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2  作者: 師走
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これはどうしたことだろう。

今まであったはずの町が突然消えてしまって、荒野になっている。

と、思えば、ぼんやりと遠くに高い建物が立ち並んでいる。

信じられないことだ。


私は肩から力が抜けて崩れ落ちてしまった。

山を駆け抜けた、その疲れがどっと押し寄せてきたようであった。

何が起こったのかは、見当もつかない。


…事件には間違いない。

しかし、その他のことは分からない。


私が留守にしていた一週間と3日のうちに、誰かが焼き討ちにでもしてしまったのだろうか。

この地域はこれまで平和そのもので、酔っ払いの喧嘩が時たまあるくらいのものだったので、仮にそういった危機が突然襲ってきたのだとしたら、対応できなかったに違いあるまい。


しかし、そうとも思えない。

木造建築が主流だったとは言え、轟々と燃えたのなら跡くらいは残るだろう。炭さえも全て山おろしにやられて吹き飛ばされたとして、黒い残骸がかすかにも見えないのはおかしい。それに、ポツポツと枯れ葉が伸びているのも不気味である。火災では、ない。


理由を同じくして、局地的な震災、豪雨、強風ということもなかろう。

土がえぐれているわけもなし、ただ、元々この姿だったのだとでも言うように、寂しい高原があるばかりである。


「人為的な原因に違いない」


私はこう断定した。どうしてそんなに超常的なことができたのかは分からぬが、少なくとも自然災害のなせる業ではなかった。

そして、ここから随分と離れた向こうの岩山のてっぺんからチラチラ覗く直方体のビル群がその疑惑を確信へと変えてしまった。あれらも、ついぞ見慣れぬものである。


すなわち、私がいない間に、誰かがここの町を破壊し、と同時に、あそこへ別の町を作ったのだ。

しかし、そんなことがどうして可能だったのであろうか。

今までこの街で交わした会話の中で、そんな話はもちろん一度たりとも聞いてはいない。もしも何かの手違いでここらが取り壊しになることになったのなら、私は声を懸命にあげて抵抗したはずである。のこのこ遠出なんぞはしない。


しかも、私が移動する道中、大きな音が聞こえたという記憶は全くない。静かであった。鳥の鳴き声は時折どこかから聞こえていたものだ。


なら、一体何があったと言うのか。

私にはそこを説明することはできなかった。


涙さえも枯れている。

ただ、無闇に憤りがふつふつと湧いてきて、地面をかきむしった。


掘り出された小石を投げ飛ばす。

湿った土が爪の間へ潜り込む。

先端の尖った小さな小さな草が横向きへ倒れる。


「」


私は今、やたらめったらな不安と格闘しているのだ。

腹の底から息が漏れ出るような気持ちだった。


。。


しばらくして立ち上がる。

このままじっとしていて、何が始まるわけもない。

ともかく、あそこの岩山へ行ってみなければならない。そうだ、私が今すべきことは、それだ。


私の息は、詰まっていた。全身がヒリリと疲弊している。ひょっとすると、首やら胴体やらは瞬く間に溶けてしまって、餅のように体がひとかたまりになるのではないか、などと、帰路にそんなことを冗談めかして考えていたくらいなのだ。


それでも、歩いてみせる。

実際は、明日の朝に出発するというのが適しているのであろうが、それまで待つことは無理だった。

こんな殺風景な寒い場所で、どうして一夜を越すことができるだろう。

とにかく、一刻も早く人に会いたかった。

疲れていると、なおさらこう思うものである。


陽を見やる。

夕刻の始めである。これから、グッと暗くなる。

それを感じると、身震いがした。

岩山の頂上まで、どのくらいの時間がかかるのだろう。

どれ程うまくいっても、暗闇は避けられなさそうである。


奥歯を噛み締めて、嫌がる足を無理に進める。

危ないという直感の警鐘を、私だってちゃんと知っている。

しかし、それはここで留まっていても同じではないのか。

これから何が起こるのか分からないような場所なのだ。まだ、どうしてこの町が消されてしまったのかさえ分かっていないのだから。


それならば、既成の細道を縫って歩いて、あちらへ向かっていった方がはるかにマシというものだ。

よし。


落ち葉がパリパリとかすかに鳴った。

木の根に躓かないようにしつつ、歩いていく。


この細道は幾度も通ったことがあるので、まだ安心できる。

が、深みへ踏み入るにつれ、薄黒が重なっていくのは酷く恐ろしかった。

私は、目を細めてそれを見ぬようにして、木の幹に触れながらそろそろと下っていく。


さぁっと、音がするくらいに暗くなった。

木々が覆うほどに影を作ってしまっているのだ。

こうなれば、私がいつも通っている道ではもはやなくなった。

心臓の鼓動の早くなるのを意識しながら、私は周りを確認する。


カサ、カサ、カサ。


わっ!と叫びだしたいくらいであった。今から全速力で戻れば、すぐにあの場所へ帰ることができる。そう、今からだって遅くはないぞ。


しかし、太陽はどっちにしたってすぐに落ちる。この暗闇へ身を寄せて眠るつもりはない。ともかく、行かなくては。


カサッ、カサッ、カサッ、


自分の足音にせき立てられるように、グンとスピードを上げた。

ノロノロしていると、私の体が押しつぶされてしまいそうな気がした。


「んぅ、んぅ…」


堪えていても、ほんの少し唸ってしまう。

それを振り払うように首を左右に揺らして走る。

突き出た石か何かの上に足をついてよろめいても、すぐに体勢を立て直して尚も走った。


青黒い世界で、枝を広げた木が一層色づいている。とても大きく感ぜられる。


すると、なぜだか、私は巨大な生き物に飲まれているような気がした。今、自らの意思でそこへグイグイ進んでいるのである。そんなふうなことを考えた自分の頰をパシンと叩く。


それだけでは物足りなく、続けざまに自分を平手で打った。

しかしながらその奇妙な妄想は頭へこびりついて離れようとしなかった。



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