第零話 聴衆のいない慟哭
昔から、この里が嫌いだった。
父を憎み、母を疎み、儂を蔑むこの里の連中が大嫌いだった。
人が他人を好いて何が悪い。
誰かにとやかく指図される謂れなどないはずだ。
儂の生まれがなんだと言うのだ。
子供は自身の血を選べぬ。生まれるべくして生まれる存在。そこに文句の付けようなどあろうものか。
……なにも、親を悪く言っている訳では無い。
生まれた子供に罪はない――誰もが知っている考え方だ。それにも拘らず、一々罪を数え出す奴らが心底恨めしいだけである。
それでも儂がこの里を離れなかったのは、偏に恨むべき対象が里に住む者であり、母の愛したこの里そのものに罪がないから。父の形見であるこの家を手放したくなかったから。そして、儂自身にこの里を飛び出せるほどの力がなかったからだ。
そうしてのうのうと生きているうちに、齢はとうとう百五十を越えようとしている。
物静かな――より正確に言うなら、辺りに誰一人として存在しない孤独な森の中、揺り椅子に腰掛け穏やかな日差しを浴びながら、そっと目を閉じた。
風がフワリと頬を撫で、木々のざわめきが耳元で語りかけてくる。
そんな美しき協奏曲を乱すように、異なる複数の足跡が不協和音を響かせた。
予期していたノック音が鳴る。仕方なしに重い腰を上げ、扉の前まで儂は歩いた。
今更取られて困る物もないため、覗き穴などを見ることもなくドアノブに手をかける。
「誰かは知らんが、こんな老いぼれに何か御用かな?」





