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存在しないフェアリーテイル  作者: 如月ゆう
第四章 何かを護る、たった一つの条件
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第十九話 モルス高山攻略③

 もう丸一日は歩いたのではないだろうか。

 光を取り戻した松明を左手に掲げ、もしそれが消えても夜目が効くようにと左目を布で覆いながら俺はそう思う。


 あれからというもの、同種の生物とは出会っていないにしろ細々とした奴らと何度も遭遇して大変だった。


 幸いにも食料問題はそのおかげで解決しているのだが、その分だけ精神も体力も疲弊しきっている。


 暗闇の中を襲われる、ということで警戒しなきゃいけない状況にプラスして敵の生態が関係してくるからだ。


 ここは真っ暗な闇。

 その中を生き抜いている生物らは、当然目よりも嗅覚や聴覚が鋭敏になる。


 となると、狩りをするためには隠密性が何よりも重要となり、その方面に特化している奴らが多い。


 視覚で多くの情報を得る俺たち"人"とは相性がかなり悪く、睡眠の際も寝ると言うよりは常に周囲に気を配りつつ目を閉じるだけ、といった休憩のみを行うことしかできないのが現状だった。


 そんな折、これまでの地形とは少々違う開けた空間へと出る。

 まっすぐと伸びた通路ではなく、ポッカリと円形に広がった不思議な場所。


 そのまま突き進んでみても続く道は見受けられず、壁沿いに歩いてみれば何事もなく一周するだけで終わる。


「行き止まり……?」


 明らかにそういう状況なのだが、俺は確信を持てなかった。

 なぜなら、ここに来るまでに分岐路などは一切なく、ただ道なりに進んでいただけなのだから。


「……こういう時、創作の世界なら隠し扉とかあるよな」


 だが果たして、そんなことがあるのだろうか?

 仮にもお師匠さまが修行場所に選んだ地だ。そのような仕掛けを用意する必要性などないはず。


 疑問が渦巻くが、結局は調べてみるほか打つ手がない。


 ――そして、手がかりにも似た事実を見つけた。見つけてしまった。


 もう一周……今度は壁に触れながら歩いていると一箇所だけ質感の僅かに異なる場所があったのだ。


 他はザラザラとした粉っぽい鉱物の感触であるにも関わらず、ここだけやけにしっとりとした肌触り。


 色々と触れて、叩いて、あらゆるアクションを試してみると何かが壁から迫り出してきた。


「おいおい……マジかよ」


 こんな古典的で創作的な仕掛け、本当に存在したのか。

 事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。


 だが、そこで一つの不審感に苛まれる。

 妙な違和感。沸き立つ警戒心。その原因は何だ?


 ……ふと、変な生臭さが鼻をついた。

 入り口が開く。左右ではなく上下にせり上がり、松明で照らされた中は真っ赤に色付いていた。


 他にも四角形で中央が窪んだ硬そうな物体が何個も並んでいる。まるで歯のように。

 その足元は柔らかそうな見た目をした赤い床で、時折蠢いていた。まるで舌のように。


 そうして思考が纏まらないまま、俺は扉へと誘われてしまった。



 ♦ ♦ ♦



 気が付いた時には、周囲が赤く脈打つ場所へと飲み込まれていた。

 中はねっとりとした液で濡れており、それが服や肌を汚していく。恐らく唾液の類だろう。


 だが幸いにも、丸呑みにされたことで怪我はない。

 また、松明の火もまだ灯ったままだ。おかげで視界は良好。


 そんな時、空間が揺れる。

 足元の舌が俺を奥へと押しやるように動き、周りの歯はガチガチと噛み鳴っていた。


 それに抗うべく俺は、『飛脚』を応用して空を掴み、堪える。

 けれど、それも悪あがきに過ぎない。一刻も早くここから脱出する必要があるだろう。


 左手に握られている松明を天井に掲げると、俺はその火で口内を炙った。

 肉が焼ける音、そして匂いが充満するが、それを我慢して。


 ともすれば、空間は一際大きく揺れる。

 先程までとは逆に舌が動くと、今度は勢いよく外へと吐き出された。


 苦しかったのだろう。

 着地して様子を確認してみれば、顔を上下左右に振って暴れている。


 地に付けた四本の足をジタバタと足踏みさせる生物(ソレ)は、この山に入って出会ったどの生き物よりも大きかった。


 ……いや、生き物と呼ぶのもおこがましい。岩だ。丘だ。小山だ。

 立ち姿、外見ともに亀のようであるが、背負っているものが甲羅なんていう生易しいものではない。


 巨大な岩のように盛り上がった鉱山を背負い、道を塞いでいたのである。

 その証拠に、動いて体がズレた先からは小さくだが確かに白い光が漏れていた。恐らく、出口までは近い。


 怯んでいる今がチャンス。そう考え、真っ直ぐに駆ける。

 けれど、それよりも早くに敵の方が復活してしまった。蒼く光る目がこちらを捉える。


 真上から振り下ろされる巨足は、それだけで人が三名ほど寝転んでいても余裕で踏み潰せる程に大きく、これまでのような前転回避では間に合わない。


 俺の動きに合わせた少し先の地点を潰すように下ろされているため、一度後ろへ下がってやり過ごす。


 もう一度。

 今度はその足の横をすり抜けるようにして走るが、上ではなく横から蹴られるようにしてもう片方の足を振られてしまった。


 重い衝撃。風の圧と足とで押し潰される感覚を味わいながら、軽々と数十メートルは吹き飛んでしまう。

 打撃の瞬間に力を逃がすように受けたので骨折などの怪我はないが、これではジリ貧だ。


 俺を追って動いてこないかと待機してみるも、相手にはその気がないようで先へ続く道をピッタリと塞ぐようにズレた立ち位置を戻していた。


 …………まるで門番のようだな。

 まぁ、本人のスタンスとしては道の前に立って待ち構えているだけなんだろうけど。


 一応、その亀にも似た生物は未だに立ち続けているため、足元の空間からは光が差されたままであるが、そこを進もうとは俺は思わなかった。

 その胴体でぺしゃんこになるのがオチだろうからな。


 ならば、どうやって通り抜けよう?


 殺しても意味はない。あそこで死んでしまっては、動かそうにも動かせられないから。


 投げてみては……そう思い付くが、理性は首を横に振る。

 体勢を崩すには重心とバランスが重要になってくるが、あれだけの巨体ではそれをズラしてやるだけでもだいぶ厳しい。


 あの甲羅と呼んでいいのかも分からない――背負われた岩山を破壊して上から通るか?

 ……可不可さえ想像がつかない。


「だが、やってみる価値はある!」


 方針を固めた俺は、早速とばかりに駆け寄っていく。

 当然のように、人がアリを蹴飛ばすような気軽さで再び足が振るわれるが、それを迎撃する形でぶん殴る。


 拳が触れた瞬間に分かった。力で負ける、と。

 瞬時に体ごと回して受けた力を逃がすように躱すと、そのまま『飛脚』で背中へと駆け上がった。


 そして一撃、拳を振るう。

 二撃、勢いを殺さず蹴りつける。


 しかし、ひび割れさえ起きることはなかった。

 残ったのは衝撃による体の痺れと、拳に付いたパラパラとした飛沫のみ。


「くそ……無理か」


 進展しない事態に舌打ちが出そうになる。

 また別の方法を考えなければいけない。


「うぉ……!」


 そんな折、足元が揺れた。

 背中に乗った俺を落とそうと亀の生物は左右に体を揺らし、振り落とされてしまう。


 追撃を恐れて後ろへ退避すれば、相手はまたしても動かない。

 律儀に、ただ行く手を阻むようにそこに立っている。


 作戦は失敗した。

 次はどうしたらいいだろうか?


 ……少なくとも、こちらの攻撃が全く通用しないというのは問題だ。

 ダメージを与えられさえすれば、敵は俺に対して危機感を持ち、動き出すかもしれないし、怯んだ隙に足元を駆け抜けられる可能性だってある。


 しかし、背中はダメだった。硬すぎる。

 足に対しても殴ってみたが、あまり効いている様子はない。


 ……亀なんだから、お腹部分はどうだろう?

 …………いや、無理か。足元に入り込んだ瞬間にぺしゃんこだ。もしかしたら、その巨体ごと蹴り上げられるかもしれないが、リスクが高すぎる。


 例の麻痺爪も使うべきではないだろうな。

 まずそれで傷をつけられるかも分からない上に、ドラゴン相手に取っておきたい。


 ……何かないか。思い出せ。


 少し前の謎の生物との戦い――鉱物を溶かす酸があったはずだが、生憎と毒を持ってきてない。


 熊は――あの一点に凝縮した攻撃なら甲羅を破壊できるかもしれない。ただ、反動に身体への負担が大きすぎる。次の戦いも控えている以上、最後の手段でしかない。


 他には――ないな。万策尽きたか?

 …………いや、戦ったかは微妙だが獅子とも出会ったな。ソイツは確か――……あっ!


「……イケるかもしれないぞ」


 妙案に俺の口元は歪む。

 じゃあ、反撃開始といこうか!


 トップスピードで駆け寄ると、相手の足が三度振るわれる。

 それを躱し、俺が『飛脚』で駆け登った方向は敵の顔。


 その動きに反応して今度は噛み付いてくるも、予想していた動きなため危なげなく避けることができる。


 そうして弓なりに腕を引くと、指先を伸ばした貫手の構えである場所を突き刺した。

 どんな生物であろうと一定に柔らかく弱点でもある部位――すなわち眼球を。


 生々しい手応えをともに中まで突き刺さすと、指先を広げ、腕を捻りながら引き抜いた。

 グズグズに掻き回された瞳からは大量の血が吹き出る。


 次いで響くのは生物の叫び。巨体、そして洞窟内という関係上、その声は大気を震わせ、音圧に膝を折りそうな程だった。


 だが、逆に言えば今がチャンス。

 取り乱しているこの時をおいて、外へと出られる機会はもうないだろう。


 ――だが、事態はそう上手くは進まない。


 痛みに悶える敵は、遂には馬が嘶くように前足を持ち上げ後ろ足だけで立ち上がった。


 ともすれば、どうなるのか。

 洞窟ギリギリまで積み上がっていた甲羅の鉱山は、壁や天井にガリガリと当たって削れ始める。


 その勢いは留まるところを知らず、亀裂が走り、遂には割れた巨岩が落ちてきた。そうして、ポッカリと空いた穴からは光が差し込む。


 恐らく、今いる場所は頂上にかなり近い地点だったのだろう。

 それだけに天井の岩盤も薄く、ぶつかった拍子に崩れてしまったのだ。


 空いた穴を中心に崩落を始める洞窟。

 本来の出口前では未だにあの生物が暴れて止まらない。


 逃げ道はもはや、上だけ。


 落ちてくる巨岩をひたすらに躱しながら、『飛脚』で上へ上へと昇っていく。


 暗闇に慣れた目では、差し込む太陽の光が眩しい。

 手を掲げ、崩れ去った様子を見やれば、何もかもが瓦礫に埋もれ、頂上は見る影もない。


 ……まぁ、本当の頂上の様子をそもそも拝んでないけど。


「――問う」


 その時、黒い影が俺の姿を覆う。

 煽られる風で吹き飛びそうになる体を必死に踏ん張り、顔を上げた。


「汝が、我の支配下を脅かし、あまつさえ眠りを妨げた狼藉者か?」


 見上げれば、優麗なる翼をはためかせた白く美しいドラゴンがいた。




本日もお読みいただきありがとうございます。

三月より毎週金曜日の週一更新にしようと思います。詳しくは活動記事に。

次回投稿は 3/1(火) となりますので、よろしくお願いします。

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