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存在しないフェアリーテイル  作者: 如月ゆう
第一章 始まりの始まり
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第四話 対話と決断

 食材の買い出しやギルドへの報告など、昨日のうちにできなかった諸々の用事を終えると俺は借りた部屋へと戻ってきた。

 ドアノブを握りしめ、押手に力を込める。扉が開くと、そこには真紅の双眸がお出迎えをしていた。


 その瞳に怯えや敵意といった色は見えず、とりあえずは安心をする。少なくとも会話ができる状態ではあるようだ。


「そこの椅子に座って、待っててくれるか?」


 この部屋にあらかじめ備え付けられていたテーブルセットを指さすと、俺は手早く朝食の用意を始める。


 まずはバケットを手頃な大きさにカットすると、水平方向に三分の二ほどの切れ込みを入れる。続いて買ったレタスや酢漬けしておいた玉ねぎなんかと今朝採れたての新鮮な生魚を和え、適当に味を整える。

 所要時間は約五分。バゲットサンドの出来上がりだ。


 盛り付けた皿をテーブルに運ぶと、少女は言われたとおりに大人しく座って待っていた。ただし、大人用に作られた椅子なため、足が床に届かず大変愛嬌のある姿を見せている。


「ほら、食べてもいいぞ」


 そう言ってテーブル中央に皿を置くと、俺はバケットを一つ手に取り口に含んだ。


 …………うむ、やっぱり生魚はいいな。そもそも魚を食べる種族が少ない上に、食べるにしても何らか手を加えるのが主流だ。こうして、新鮮なものを食べられるなんて贅沢この上ない。


 黙々ともしゃもしゃ咀嚼をすること数分。もう一つ、とばかりにバケットに手を伸ばすと俺が食べた分以外で数が減っていないことに気がついた。


「なんだ、食べないのか?」


 二つ目を頬張りながらそう尋ねると、少女は困ったような泣き出しそうな顔に変化する。


「あの…………。…………あの、私実は…………その……」


 そう言い淀む少女に漂う空気は何やら重たい。少しでも場を軽くするため、俺は敢えて食事を続けて身構えていない素振りを見せてみる。

 そう長くない時間を経て、二つ目のバケットも食べ終えようかという時。その間、ずっと言いにくそうに口ごもっていた少女の言葉がようやく動き出す。


「私は……ね…………。あの…………実は私……吸血鬼…………なの」


 言い終えた少女は宣告を待つかのような怯えた表情で俺の顔色を伺っていた。


「うん、そうみたいだね」


 その雰囲気を壊すように、軽い態度で流す。

 案の定、少女は驚いた様子を向けてきたがそこには関与せず俺は話を続けた。


「それで? 食べないのはそれが理由? 吸血鬼族といっても血の方が栄養効率が良いだけで、一応食材からも栄養は摂取できたはずだけど――やっぱり血の方がいいのかな?」


 間髪入れず話を進める俺に対して、少女はひとつ頷くことで返事をする。


「そう。じゃあもう少し待ってもらっていいかな? 少し君の話とかも聞いて現状確認しておきたいし、血はその後で、ってことで――」

「あの…………!」


 唐突に話を遮るようにして、質問が投げかけられる。


「あの、貴方は何も思わないの?」

「何、とは?」

「私は……私は吸血鬼で、すごく高いの。みんな私の正体を知ると、追いかけるし捕まえようとする。私をお金と交換するし、裸にだってさせられる…………」


 少女の告白に、部屋は静まる。

 そんな中、俺は素直に驚いていた。この子は小さい――まだ子供ながらも自らの価値を知っているのだ。自分が、吸血鬼というものがどういう立ち位置なのかをちゃんと理解している。


「たまに私を捕まえようとしない人もいる。けど、そんな人達は私を見て怯えるの。まるで私と関わることを避けるように…………。けど、貴方はその誰とも違う。それはなんで?」


 正直に言うべきか俺は悩んだ。優しさや慈悲などといった心がないことを知ったら、この子は悲しむかもしれないからだ。

 けれど、この子は賢い。適当なことを言っても気づくのではないだろうか。


 …………ならば、俺は本心を語るべきなのだろう。


「んー。キツい言い方に聞こえるかもしれないけど、君がこれまで受けてきた事に対して俺は一切の興味が無い。どうでもいいんだよ、吸血鬼族はおろか他種族のことなんて。加えて金は必要な分くらい手元にあるし、身体を持て余すことも今のところはないからな」


 質問に答えテーブルに肘をつくと、少女の表情を観察する。自身への不当な扱いをされなかった理由が正義感からではなかったことに落胆するのか、はたまた自分のことなどどうでもいいと言われたことに悲しむのか。

 しかし、彼女はそのどれでもなかった。真っ直ぐにこちらを見据えると、再度質問を投げてくる。


「なら、貴方はどうして私を助けてくれたの?」


 その目は酷く純粋で、俺そのものを見ていた。


「…………別に。ただ胸クソ悪いものを見て、イラついたから殺しただけだ。助けたつもりはない」


 その目を見つめるのはどうにもむず痒く、ふいと俺は目線をそらした。腕を組み、深く椅子に座り込むと、本来話したかった話題へと戻す。


「さて、そろそろ俺の話はいいだろ。次は君の話だ。なぜ吸血鬼の君がこんな国にいて、どうしてあんな事になっていたのか、聞いてもいいか?」


 僅かに目を伏せた少女は、ポツポツと語りだした。



 ♦ ♦ ♦



 私は、ドワーフの国の奴隷だったの。えっ、いつから居たのか? …………分からない。気がついた時からそこにいたから。


 でね、そこではいっぱい検査とかされた。…………そう、血を抜かれたり変な言葉を復唱させられたり。けれど、結果が良くないみたいで何度も巫女様に怒られたんだ。


 ……えっと、巫女様っていうのは私と同じ吸血鬼の人で、ドワーフの王様に認められて奴隷なのに何かすごい地位を得た人なの。私の先生でもあった。


 そう、そしたら今回ドワーフの王様が私を人間の王様にあげるんだって、献上品だって言ったみたいで。多分、私がいらない子だったからだと思うけど、巫女様も止めてくれなかった。


 それで、人間の国に運ばれてたら急に馬車が倒れたみたい。知らない男の人たちが馬車の荷物と私を森の中の洞窟に連れていったの。


 そのままいっぱい酷いことされて…………気がついたらここにいたみたい。



 ♦ ♦ ♦



 少女は話を終えると、唾を飲み込む。


「なるほどな、現状は理解した」


 一部知らない情報もありはしたが、概ねは聞いていた通りの出来事が起こっていたようだ。


「それで? 君はこれからどうしたいんだ?」

「…………えっ?」


 呆けた表情が俺を見つめる。


「私を、逃がしてくれるの?」

「そもそも捕まえた覚えはないよ」


 謂れのないことを言われ、思わず苦笑が漏れてしまった。


「俺は君の置かれている状況が知りたかっただけだ。それがわかった今、君がこれから何をしようが好きにしたらいいさ。さっきの質問も俺が聞きたかっただけだから、別に答えなくてもいいよ」


「…………けど、どうすればいいか分からない」


「そんなに難しい話じゃないだろ。直接自分の好きなことを考えるのではなく、大きな括りから絞っていけばいい。……そうだな、君の場合は奴隷に戻るか、奴隷から抜け出すか、の二択から話は始まる」


 少し考える素振りを見せた少女は、やがて一つの答えを口に出す。


「…………私、奴隷には戻りたくない」

「そうかい。それじゃ、今すぐにでも逃げればいいさ。まぁ、敢えてここに残るという選択肢もあるにはあるけどな」


 今や少女を捉えていた鳥籠はもう開けられたのだ。ただし、籠の外にはまだ部屋が広がっており、簡単には空へと逃がしてくれないだろうけど。


「それは出来ないよ」


 そして、少女はそれに気づいている。


「なぜだ?」

「多分、私がここを出ようとすると門番の人に捕まっちゃう。私じゃここから逃げられない」


 やはりこの子は聡い。


「――けど、貴方なら出来るでしょ?」

「ほぉ……どうしてそう思ったんだ?」


 賢い子は好ましい。その事実が俺の口元を歪める。


「だって、私がここにいるから」


 そう何の迷いもなく言い切る姿は、ただ淡々と事実を述べているようで――。その姿に思わず笑いがこぼれた。

 少女は怪訝そうに口を開く。


「…………なんで笑うの?」

「いや、なんでもないよ」


 私がここにいる――私をこの国に入れたのだから、貴方ならこの国から私を連れ出せるとこの子はそう言っているのだ。

 なんて合理的な考えをする少女なのだろうか。


「それで? もし俺が出来ると言ったら、どうするんだ?」

「私を貴方の傍に置いてほしい。一緒に連れ出してほしいの」


 止めの一言だった。

 この子がどこまで理解しているかはわからない。だが、先の発言を聞く限りでは、おそらく俺が今後起こるであろうと予期していることを同じように危惧しているはずだ。

 それが出来るくらいには、彼女の現状把握能力と思考の発展性は凄まじかった。


「いいね! うん、気に入った」


 テンションの上がった俺は両手を広げ、少し仰々しい態度で話す。


「俺の名はレスコット=ノーノだ。レスとでも呼んでくれ」


 これからを共にする彼女に名を告げると、少女はおっかなびっくり手を挙げた。


「あの…………私、名前がない、の」


 聞けばなんでも、ドワーフの国では奴隷管理をしやすくするために名前ではなく番号を与えて、それを名称の代わりにするらしい。


「うーん、名前ねぇ…………」


 それにしても、人の名前付けというものは思ったよりも難しかった。

 結婚願望がない俺からしてみれば、もし子供がいたら――なんて妄想も特にしたことがなく本格的に悩む。


 一度、「自分で好きなのを決めてみれば?」なんて丸投げもしてみたが「よく分からない」の一点張りだった。

 なにかアイデアはないかと少女を改めて見ると、美しい金髪が目に入る。そういえば、この子を連れ出したときやけに月が輝いていたものだ。金色、月――。


「…………ルゥナー、だったな」

「えっ…………?」

「…………うん、決めた」


 直観的なひらめきを得た俺は、特に吟味もせずそのまま伝える。


「君の名前はルゥナー=ノーノだ。これからはルゥと呼ぼう」

「ルゥナー?」


 俺の発言を聞いて、彼女――ルゥは可愛らしく子首を傾げる。


「ルゥナーってのは、吸血鬼語で月って意味だ。綺麗な金髪だし、いい名前だろ?」

「……ノーノは? 貴方と同じ名前?」


 少し自信のある名前付けだったのだが、スルーされてしまった。少し悲しい。


「ノーノってのは、俺が育った孤児院の人の名だ。どうせ行くところもないんだし、うちの孤児院にでも所属していることにすればいいだろ」

「ふーん。ルゥナー…………。ルゥナー=ノーノ、ルゥ…………ふふ」


 せっかく答えてあげたというのに、当の質問者は生返事だった。だが、そう嬉しそうに名前を呟くとは、名付けたかいがあったというものだな。

 しばらくその可愛らしい様子を見つめていると、くきゅーという音が部屋に響く。

 音の出処――ルゥは真っ赤な顔をして俯いているので、俺から話を降ってあげた。


「そういや、まだ血をあげてなかったな。ほれ、お好きなところを噛みつきな」


 全身の力を抜いて身体を投げ出した俺を、ルゥはキョトンとした顔で見つめている。


「……………………いいの?」

「何が?」

「私たち吸血鬼に直接血をあげるのは危険だ、って」


 言われて、ようやく思い当たる。吸血鬼に体を差し出すことは、肉食の獣に自身を捧げることと同義のようなものだ。


「あぁ…………いや、気にしなくていい。俺が死なない程度になら好きなだけ飲んでくれて構わないし、もしそれ以上に飲まれるようだったら力づくで引き剥がすだけだから」

「…………それじゃ」


 ルゥは俺のそばに近寄ると、服の袖をめくり俺の腕に噛み付いた。

 プツリと肌が裂けた感触と鈍い痛みを感じる。僅かに、しかし、確かな量の血を吸われるという感覚はなんとも言い難いむず痒さがあり、つい引き剥がしたい衝動に駆られた。


 だんだんと血が抜けていくほど、体温が頭から下がっていくのが分かる。なるほど、これが血の気が引くという感覚なのかもしれない。それと同時に頭に溜まっていた熱も引き、思考が澄んでいくようだった。

 そんな学者然とした思考に耽ること数分。


「あの…………もう止めてもらっていい?」


 貧血スレスレの弱々しい声が部屋にこだました。




 とりあえず、書いている分かつ内容が繋げられる部分まで一括投稿してみました。

 

 構成とストーリー展開そのものは殆ど終盤まで組みあがっているので(頭の中で)、今後は気長に待っていただければ幸いです。

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