ラベンダー
「喋れない?」
(うん)
天気がいいからと、散歩をすると言って連れ出された森の木陰。張り出した木の根に座って優しい風を浴びる彼女は、とても魔を司る者には見えない。揺れる髪と細められた目は、見ているだけで気分が落ち着く。もっと魔女らしくしてくれればいいのに。なんて言ったら、きっと彼女は困ったように笑うだろう。
「言葉はわかるんだよね」
(まだこっちの言葉はほとんどわからない。だけど日本語ならわかる)
「勉強する機会なかったもんね」
それもある。だが第一に、勉強しようという、喋れるようになろうという意志が無かった。今も、言葉を喋れるようになりたいと思えていない。むしろ……。
「喋れない方がいい?」
(バレバレか……)
「そりゃそうだよ。それが私の魔法だもん」
ほんと、忌々しい魔法だ。隠したい醜い感情や弱音を、根こそぎ掬われる。
「私だって、誰彼構わずプライベートを覗いてるわけじゃないよ。言葉が通じれば魔法は必要ないもん」
(ほんとか?)
頭の中を覗くなんて魔法。それこそ悪用すれば世界を牛耳れる。専守防衛が主義だとしても、悪意のある人物を避けたり、詐欺などに騙されないなど、恩恵は大きい。
「そうでもないよ。だって、利用できる環境がないと、得た情報も無駄になっちゃうでしょ?」
(そう、なのか……?)
何か別に理由がありそうだが。だが、彼女の魔法だ。私が魔法を使えるわけでもなし、気にすることはないだろう。
「で、いつ君は喋る気になるのかな?」
(………………)
私は逃げるように目を逸らした。無理矢理頰を押され、顔を向けさせられるが、振り切ってそっぽを向く。それを何度か繰り返している間に、機嫌の良くなった彼女の笑い声が、木々の間を抜けていくのだった。
少しずつ上げていきます。遅筆で申し訳ありません。