オシャレな彼
僕は彼の青春を共にした一人、いや、一つだ。
僕の体には彼の汗に、彼の思い、彼の時間が染み込んでいる。
こういうと、感の良い人は分かるかもしれない。
僕は人じゃないんだ。
いつも彼を感じていた、見ることができる機会は少ないけれど。
時に彼は僕を乱暴に扱ったりもしたっけな。
けれど、僕はそれでも幸せだった、例え、僕がボロボロになったのが、その彼の物の乱雑な扱いのせいであっても。
僕が彼に迎え入れられたのは確か彼が高校2年生の頃だったなぁ、もともとは彼の姉の所有物だったんだけれど、あの人の需要に僕は合ってなかったみたいだ。
あの人が僕を彼に渡す時の会話は今でもよく覚えているよ
あの人が「このカバンいる?」と言ってさ。
彼は不意をつかれたネコみたいに目をまん丸くして、えっ?良いの?って応えてたな。
そしたら「いいよ、別に高いもんじゃなかったし。」なんて言うもんだからカチンときたもんだ。
今になってはあの人あっての今の僕だから何を言われたって許せる気分だけどね。
その後に彼が言った言葉が僕に自信を、そして信頼を与えてくれた。
モノが信頼とか自信とか言っちゃ変かもしれないけれど、モノだって一つの記憶媒体みたいなもんなんだ、ほら、よく愛されすぎた人形が捨てられてもまた戻ってくるみたいなホラー話よくあるじゃないか、人が想いを入れれば入れるほどモノの想いも増える。
彼ら自身が記憶できるのと同じように、僕らもメモリーなんだ。
それで、彼の言った言葉ってのが「僕、これずっと良いなぁって思ってたんだよね、オシャレだし。」なんて言ってくれた。
すると「ほんとに?でもこれ使いにくいよ、あんまり物入らないしなぁ」ってあの人が言う、まったくあなたは余計な事を言う癖を治した方が良い、それならきっと美人なのに。
でも彼はそんなこと気にしないなんて言って、僕を彼の部屋へ連れてった、そして僕をゲームを買い与えられた子供みたいに眺めて、笑って僕を撫でた。
翌日から彼は僕を背負って登下校した。彼は僕を自慢するかのように背負っていたような気がするな、だって、彼の歩き方は自信たっぷりだったもの。
もちろんはっきりは分からなかった、だって僕がいつも見てるのは彼ではなくて、彼の歩いてきた風景だから。
それでもね、ずっと付き添っているとさ、大まかにだけれど彼がどんな気持ちで歩いてるかが分かってくるんだ。
彼は家に帰ってくると僕を叩き落すみたいに地面に落とすし、パンパンになるまで僕にモノをつめるし、そのモノがビッシリつまってキチキチの状態で走る、「モノ」の扱いが良いというような人ではなかったと思うな、それでも僕が彼を信頼した訳はさ、彼が僕を使い始めて半年ぐらいだったかな。
彼の友人が僕のことを「お前のそのカバンなんなの?」って言ったんだ
僕は少しドキドキした、僕はもともと自分に自信がなくて、いつも怯えてたんだ、このまま捨てられるんじゃないかなってさ、だってほかのブランド物のカバンとは天と地の差ぐらいの値段の差があったしね。
続けて彼の友達は「伸雄がそのカバンのこと弁当箱背負ってるみたいって言ってたぜ」なんて言った。
僕は焦った、この言葉で彼は僕を使わなくなって捨てちゃうんじゃないかなって...
でも彼は「弁当箱ってなんだよ、俺はこのカバンすごく気に入ってるよ、お前だって実はオシャレだなって思ってるんじゃないの?」って言ったんだ。
この時の自信と愛情に満たされた感覚は僕が燃やされて灰になっても忘れはしないと思う。
彼の言い方にその友達はこれ以上僕をバカにするのは危険だと思ったのか「俺もさ、そのカバン良いと思ってるよ。」って言って、彼の肩が震えたのを覚えてる。
その後は、いつもみたいにその友達と仲良く家に帰ったなぁ
でもそれから一年ほど経った時、僕は壊れた。
そりゃそうだ、薄っぺらな布を縫い合わせただけみたいな構造で、価格も安かったんだ、こんだけ気に入られただけ僕にとっては有り余るぐらいの幸せだと思った、満足だったんだ。
でも彼は母に「なぁ、これ縫える?できるなら直して欲しいんだけど」って言った
こんなカバン捨てて新しいカバンを買った方がきっといいよって思った。
でも僕はモノだから
僕には口がないから
言えなかった、もし、あっても、言いたくはなかった
彼の母は嫌そうに「えぇ、別に直してもいいけど、直したからってこういうのってすぐ使わなくなるからなぁ」なんて言った。
その通りだとも、こういうモノはどこか壊れたらほかのところも次々壊れるようになっているんだ。
だから使わなくなる、というよりかは使い物にならなくなるってのが正しい。
でも彼は母に頼んで僕を修理してもらった。
僕の体は彼の母が裁縫した糸が這うようになった、前よりかはオシャレじゃないと思う、けれど彼は変わらず自信たっぷりと僕を背負って歩いた。
それからも僕はちょくちょく壊れるところがあった。
なくてはならない部品が落っこちたことがあった。
それを彼は血眼になって自分が歩いてきた道を友人と探して、夕暮れになってやっと見つけた。
カバンとしてはなくてはならないボタンのところ、僕の場合は金具だったから、直すには彼の母の力では無理だった。
けれど彼は美術室にいって美術の先生から強力な接着剤を貸してもらって、それを直した。
彼は満足そうに僕をなでた。
どうして安物のカバンごときにそこまでするんだろうか。
何が彼をそこまでさせるのか僕には分からなかった、何時間もかけて探すなら他のカバンを買った方が安くつくかもしれないのに...
結局それがわかるのはだいぶ後だった。
それから2年、僕は彼に使われてすっかりボロボロになって、彼の母が裁縫してくれたところも意味がないみたいに破れていた。
でも彼は僕を使い続けた、オシャレというよりボロ雑巾って言葉の方が似合う状態になった僕を使い続けた。
でも彼は自信をもった歩き方をしていた、いや、たまに辛い歩き方もしていたけど。
辛い歩き方をした時は彼は僕を枕みたいにして、頭を預けて泣いてたな、彼の涙が僕に染み込んできて、なんだか彼の気持ちが僕に直接流れ込んでくるみたいな、そんな感覚があった。
そして僕をなでた。
そうやってボロボロになった僕を使って1年がすぎた。
僕の体はもうただいるだけで迷惑な存在みたいなモノになっていた
完全に破けた下の部分からは防水の為の革みたいな物が朽ちてこぼれ落ちてきていた。
それでも彼はまだ使っていた。
けれど、やっと、やっとその日は来た。
彼は新しいカバンを買った。
そして僕はゴミになった。
でもゴミになった僕を彼はまたなでた。
「こんなボロボロになるまで使って、使い終わったら捨てるなんて残酷なことしてごめんな」ってモノに彼は喋りかけた。
「お前は俺の青春だったんだよなぁ、お前をもらった時、俺はとても辛い状況だったんだ、自分に自信がもてなくてさ、そんな俺は変わりたくてオシャレなカバンとかが欲しかったんだ、姉が背負ってるお前を見て、カッコいいなぁなんて思ったなぁ、だからお前を貰った時はそりゃぁ嬉しかった、お前を背負ってる時はほとんど自信に満ち溢れてたよ、そりゃ辛い時もあったけど、なんだかお前の上で泣くとさ、慰められた気分がして明日も頑張ろうって気持ちになれたんだ。」って言ってなでていた。
僕は返事がしたかったけれど
僕には口がない
涙の代わりに下の破けたところから剥がれ落ちる黒いゴミが落ちたような気がした。
「ごめんね、ゴミしかでないや」って感じで
彼は少し考えてから僕のボタンの部分を切り取った。
僕のボタンの部分は金具が合成革にプレスされて付けられた物だったから、その合成革の部分を丁寧に黒いワークキャップに縫いつけた。
「やっぱりお前はオシャレだよ。この帽子にも良く似合う。」なんて言って僕をやさしくなでた
僕はやがて焼却炉で焼かれて灰になるだろう。
けれど僕は幸せだ。
彼は僕を忘れないでいてくれる。