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【旧版】千神の世  作者: チカガミ
二章 桜宮の魔術師
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【2-2】夜中の雨

「……何かあったんですか」

「別に……」

「……」


 鯛の刺身を口にしながらカイルが恐る恐るキサラギに訊ねる。

 キサラギは呆れたように返すが、マコトは顔を真っ赤にしたままキサラギと顔を合わせないようにして食べていた。

 この世界では混浴が常識といっても、全員が全員受け入れられる訳ではない。

 第一、他人と一緒に入浴する機会なんて殆どないわけで、苦手なら苦手で別に良かったのだ。

 キサラギはため息をついて「だから言っただろ」と言う。


「お前、異性と入ったことないんだろ」

「お、弟となら昔……」

「だろうと思った」

「……あの、つかぬことを伺いますが、何もなかったんですよね?」

「無かった。無かったどころか、互いに背を向けあっていたからな。正直気まずかった。休めた気がしない」


 キサラギは軽く肩こりを感じながらジト目でマコトを見ると、マコトはびくりとして「ご、ごめんなさい」と謝る。

 そんなキサラギとマコトの様子を眺めつつ、アサリがたっぷり入った味噌汁を飲んでいると、カイルはふと何かに気がつく。


「キサラギさん、肩どうしたんですか?」

「? ……ああ」


 肩を揉んだ時にはだけたのか、肩が少し見えていた。その右肩には大きな傷が走っている。

 マコトはそれを見て手を止める。入浴時にも一瞬だけ見えたがその傷は大きな引っ掻き傷のようで、肩甲骨までくっきりと三本の傷跡があった。

 その傷に浴衣の上から触れながら「昔、やられた」と言う。

 カイルはそれ以上聞かなかったが、察したようで「そうなんですね」と言った。

 それから妙に静かな夕飯を済ませゆっくり休憩した後、布団を敷いてそれぞれ眠りについたが、その夜中マコトは目を覚まして起き上がる。


「……」


 変な時間に起きてしまったなと思いつつ、カイルやキサラギを起こさないように布団から出ると、部屋を出る。

 廊下は暗く静かだった。

 欠伸をしながら廊下を歩いていると、人の気配を感じて振り向く。


「……誰?」


 嫌な気配ではないが、暗くて夜中という事もあり恐怖を感じた。

 振り向くと小さな光が徐々に近づいてくる。


「(ひ、火の玉⁉︎)」


 血の気が引いていく。急ぎ足になり、その火の玉? から逃げるように外にある厠へ向かう。……一体あれはなんだったのだろうか。

 マコトは辺りを警戒しながら厠から出てくると、緊張した面持ちで部屋へと戻った。

 その途中、空を見上げると雲がゆっくりと流れていた。


「(そういえばもうすぐ梅雨、だっけ)」


 月や星々を隠すように雲が厚く覆い隠す。

 部屋にたどり着いた頃には、ぽつぽつと小雨が降り出していた。朝には本降りになるのだろうか。


「(あんなに晴れていたのにな)」


 屋根を叩く雨音に対してそう思いつつ、布団に入ろうとすると寝ていたはずのキサラギの姿がなかった。

 カイルは変わらず眠っていたが、マコトはキサラギが気になって眠れない。キサラギもお手洗いに行ったのだろうか。

 そうマコトは思いつつ一刻ぐらい時間が経った頃、雨は強まり遠くで雷鳴が聞こえる。

 隣を見ればキサラギはまだ戻ってきていないようだ。


「……キサラギ」


 やっぱり何かあったのではないか。

 心配になったマコトはキサラギを探しに部屋を出ようとすると、扉の向こうから「マコト」とレンの声が聞こえた。

 マコトは音を立てないように扉を開くと、そこには同じく不安げな顔をしたレンが立っていた。


「キサラギ、いる?」

「……それが」


 居ないことを伝えると、「やっぱり」とレンは呟く。どうやらライオネルも居ないらしい。

 

「(まさか)」


 そんな筈はないと思いたいが、嫌な予感がしてマコトは再度キサラギの寝ていた布団周りを確認する。……ない。短刀も、着物も。

 

「(キサラギのバカ……ッ)」


 止めてくれと言ったくせに何故一人で行ってしまったのか。怒りと悲しみで泣きそうになりながら、マコトは急いでキサラギを探しに部屋を出て行く。


「ふぁ……。……ん? どうかしたんですか?」

「それが」


 騒ぎに目が覚めたのか、目を擦りながらカイルも起き上がると部屋の前に立っていたレンに声を掛けた。



※※※



 雨は土砂降りになりつつあった。着物は重く湿り、時折稲光が空を照らした。その雨を遮るように、キサラギは宿近くの林の中を歩いていく。


「(あいつ、怒るかな)」


 黙って出ていった事。止めてくれと言ったのに出ていったのだから、そりゃ怒られるに違いない。

 キサラギは尾を引かれる思いのまま歩いていく。

 額に張り付く前髪を指で払いながら少ししてある人物を前に立ち止まった。


「久々だな。猫野郎」

「……」


 雰囲気があの時と違うライオネルに、キサラギは複雑な感情を覚える。

 殺気も何も感じない。さらに言うと生気すら感じられない。

 

「(あんなに、小さい奴じゃなかった筈だが)」


 村を襲った時の覇気はどこへいったのやら。あまりにも弱々しい態度のライオネルに、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 

「あれだけ、俺の村をめちゃくちゃにしたというのに。何だよ。その態度は」

「……」

「何か、言えよ」

「……」

「……チッ」


 何も言わずに光のない瞳で見つめてくるライオネルに、キサラギは舌打ちして大股で近づくと、ライオネルの胸ぐらを掴む。

 それでも動じない彼に、静かにキサラギは言った。


「今更テメェを殺しても、村の奴らが帰ってくる訳じゃない。……それに、俺の怒りの感情がこれで収まる訳でもない」

「……」

「でもムカついて仕方がねえ。何で、そんな陰気臭い顔してんだよ」


「そんな顔されると、殺せねえだろ」胸ぐらを掴む手が微かに震える中、ライオネルはようやっと口を開いた。


「殺せばいい。村を滅ぼしたのは、俺だし」

「……っ」

「だって、俺はその為に今まで生きてきたんだから」


 その言葉にキサラギは唖然とする。そして唇を噛みしめ、苦しげに呟いた。


「こんな奴に、頭領達はやられたのかよ……」


 キサラギは許せなかった。目の前にいる人物が。でも何よりも、どうしたって救われないこの現状を作った奴が許せなかった。

 乱雑に手を離し、深く息を吐くと短刀を抜く。それを見ていたライオネルは目を伏せて静かに待っていた。


「(……頭領)」


 柄を握りしめ、刃をライオネルに向ける。

 このまま仇を討とうか。そうキサラギは思ったが、その手は震えていてライオネルの喉元に微かに当たるだけでこれ以上は進めなかった。

 

「(マコト……)」


 さっきからずっとマコトの事が頭から離れられない。

 泣かせてしまった罪悪感からだろうか。……いや、違う。心の中で『誰か』が止めようとしているからだ。

 ガタガタと震えながら短刀を持つ右手に左手で抑えるようにそのまま下ろすと、「これでいいんだ」と自分にいい聞かせるようにキサラギは言った。

 ライオネルは一向にやってこない痛みに、疑問を感じて目を開くと、短刀を鞘に納めるキサラギに驚く。


「何で……」

「お前を許しはしない。だが、本当の敵はお前じゃないからな」

「……」


 気持ちを落ち着かせながら、キサラギはライオネルに訊ねる。「何故村を襲ったのか」と。すると、ライオネルは「命令」と言った。


「正直、自分でもよく覚えていないんだ。ただ、村を襲った事は覚えている」

「……操られていたのか?」

「……」


 辛そうな表情でライオネルはこくりと頷く。「そうか」とキサラギは言うと、その場に脱力する様に膝をつく。

 ライオネルは慌てて支えようとするが、ふと何かを察してキサラギを押し退ける。

 

 バキバキバキ


 まるで爆撃のようなそんな音。

 目の前が眩い光に包まれて、耳がやられる。どうやら落雷したらしい。

 地面に叩き付けられ意識が朦朧とする中、ライオネルの姿を探した。


「(あ……いつ……なんで、かばって……)」


 辺りに焦げ臭い匂いが漂う。

 大木が大きく裂け、燃えている側にライオネルが倒れているのが見えた。

 随分と遠くに飛ばされているようで、痺れる手を伸ばすが届くはずもなく、そのまま意識を失う。

 雷は止まず、大粒の雨がずっと二人を濡らし続けていた。

 

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