ふんわりな彼女について
短編は初めて書きましたが、難しいですね。短くしようとしたのに、説明が多くなってしまいました。
どうぞ最後までお付き合い下さい。
「シルヴィアーナ・フューリリス!ならびにアクアリーヌ・フューリリス!今この場を以て、貴様らを王族の名の下に断罪する‼」
アレンドラ・トティーリアス第二王子がその言葉を高らかに言い放った。
突然響き渡ったその声に、この場に集まっていた全ての者が呆然とする。
かくゆう俺も間抜けな顔をして、その声の主を見つめていた。
ここはシュバリッツィーリ学院。
今は卒業式の真っ最中だった。
卒業生代表として答辞を述べる為に第二王子が壇上に上がる。その手に子爵令嬢の肩を抱いて。
そして第一声が先程の言葉だ。
はぁあ⁉ってなっても仕方ないだろう?
「……お呼びになりまして?」
涼やかな凛とした声と共に、二人の美少女が前に進み出た。
シルヴィアーナ・フューリリス。
アクアリーヌ・フューリリス。
フューリリス公爵家の長女と次女である。
姉のシルヴィアーナ様は腰まであるほんのり赤みを帯びた艶やかな銀の髪、少しつり上がった夕焼けのような鮮やかな橙色の瞳、勝ち気な印象を受ける顔である。性格は真面目で少々物言いはキツいが、面倒見の良い美人。
妹のアクアリーヌ様は姉と違い、膝まである亜麻色の髪、澄んだ紫水晶のような瞳、長い前髪と黒ぶちの眼鏡をかけているせいで全体的に地味な印象である。
けれど笑うと可愛いと密かに人気だったりする。
俺もそう思う。
「ああ、この場で貴様らの罪を白日の下に曝し、断罪する。覚悟するんだな!」
その言葉に姉妹は顔を見合わせ、首を傾げて第二王子を見る。
「断罪とはなんでしょうか?わたくし達は断罪されるような罪を犯した覚えなどないのですが?」
「白を切るつもりか!こちらには証拠も証人もいるんだ!」
「と申されましても………」
シルヴィアーナ様は苦笑して可愛らしく首を傾げた。アクアリーヌ様はじっと第二王子と、その傍らに不安げに寄り添う子爵令嬢を見ていた。
「罪を認め、リナに謝罪して心から償えば赦してやったものを。貴様らがそのつもりなら、こちらはもう情けはかけない」
アレンドラ様はそう言っていつの間にか後ろに控えていた取り巻き……失礼、側近の方に目配せした。
一歩前に出たその人、王国軍近衛騎士団団長の三男、セイヴァ様は厚い紙束を掲げ、厳かに述べ始めた。
第二王子が言う彼女達の罪とやらを。
簡単に纏めると、
子爵令嬢の振るまいに対して嫌味を言われた。
ありもしない悪辣な噂を流された。
子爵令嬢の持ち物が紛失、壊され捨てられていた、制服が破られたなど。
歩いていたら上から水や虫が降ってきた。
茶会の席でドレスに紅茶をかけられた。
そしてとうとう先日、階段から突き落とされ怪我をした。
「………以上がリナリア嬢がされたいじめの現状です」
これを聞いて俺が思ったのは、女子ってすげぇな、だった。
行動力が半端ない。
「これらは全て、貴様らがやったんだろう」
「いいえ、わたくしも妹もそのようなことはしておりません」
「まだ認めないのか!こちらには証人もいると言っただろう!」
「やってもいないものを何故認めなければならないのですか?その証人とやらもなにかの間違いでは?」
第二王子に厳しい目を向けられても、シルヴィアーナ様は揺らがなかった。初めから淡々としていた。
ところでずっと周りが静かだが、何故誰も止めないのだろうか?
俺は然り気無く動き、国王様や式に参列している貴族達、王都にある神殿から来た祭司や隣国の本神殿から来た聖職者達を盗み見た。
するとびっくりするような光景がそこにはあった。
先ず国王様と王妃様は今にも倒れるんじゃないかと心配するぐらい蒼白で、半ば椅子から立ち上がりかけていたが止めようとはしなかった。
王都の神殿の祭司は苦虫を噛み潰したような顔で、第二王子を見ていた。
隣国の本神殿から来た聖職者達は、怒りの形相で第二王子を睨んでいた。
他の貴族は戸惑いながらも、国王が止めないから動ける者はいなかった。
俺はその様子に首を傾げたが、第二王子達に向き直った。
アレンドラ様は罪を認めようとしない二人に苛立ちが抑えられないようで、顔を真っ赤に染めて二人を睨んでいた。
その時、アレンドラ様に縋りついて涙を浮かべていた子爵令嬢が、二人に向かって話し出す。
「シルヴィアーナ様、アクアリーヌ様、どうか罪を認めて下さい。私はただ謝罪してほしいだけなんです。そうすれば私は全てを赦しましょう」
「「…………」」
シルヴィアーナ様もアクアリーヌ様も子爵令嬢には一瞥もくれず、無言で第二王子を見ていた。
「アレンドラ様、仮にですよ?仮にわたくし達が先程申されたいじめとやらをしたとして、動機はなんですの?」
「ふんっ!そんなもの決まっている。嫉妬だろう?」
「………嫉妬?」
「そうだ。貴様は俺の婚約者筆頭候補で、俺を愛しているのだからな。自分の地位を脅かすリナを、俺が愛したリナに嫉妬していじめをしたのだろう?全く、卑しい性根の女だ」
そこまで言うことないんじゃないかな?
確かにシルヴィアーナ様はアレンドラ様の婚約者筆頭候補だけど、シルヴィアーナ様ってアレンドラ様のこと興味ないんじゃないかな?
あっ、俺の勝手な意見です!
でも二人が一緒にいるところはほとんど見たことないし、シルヴィアーナ様がアレンドラ様のことを話しているのも聞いたことない。そもそも見てもいないと思う。
ん?なんでそんなこと知ってるかって?
別に動向を探ってたわけではないぞ?
それは兎も角、シルヴィアーナ様とアクアリーヌ様はどうするのだろう?このまま本当に罪を着せられるのかな?
ていうかアクアリーヌ様は一言も話してないけど、怯えているのかな?顔は冷静だけど、本当は震えてるのかな?
そんなことを思っていたら、アクアリーヌ様が静かに第二王子に問い掛けた。
「第二王子殿下、わたくし達に問うた罪について、貴方は本当にわたくし達がやったと言うのですね?」
「そう言ってるだろう」
「断罪を求めるのですね?」
「くどいぞ!何度も言ってるだろう!無駄なことは止めて、さっさと地に這いつくばって謝罪しろ!」
その瞬間、場の空気が凍った、ような気がする。
全身に鳥肌が立った。心臓がきゅってなった。周りを見ると、腕を擦ってる者や青ざめて周りを見回す者達がいるから、そう感じたのは俺だけではないらしい。
「最後の確認です。わたくし達を“罪人”だと言うのですね?」
“罪人”、その言葉を聞いた者達の中で大多数が息を呑む音がした。
アクアリーヌ様はただ真っ直ぐに第二王子を見つめていた。
「そうだ。貴様らは“咎人”であり、罪深い存在だ!」
「アレンドラ‼」
この時になって国王様が叫んだ。
国王様の顔色は青を通り越して白かった。王妃様は近くにいたどこかの貴族の夫人に支えられていた。
「お前はなんということをしてくれたんだ‼お前はこの国を滅ぼすつもりか‼」
「ち、父上?」
国王様は今度は真っ赤になっていた。
国王様、大丈夫?
第二王子は困惑して国王様を見ていた。他の者も同様だ。俺も。
だって「滅ぼす」って言った。なんで?なんでそんな話になるの?
「うふふ、よくも言ってくれましたわね?」
そう言って俯いて一頻り笑った後、アクアリーヌ様は眼鏡を外し、前髪を左右に分けて目元がはっきり見えるようにした。
その隣でシルヴィアーナ様は、青ざめて口元に手を当ててアクアリーヌ様を見つめていた。
「“咎人”の意味も知ろうとせず、随分な言いようね?」
「な、なに⁉」
「み……アクアリーヌ様!アレンドラには相応の罰を与えます。ですからどうか、どうかお慈悲を!」
えええ‼待って、待って国王様!なんで一公爵令嬢に過ぎないアクアリーヌ様に様付けなの⁉敬語なの⁉どゆこと⁉
「国王陛下、第二王子だけではないでしょう?そこの子爵令嬢も証人もわたくし達に罪を擦り付けようとした者、全てに対してなさい」
「はい、それは勿論です」
「わたくしはそれ以外の者に罪は問いません」
「寛大な御心、感謝致します」
国王様は最後は床に方膝をつき、頭を垂れた。
周りはしーんと静まり返っていた。アクアリーヌ様と国王様以外、誰も声を出さず身動きすらしなかった。
それはそうだろう。
自分達の頂点に君臨する国王様が、一七歳の少女に頭を下げたのだから。
「な、なんなの⁉なんなのよ!あんた⁉」
「そ、そうだ!貴様はいったい……」
「黙れ‼」
いち早く我に返った子爵令嬢と第二王子が、アクアリーヌ様に声を上げた。だが直ぐに国王様に一喝され、口をつぐんだ。
「貴方達の疑問にはお答えしましょう。ですがその前に、貴方達が言っていた罪について、真相を確かめましょうね?」
そんな二人に、アクアリーヌ様はふわりと笑いかけた。その笑みはとても慈愛に満ちていたが、何故か背中に寒気が走った。耳を塞ぎたくなってしまった。
「セイヴァ」
「はい、アクアリーヌ様」
て、ええええ‼もう、ええええしか言えない‼
アクアリーヌ様に呼ばれたセイヴァ様は、壇上から降りてアクアリーヌ様の足元に跪いた。
びっくりなんてもんじゃないよ!アレンドラ様の取り巻きじゃなかったの⁉アクアリーヌ様達の敵だったんじゃないの⁉
もう訳分かんない‼
「セイヴァ、全ては滞りなく済ませましたか?」
「はい」
「よろしい。では第二王子、事の真相をお話しましょうか」
にっこりと微笑んだアクアリーヌ様に、第二王子と子爵令嬢は一瞬怯んだようだが、誤魔化すように胸を張った。
「先ず一つ目、そこの令嬢の振るまいに対して嫌みを、ということですが確かにお姉様は注意をなさいました。様々な殿方に声を掛け触れ合ったりと、令嬢にあるまじき行為でしたので。お姉様は物言いが少々強いので、でもそこが凛々しいの、キツいと嫌みにとられてしまったのかもしれないわ。
二つ目、悪辣な噂を流された、これはわたくし達には分からないわね。セイヴァ」
「はい、この噂を流したのは子爵令嬢を快く思わない女子生徒六人が流しました。裏は取れております」
「そう。では次三つ目、子爵令嬢の持ち物に関してね。これは?」
「紛失に関しても先程の六人が中心になって行ったようです。ですが制服が破られた件に関しては、犯人は彼女達ではありません。そこの子爵令嬢の自作自演です」
「なっ⁉嘘ですわ‼」
セイヴァ様が告げた内容に、子爵令嬢は慌てて否定した。第二王子は驚愕して固まり、周りはさわさわと囁きだす。
「嘘ではありません。何故なら目撃者がいるからです」
「そんなっ⁉」
「平民出の一学年の男子生徒なのですが、貴女が使われていない教室から出てくるのを見かけたそうです。その時、貴女は扉から剥がれていた木の破片に服が引っ掛かり、脇の下辺りが小さく裂けたそうですね?
それを見た貴女は愉しそうに笑って、自ら刃物で制服を切り裂いた、とここまで見て男子生徒はその場を離れました。
彼は言ってましたよ。貴女がとても恐ろしかったと。まるで話に聞く幽鬼みたいだったと」
幽鬼って凄く怖くて不気味な姿をした魔物だよね?………………どんな顔してたの?
「ひ……ひどい………わたし……そんなことしてないのに……」
「リナっ!貴様!それ以上リナを侮辱するなら極刑にするぞ‼」
「出来るものならどうぞ」
啜り泣く子爵令嬢を強く抱き締め、第二王子はセイヴァ様を睨み付ける。
けれどあくまで淡々と。セイヴァ様は小揺るぎもしなかった。
「幽鬼、ですか。見てみたかったですね。では次四つ目、上から水や虫が降ってきた。これについては犯人はまた別ですね。
とある男子生徒がめんど………失礼、ものぐさをしたらしく、三階の窓から掃除後のバケツの水を捨てたのです。叫び声で下に人が居たことに気づき、慌てて逃げたそうです。彼は現在、罰則の最中です」
「虫に関しては、例の六人が犯人ですね」
もう既に場はしらけ始めている。
というか皆、いじめのことなどどうでもよく、アクアリーヌ様について知りたかった。
だって皆アクアリーヌ様に注視してるから。
でも彼女はその視線を丸っとシカトしている。
「五つ目、ドレスに紅茶をかけられた、これに関しては完全な事故です。わたくしを含め、数人が見ておりましたが、お姉様は馴れないハイヒールを履いていたので転けてしまったのです。
そんなちょっとドジなところも可愛いですね。
それで手に持っていた紅茶が偶然にも、子爵令嬢にかかってしまったという事故です。決してわざとではありません」
「嘘よ‼あれは明らかに私を狙っていたわ‼」
「まぁ、物事は人によって見え方も捉え方も変わりますからね。では最後ですね。貴女が階段から突き落とされた、とありますがこれは本当ですか?」
穏やかな微笑とともに問われたことに、子爵令嬢は何故か怯えて後ずさった。
その様子を見たセイヴァ様が、更に問い掛ける。
「本当に誰かに突き落とされたのですか?」
「ほ、本当よ‼私は見たの!階段の上から笑いながら見下ろすシルヴィアーナ様の姿を!」
「そうですか。実はこの件にも目撃者がいるのです」
「………え?」
子爵令嬢の顔が引きつっている。
「目撃者である女性の証言では、ある日の放課後に別塔に行く為の階段の前を通った時、下から上がってきた子爵令嬢が彼女を見て悲鳴を上げて、転がり落ちていったそうです。
日が沈み暗かったために幽霊だと思ったのか、はたまたいないと思ってた場所に人が居たからか、理由は分かりませんが子爵令嬢は自分に驚いて階段から落ちたのだと、彼女は言っていました。
彼女はその時、恐ろしくなり逃げてしまったそうです。けれど翌日、罪の意識に苛まれ担任に涙ながらに懺悔したそうです。
彼女は今、王都の神殿にて『懺罪の祈り』を捧げております」
あ~あ………もういいから、早く終わってくんないかな。
いつまでこんな茶番劇見てなくちゃいけないんだ?
「以上が事件の真相ですが、いかがですか?」
「「…………」」
第二王子と子爵令嬢は無言で俯いている。
式に参加していた人達から、蔑みや呆れの視線や失笑が二人に注がれていた。
「もうよろしいでしょうか?では騎士様方、この二人を連れていきなさい」
「ま、待ちなさいよ!あんた一体なんなのよ⁉」
「そ、そうだ!何故貴様に命令されなければならない!」
「ああ、そうでしたね。それを忘れていました」
アクアリーヌ様は優雅に淑女の礼をした。
「わたくしはユーランディリス神聖国第四皇女、『創神教』にて『神の子』の称号を戴いている聖巫女にございます」
再び場は静寂に包まれた。
この世界唯一にして絶対の協会、『創神教』。
その中で『神の子』は教皇より上の存在、正しく最高位。
そりゃ、国王様も膝をつくよね。世界的に偉い方だもん。普通なら絶対お目にかかれない方だもん。
アクアリーヌ様が名乗ったと同時に、その場にいた全員が床に方膝を立てて、頭を垂れる。王族も貴族も聖職者も学院の者も。
第二王子と子爵令嬢を除いて。
お前ら空気読めよ‼
そんな声が聞こえたのか、二人の側にいた騎士が無理矢理頭を押さえつけていた。いい働きしたね‼
「ふぅ………これでは卒業式は無理ですね。わたくしは外しますわ。セイヴァ、シルディ、参りましょう」
「「はい」」
その時俺はふと、顔を上げてしまった。そして目が合ったのだ。アクアリーヌ様と。
彼女は微笑んだ。
いつも隣で見ていたあのふんわりとした優しい笑顔で。
あれから一ヶ月経った。
その後、第二王子や子爵令嬢がどうなったのかは詳しくは分からない。でもものすっごく辛い罰が与えられたらしいというのは、風の噂で聞いた。
卒業した俺は、あの後直ぐに実家に帰ってきた。
俺はこれから『創神教』の総本山に向かわなければならない。
俺には使命があり、婚約者もいる。
だが俺の我が儘で学院卒業まで待ってもらっていたのだ。
総本山に行って指名を果たし、結婚する。
それは既に決まっていたことだったから、今更逃げようなんて思ってないけど、胸がもやもやするんだ。
きっと彼女にきちんとお別れを言えなかったせいだろう。
学院でずっと仲良くしてくれたアクアリーヌ様。
決して抱いてはならない想いが出来てしまった人。
「…………はぁ…………」
でももう逢うことはない。
とその時、こちらに向かってくる騒がしい足音が聞こえた。
人が感傷に浸っている時に‼静かにしろ‼
「坊っちゃま――――‼」
「坊っちゃま言うな‼」
バターンと勢い良く扉が開かれ、老執事が飛び出してきた。
「どうした?」
「い、急いで玄関の方に!」
老執事に腕を引っ張られ向かった玄関では、有り得ない人が居た。
きらきらと光る膝まである白銀の髪に、澄んだ美しい紫水晶のような瞳、白磁の肌に薄紅色の唇が映える。神官服に似ている純白の服とローブが神秘的で、そこだけ別の空間のようだった。
別人のようだが、けれど紛れもない彼女の微笑みを浮かべたアクアリーヌ様がそこにいた。
彼女は俺を見て笑みを深くし、告げた。
「お迎えに参りましたわ、婚約者様」
俺は思った。
どなたか説明をば‼
読んで頂いてありがとうございました。
後半分かりづらかったらすみません………