旅立ち その1
雲の切れ間から指す日差しはまだ肌寒い空気をほんのりと暖めてくれる。(今日もいい天気になりそう)まだまだ冷たい水と格闘しつつ、自分の衣服を洗濯しながらそんなことを思った。
そう。ついに家の外に出ることが出来た私はドルトさん家の庭で洗濯中なのだ。日本なら洗濯機に入れてスイッチをポンとするだけで洗濯してくれるんだけど・・・ここでは手でじゃぶじゃぶ洗わなければならない。今ここの、コーリン村の季節は春になったばかりで、水が冷たくてホントに辛い。
「あぁ~。洗濯機欲しいぃ。」
かじかんできた手を水から出してつい叫んでいた。
「水が冷たくて大変だろ?」
振り返ればニカッと笑うドルトさんが白い服、白衣を着てこちらに歩いてくるところだった。実はドルトさん。コーリン村のお医者さんだったみたいで、そりゃ私の看病も手際よくしてた訳だ。
「文明の利器って偉大ですね。洗濯がこんなに大変だとは思いませんでした。」
「そうだな。あっちからすると不便な事が多いな。俺も医者の真似事なんてしているが“あっちの医療技術“があれば、と思うことが多い。ここは医療器具や薬も不足している。ただの風邪だって死に繋がることもあるしな。」
ドルトさんは複雑な表情でそう言った。
洗濯はともかく。医者であるドルトさんにしてみたら、電気すら通ってないこの環境はホントに大変だと思う。
ちなみにこの世界で灯りと言えばランプと照光石が主流。照光石ってゆーのは読んで字のごとく、光る石の事。どういう原理なのかはさっぱりだけど、常に光ってる石だ。天然石とネーヴで作られたものがあってどちらもそこそこ値段が高いらしい。なので一般家庭ではランプと併用で使ってる家が多い。でもこの家はディーが沢山作ったみたいで、ほとんどが照光石で灯りを取ってる。部屋にスイッチなんかもあってほとんど電気を使ってる感覚だ。お陰でしばらく電気がないことに気付かなかったくらいだ。
「すみません。これぐらいの事で愚痴言っちゃって。無い物ねだりしても仕方ないので頑張って手で洗います!」
「おー。頑張れよ。つか、もう終わるだろ?終わったら一緒に往診に行かないか?ゆきがいるといろいろ助かるんだよ。」
どうやらドルトさんは私を誘いにここに来たらしい。
「はい!わかりました。すぐに終わらせて出掛ける準備しますね。」
笑顔で答えると洗濯の続きを始める。待たせたら悪いし急がないとね。手際よく服を絞って、干して、はい完了っと。
薄い水色がベースで、ウエスト部分が絞ってある膝丈のワンビースに紺の厚手のカーディガンを羽織り準備は万端だ。いわゆるナースの格好だ。
「おっ、準備出来たか。その格好も慣れただろ?」
「慣れはしないんですけど///完全にコスプレですよ。これ。」
「まぁそう言うなよ。似合ってるからいいじゃないか。それじゃあ行こうか。」
こうしてドルトさんに連れられて家を出た。この家は村の外れにあって、ホントはドルトさんの家じゃなくディーがこの村に来たときの仮住まいの家なんだって。ただディーも留守にすることが多いからドルトさんが管理してるそうで。
「昔、俺達兄妹が住んでた家なんだがな。何かと不便だったから村の中に引っ越したんだ。んであの家をディーに譲ったんだよ。ゆきが着てる服は妹が置いていった物だ。」
「え。そうなんですか?勝手に着ちゃって大丈夫なんですか?」
「あぁ。大丈夫さ。着られることがない服を着てもらってるんだ。あいつも喜んでるよ。」
空を見上げなから優しく微笑んでるドルトさんなんだけれど・・・(何だか悲しそう。気のせい?)
そうしてるうちに村の中心部にたどり着いた。村と言ってもなかなか大きくて割りと栄えてるんじゃないかなぁ。民家ばかりでなく雑貨屋さんが何軒かと宿屋、食堂なんかもある。民家の中の1つ、ドルトさんの家に一度寄ってから往診に向かう予定なんだけど・・
「ドルトさーん!待ってたわぁ。しばらく顔を見てなかったから心配してたのよぉ!」
「ドルトさん。ジャムを沢山作ったの。ぜひ家にいらして。」
「先生!私、胸が少し苦しいの。見てもらえないかしら。」
等々。歩くとついて回るご婦人達の黄色い声。そして私の役割はと言うと、
「すみませーん。先生は往診の途中ですのでまた今度にしてくださーい!失礼しますねー。」
と、ご婦人達の間に入りドルトさんの仕事をスムーズに進めること。
そうなのだ。ナースの格好だからと言って診察の補佐をするのではなく、ご婦人達からドルトさんを守るのが私の役割だ。ドルトさんって私は普段気付かないんだけど、良く見ると結構なナイスミドルガイ。(気付かないとか失礼だとは思うけど、最初の印象が陽気なおじさんだったからさ。それに桁違いのイケメンが近くにいたしね。でも良く考えたら親戚なんだもん。イケメンの血が流れてても不思議はないよね。)
赤茶の短めの髪の毛に堀の深い顔。明るいブラウンと少し青が混じったような瞳。性格は明るいし嫌みがない。身長は180センチ弱くらいあるんじゃないかしら。体型も中肉中背。歳は42歳、アラフォーだ。でも全くそんな歳には見えない。まだまだ30代半ばに見える。おまけに医者である。
こりゃモテないわけない。少し話し方がオヤジ臭い感は否めないんだけど、そんなの“医者のドルト“しか知らない人には解らないことで。
「いやぁ。ホントに助かるよ。いつも往診は倍の時間がかかるんだ。断ってもなかなかしつこくてな。」
隣で上機嫌で歩いてるドルトさん。周りから注がれる熱い視線には気付いてない様子。そして・・・私に対する冷たい視線にも当然気が付いていない。
「それは良かったです。お役にたてて何よりですよ。」
あの冷たい視線にはムカつくけど、お世話になったドルトさんの役に立てるなら我慢もできるってもんよ。こんな調子で往診も残すはあと一軒。村の少し奥まったところにあるお宅で、何度か往診に着いて行ってるけどこの家は初めてだ。
コンコン
「ローザ。いるかぁ?往診に来たぞぉ。」
えっ!何。そのユルい感じ。さっきまで敬語オンリーだったじゃん。
カチャ
「いつも悪いわねぇ。ドルト。さぁ、あがって。って。あれ?この子?」
そう言って出てきた人は茶色い瞳をぱちくりさせてこっちを見ていた。
「おー。邪魔するぜ。この子はゆきってんだ。俺の助手だよ。ゆき。こいつはローザだ。気心知れたいいやつだから、さっきまでの仕事はしなくていいぞ。」
ドルトの表情や言葉遣いでさっきのご婦人達とは違うのはすぐわかった。“医者のドルト“ではなく“素のドルト“で接してるんだもの。
「はじめまして。私はローザよ。あなた、ディーの所にいる子なんじゃないの?」
人懐っこい笑顔で話しかけてくるその人は、年の頃は20代後半から30過ぎくらいだろうか。小柄なんだけどとてもグラマーでチャーミング。茶色い瞳に濃い茶色の髪の毛、頬に少しそばかすがあるんだけど、それもまた可愛らしい。
「は、はい。そうです。私はゆきと言います。よ、よろしくお願いします。」
しどろもどろに自己紹介をする。ディーの名前が出てくるって事はディーの知り合いでもあるんだよね??
ドタドタッドタドタ
「わーい!ドルト遊ぼう!」
「ドルト遅いよー。もっと早く来るって言っただろぉー。」
奥から小さなうりふたつの男の子二人がドルト目掛けて走り寄ってきた。二人の顔はローザさんそっくりで恐らくローザさんの子供なんだろう。
「こら!リンク!レヒト!いつも言ってるでしょ。きちんと挨拶なさい。」
ローザさんに怒られた二人は同じように肩をすくめ上目遣いで挨拶をしだした。
「いらっしゃい。ドルトさん。」
「こんにちわ。ドルトさん。」
「おー。二人ともお利口にしてたか?少しローザと話があるんだ。遊ぶのはその後でいいか?」
二人に目線をを合わせて頭を撫でながら答えるドルトさん。
「「うん!」」
ニコッと2つの同じ笑顔が並んだ。
(キャー、めっちゃ可愛い!!この子たち双子だよね。)
「さぁ。こんなところで立ち話もなんだから奥まで入って。ゆきちゃんもどうぞ!」
ローザさんに促されて私とドルトさんは家の中にお邪魔したんだけど・・・
「思ったより早かったな。もう少しかかると思ってたんだが。」
そこにはゆったりとソファーに腰かける綺麗な人。ディーと、
「おー!お前がゆきか!聞いてたより小さいなぁ。ドルト久しぶりだな!」
赤い髪の毛に赤茶の瞳、身長は180センチくらいあるんだろう。少し見上げないといけない。まだ10代であろう人懐っこい顔立ちでこれまたイケメンだ。
「あ、あの、どちら様で?」
急に名前を呼ばれてあたふたする。
「テオ。お前は少し大人しくしてろ。ゆき。こいつはテオだ。俺の仲間でこれから一緒に行動する事になる。」
「おっす!俺はイファスティオ・ローエンだ。テオって呼んでくれ。んで、お前がチキュウから来たゆきだな。よろしくな!」
テオはニカッと笑って手を差し出してきた。
「ゆきです。チ、チキュウから来ました。こちらこそよろしくお願いします。」
差し出された手を握り返す。チキュウから来たって・・何だか宇宙人にでもなった気分だよ。我ながら酷い挨拶だ。
「アハハ!何だよ、その挨拶は。テオは相変わらずたなぁ。ゆき。そんなにかしこまる必要ないぞ。こいつはただの馬鹿だ。」
ドルトさんは笑いながらテオの肩を組んだ。
「馬鹿ってなんだよ。そんなことより、腹へったよ。ローザ!何か食うもんないのか?」
テオはさして馬鹿呼ばわりされたことは気にしてないみたいで、ローザさんに食べ物をせがんでる。
「いや。お前は馬鹿だろ。さっき昼ごはんを食べたばかりだ。もう忘れたのか?ローザ。こいつの事はほっといてゆきを連れて用意をしてくれ。」
「ちょっ!忘れてねーよ。ちょっと足りなかったんだよ。ローザ。頼むよ。」
ディーの容赦のない言葉にも怯むことなく、テオはまだご飯をせびってる。何だか面白い人だなぁ。
「もう。うちは食堂じゃないのよ。でもまぁ、ドルト達はまだご飯食べてないんでしょ?用意してあるから食べてって。ディーの用事も急がないんでしょ?」
ローザさんは呆れ顔だ。でもドルトさんのご飯を用意してたみたいで手際よくテーブルに食事が並んでいった。
「さぁ。大したもんじゃないけど沢山食べてね。」
ニッコリ微笑んでローザさんが食事をすすめてくれる。鳥の香草焼きに野菜たっぷりのポテトサラダ、そしてふかふかのパンだ。
「ありがとうございます!私の分まですみません。」
急に押し掛けて食事をご馳走になることに少し抵抗があったんだけど、確かにお腹はペコペコだ。遠慮なくいただく。鳥肉はカリッとジューシーで香草がアクセントになっててとても美味しい。ポテトサラダもマヨネーズ感が程よくて、付け合わせの野菜との相性もバッチリだ。
(んー!美味しい!)
自然と笑顔になって食べてたその横で
「やっぱうめーな!ローザのご飯は最高だよ!」
同じように笑顔で、そして物凄い勢いで食べてるテオがいた。確か・・お昼ご飯食べたんだよね?
「お前は食べ過ぎだ。馬か?ブタか?少しは遠慮したらどうだ。」
「んなすかしたこと言ってないでディーも食えよ。めっちゃ美味いぞ!」
「断る。」
うん。この人へこたれないんだ。てゆーか、性格前向き過ぎだ。ある意味尊敬するわ。そしてディーってば物凄い毒舌。テオとは仲がいいんだなぁ。こんなディー初めて見た。(そういえばローザさんに何かを用意するように言ってたけど、一体なんだろ?)
「ねぇ。ディーは何でここにいるの?」
鳥肉をもぐもぐ食べながら聞いてみる。
「あぁ。そろそろここを出ようかと思ってな。その準備も兼ねてローザに頼んでおいたものを取りに来たんだ。」
「え??出るって・・」
我ながら間抜けな返事だ。行くところなんて1つしかない。王都に行くと言ってるんだ。
加護を貰ってから今日で一週間ちょい。いろいろ準備があるとは言ってたけど、いよいよ旅立ってしまうんだ。あのあと詳しく説明を聞いたんだけど、私に加護が定着するまでは村を出ていかないって言ってたから、もう定着したって事だよね。
ちなみに。日本人の私がなぜここの言葉を理解出来てるのか不思議だったんだけど、どうやら最初に助けてもらったあの時に既に加護を貰ってたみたいで・・・
そう。既にデコチュー済みだったのだ。ただ、私の意識がなかったので言葉を理解できる程度しか加護が得られなかったらしい。意識がない時にあれやこれや(服を脱がすとか)いろいろされてるとか恥ずかしすぎなんだけども///
こっちの世界に来てからディーには助けてもらってばかりだった。ディーの優しさと笑顔があったから何とか頑張ってこれたんだと思う。そのディーが側にいなくなるのは少し不安でー
「ちょっと寂しいな。」
思わずポロっと口から零れ出してしまった。ハッとして慌てて口を押さえるけどもう遅い。大体、私の為に王都に行くっていうのに何でこんなこと思っちゃったんだろ。自分勝手にも程がある。ちょっと自己嫌悪に陥っていたら・・
「何が寂しいんだ?ドルトにしばらく会えないからか?」
まだまだ食事中のテオが不思議そうに聞いてくる。
「え?ドルトさん?」
「あぁ。ここを離れるからな。ゆきはそんなにドルトが好きなのか?」
ん?
「え?どーゆーこと?確かにドルトさんの事は好きだけど(人として)・・なんでドルトさんと離れるの?」
「そりゃ、もちろんゆきも一緒に王都に行くからだろ?むしろ行かないのか??」
鶏肉の最後の一切れを食べ終わり、さも満足そうにお腹をさすりながらテオが聞いてきた。
「うそ!聞いてないんだけど。」
驚いてディーのほうを見ればこちらも不思議そうに
「ゆきが来てくれないと困るんだが、嫌か?そもそも幼馴染の顔はゆきしか知らないんだ。俺達で探すのは難しいだろ?」
確かにその通りで、涼太の顔をディー達は知らない。探すのなら知ってる私がいた方が良いわけで・・
ディーからドルトさんに顔を向けようとした瞬間、
ガバッ!
「ゆき!そんなに俺の事が好きだったのか!嬉しいこと言ってくれるなぁ!」
おもいっきり抱き締められていた。ちょっ!急に何!?近い!苦しい!ギブギブ!さっき好きって言ったせい?!
「おいドルト。どさくさに紛れて何抱きついてるんだ。」
さっとディーが間に割って入る。
「おぉ~こえぇ。何だ?ヤキモチか?ディー?」
ニヤニヤしながら言うドルトさん。何か悪人面だよ?しかもディーがヤキモチとかあり得ないし。
「下らないこと言ってないでゆきから離れろ。いい歳して何してるんだ。」
「わかったよ!あぁ~怖い怖い。」
両手を上げて拗ねたようにドルトさんは離れていく。黙ってたら素敵なナイスミドルガイなのに。。。ホントに勿体ない。
「ゆき。ドルトが悪かったな。ところで王都に行く話だが-」
「私、一緒に行っていいの?!」
食い気味に言葉を被せる。ここで帰る方法や涼太を待ってるより断然いい。そして何より、王都に行ってみたい。
「あぁ。当然だ。むしろ一緒に来てほしい。危険が無いようにするつもりだが、何せそっちの世界とは勝手が違うからな。テオを護衛につけるし大丈夫だと思う。」
軽く微笑んでディーがそう言った。
「と言うわけでゆき。俺がしっかり守ってやるから安心してくれよ。」
ニカッと笑うテオがディーの肩を組んでそう答える。
(うわー。イケメンが並ぶと逆に目に毒だわ。眩しすぎる。)