陰キャの谷口さん
私にはおバカな相棒がいる
小中学校を根っからの陰キャとして過ごしてきた私にとって高校はそんな自分から卒業するための大勝負の三年間であった。
結果として陰キャはそう簡単に卒業できない18+α年制の義務教育であったことを思い知るのみだったのだが、変わりに陰キャを無理やり卒業しようとしたことへの罰かはたまた副賞か、私はおバカな相棒を手に入れた。
彼女の名前は損畑千里という。
彼女は根っからの陽キャで、だからといってパリピというわけではなく、偏見、陰口、コミュニケーション障害の一切ない恐ろしい人間だった。とにかく誰とでも仲良さげに話すことのできる彼女の口癖は、
「あの子はなしやすいわ~」
逆に誰なら話しにくいのかを教えてほしいといつも思っていたが、ついにそんな日は来なかった。私は涙を飲むばかりである。
どうしてそんな正反対の二人が相棒と言われるようになったのか、疑問に思う人も多くいることだろう。
しかし、そんなあなた達は自分の思考の単純さを恥じて、二メートルくらいの段差から飛び降りてほしい。
喧嘩している二人を見て、「似た者同士なのにどうしてそんなにいがみ合うんだ」と不思議に思ったことはないだろうか。そうだ、まさにそれなのだ。似た者同士というのは、お互いが自分で自分の嫌いなところまで似ている場合が多く、そんなところが目に付いてお互いのイライラを増幅させあうのだ。だから上辺だけは何とかとりつくろえても、相棒と言えるほど仲良くなることはほとんどない。逆に正反対の二人は互いに足りないものを補ってピッタリになってしまうのだ。世間とはそういうものだ。自分のケツの青さが恥ずかしくなったらファンデーションでもチークでも塗りたくってこいガキどもめが。
なんやかんやで相棒になった私たちだが、最初から相棒というわけでもなかった。女子とはそういうものである。ちょっとアブノーマルな展開を期待していた腐男子の諸君にはブラウザバックを推奨する。
これはそんな私と彼女の高3の記録である。
埃っぽい教室はいち早く、迫りくる大学受験の危険に目覚めた一部に意識高杉なんちゃら君よろしく単語帳片手に早弁組がちらほらと生息し始めたころで、とはいえまだ大勢はおしゃべりに興じたり、一人で本を読んでいたり、中には何かの呪文を……とまぁこれは私なのだが、ちなみに何の呪文かというとそれは言えないのである。……と、わがクラスは3年生の一学期といえば伝わる様相を呈していた。
周りはみんな勉強なんかまだしていないと小耳にはさんでいる。まだ大丈夫だ。夏休みから本気出せばいいだろ。まだ高校受験の疲れが癒えてないんだ。まだまだダラダラさせてもらうぜ。
ところが、そんな私の余裕は早くも数学探求Ⅱの時間に粉々に粉砕されてしまうこととなる。
「はい、では4人組になって」
陰キャレベル231の私は一周回って最早これくらいで動じるほど雑魚ではない。近くの3人組にスッと影のように入り込むと当たり前のように一緒に授業を受けた。しかし、本当の事件はこの後に起きる。
周りの3人がスラスラ解いている問題を一切解けないのである。しかも、このグループには、損畑千里と、私の中学校以来のスウィートハニー永崎愛奈、そして初見の西峰伊緒がいる。千里は例によって既に打ち解けているようだったが、人見知りとコミュ障が奇跡の融合を果たして生誕した記録的陰キャの私はやはり例によってまだ話どころか認知されているかも怪しかった。
「グッチー、ペン止まってるやん」
どこかの湯屋の代表取締役ババァに『贅沢なあだ名だね』と言われそうなほど陰キャには尊い存在であるあだ名で私を呼ぶのは無論千里だ。彼女は数学だけはできるのだそうで、だったらなんでこの文系クラスにいるのか学校の七不思議並みに不思議で仕方ないのだが、どうでもいいというのが正直なところだ。
「分らんのだよ」
いおりんの方をチラ見した。因みにいおりんというのは、頭の中で先に仲良くなった脳内西峰伊緒のあだ名である。異論は認めないものとする。
ところでリアルいおりんはガン無視だ。というか、完全に集中していて私の目線には気付いていない。私はそう思いたい。
教室は鉛筆を動かす音以外、鼻水をすする音、男子の下品な咳、女子の世間話、数探教師の独り言exc以外の音が全くしないほど静まっていたので私はこれ以上何かを言うのは気が引けた。仏頂面で、
「教えてくれ」
ワークを差し出すと、
「なんでそんな不機嫌なん」
逆ギレされた。不憫だ。不憫すぎて瞼の肉が落ちてきた。
クラスのお調子者男子は、お気に入りの女子を作るのが通例になっている。女子どころかクラスの一人にもカウントされていない私がそんな目に遭うのはあり得ない。……いや、あり得ないと思っていた____________
ある日そのお調子者が私の席までやってきたのである。
____________そのまま通り過ぎて千里の席へ歩いて行った。私は思わず思った。
「ロッテのチョコパイ食べたい」
わかっていたはずだ。だいたいクラスのお調子者岡崎富士夫は私の斜め後ろの席の外村真紀のところによく来ていたじゃないか。お気に入りに千里が追加されただけだ。何も特別なことはない。逆になんで今まで千里が入っていなかったんだ。最初から入れとけ紛らわしいだろ。
一通り考えたら、チョコパイ恋しさにおなかが鳴った。
クラスには一人くらいは顔面のいい男がいるのが通例になっている。女子どころかクラスの一人にもカウントされていない私には一歩も近づくことは許されないが、顔面を盗撮してモブおじさんに500円くらいで売る妄想ぐらいはできる。畜生、うちの高校が携帯使用禁止でさえなかったらこの作戦を決行しているのに。すまないモブおじさんたち。
そんなある日、そのイケメンネコ俳優の彼が私の席までやってきた。
____________そのまま通り過ぎて【以下略】私は思わず思った。
「最近はムーンライトもいいや」
わかっていたはずだ。だいたいクラスの割合イケメンの下谷寅之進はゲイではないと。男に抱かれることはもちろん童貞ですらないかもしれない。一皮剥けているかもしれない。受けの属性は非童貞非処女が性癖の私に言わせれば後は掘られるだけなんだ。モブでもいいし、隣のクラスで彼とバレー部仲間である南君でもいい。その時は私だってモブキャラ(女子)ではなく、モブキャラ(おじさん)に転生してその場を見守るよ。エロ同人誌みたいに、エロ同人誌みたいに!
一通り考えたら、いつからこんな人道から外れた自分になったのかむなしくなってムーンライトを二箱開けた。たまたまタイミングが被っただけであろうが、その日、体重計に乗ったらメモリがくるっていた。
クラスには一人くらいは天然ゆるふわ男子がいるのが通例だ。女子どころかクラスの一人にもカウントされていない私には同じ空気を吸うことも許されないが、小さな彼を瓶に詰めることぐらいはできる。呪文を使った? 何のことを言っているのかさっぱりだな。
そんなある日、その可愛い彼が小瓶を前進させながら、私の席までやってきた。
____________そのまま通り過ぎて【以下略】
「いや、かいよう君はアカーン!!!」
だからと言って二人の会話に割り込む勇気は、朝起きて学校に来るときに使い果たしてしまった。クソっ何喋ってるんだ。楽しそうにしやがって。お調子者岡崎とネコイケメン下谷はまだいい。お調子者は我ら陰キャの天敵だし、ネコイケメンはいつかモブおじさんが掘ってくれる。しかし、かいよう君は小瓶に詰められたかいよう君は女子みんなのものなんだー!!!
ちょっと切なくなったのでしょぼくれていると、千里に頭を撫でられた。この神対応が陽キャたる所以である。
丁重に振り払わせていただいた。
二の腕の厚い肉をそよがせて、ブンッとはっきり音が鳴った。
「あぁ、愛奈ちゃん。あなたはどうして愛奈ちゃんなのぉ?」
愛奈ちゃん過激派の私は毎日写真に鉄を溶かしかねない温度での厚いキスをおみまいして1日が始まる。だいたい昼の12時くらいのルーティンワークである。
私が恋心に気づいたのは3年前。中学三年生の頃まで遡る。高校受験の出願の帰り道、電車でのことである。向かい合わせで座っていたのだが、慣れない道で疲れていたのか、彼女はスヤスヤと寝息をたてていた。人形のような寝顔に見とれていると、体感5秒で最寄り駅まで帰ってきてしまった。その日は勉強が手につかなかった。1日だってまともについた日はないのだがその日は殊につかなかった。
そうして新世界の神になった私はロッテのチョコパイを貪り食いながら愛奈ちゃんへの思慕を募らせ、こじらせて、高校三年生になってしまった。
思えばいつだって私の頭の片隅にはチョコパイがいたが、千里を相棒としていながら愛奈ちゃんへの思いを募らせることに罪悪感がないでもなかった。
結果、愛奈ちゃんと付き合うことになったのだが、1週間程度で振られてしまった。原因は、
「私とチョコパイ、どっちが大事なの?」
という彼女の問いに、
「もちろん愛奈ちゃんさ」
とチョコパイを食べながら答えてしまったことだった。その時のビンタで高速回転がついてゴロゴロと転がり、街を一個破壊した。
突然だが、私の相棒こと、谷口めいは、かなり頭がおかしい。なんでそんな奴と相棒を組まされているのか甚だ迷惑でしかないが、ここまで頑張って築き上げてきたちょっとおバカだけどいい人な陽キャというイメージを崩すのはまずい。ここで見捨てるわけにはいかなかった。要は厄介者を押し付けられたわけだが、私の評価も下がることなくむしろちょっとずつ好感度も上がっているようである。問題児を抱える苦労人の母感が出て健気ポイントが上がっているのだろう。さらには香水はナチュラルに北国のあのヒロインを匂わせるようなものを選んでいる。現代版お〇んならぬ、おち〇だ。
最近は岡崎、下谷、宮野かいようを釣った。めいは、男とか興味ないし、向こうにも興味を持たれないから食い放題だ。さてさて、今日はどいつとエンジョイするか……、ウヒヒヒヒヒ
という、夢を見た。あまりにリアルで怖かったのでいつもの二倍は学校に行く勇気を消費した。本物の千里を見て、
「なんで私と一緒におるん?」
と聞いたところ。
「んな理由ないのが相棒やろ」
拳ハイタッチを差し出してきた。
今世紀最大級のノリ悪大魔王第78代目の私はそれを華麗に無視して、
「うっ」
と呻いただけだった。
ビジネス陰キャではありません。