~プロローグ~
「ひどい、いい天気ね」
矛盾しているが一番しっくりくる言い方だ。今の自分にぴったりという意味だろう。
空は宇宙に白いフタをしている。微かにグレーにくすんだフタ。このぐらいなら、がんばって、こだわって、逃げないで、しがみつき続ければ壊せたのだろう。
午後3時昼下がり。
作業と思考が煮詰まるこの時間、自分らは売店でおやつを買っては、歩き、つまみ、しゃべってきた。蘭子は豆乳をストローですすり、果流子はミルクレープをはむはむしている。卒業研究発表当日も、例外ではない。
そういえば、昨日、果流子の家に泊まったときも、あいつはミルクレープを食べてたな。恐ろしくて一度も覗いていないが、冷蔵庫の中にはぎっしりとミルクレープが詰め込まれているのかもしれない。
我彼女ながら恐ろしいやつだ。
自分の昼下がりのお供は、特に決まっていない。
今日は蘭子に勧められて、あたたかいココアにした。
だいたいいつも蘭子と果流子のモルモット。新発売の商品とか、明らかにまずいアイスバーとかを言われるがまま、先陣切って買わされる。
そして、自分の行く先も決まっていない。正確には、政策では決まっている。だがそれは自分の本当に望んだ分野ではない。望まれた分野ではあるが。
「あんたみたい」
蘭子が売店横のグラウンド方向を眺めながら、ぼそっとつぶやいた。
「ばか」
誰に向けてだろう。と、とぼけることもやめた。ここ数ヶ月何度も何度も言われた言葉だ。
売店横のグラウンドは、体育会系のサークルの練習場として使われている。ただ、芝生&観客席完備の新グラウンドができたため、サークル利用者もお昼の自由解放利用者も、ここではあまり見られない。
要するに、さびれているのだ。
グラウンドには片付ける場所が定まらないサッカーボールが転がっている。
蘭子は雪解けの泥だまりを避けながら、跳び越しながらボールに近づいた。後ろから「蘭子ちゃんあぶないよ〜」という果流子の声が聞こえる。耳のいい蘭子が、こっちを振り向かず足元のサッカーボールを見ながら「だいじょぶだいじょぶ〜」と答えている。
蘭子はサッカーボールから後ずさり、グラウンドのコンクリートの壁に背中をぴっとつけた。
「みんな…がんばれよっと!」
蘭子は泥溜まりを飛び越えながら大股で駆け出し、インステップでサッカーボールを蹴っとばした。
防寒着代わりの白衣がばさりとひるがえり、蘭子の白い太ももに巻きついた。
「はぁはぁ、ふぅ…」
真っ白い太ももと白衣と白い空。蘭子と空が混ざり、何もないところからいきなり、サッカーボールが空に向かって射出したみたいだ。
今日こそはあの曇天、この惑星を支配するあの白い蓋をぶっ壊してくれるように見えたのだが、サッカーボールはいつもと同じ物理法則、同じ放物線を描いて地面に到達した。そして数回バウンドした後、サッカーボールはグラウンド片隅の泥だまりに、べちゃりと落ちて止まった。
どんなに頑張ってもすでにある大きな力からは逃れられないし、だから抗うことには意味を見出せない。
「さっ、行きましょ」
すたすたと売店前に戻ってきた蘭子は少しスッキリした顔だった。
「私たちの発表をしに」
この場合の「たち」は自分と蘭子のことだ。果流子の研究室は一足早く午前中に発表を終えている。
数時間後はきっと最後の惑星発生学。
二度と得られない純粋な研究。純粋な時間。
これは自分と蘭子の、一年間の卒業研究のお話である。
最初で最期の卒業研究発表会、始まる。