね?』
『お姫様と王子様を守る!』
『そう。そしてパーティも守る!』
そんな話から始まり……。
『警備だからって……』
『まあでも似合ってるじゃないか』
『そう、かな』
警備のために給仕の格好になり、傭兵仲間でもあるヒロイン・ハナと会話をする場面があったり。
『シエンナ王子の暗殺を』
『御意……』
怪しげな集団の中で、ボスらしき男に命令され頷く黒金の王子・リューゲが登場した後、その事を知らずに続けられるパーティ会場の様子を歌やダンスで披露する場面があった。
そしてついに物語も一番盛り上がる場面に入ってきた。ムーンとリューゲの出会いである。
『悪いな、これも仕事なんだわ』
挑発する様にムーンは言うと、リューゲは警戒して短剣を抜く。
「(リューゲ、どっかの誰かに似ているな)」
キサラギは少し離れた場所にいるライオネルを横目に見ながら、ふとそう思ってしまう。
激しい音楽と共に二人の剣戟が繰り広げられる中、リューゲが呪文らしき言葉を叫ぶとムーンの周りから煙が巻き起こる。
『今回は見逃してやる。だが、次はない!』
膝をつくムーンにリューゲはそう言って去っていく。少ししてハナがムーンに駆け寄ってくる。
『大丈夫⁉︎ ムーン⁉︎』
『ああ……だが、強かった』
『ええ。あの力は』
ハナに支えられるようにムーンが立ち上がると、リューゲの去った方向へと視線を向けた。
そこで一幕は終わり、休憩に入るとマコトの隣にいたレンが「剣戟凄かったね!」と目を輝かせながらマコトに話す。
マコトも頷いて「まさかリューゲが魔術使えるなんてな」と言う。
「ね! まるで昔読んでた黒猫さんを思い出しちゃった」
「黒猫さん?」
「もしかして黒猫と月の王子ですか?」
「そう、それ」
その物語を読んだこともなければ観たこともないのでどんな話かは知らないが、レン曰く黒猫と黒金の王子は似ているという。
それを聞いていたアユも「確かに」と頷いていると、再び会場が暗くなる。二幕が始まったらしい。
暗殺をされずに済んだシエンナ王子が姫と共に登場すると、二人の踊りに合わせて静かな音楽が流れ出す。
その隅で暗い表情のリューゲが現れると、姫に対しての想いの歌を歌い出した。
『っ、リューゲ?』
姫はどこから聞こえるリューゲの声に惹かれる様に、シエンナ王子から離れていく。だが、それを止めるようにシエンナ王子は姫の手を握る。
『君はもう僕のものだと言っただろう?』
『でも……』
『そんなにあの男が忘れられないのかい?』
シエンナ王子の言葉に姫は目を逸らす。どうやら姫とリューゲは恋仲だったらしい。
リューゲは忘れられないといった様子で姫を遠くから見つめるが、そのまま舞台から消えてしまう。
そんな三角関係の三人の場面から変わり、ムーンとハナの場面になる。
傭兵仲間と共に宴をしていたが、他の人の話から聞こえてきたシエンナ王子の良からぬ噂にムーン達は気になり始めると、そこに一人の傭兵が慌ててやってくる。
『大変だ誰かが倒れている!』
それを聞いたムーンは仲間と共に外に出ると、なんと傷だらけのリューゲが倒れていた。そこでムーンはリューゲの正体を知る事になったのだが……。
「(……って)」
隣から嗚咽が聞こえカイルを見ると泣いていた。それから先は怒涛の展開となり、最終的にはリューゲと姫が結婚して終わった。
その後カーテンコールがあり、大喝采の中ムーン役のフィルが頭を下げた後、指を鳴らすと姿が一変する。
「(⁉︎ 昨日の……⁉︎)」
そこにいたのは昨日チラシを配っていたあの狐だった。マコトも驚いたようで、「キサラギ」と肩を叩かれる。
「あれは魔術か?」
「俺に聞くな。アイツに聞け」
ライオネルを指差しながら、キサラギは言った。
※※※
「フィルって人、もしかして」
「獣人だね。昔は魔鏡領域によくいたんだけど」
床几に座り団子を片方にレンとライオネルは話をする。
獣人というのは、今いる半獣人の祖先にあたる種族でもあり、獣に極めて近い姿をしている。だが、手や髪、歩行など人間らしい部分もある。
ライオネルの言う通り、魔鏡領域を中心に獣人は沢山いた。だがその数は徐々に減っていき、あの大きな二つの戦争で殆どいなくなったと言われている。
そんな話をライオネルの後ろで聞きながら、キサラギは冷茶を口にする。
「にしても、あの魔術……誰から教えてもらったんだろう」
「すごい高度な魔術なんだけどな」とライオネルが呟く。その隣で回転焼きを食べていたアユが首を傾げる。
「姿を変える魔術ですか?」
「そう」
「あれ、高度な魔術だったんだ……」
ならフィルという男は中々力のある魔術師でもあるのか? キサラギは考えていると、「あれ?」と見知らぬ声が聞こえた。
「君はもしや……」
「? ……あ」
歩み寄ってきた銀髪の男。眼鏡を掛けており、手には大きな包みがあった。
その男をじっと見つめていたライオネルは何かを思い出したのか、声を上げる。
「タルタ・ソーウェル?」
「ああ」
差し出された手を握って挨拶をする。どうやら知り合いらしい。
「知り合いですか?」
「うん。昔にちょっとね」
「まあ、立場がありましたからね……」
苦笑した後、ライオネルは立ち上がって紹介する。
タルタ・ソーウェル。三大魔術師の一人と言われ、主に医術を専門とする魔術師である。
以前はグラスティアで医術師としていた様だが、本人曰く今は流浪の旅団に所属しているらしい。
三大魔術師という言葉を聞いてカイルが驚く。ちなみにライオネルも三大魔術師の一人であった。
「(世間って意外と狭いんだな)」
とはいえ、三大魔術師に特に興味もないんだが。キサラギは二人の会話に対しそう思っていると、「師匠!」とあのフィルが現れる。
「団長が稲荷寿司買ってこいだって!」
「そう言うと思って既に買ってきてるよ」
「流石師匠! って……知り合い?」
不思議そうな表情を浮かべているとタルタが頷く。ライオネルは納得した様子で「成る程」と呟く。
「姿を変える魔術はタルタに教えてもらったのか……」
「? ……あ、もしかしてお芝居観にきてくれたの?」
「うん。従者としてね」
「すごい面白かったよ」とライオネルが感想を言うと、タルタとフィルが笑顔になる。
すると、フィルはキサラギ達に気付き駆け寄る。
「昨日のお兄さん達に、えっと……」
「あ、カイルです」
「カイル! 三人も観に来てくれたんだね!」
カイルの手を握り、フィルが「どうだった?」と迫る。カイルは戸惑いつつも「た、楽しかったです」と言うと、「それは良かった!」と腕をブンブンと振られる。
「にしても、ケンタウロス族かぁ……初めて会ったなあ」
「僕も獣人の方にお会いするのは初めてです」
「珍しい種族同士仲良くしようね」
「は、はい! ……んん⁉︎」
抱きしめた後フィルは手を振りながら去っていく。
「じゃあね。友人!」
ぽかんとしているカイルにマコトが名前を呼ぶと、「風のような人でしたね」と放心しながらカイルは呟いた。