第十五話 遅れて登場するその者の名は――。
少し遡り――ここは地下に在する革命派の本部。
ドウラン達が地上へと駆けつけて暫く、多くの怪我人が体を休めているこの場所で、俺も同じように足を延ばして座り、安静にしていた。
殆どの応急手当ては終わったようで、数名の獣人がタオルなどを取り替えたり、細かな介抱をするに留まり、少し前まで漂っていた忙しない空気はどこにも見当たらない。
何もせず戦いの行く末を待つ。
それは途轍もなく楽なことではあるが、一方で途方もなく暇なことでもあった。
現に傍らに寄り添っているルゥは俺の太ももに頭を預け、不安げにこちらを見上げている。
サラリと零れる金色の髪を掬ってあげると、くすぐったそうに笑みを浮かべた。
周りの獣人も似たような面持ちを見せ、神妙な顔つきで何もない天井を仰ぎ見ている。
いや、俺たち余所者とは違い、彼らは当事者だ。それ以上に感じるものがあるはずだろう。
そんな時、空間がひときわ大きく揺れた。
立っている者はおろか、座っている者まで体勢を崩し自身の身体を支えようとする。
かくいう俺も咄嗟のことに慌てて手をつくが、爪のない影響か上手く指先に力が入らず、結局肘で支えることとなってしまった。
おそらく、戦闘の余波だろう。これまでにも何度かあり、その度にパラパラと土屑が降っていた。
しかし、今回はその規模を優に超えている。小さくだが確かに、壁や天井に亀裂が走ったのがその証拠だ。
意図的なものか、偶然の産物か。
どちらにしても、もうここが安全だとは言い難い。
俺はバランスを取りながらゆっくりと立ち上がると、荷物を持ち上げる。
この状態だと、力を入れて持ち上げるのにも一苦労だな。
「レス、何する気? ちゃんと休んでないと、ダメだよ!」
慌てたルゥは俺を止めようと、体にしがみついてくる。
万全の俺だったらいざ知らず、今のままでは引きずって歩くだけでも辛い。危うくバランスを崩しそうになり、壁に手をついた。
「おいルゥ、歩きづらい。心配しなくても、もうしばらくすれば――」
煩わしさに文句を言うと、部屋の外から何者かの走る音が聞こえだす。
「皆さん、地上での戦いが思った以上に激化しています! ここも崩れる恐れが出てきましたので、無理のない範囲で避難を始めてください!」
「――こうなる」
息も絶え絶えに一人の獣人がそんなことを知らせ、それからは慌ただしくなった。
すでに準備を終えていた俺はその人に地上への経路を聞き、目をパチクリとさせたルゥを引き連れて先を歩く。
「……なんで分かったの?」
ルゥの方が歩くのが速いという珍しい光景の中、そんな質問を投げられた。
つま先に力が入らず蹴り出せないせいで、思った以上に速く歩けない。意外と面倒なことをしてくれたな。
「別に分かっていたわけじゃない。ただ、あの状況だといつか崩れるのは目に見えていたからな。仮にアイツらが動かなかったとしても、この道を聞き出すついでに助言してあげたまでだ」
答えを聞き、「ふぅーん」と相槌を打つルゥ。
それにしても、本当に煩わしい。
多分走れるだろうし、ジャンプも出来はするが、あくまでも出来るだけだろうな。
実際にやってみれば、普段の早歩き程度の速度だったり、数センチしか跳べないという体たらくっぷりに違いない。
武器も碌に扱えないし、爪の重要性だな。身に染みて分かった。
そんな思考に耽ていれば、出口まではすぐそこだ。
備え付けられた石の階段を上れば、そこは集落から少し離れた森の中。
なるほど、普段は石板などで蓋をし、その上を土や草で被せカモフラージュしていたのだろう。
この場所は別段見晴らしがよいわけでもないが、木々の隙間から集落の様子を窺うことができた。
少し遠目だが、問題はない。
見てみれば兄妹はそれぞれの敵と交戦中である。
ドウランの方は問題あるまい。
今は防戦一方であるが、攻撃はしっかり見極められているし、何より相手の動きが直線的だ。
近いうちに、攻めに転じられる。
問題は姉妹の方だろう。
一見、いい勝負をしているように見えるが、それは二人同時に攻めているからだ。
それでも致命傷を与えられず、いなされている状況はかなり危うい。
少しでも陣形が崩れたならば、各個撃破でたちまち戦況は一変する。
それに、一つ気になることが。
ドウランと戦っている相手は戦闘のちょっとした隙に例の薬を飲んでいるが、他方ではそんな様子が見られない。
それに、あんな白い体毛の猿族がいただろうか? あれだけ派手なら記憶に残るはずなのだが……。
「…………レス」
小さな声と袖に引っかかる僅かな力。
振り向けば、ルゥが心配そうに俺の顔を見つめていた。
これから俺が何をするのか、表情に出ていただろうか……?
いや、聡い子だ。そんなことをしなくとも、この状況から予測できたのだろう。
そして、怪我を理由に止めても何もならないことをちゃんと理解している。
だから彼女は、俺の名前を呼ぶだけだ。
「……このまま放ってアイツらが負ければ、それこそ大変だからな。悪いけど、ルゥはこの荷物を見守っていてくれ」
旅に必要な道具の入っているリュックをその場に置く。
銃は今の状態でも使えるだろうから持っていくとして……問題は刀だ。
上手く握れないので、持っていても意味がないような気がするが……どうしよう。荷物になるかもな。
……いや、どちらにせよ今のままではまともに動けない。
一応、使い道もあるにはあるので、念の為で持っていくことにしよう。
そして、戦闘用の魔導具を詰めたウエストポーチを身に着け、準備は完了だ。
今一度ルゥに向き直ると、その小さな頭に手を乗せる。
「心配するな。それじゃ、ちょっと行ってくる」
「……………………うん」
とは言っても、この足ではそれほど速く移動できない。全く、締まらないな。
チラと振り返ると、続々と怪我人の姿が増えだした。どうやら、避難の方も上手くいっているようだ。
「出来る範囲で頑張りますか……!」
再び戦闘状況を見てみると、姉妹の一人が首ごと体を持ち上げられていた。
腰から銃を抜き、その持ち上げている腕、そして頭を狙う。
こちらに意識は向いていなかった。殺気も出していなかった。
だというのに、全ての弾丸は空を切り、軽快に躱されてしまう。
追撃として二、三発足元に撃つも、敵を捉えることはない。
「……マジかよ、音速の五倍だぞ。一発くらい当たれよ」
距離は五十メートルほど。時間にしておよそコンマ零三秒。
銃口の向きを見たとしても避けるのは至難のはずだが……薬の影響は相当なものらしい。
「まぁ、いいか」
それでも、この二人を助けることが出来たのだから上々だろう。何てったって、ルゥの師匠のようだからな。
苦しそうに咳き込む一方と、それを介抱する他方。
その姿を見ると、奇しくも前回の処刑の時とは立場が逆になったな、などと思ってしまう。
あの時はどんな感じのことを言われたっけな……。確か――。
「救世主っぽいう登場の仕方で、カッコよかっただろ?」
――だっただろうか。
今話も読んでいただき、ありがとうございます。
「冬のダメ着」というものを買ってみました。あれは最高です(確信)!
次回投稿は 11/23(金) となりますので、良ければまたお越しください。





