始まり 2
(あれ?ここどこだろう?)
ボーッとする頭で周りを見渡せば見知らぬ部屋。ペンションの寝室を思わせるその部屋には暖炉があって、ベッド横のサイドテーブルには水差しとコップが置いてある。窓の外は随分と明るくて夜ではないようだ。
「あっ!」
思い出した。私は訳のわからない状況に陥っていて・・そして助けられたんだった。とても綺麗な男の人、ディーと呼ばれてた人とおじさんに。
「話は体調がよくなってからだ。」
おじさんそんなこと言ってたよなぁ。そうだ。二人に話を聞かないと!ダルかった体もスッカリ軽くなって熱は下がってるっぽい。
「そーいえば鞄どこだろ?スマホでー !!!なっ!なななっ、なんで!!」
ベッドから出ようとして布団をめくったところで固まってしまった。だって。だって!
「服はどこ!!」
私は下着姿でベットに入っていたのだ。確か一度目が覚めたときは寝間着みたいなのを着ていたはず。いつ、どこで脱いだのか覚えてない。つか、その、寝間着もいつ着たんだろうか?
カチャリ
「何か声が聞こえたけど、お嬢ちゃん目が覚めたのかぁ?」
タイミング悪くおじさんが部屋に入ってくる。バッチリ目があった。
「きゃーっ!!見ないで!出ていって!」
思いっきり布団をかぶり直すけど、絶対間に合ってない!今見られた?見られたよね!!
「うぉっ!すまん。今服を用意するから待っててくれ。」
そう言っておじさんはこちらを見ないようにしてそそくさと出ていった。
(あー。もう恥ずかしくて死にそうだよ。)
着替えるついでに部屋にあるシャワールームを借りて汗を流す。何日も寝てたから気持ち悪かったんだもの。シャンプーやコンディショナーらしきものも借りてようやくさっぱりする。
おじさんが用意してくれた服はざっくりとしたワンピース。シンプルだけど袖口と裾にレースが施してあってとても可愛らしい。サイズも何故かぴったりだ。
(うー。外に出づらい。どんな顔して会えば良いのよ・・)
部屋の中で一人悶絶してたら
コンコン。
「着替え終わったか?終わったら出てきてくれ。待ってる。」
この声はディーだ。ドアの外で待ってくれてるらしい。
(待ってるって・・
待ってるのかぁ。んー ・・・ 。
よし!女は度胸よ!そもそも着ていた制服は雨でずぶ濡れだったし、熱があったって言ってたし、汗かいてびしょびしょになったから脱がせたんだよ。看病の一環だ。きっとそうだ。医者だと思えば問題なし!見られたのがディーじゃなかっただけマシだよね。)
意を決してドアを開ける。
「お待たせしました。」
そこにはドア横で腕を組んで壁に持たれるディーの姿。それは一枚の絵画の様で。
(何てきれいなんだろぅ)
思わず見とれてしまう。
「体調はどうだ?熱は下がったようだが。」
とディーは私の前髪を掻き分けて顔を除き込んでくる。
(ギャー!近い!顔が近いよ!)
「だ、大丈夫です!スッカリ元気です!何も問題ないです!はい!!」
焦って返事をした私の顔は絶対に真っ赤になってるはず。変に思われなかっただろうか。てか、シャワー借りてて良かったよ!
「そうか。。クククッ。それは良かった。」
(ガーン!笑われた。)
「食事の用意をしてあるんだ。あちらで食べながら話をしよう。」
そう言って自然にエスコートしながらディーが私を連れて歩き出した。もう何てゆーか、さらっとこう言う事ができるって、どんだけイケメンやねん!!
廊下の突き当たりのドアを開くとそこはリビングダイニングになっていて、すでにおじさんがテーブルについていた。
「あー。さっきは悪かったな。わざとじゃないんだ。まさか起きてるとは思わなくて。」
何とも言えないバツの悪そうな顔をして謝ってくる。
「いえ!私の方こそ。ごめんなさい。看病してもらってるのにあんな態度良くなかったです。すみませんでした!」
勢いよく頭を下げて私も謝る。そんな私達を不思議そうに見ていたディーが
「?何があったんだ?」
と聞いてくる。んー。いや。聞かれても困る。おじさんに下着姿見られました、何て言えない。恥ずかしくてむしろ言いたくない。私が返事に困ってると
「いや。大したことじゃないんだ。気にするな。とりあえず冷める前に飯を食おう。なっ!ほら。席についた、ついた!」
早口で捲し立てるおじさん。何かもう、誤魔化してるのがバレバレなんだけども・・
チラッとディーを見れば深く追及するつもりはないみたいで、おじさんの隣の席に着こうとしてた。(良かったぁ。何とか誤魔化せた見たい。)
テーブルの上にはいろんな料理が並んでいた。野菜たっぷりのシチューに生ハムが乗っかった彩りのいいサラダ。一口大に切った肉の串焼きにグリルソーセージ。タルタルソースがたっぷりかかった白身魚のフライに焼きたてであろう良い匂いのするふかふかのパン。
ギュルルル・・
(うわ!また鳴った!)
美味しそうな料理を前に私のお腹は悲鳴をあげたようだ。恥ずかしくて下を向いていたら
「美味そうだな。沢山食べるといい。」
そう言いながらディーがサラダを取り分けてくれる。サラダどころか、みるみる取り分けていって目の前の皿は一気にてんこ盛りだ。
「ありがとうございます////」
恥ずかしくて味なんてわからないと思っていたけど、食べてみるとどれもほっぺたが落ちそうなほど美味しい。バクパク食べ進めていた。
「それだけ美味しそうに食べてくれたら用意した甲斐があったってもんだ。ほら。こっちも食え!」
おじさんはニコニコ笑いながらビールを飲んでいる。隣のディーを見れば、同じようにビールを飲みながら綺麗な所作で食事をしていた。
(何をしても絵になるんだなぁ。)
変なところに感心してまう。だって私の回りにはこんな人いなかったよ?涼太なんてガツガツご飯食べてたし。。。
そうだ。
「・・ 涼太、どうしてるんだろ・・・」
ポツリと呟く。すっかり気分が落ち込んでしまい食事をする手も止まってしまった。そうなのだ。こんなところで和やかに食事をしてる場合ではないのだ。聞きたい事をちゃんと聞かなきゃ!
「あ、あの!助けてくださってありがとうございます。私、家に帰りたいんですが、ここは何処なんですか?あと、鞄知りませんか?家に電話しないと。」
姿勢を正し問いかける。おじさんはビールの入ったグラスをゴトッ置くと
「その事なんだが、お嬢ちゃんはどこの国の人なんだ?」
ん??何だ?その質問?
「え?私は日本人です。てか、ここ日本ですよね?」思いもよらない質問に嫌な予感がする。
「あぁ~。日本人かぁ。俺はドイツ人なんだ。名前はドルトだ。んでもってここなんだが・・」
言いにくそうに視線をはずし言葉を切る。 その間は一瞬だったのか、2、3秒だったのか。私には長く感じられた。そして、意を決したように話し出す。
「そうだな。まずはここはアズリズ。厳密に言うと大陸の西の果て、ムルーシャの森の近くのコーリン村だ。」
え?何?あず?り?森?村?
聞きなれない単語に思考が固まる。一方おじさんの表情はとても真剣だ。
「ここは地球じゃない。いや、表現が悪いか。もとの世界とは別の世界、が正しいかな。」
当たり前じゃないことを当たり前のように話すおじさん。
「え?なに言って・・とにかく私の鞄!電話しないと!」
ガタッ!
勢いよく椅子から立ち上がる。頭の中は混乱してるけど、誰かに連絡取らなきゃ!周りを見渡せば部屋のすみに鞄が置いてあった。走り寄ってスマホを探す。あった!
急いで画面を確認すると圏外の表示がでてる。でも諦めきれずに家に電話をする。
ッ ッ ッ ッ シーン
(うそ。なにも言わない。いや。きっと壊れてるんだ!雨に濡れたし。きっとそうだ!)
「電話貸してください!」
振り返れば二人は困った顔をしていた。
「じょ、冗談ですよね?違う世界とか、あり得ないし。私を騙そうとしてー」
二人は黙ったままだ。とても困ったような、そんな顔でこちらを見ている。その様子から嘘をついていない事が解ってしまった。
「うそよ!なんで!何でこんなことに。私が何かしたの?!お願い。嘘だと言って-・・・」
手が震えてスマホが落ちる。全く理解できなくて呆然とし、その場に座り込んでしまった。
(違う世界?何それ?)
不意にスマホが視界に入ってくる。ディーが私に持たせようとしているらしいけど、その手を振り払う。
「一体どうしてなの?私、帰らなきゃ!帰りたいの!」
ディーの胸を強く叩く。何度も何度も、子供みたいに。その間ディーはされるがまま、なにも言わなかった。そしてやがて顔を覆って泣き出した私を
「大丈夫だ。泣かなくていい。」
そう言って優しく抱き締めた。
しばらくしたら気分が落ち着いてきた。ディーが私を抱き締めながら頭を撫でていてくれてたからだろう。
(私、何してるんだろ。知らない人にこんなことして。)
落ち着いてくると羞恥心が込み上げてくる。
「ごめんなさい。叩いたりして。もう大丈夫です。」
とりあえず腕の中から抜け出す。今思えば完全に八つ当たりだ。それなのに “大丈夫だ“ と慰めてくれたディー。しかも・・・抱き締められた!!(ダメだ。顔上げれない///)
「落ち着いたか?俺の事は気にしなくていい。」
いつまでも下を向いている私の頭にポンッと手を置いて優しく声をかけてくれる。
「あー。落ち着いたならこっちに来ないか?温かい飲み物でも入れるよ。」
どうしていいかわからなくなった私にはおじさんの声がとても有り難かった。
ディーも席についておじさんの入れたハーブティを飲む。
「とりあえず、お嬢ちゃんは何て名前だ?俺はさっきも言ったがドルトってんだ。んで、こっちの色男がディーだ。」
ニカッと笑いながら隣のディーを指す。
「何が色男だ。余計なことは言うな。俺の事はディーと呼んでくれ。」
冷たい目線を隣に向けるディー。
「私は、高科ゆきって言います。ゆきって呼んでください。」
(まだ自己紹介すらしてなかったとか・・どんだけ焦ってたんだろ。)
今さらだけど名前を告げた。
「ゆきだな。了解だ。んじゃ詳しく話そうか。」
そう言って話してくれたおじさんの話はとんでもないものだった。
この世界はアズリズといって地球上には存在しない世界だ。いくつか大陸があって国も沢山存在してるらしいけど、文明は中世ヨーロッパぐらいなんだと。電子機器なんて存在しないので、スマホやPC、もちろん電話なんかもない。
そして大きく違うことが二つ。一つは人間以外の存在。モンスターと呼ばれる生物。私が襲われそうになってたアレもそう。凶暴なものから大人しいもの、サイズも大小、色々いるらしい。おじさん曰く、「ゆきが見たのはおそらくオーガだろうな。あいつは何でも食う凶暴なやつだ。」だそうで。。。出来れば二度と会いたくない。ホント見つからなくて良かったよ。
そして二つ目。それは
「ネーヴ?」
「あぁ。ネーヴという・・まぁ魔法みたいなものだと思えばいい。ネーヴ使いはネイヴァーと呼ばれるんだ。」
そう。この世界にはネーヴと呼ばれる魔法?が存在するらしい。こっちの世界の人みんなが使えるわけではなくて、素質がある人だけが使えるそうで。
「ここにいるディーもネイヴァーだ。」
しれっとおじさんが言う。
ええー!そうなんだ!魔法が使えるとか凄い!!そんな顔をしてディーを見れば
「ネイヴァーはこの世界では疎まれる存在なんだがな。」
と苦笑いしてた。何で?って思ったけど、よく考えたらわかるような気がする。魔法が使えるってことは他の人より力があるって事で・・ちょっと怖い存在なのかも。
「だから、ネイヴァーは素質があると判断された時点でネーヴ監理局 “シュレッケン“ で登録、管理されるんだ。まぁ、隠れネイヴァーもいるかもしれないけどよ?」
ここまで話を聞いていてふと疑問に思う。
「ドルトさんはドイツ人、地球の人なんですよね?じゃぁどうしてここに?」
「ん?それは、俺もこっちに飛ばされたからだよ。妹と一緒に。もう30年も前の事だけどな。」
「ええー!ドルトさんもぉ!しかも30年前って!」
驚きのあまり叫んでしまった。
「こっちに飛ばされたとき、俺は12歳、妹は5歳だったんだ。同じようにムルーシャの森に居てな。モンスターに襲われてたところをディーの親父に助けられたんだよ。」
「そんな小さいときに・・大変でしたね。」
「あぁ。この村で保護されて、何とか生きてきたけどな。あのときは小さい妹をかかえて生きていくので精一杯だったよ。」
昔を思い出したのか、少し辛そうに話すおじさん。
ん?ちょっと待って。30年前にここに来てまだいるってことは・・・帰れてないって事?うそ!でも妹さんはここには居なさそうだし、妹さんだけ帰ってるとか・・・
「あの。妹さんは?」
「あー。あいつは・・まぁ、なんてゆうか、そうだな。結婚したんだ。こいつの親父と。」
ちょっと暗い表情をしたあと、嫌そうな顔をしてディーに向けて顎をしゃくる。
「当時こいつの親父は15歳だったんだが、妹とは10歳も離れてるんだぜ!ロリコンもいいとこだな!」
「待ってくれ。結婚したのは27歳と17歳の時なんだ。おかしくはないだろ。」
息巻くおじさんに待ったをかけるディー。二人の息が合ってるとは思ってたけど、伯父さんと甥っ子なのかぁ。そりゃ息も合うよね。でも、何で暗い表情になったんだろ?聞いていいことなんだろうか?ただ、これで帰れないってことが現実味を帯びてきた訳で・・・
「もしかして、ここからは帰れないんですか?」
恐る恐る聞いてみたけど、帰れないような気がする。そんなの嫌なんだけど・・・
「んー。どうなんだ?ディー?」
「そうだな。そっちの世界に帰れてる保証はないが、こっちに来た人間が再び居なくなってるという報告は聞いている。」
「ホントですか?!」
帰れる可能性があるかもしれない。そう思うだけでテンションが上がった。
「まぁ、本当に帰ったのかは確認のしようがないんだが。あくまでも予測だ。」
ディーはちょっと困ったような顔をしている。でも、帰れる望みがあるんだ。期待しないわけにはいかない。
「私、どうしても帰りたいんです!お願いします。協力してください!!」
テーブルに頭をつけてお願いする。帰れるんだったらどんなことでもするよ。家族にも友達にもまた会いたい。もちろん一番会いたいのは涼太だ。
「わかった。と言うか端からそのつもりだったんだ。ゆきが帰れるようにいろいろ調べてみるよ。」
ディーの声にテーブルにつけてた頭をあげる。
「ホントですか!!ありがとうございます!私、帰れるんだったら何でも協力します!」
笑顔で答える。涼太にまた会える。そう思うだけで嬉しくなる。
ん?待って。そもそも涼太は向こうにいるんだろうか?ベンチには私と一緒にいた。私だけこっちに来たんだろうか?ドルトさんは妹さんと一緒に来たって言ってた。じゃぁ涼太は??
笑顔から一変、無表情になった私。
「おい、一体どうしたんだ?」
変に思ったおじさんが聞いてくる。
「あの。妹さんと一緒に来たって事は、こっちに来る前も同じ場所にいたんですか?」
質問の意図が掴めないおじさんは不思議そうな顔をしたけど
「あ、あぁ。確か妹を公園で遊ばせていたはずだ。そしたら急に雨が降ってきて雷が落ちたんだよ。それが一体どうしたんだ?」
(うそー!全く同じだ!!ってことはもしかして涼太も!!)
「私!ここに来る前、涼太と一緒にいたんです!もしかしたら涼太もこっちに来てるんじゃ!」
ここまで言って、一つの嫌な可能性に気付いてしまった。私と一緒にこっちに来てたとしたら、どうしていなかったんだろう?あのモンスターは何かを食べていなかった?何を?!!
「あ、あ、うそ・・どうしよう・・涼太・・」
ガタガタ震え青ざめていく私。またしても涙がポロポロ溢れてくる。まさか涼太、食べられちゃったの?そんなの、嫌だよ・・
「ゆき、落ち着くんだ。大丈夫だ。」
肩に手を置かれハッとする。いつの間にかディーが後ろに立っていた。(大丈夫って?何がどう大丈夫なの?)ディーを振り返った。
「俺にはゆき達の存在を感知出来るネーヴがある。あの時、確かに反応が二つあったんだ。だが、一つはすぐに消えてしまった。」
「!それって!どういうこと?!」
「言いにくいんだが、あの時は恐らく死んだのだろうと思った。だがもう一つの反応がしばらく動かないままだったんで探しに来たんだ。ゆきを助けてからもあの辺りを調べたんだが、ゆき以外は誰もいなかったし何もなかった。オーガがいくら食べ方が汚くても、骨まで全て食べるわけじゃない。」
何もなかった。その言葉の意味はー
死体も何もない
ということ。涼太は食べられたわけではない。ディーはそう言ってるんだ。じゃぁ涼太は何処に?私の心の声に答えるようにディーが言葉を発する。
「考えられるのは、すぐに元の世界に戻っていったか・・・ネイヴァーに連れ去られたか、だ。」
「連れ去られたって!!どうして!」
元の世界に戻っているならそれでいい。でも連れ去られたって・・それって無事なの??
「何故かはわからない。ただ、瞬時に反応を消す事が出来るのはネイヴァーだけだ。」
ディーはそう言うと私に目線を合わせてくる。
「その。涼太だったか?そいつは恐らく生きているだろう。だから、ゆき。泣くな。」
私の頭を撫でながら優しく微笑んだディーはやっぱり天使なんじゃないか?と思うくらい綺麗だった。