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存在しないフェアリーテイル  作者: 如月ゆう
第四章 何かを護る、たった一つの条件
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第八話 空白の三ヶ月⑤


 翌日。

 コンコン――という音が鳴り響き、扉は開かれる。


「ルゥちゃん、起きてー。朝だよー!」


 起こしに来てくれたのはソニア。

 お湯の張られた木桶とタオルを抱え、レスとともに寝ていた部屋を彼女は訪れた。


 まだ眠気が残り、気を抜けば閉じてしまいそうな瞼を擦って、どうにか意識を保つ。

 そうして起き上がってみれば、全身に響く突然の痛み。否が応でも眠気は覚めた。


「――――いったぁー……!」


 一度動くのを諦め、深呼吸。そして再度挑戦。

 痛みを覚悟し、ゆっくりと動かしてみると、ぎこちなくも何とか動くことができた。


「……大丈夫?」


 友達の心配する声に、私は笑顔で答える。


「うん、ちょっとビックリしただけ」


「きっと、アレだね。昨日、沢山動いたから身体が疲れてるんだよ」


 そうなのかもしれない。

 いつもに比べて、腕のお肉がちょっと硬い気がする。


 でも、気を付ければ支障はない。私はゆっくりと起き上がった。

 すぐ隣のベッドを見れば、レスは昨日と同じ体勢のまま変わりなく、未だに起きる気配はない。


 すると、ソニアは突然レスの服を脱がし始め、持ってきたタオルを濡らして絞る。


「何してるの?」


「いつ起きるか分からないから、一日一回は身体を拭いて綺麗にしてあげろ――って、ししょーが」


 ……なるほど。

 寝たきりの人はお風呂に入れない。放ったらかしにしていたら、どんどん汚くなってしまう。


 旅をしていた時も毎日身体は拭いていたはずなのだが、全然気が回らなかった。


「私も手伝う……!」


 そう言うと、急いで顔を洗って着替えてくる。

 それと同時にもう一枚タオルも確保し、ソニアと一緒に隅々まで拭いてあげた。


「ふぅー、終わった。じゃあルゥちゃん、朝ご飯食べよ」


 思いのほかの重労働に、私たちは息をつく。

 汗もかいたし、何なら一度お風呂に入りたいくらいだった。


 タオルを片付けながらそうボヤくと、笑いながら注意される。


「ダメだよー。みんな、待ってるもん」


「みんな……?」


 一体、どういう事なのか。

 ソニアはすぐに答えを教えてくれた。


「うん。ここでは皆で集まってご飯を食べるのが決まりなの。もう集合時間は過ぎてるし、待たせるのは良くないよ」


「えっ……!? じゃあ、急がなきゃ!」


「そう、急がなきゃー!」


 そうとは知らず焦った声を私が出すと、ソニアは楽しそうに笑う。

 汚れの浮いたお湯を捨て、木桶を元の場所に戻し、使い終えたタオルを洗濯に回すと駆け足で向かった。



 ♦ ♦ ♦



 朝食を済ました私は、建物の外へと出ていくとある人を追いかけていた。


「あの……待って、ください」


 声を掛けると止まってくれる。


「あら、今日も私の修行がお望み?」


 振り向いた女性の姿は、太陽と丁度よく重なって眩しい。

 けれど、その声音からナディアお姉さんは笑っているのだと察する。


「昨日のおかげで、身体が痛むんじゃない? 腕の振りと歩幅が短くなってるわよ」


 その言葉に、もはや驚きしかない。

 起きてから今まで、顔を合わせたのはご飯を食べた時だけ。


 その間も殆ど椅子に座っていたというのに…………どこで気付いたのだろう?


 けど、それは止める理由にはならない。


「私は少しでも早く、強くなりたいの……!」


 お願いします、の意味を込めて頭を下げる。


「それに、これよりももっと痛くて、辛くて、苦しいことがあるのを知ってる。だから、平気」


 一瞬だけ、ナディアお姉さんの笑みが消えた気がした。

 けれど、気が付けばいつもの余裕のある表情に戻っていて、気のせいだろうと考える。


「そう、なら――」


 その時だ。


「――おい、お前! 新入りのくせに生意気だぞ!」


 ナディアお姉さんの言葉を遮って、そんな罵声が耳に届いた。

 振り返れば、六人の子供がいる。名前は――悪いと思うけど、まだ覚えられていない。


 その先頭に立つ一人の男の子が、私に向けてビシッと指を突きつけてきた。


「おししょーさんは俺たちのもんだ! 俺たちが先だ!」


 威圧的な態度と強い物言いに、私の体はビクリと反応する。


「だいたい、仕事をしていないのはズルいんだぞ! はたらか……らかざ……らか、らからざ…………は、はたからざらるもの食うべからず、なんだからな!」


「…………ルーカスくん。それを言うなら『働かざる者、食うべからず』ですよ」


 器用な言い間違いに、彼の後ろに立っていた二人目の男の子は掛けていた眼鏡をクイッと持ち上げて、指摘した。


 丸い耳、黒い毛皮、指を動かす度に長い爪はギチギチと音を立てる。

 完全に熊の獣人だ。


「うるせぇ! 細かいことを言うな、ウォン!」


 仲間からの野次が気に障ったのか、背後に怒鳴り散らす。

 けれど、すぐにこちらに向き直り、文句は続いた。


「昨日は忙しくて修行が出来なかったんだ。だから、今日は俺たちがおししょーさんを貰う! お前はどっか行け!」


 …………なんで、ここまで言われなきゃいけないんだろう。

 始めは怯えていた心だが、その理不尽さ故に段々と不満を募らせていく。


「レス兄だってそうだ! 一緒に旅をしていたからって調子に乗るなよ! 俺たちのなんだからな!」


 そして、なんかプチンときた。


「……違う! レスはレス。誰のものでもない!」


「なんだと!」


 人を所有物みたいな言い方している事が気に食わなくて、反抗する。

 その事に対し、さらに怒りを見せる彼が一歩こちらに足を踏み出したため、同じ分だけ私の体は後退した。


 それでも、心は負けない。


「そ、それに私の名前はルゥ。そのレスに貰った大切な名前だもん! お前なんて言わないで!」


「こっ……の…………!」


 相手は怒りに身を任せ、こちらにズンズンと向かってくる。


 正直、怖い。もう足は震えて動かない。

 けど、言ってやった。負けずに、自分の本心を伝えられたのだ。


「はーい、そこまで」


 そんな私たちの間に割り込むように、ナディアお姉さんは現れた。


「子供の喧嘩に口を出すなんて本当はしたくないんだけど、看過できないことがあったから一つだけ言わせてもらうわ」


 神妙な口ぶりに、息を呑む。


「ルーカス、人には意思があるの。乱暴を働いていいわけでも、自分の思い通りに扱えるわけでもない。むしろ、理不尽な目に晒されればそれだけ反抗するでしょう。……私の言いたいことが分かるわね?」


 その言葉に私たちは頷いた。

 つまりは、人はモノではない。


 その様子に満足したのか、ナディアお姉さんも頷き返してこう締める。


「そう! あの子は私が拾って、私が育てたの。私の言うことなら何だって聞くし、反抗しないわ。だから、誰のものかと問われれば私のモノよ!」


『…………………………………………』


 そして、耳にした発言に私たちは唖然とした。

 何を言うかと思えばこの人、対抗してきたよぉ…………。


 言葉は生まれず、シラっとした目を向ける。

 その態度が気に食わなかったのか、ナディアお姉さんは唇を尖らせた。


「……冗談よ。あの子はあの子自身のモノ。だから、そんな顔しないで」


 組んだ腕を解き、手をヒラヒラと振ってそう言う。


「まぁでも、丁度いいわ。だったら、貴方たちで組み手でもしなさいな」


「私が――?」

「こいつと――?」


 私たちは互いに顔を見合わせ、それから各々に思ったことを告げた。


「私、出来れば魔法を教えて欲しいんですけど……」

「意味ねぇよ! 俺はこんな奴に負けない!」


 同時に響く声。

 被る相手の発言が煩わしく睨み合っていると、場を取り持つように手を叩く音が耳に届く。


「はいはーい、その続きは組み手で発揮しなさい。それから、二人のの質問にそれぞれ答えると――まず、魔法を使って戦うつもりなら絶対に近距離戦闘は覚えておいた方がいいわよ。じゃないと、攻撃を避けられて近づかれた時にどうしようも無くなるわ」


 ……そういうことなら、ナディアお姉さんの言う通りにしよう。

 そもそも教えてもらう以上、私は文句を言えないんだけど。


「それと、ルーカス。あまりこの子を甘く見ないことね。舐めてかかると今の貴方でも負けるわよ」


「はぁっ!? 俺がこんなやつに?」


 信じられないのだろう。言われた私も自信が無い。

 けれどナディアお姉さんは本気のようで、薄く笑うばかりで撤回はしなかった。


「…………分かった。おししょーさんがそう言うなら、やってやる」


 私も同様に頷く。


「じゃあ、決まりね。二人とも位置につきなさい」




本日もお読みいただきありがとうございます。

最近気が付いたのですが、章が進んでいくごとに話数が増えていますね。

次回投稿は 1/19(土) となります。お間違いのないよう、よろしくお願いします。

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本編の小休止にいかがでしょうか?
番外編「語られないフェアリーテイル」

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彼と彼女の365日


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