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【旧版】千神の世  作者: チカガミ
一章 仇討ちの旅
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【1-9】許すと責める

 竜人の青年はトウという名前らしい。

 瞳を曇らせ、くしゃりと前髪を掴むと辛そうに息を吐いた。


「記憶の断片でしか把握出来ないが、竜になってエルフ達を襲っていたのは覚えている……。なんとお詫びをすればいいのか分からないが……」

「何故、エルフ達を襲った。命令か? それとも白い針の付いていたあの腕輪と関係あるのか」


 キサラギがそう訊ねると、トウは小さく頷いた。

 村長は「腕輪……?」と首を傾げていたが、キサラギがドラゴンに刺さっていた白い大きな針の事を伝えると「成る程」と少々驚いた様子で言った。


「ところで今は一体何年だろうか」

「新暦……んんと、七〇六三年じゃな」

「六十三……。もう、十年も経ってたのか」


 時が経つのが早いというよりも、知らない間にそれだけ時間が経っていた事にトウは愕然としていた。


「(十年……か)」


 村が襲われたのは八年前だったが、キサラギはあまりにも今回の件と村の件を切り離せなかった。

 手を強く握りしめた後、キサラギはトウに聞く。


「お前は、化け猫を知らないか? 赤と紫の目の大きな猫を」

「赤と、紫……。もしや、ライオネル様の事ですか?」


 トウから出た名前に、キサラギは「ライオネル」と復唱する。村長もその名前を聞いて「あやつか」と複雑そうな表情を浮かべる。

 ライオネル。魔鏡(まきょう)領域ではその名を知らぬ者はいなかった。

 かつてあった強国・オアシスの二柱であり、また三大魔術師の一人とも言われた人物である。だがその出生及び戦後の足取りが掴めていなかったが……。


「巷では、聖園(みその)領域にいると言われておるな。確か……」

桜宮(おうみや)、だろ」

「そうじゃったな。キサラギとやら。お主はその魔術師を追っているのか?」

「ああ」


 やはり噂通り仇は桜宮にいるのだろうか。

 無意識に憎しみを滲ませるキサラギにトウは目を逸らす。そして震える声で、「あの人も、操られていた」と呟いた。


「俺もあの人も、オアシスを失った後、ヴェルダに連れて行かれた。……いや、惑わされたんだ」


 あんなにオアシスに忠誠を誓っていたのに、気付いたらヴェルダの言いなりになっていた。まるで夢のようだったとトウは言う。


「あの腕輪を装着されてから記憶が飛び飛びなんだ。でもその間の感じは覚えている。見えない筈なのに、声が聞こえるんだ。助けて、助けてって……」


 トウは顔を青褪め、涙をボロボロと流しながら呟く。

 怖かった。制御出来なかった己が許せなかった。そして何よりも、自分のせいで沢山の者たちが傷付いてしまった事がとても申し訳なかった。と。

 泣き噦るトウをキサラギは見下ろしたまま動かない。その隣で村長はトウの頭に手を置く。その手もまた震えていた。


「お主は覚えているか分からんが、今回の戦いも……そしてその前の戦いの時も、怪我はしておるが幸いにも犠牲者は出ていない」

「……!」

「だが、許す事は出来ぬ。この里を、村を守る者としても、エルフとしてもじゃ。手を出してしまった以上、たとえ背景に何かがあったとしても、受けてしまった傷をなかった事には出来ん。その事は決して忘れるな」


 優しく頭を撫でつつも、その言葉は厳しくはっきりしていた。

 トウは頷き涙を流しながら「許されるとは思っていない」と言った。

 そんな二人を少し見つめた後、キサラギは静かに二人から離れると、家を出て行く。心の中では今までにないぐらいに感情が渦巻いていた。


「(ライオネルとかいう奴もそうだったのか?)」


「(あんな惨たらしく村の皆を傷付けたんだ。許せるはずがない)」


「(許すな。同情するな。情けなんてかけるな……)」


 必死に心の奥底から溢れ出すその感情から逃げようとする。

 息が荒くなり、村から離れるようにキサラギは森の茂みに入っていくと、苛立ちをぶつける様にブナの太い木の幹に右手の拳をぶつけ、何度も繰り返した。

 

「何が、ヴェルダだ……っ。何が命令だ……! 見ただろ、アイツが手を出したのを……! なあ……‼︎」


 何年も抱えてきた怒りが崩れそうになる。忘れるな、許すな、失せるなとキサラギは声を荒らげて怒りで自分を保とうとしていたが、その右手は傷だらけで血が滲んでいた。

 そしていつかだったか、頭領に言われた事を思い出す。「お前は優しい」と。


『優しい感情を持つお前はきっと強くなる。だから大丈夫だ』


 その言葉を何故今思い出したのかは分からないが、キサラギはそれを打ち消すように叫ぶ。


「大丈夫じゃねえよ! 優しい感情なんて要らねえ! そんなの甘いだけだろ!」


 膝が崩れ落ち、地面にへたり込む。少しでも同情してしまった自分が許せず、キサラギは唇を噛み締めガリと地面に爪を立てた。

 しばらくして肩で息をしながら再び木の幹を殴ろうとした時、背後から手が伸びてキサラギの右手が掴まれる。


「キサラギ、何があった……⁉︎」

「……っ⁉︎」


 互いに驚いた表情をした後、キサラギは右手から力を抜く。

 徐々に落ち着いていき俯くと、そのまま全身から力が抜ける様にその場に倒れた。

 マコトは「は⁉︎」と思わず変な声を出した後、意識を失ったキサラギに慌てて声を掛ける。


「キサラギ! しっかりしろ! キサラギ!」


 マコトの呼び掛けにも応えずキサラギはそのままゆっくりと闇に意識を引きずりこまれていった。



※※※



「〇〇も大きくなったねぇ」


 家の柱に刻まれた子どもたちの身長と比べながら、義母は笑う。キサラギは目をパチクリさせた後、義母と彼女の子どもである二人の男子を見る。

 

「〇〇も成長期に入ったんだよ」


 な、〇〇。と義兄が頭をポンポンとしながら言った。

 ひぐらしが鳴き、暑さを若干残したまま橙色の光が家の中に差し込む。

 居間を見ればあの大きな背中があった。振り向きはしなかったが、「もう一年も経つからなぁ」と言って立ち上がる。

 義母は手を合わせながら、「このままうちの子になっちゃうかい?」と言う。

 頭領はこちらに歩いてくると、小さなキサラギの肩を引き寄せる。見上げれば、頭領がガシガシと髪をくしゃくしゃにする様に撫でた。


「〇〇に父ちゃんと呼ばれるのもいいな」


 ははは。と歯を見せて笑う頭領に、キサラギも笑う。


 ……けれども結局、頭領を「父ちゃん」と呼ぶ時はやって来なかった。

 それを思い出したのは、夢が覚めてからの事である。

 


「……」


 目が覚め、起き上がるとキサラギはベッドの上にいた。右手は包帯が巻かれており地味に痛い。

 うつろな目で右手を見つめたまま固まっていると、「キサラギ」と声を掛けられ、顔を上げる。


「体調は大丈夫か?」

「あ、ああ……っ、だが、頭と右手が地味に痛え」

「右手はともかく、頭は多分飲み過ぎだろうな」


「意外と酒きつかったみたいだし」とマコトは言いながら、キサラギの額に手を置く。

 キサラギは固まったまま直近にあるマコトの顔を凝視していると、「熱はないみたいで良かった」と笑顔になった。

 

「それよりも、キサラギ。何か隠してる事ないか?」

「な、何がだ」

「昨晩もその、かなり取り乱していたし。それにエメラルで仇とるって言ってたから」

「ああ……」


 そういえばと、あの時口を滑らせて言ってしまった事をキサラギは思い出す。

 気まずくなりマコトから目を逸らした後、「お前には関係ない事だ」と突っぱねた。

 だが、マコトはキサラギの反応に益々気になってしまい、ベッドに座ってにじみ寄る。

 キサラギは口には出さなかったもののやめろと言いたげな表情で睨んだ。


「あまり、一人で抱え込んじゃダメだぞ」

「……」

「それに関係ないって言ってたけど、マシロ様からも頼まれたからな。キサラギをよろしくって」

「マシロの奴……」


「余計なことを言いやがって」と溜息混じりに言った後、窓から差し込む朝日に目を細めながら「もし」と、マコトに問いかける。


「もし、大事なモノを奪った奴が、実は操られてそうしたと分かったら、お前はどうする?」

「操られて? そう、だなぁ」


 難しい問いに、マコトは腕を組んで唸りながら考える。

 少しして彼女から発せられたのは「許せないかもしれない」という言葉だった。


「大事なモノにもよるが、もしそれが人命であれば尚更の事許す事は出来ないと思う。けれども強く責めることは出来ないな」

「……そうか」


 マコトの言葉にキサラギは共感し、納得する。だがそう思いながらも、その辛さは未だにキサラギを苦しめていた。

 布団を握りしめると、マコトはキサラギの肩に手を置いて「とりあえず、朝ご飯を食べよう?」と、笑みを浮かべて話しかけた。

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