オキナグサ
合間合間で書きました。大丈夫かな。
うだうだと、うじうじと考えて、考えて。いつの間にか寝て、起きて、そして気づけば思考は止まり、我を忘れぼぅっとする。そんな時間の潰し方をしていた。この赤子の身体では出来ることは無いようなものだが、しかしせめて魔女の声に耳を傾けるぐらいはするべきだったと、私はそのとき気づいた。
「ねぇ!!」
ビクッ!!
大きな声と、脇を掴まれる感触。痛いぐらいに力のこもった手を、私は見下ろすしか出来なかった。
「はぁ……ようやく気がついた?」
(えっ……。え?)
ぼやけていた視界が、焦点が合うことで女性の顔を映し出す。じっと、私の目を覗き込むように近づけられたその顔は、やはり美しい。思わず手を伸ばして、しかし短い腕では届かなくて、ポトリと落ちる。
(そうか、私は生まれ変わって……)
自分が一度死に、また赤ん坊として生を受けたことを思い出す。
「ここ何日か、ずぅっと無視してたんだよ。君」
(無視……?)
そういえば、最後に会話した記憶はどこか朧げだ。いったいどれだけの時間、忘我で過ごしていたのか。苦笑いを浮かべようとしたが、口がひん曲がるだけで形を為さなかった。
「何も話そうとしないけどさ。私の魔法、どんなものか知ってるよね」
言葉だけでもわかったかもしれない。だが、さっきまで完全に止まっていた思考では気づかず、彼女の顔を見て、ようやく気づく。
目元がつり上がり、決して穏やかではない表情の魔女。あぁ、怒ってるんだな。なんて、他人事のように思った。
「あなたの頭の中、全部見えてるんだよ?普通は言葉にしないとわからないことでも、私には、全部」
言われなくてもわかっている。おそらく私を知る全ての人間の中で、彼女が最も、私の愚かしさを知っている。それは私を産んだ母親よりも、父親よりも、職場の上司よりもーー自分よりも。
「だからあなたが何に悩んで、何処で立ち止まって、どうして思考停止したのか。私は知ってるんだよ」
見透かされているなんて生温いものじゃない。頭の中を直接覗かれてるのだ。記憶や感情、思考だけでなく、思い浮かべた声、景色、匂いや味まで伝わってしまう。
(それは……悪いことをしたね)
自らの愚かしさに、彼女を付き合わせてしまった。強く、謝罪の言葉を念じる。大声でかき消すように、強く。
「違う。違うのよ……」
しかし、彼女は首を振り、念をかき消す。僅かにこちらに流れてくるものがある。それは酷く熱くて、触れれば火傷してしまいそうな……そんな何かだった。
「ねぇ。私、これでも怒ってるんだよ」
彼女が笑顔を浮かべ、そう口にする。怒ってる……?なら私が謝ったとき、何故受け取ってくれなかったのだろう。その方が彼女も楽なはずだ。怒りは納めどころがなければ、ただ自分を焼くだけになる。外に放出したら、壊すことにしか繋がらない。そんな難儀極まる感情だ。
「何で怒ってるのかとか、気にならない?」
正直、気になるかならないかでいえば、気にならない。どうでもいいと吐き捨てることは出来ないけれど、でも、私が誰かの怒りを知ったところで、それをどうこう出来るはずがないから。
自分の怒りさえ持て余し、ぐずぐずと焼け爛れるままだったのだ。
「うぅん、これは君にしか鎮められない」
首を振る彼女の髪が、頰をくすぐる。そのむず痒さに身じろぎしながらも、彼女の瞳から目を離せなかった。
「だから君が知りたくなくても、教えるね」
そしてスッと息を吸い、彼女は一度長いまばたきをして、言った。
「何で私に、相談してくれないの?」
流れ込んでくる感情の温度が、一気に反転する。これは、怒りの熱では……ない。ぐっと、胸の奥が締め付けられるような、そんな苦しさ。
同じものが、ずっと胸の中にあった。死を選ぶ前、学生だった頃から、寒さにも似た胸の軋みが、ずっと続いていた。それに慣れることはなくて、ただ気付かないフリをしてやり過ごしていた。
だから限界だった。コップの水が溢れるように、目元からスッと、滴が零れ落ちる。
ひとつ、ふたつ、流れていくのを、止めることが出来ない。
「我慢しようとしないで。それは溜め込んでいいものじゃあ、ないんだから」
(嫌だ……見るな……)
動く腕で目元を拭い、涙を隠す。最早手遅れにも関わらず、ひたすらに隠そうと、目を擦る。
「見せて。その涙も、みっともない顔も、どろどろの悩みも、全部」
額に熱いものが触れた。押しのけようともがこうとした手が、既に掴まれていた。
「だって……これでもお母さんのつもりよ?お母さんは、我が子が悩んでるなら助けてあげたい。困ってるなら救ってあげたい。そういうものじゃない」
世の母がどういうものなのか。この世界の母の普通さえ知らない私には、何も言えなかった。ただ、彼女がそう思って、そして私に触れてくるということだけは、理解が出来た。
額の熱が離れていく。疎ましく思っていたはずのそれが、酷く寂しくて、思わず手を伸ばそうとしてしまう。
そんな私にどう思ったのか、彼女はクスリと、蠱惑的な声で笑った。
「ふふっ……じゃあ、あなたの悩み。私がどうにかしてあげましょう」
次話の構想もちゃんとあるので安心してください。




