【1-10】抱え込むなよ
※一部修正しています(2021年1月2日)
「だ、大丈夫?」
「一応は」
レンに心配されるが、キサラギはクールな表情を崩す事なく普通に答える。
旅立ちの準備をしつつ村長やトウに軽く話をした後村の入り口にやってくると、周りにはエルフやケンタウロスの人々が集まっていた。
「ありがとうございました!」
「またいらしてくださいね!」
「次は是非ケンタウロスの里にも!」
手を振って笑う人々にレンとマコトも手を振って、頭を下げたりする。
キサラギも振り向き小さく頭を下げた後、村の外に出ようとした時「待ってください!」と目の前にカイルが現れる。
その肩には沢山の荷物があった。
「キサラギさん! 僕も一緒に旅に行かせてください!」
「旅?」
「決めたんだな。ついに」
呆然とするキサラギを他所に、マコトが「ようこそ」と笑う。レンも知っていた様でニコニコとしながらマコトの隣にいた。
どうやらキサラギが離れている間に「どうせなら」と三人で話していたらしい。
「(……ちょっと待て。という事は)」
クエストや昔の事でいっぱいになっていたが、レンがこの後どうするのか聞こうとしていた事をキサラギは思い出す。だが、恐らくこの流れからして聞かなくても分かった。
キサラギはレンを見ると、レンは首を傾げた後「ああ」と何か思い出したように手を叩きキサラギに近づく。
「カイルついでに、あたしもしばらく一緒にお供するね!」
「(やっぱり)」
「今、やっぱりって思ったでしょ。表情に出てたよ!」
キサラギの頬を掴み引っ張りながら頬を膨らますレンに、キサラギはレンの手首を掴み「やめろ」と鬱陶しそうに言う。
騒ぐ二人にマコトが「どうするんだ?」と声を掛けると、キサラギはカイルを見て「仕方ねえな」と了承した。
カイルは笑みを浮かべて「ありがとうございます!」と勢いよく頭を下げた。
「改めてよろしくお願いします!」
「よろしくー! カイル!」
「よろしくな!」
知らぬ間にどんどんと仲間が増えていく状況に、キサラギは「何故こうなった」と思わず呟いてしまう。
勿論そんな言葉など三人には聞こえていないのだが、呆れつつも「おい」と、キサラギは三人に話しかける。
「詳しくはエメラルに着いてから話すが、俺は一旦聖園領域に帰ろうと思う」
「え、聖園領域に帰るの?」
「どこに行くんです?」
レンとカイルがそれぞれ反応した後、キサラギはマコトを見る。
マコトは何となくキサラギの言いたい事が察した様で真面目な顔になると、「行くのか?」と言う。
「ああ」
「……何? 大事な用事?」
「……まあ、そんな所だな」
言い淀みながらも答えた後、キサラギはすぐに歩いていく。
カイルはふとキサラギの右手を見て、「何かあったんですか?」とマコトに訊ねると、マコトは苦笑して「ちょっとな」と呟く。
「昔の事で色々何かあったみたいだけど……」
「話してくれなかった?」
「そう。ま、仕方ない。無闇に聞き出すのもキサラギに悪いからな」
「……」
レンはキサラギの後ろ姿を見つめたまま、小さく呟く。
「ライ兄様みたい」
「ライ兄様?」
「うん。あたしの家に仕えている魔術師だよ」
「え、魔術師? 魔術師が家に仕えてるんですか⁉︎」
カイルが驚くと、レンは笑っていった。
「あたし…… 桜宮の王女だからさ」
「⁉︎」
突然のカミングアウトに、遠くにいたキサラギもその話が聞こえた様で振り向いて目を大きく見開いた。
「桜宮の、王女だと?」
「う、うん」
「……」
……それから先は妙な空気が流れていた。エメラルまでの道中はずっと無言で、せっかく仲間に入ったばかりのカイルも気まずくなってくる。
そんな空気を流した発端は間違いなくキサラギとレンであり、キサラギに至っては表情が硬く素っ気ない。
「キサラギ」
「何だよ」
「その、ごめん。何か気に障った?」
「……いや」
違う。レンは悪くない。それは分かっているものの、キサラギは気持ちがざわついて仕方がなかった。
息を吐いて小さく「すまない」と謝った後、両手を強く握りしめ再びすたすたと一人歩いていく。
「え、えと、とりあえず……エメラルの王に報告しようか」
マコトの言葉でひとまず城へ向かう。
城ではジークヴァルトの指示によって、宴の準備が行われていた。
「いつの間に」
「おっ、帰ったか! 報告は聞いている。ドラゴンを倒したんだってな!」
その報告は一体誰からとキサラギは聞きたくなったが、そばにいた翼人の少女がやけに笑顔だったので、何となく察してしまう。
すると、見慣れない城を見回して興奮していたカイルが、翼人の少女を見て驚きの表情を浮かべる。
「翼人⁉︎」
「ん? ああ、翼人は珍しいか」
「珍しいというか……その」
言いにくそうにしていると、少女は悲しげに笑みを浮かべて「お互いに大変でしたね」と言った。
カイルは頷きつつも「こうして会えて良かった」と少女に言う。
そんな会話に少し離れた場所でジークヴァルトは愁える
「あの戦いは……酷いものばかりだったからな」
「……」
キサラギは何も言わず、ただジークヴァルトを見つめる。そして息を吐いた後「話がある」とジークヴァルトに言った。
キサラギの表情からして何かあったと察したジークヴァルトは「分かった」と頷くと、翼人の少女に宴の準備の指示を出してキサラギを連れて部屋を出ようとする。
「キサラギ」
「しばらく、離れる。先にゆっくりしていてくれ」
「わ、分かった」
マコトにそう伝えて、キサラギはジークヴァルトに着いていく。
連れて行かれたのは、熱帯植物が沢山生え蝶が飛び交う大きな温室だった。噴水のあるちょっとしたスペースに行くと、ひらひらと大きなゴマダラの蝶がキサラギの肩にとまる。
「(見かけない蝶だな)」
少ししてすぐに飛んでいってしまったが、その前ではジークヴァルトが愛おしそうに指にとまる蝶を眺めていた。
「ドラゴンの事なんだが」
「やはりな。イルマから聞いてはいたが、あのドラゴンは竜人だったんだろ?」
「ああ」
ジークヴァルトに次から次へと蝶が寄ってくる。どれも大きなあの白いゴマダラの蝶だった。
だが彼はその蝶をよそに話を続ける。ちなみにイルマは先程の翼人の少女の名前らしい。
「一応表では倒したという事にはしているが……。すまないな。聖園領域のお前たちに魔鏡領域のいざこざに巻き込ませてしまって」
「いや、むしろ助かったんだ。仇が見つかりそうで」
「仇、か」
その割には表情が暗いな。とジークヴァルトが指摘する。
「まあ、仇を見つけて笑顔になる奴はそうそういないだろうが、それにしても随分と思い詰めた顔をしている」
「手は大丈夫か?」と聞かれ、キサラギは「大事ではない」と言う。その際に無意識にだがキサラギは右手を隠した。
そんな様子に、ジークヴァルトはキサラギに近づくと、勢いよくペシンとキサラギをデコピンする。
ぽかんとするキサラギに、笑って「あまり考えすぎるなよ」と言うとキサラギの肩に腕を回した。
「慰めにはならないかもしれないが、今夜は宴だ。話ぐらいなら聞いてやる」
「宴で話せるような内容じゃないが」
「それでもだ。それに、お前みたいな奴ほど遠慮してますます抱え込むからな」
「な? 」とジークヴァルトに圧されて、キサラギは目を逸らした後渋々と頷く。
馴れ馴れしいなと心の中で思いながらも、少しだけならと自分に言い聞かせて、キサラギは彼に吐露してみる事にした。
一旦この場でジークヴァルトとは別れたものの、数時間経って宴が始まった時、キサラギは再びこの温室に呼ばれた。
「いいのか、ここで」
「いいんだよ。話しにくいだろ? あの場所じゃ」
「まあ……」
透明な天井越しに夜空が見える。キュポンと栓が抜かれると、辺りに芳醇な葡萄酒の香りが漂った。
「酒は強い方か?」
「いや、あまり」
「そうか。ま、一口だけでも」
「……」
グラスに少量注がれて渡される。香りを嗅いだ後、少しずつ口にする。
しばらく静かな時間が流れた後、「出身は何処だ?」と聞かれ、「知らない」と答える。
「記憶を失っているからな」
「ん、それは大変だなぁ……。覚えている事とかはないのか?」
「村を滅ぼされた、という事とかは」
「!」
ジークヴァルトは目を見開き、キサラギを見つめる。そして小さく「そうか」と呟いた後、葡萄酒を口にした。