【2-4】短刀の記憶
一方でライオネルは見知らぬ町を歩いていた。
作りは聖園領域では馴染みのある町屋造りで、人々の格好も桜宮の人々と変わらない。
が、やはり桜宮や他の国でも見たことのない町並みだった。
「魔術による幻想……という感じじゃないよね」
やはり落雷をもろに食らったからそのショックだろうか。それにしたって、何とのどかな景色だろうか。
ライオネルはそう思いつつ、進んでいるとカーン、カーンと音が聞こえる。
その音に足を止めて、窓から覗くと刀工が刀を打っていた。
真っ赤な刀身が何度も叩かれ、鍛えられる様子を見つめていると、違う所からも刀を打つ音がする。
「(ここは、鍛冶屋の多い所なのかな)」
微かに感じる熱。絶え間なく鳴り響く鋼を叩く音。
しばらく歩いているうちに、音は静かなものに変わる。建物の隙間から見えてきたのは幅の広い大きな川だった。
水嵩は場所によって深かったり浅かったりで、中州も見える。そのあまりにも広い川幅故にか、木舟が行き来していた。
「こんなに大きな川見た事ないな」
川を眺めながらそう呟くと、背後から「そりゃそうだろうな」と声がしてライオネルは驚きつつ振り向く。そこには子どもが立っていた。
赤い衣に身を纏い、村を襲った頃のキサラギによく似ていたが、よくよく見るとあの頃のキサラギよりも少し幼く感じる気がする。
キサラギによく似たその子どもはライオネルの横に来ると、川を眺めながら話す。
「この川はお前の世界にはない」
「……じゃあこの景色は」
「お前たちが言う下層の世界にある国の景色だ。そしてキサラギの故郷でもある」
「えっ」
てっきりあの村の出身だと思ったのだが……。ライオネルは素っ頓狂な声を出してしまった後、キサラギと名前で言った子どもに何者なのかを訊ねると、彼はライオネルを見て「聖切」と言った。
「普段は短刀なのだが、何故かこうしてキサラギの幼き姿を借りて話す事が出来るようだ」
「へ、へえ……(もしや落雷による感電で?)」
それにしたって、短刀がまさか自我を持っていたとは思わなかった。
膝を曲げ、目線を合わせると、聖切は目を逸らす。
「……姿で子ども扱いしているようだが、俺はこう見えて四百年は存在している。人の体は持った事がないが、子ども扱いはするな」
「ああ、ごめん」
ライオネルは苦笑いして立ち上がると、聖切はため息をついて川に目を戻す。相変わらず川は穏やかだ。
「本人は覚えていないかもしれないが、アイツは本当はこの国の次期当主だった」
「次期、当主……?」
「ああ。お前は確か国の従者だったな。だったら似たような経験は何度かしているんじゃないか? 主が狙われて襲撃されるという事を」
「襲撃……」
いくら友好な関係を各国に結んでいようと、国や主をよく思わない奴らはいる。
勿論その為に護衛やら守る人々がついている訳だが、あの時はその護衛すらも敵わなかった。
何とか生き残ったまだ幼い主を多数の襲撃者は追った。目的は分からない。けれども、害を与える目的で襲ったのは分かったと聖切は言う。
「それで、どうして上層に」
「俺の力だよ」
「聖切の?」
「まあ、一か八かだったけどな」
聖切は不思議な力を持っていた。
それを聞いたライオネルはふと自分の左脇腹を服の上から触れる。
その下にはあの村の襲撃でキサラギからの攻撃で出来た傷跡があった。
ライオネル自身も変わった体質で、受けた傷は大抵はすぐに綺麗に治癒する身体なのだが、キサラギから受けた傷だけは魔術による治癒も何も効かずに長引いたのを覚えている。
その時にキサラギが使っていた武器が、見間違えでなければあの短刀だったのだが……。そんな事を思い出していると、聖切はライオネルを見上げる。
「お前の身に刺さった時も、その力は発揮されてたな」
「あ、やっぱりアンタなの」
「ああ。キサラギが唯一持っていた武器だからな」
正直まだ幼子の彼に持たせていたのはどうかと思うが。
そう聖切は呆れたように言った。そして静かに話を続ける。
「もしかしたら、アイツが襲撃されたのも俺のせいかもしれないし」
「……」
聖切は朝霧家に献上された刀であった。
元は太刀だったらしいが、昔の戦で折れてしまい短刀として打ち直されたという。
姿を変えても、その力は変わらない。『全てを断ち切り、主の意思に応じて力を変える。まさに感情を持つ刀』として願われた聖切は、代々朝霧家を守ってきた。だからこそ……。
「苦しむ姿を見て申し訳ないと思っていた。上層に飛ばした事を。……そして、帰り道を失くしてしまった事を」
「帰り道?」
「アイツの本当の名だよ。俺はあくまで『朝霧家』の意思で特別な力を使える。その為にはアイツ自身が朝霧家の者だと思いださなければならない。……だが、アイツは本名を覚えていない」
「……もしかして、俺が村を襲った時に」
「……」
聖切は複雑そうな表情を浮かべた後小さく頷く。それに対してライオネルは絶句してしまう。
「(俺は、なんて事を)」
唇を噛み、ライオネルは自分を責める。
辛そうな表情を浮かべていると、聖切は「そんな顔をするな」と言う。
「確かにお前が襲撃してこなければ、アイツが記憶を失くすという事はなかったかもしれない。だが、アイツは生きている」
「……」
「お前、キサラギに攻撃を受けた後、正気に戻ったのだろう? その後の事を忘れたとは言わせない」
「‼︎」
その後とは村を襲った後の事だろうか。
ライオネルは聖切から目を逸らし「あんなの、罪滅ぼしにはならない」と言った。
「深い傷負ってたし、魔術を使う体力も残されていなかったから、治癒も殆ど出来なかったし、安全な場所に移動する事しか出来なかった」
「だが、そのおかげでヴェルダとかいう兵士の奴らには見つからなくて済んだ」
それだけでもすごい助かったと、初めて聖切が笑みを浮かべると、ライオネルは目を見開き聖切を見る。目には涙が浮かんでいた。
「そんな、お礼、言われるような立場じゃ、ないのに」
「そうだとしても、助かったのは事実だ」
くるりと着物を翻しながら、ライオネルから背を向ける。
すると強めの風がどこからともなく吹いた。
「もうそろそろ時間だ。じきにお前も目を覚ますだろう」
そう言われて辺りを見ると段々と町が薄くなっていった。
空を見上げるとトビが飛んでいる。そのトビの鳴き声が大きく響いた時、聖切は振り向いて言った。
「ここでの話はお前と俺との秘密だ。本人が思い出すまでアイツが朝霧家の者だと言う事は絶対に教えるんじゃないぞ」
「え、じゃあ、なんで俺に……」
ライオネルが聞くと、聖切は目を細めた。
「お前からは何故か面白い匂いがしたからだよ」
「じゃあな。苦労人」そう聖切の言葉を最後に、目の前が真っ白になっていった。
※※※
目を覚ますと見慣れた天井があった。
ライオネルは微かに香る桜の香りに何となくホッとした後、身体を起こしてそばに置いてあった水色の羽織を手にすると、腰に巻いて自室を出た。
「……!」
廊下に出れば、様子を見に来たのかウォレスが近くにいて驚いていた。
ライオネルは笑って「心配かけたね」と言うと、「全くだ」と呆れられたように言われる。
「アユ様達が心配していたぞ」
「だろうね」
一体何日眠っていたのだろうか、頭を抱え少しフラつきを感じながらも、部屋から離れていくとウォレスから「どこに行くんだ」と聞かれる。
先ずはアユに顔を出しに行かなければならないが、その後は……。
「キサラギ、だっけ。彼に会いに行く」
「だ、大丈夫なのか?」
「多分」
彼と話したい事はまだある。彼の為にも。自分の為にも。
聖切と話した事を思い出しながらも、湖に浮かぶ屋敷の中心へと歩いていくと、レンの声が聞こえて立ち止まる。
振り向こうとした時、横から突っ込まれ視界が回った。
「レン様⁉︎」
ウォレスの声の後、顔を上げるとレンががっしりと抱きついていた。
「レン」とライオネルが声を掛ければぐいぐいと頭を腹部に押し付けられる。相当心配したらしい。
何も言わずに頭をそっと撫でると、回された腕に力が入る。
「ごめん。心配かけちゃって」
「うん……良かった、ちゃんと目を覚ましてくれて」
「……」
本当に良かった。顔を上げてぼろぼろと涙を溢すレンにライオネルは笑みを浮かべて、優しく抱きしめた。