アプリコット
「当てもなく放浪するって、想像以上に辛いし苦しいよ」
私を抱きながら、ゆらゆらと揺れる彼女は、突然そんなことを言い出した。
(いきなりなに……?)
微睡みに任せるまま、視界を閉じかけていた瞼を持ち上げる。
魔女は私をあやすように揺れながら、何でもなさそうな口調で続けた。
「曖昧な目的で、目的地もなくて、そもそも存在するかもわからないものを求めて旅をする。そんな先の見えない生き方は、心が荒んでく。期待をいくつも裏切られて、騙されて、共感して助けてくれる人もいない」
これは、先日のことと繋がってるのか。いつの間にか忘れてしまうような戯言だったのに。
「私達魔女でも、死んだことはない。一度死ねば終わり。そこから先なんて無くて、精々が死体を利用されたりするぐらい。貴方より何倍も生きてる私でも、死を知る人なんて聞いたこともない」
(そういや聞いたことなかった……。魔女って、どれだけ生きられるんだ?)
無遠慮に年齢を聞くような愚は犯さず、訊ねる。すると彼女はくすりと笑って。
「私は240年ぐらい生きてるよ。他の魔女は……知らない」
二世紀以上も。江戸幕府が260年続いたらしいから、それに匹敵するぐらい生きてるってわけか。流石は魔女、と言ったところだろうか。
(女性に年齢は失礼かと思ったのに)
「魔女にとって年齢に大した意味は無いよ」
人間とは感覚が違うということだろうか。私なんかよりよっぽど人間らしいのに。
「まぁでも、この世界を色々見るのはそれで楽しいかもね。今度連れてってあげようか?」
ニコニコと楽しそうに笑みを浮かべる彼女は、しかしその目にうっすらと涙を浮かべていた。
(いや、…………)
私は何も言えなくなる。こんな表情を見せられて、それを隠そうとする彼女に、私は言い様のない胸の締め付けを感じる。これが肉体的な痛みではないことは、愚鈍な私でもわかった。
一体どうすればいいのだろう。
私は今もこうして、死に損なった心を抱えたまま生きている。何故死なないのか、死ねなかったのか。それは私を拾い、育てている魔女のせいだろう。
魔女は魔法で私に語りかけてくる。おはよう、今日はいい天気だね、ごはんおいしい?他愛も無い日常会話のために、わざわざ魔法を使う。こんな根暗な死に損ないと話して何が楽しいのか理解に苦しむが、だがそんな彼女の言葉を、無視することが出来ない。
嬉しいのだろうか、自分は……。
彼女と話せることが。彼女の笑顔を見ることが。だから生き恥を晒してまで、こうして死から逃げているのか。
それとも、ただ自分の生殺与奪を放棄して、彼女に預けて楽をしているだけなのか。
わからない、わからない、私は私が、一番わからない……。