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序章

今は昔、【頼朝公のお身内に、文武の佳名世に聞こえ、五常を正しく行い、三宝を尊めり】と云われし男ありけり。


十三夜。相模国箱根、酒匂川よりほど近い山中を夜の帳に助けられるように一頭の巨大な馬とその左側に寄り掛かりつつ進む武者がひとり。男の通った後の草々には、点々と血の珠が乗り紅い装飾を成していく。


「なるべく私の血が、お前に付かないよう鞍にもたれたつもりなのだが」

小さくそう呟くと馬が歩みを止め心配げに男に顔を寄せる。


「そうだな、少し休もう」

馬の切付きっつけに背を預け木々の合間から見える星空を見上げる、(しかし、あの様な者達に遅れを取るとは。我が家の祖、木賀左近中将伊綱殿に笑われてしまうな。平家方三千を一手に引き受けたは良いが、頼朝殿は上手く逃げおおせて下さっただろうか)


静かな夜だ……普段は、フクロウなどの声で賑やかであろう山中が、水を打ったかのように静まり返っている。

「ああ、そうだ。お前の馬装も解いてやらねばな」

手綱をとり、面懸おもがいを外してやる。

「あとは腹帯はろびを解いて、鞍と肌付を外せばしまいだ……っと意外に滑るな」

私の血かと微苦笑するも、額からは脂汗が流れ苦しげな表情を隠しを得ない。

「よし、腹帯も解けたぞ。これでお前は自由だ」

馬から離れ山中深くを指さす。血の臭いのするこの場に馬を置いておくのは危険と判断したのだ。


「お願いだ。こいつも連れて行ってやってくれ」

懐から黄支子きくちなし色の柔い塊のようなものを慎重に取り出し、馬の背に乗せると、説いて聞かせる様に語りかける。


「幸い、その毛色なら闇にまぎれる事も容易。狼達もお前の大きさでは、そう易々と手出しはできないだろう。最後に、好きだった唐菓子をやれずにすまない。さあ行け」

目がかすみ始め、己の末期を悟った男が馬に命じるが、馬は微動だにしない。


「何故いつも私の意図を汲んでくれたお前が……」

馬にいま一度強く命じようと一歩近寄ろうとすると、足がもつれ草むらに倒れ込んでしまう。

倒れた場所の草々が、男の血で染り濡れていく、(父上、母上、郷の皆。そして、私の勝手に笑って付いてきてくれた臣達よ済まない。どうか、私のせいで災いが及ばないよう)

男の脳裏を皆の笑顔が浮かんでは、消えていった。

(私は真に最後まで勝手だった、地獄行はまぬがれんだろう)


「摩詞般若波羅蜜多心経」

最後に、これまで自分を庇護してくれた仏に感謝を込め題目を唱え始めたのだった。


一陣の風が吹き、木々を揺らすと、草むらの奥にぼんやりと人型の様な白い影が浮き出、こちらを見つめている様子がかすんだ目を通して見て取れた、(地獄へ行く前に、仏に出会えるとは)そこで、男は意識を手放したのだった。


次回更新は 2019年2月15日18時 です。

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