05.ヘンな奴が現れた
「よう、薬草屋。調子はどうだ?」
「なんだ、ダッツか。ぼちぼちだな」
「何だとはこれまた。ま、頑張ってくれよ薬草屋、頼りにしてるぜ」
言いながら俺の肩を叩くと、手を振りその男は去って行く。
俺は飲みかけだったオラオーラに口をつけた。
オラオーラとは……あれだ、カロリーがゼロだったりする黒い炭酸飲料。
味もそれとなく、日本で飲んだあれに似ている気がする。
名前もどこか似ているし。
この抑圧的な名前の通り、かなりパンチの利いた炭酸だ。
「薬草屋じゃないか、今日もか?」
言いながら、横からひょっこり男が現れた。
「ああ、これ飲んだら行くつもり」
「俺も今からゴリ熊の討伐だぜ!」
「おいおい、あのゴリ押し熊かよ」
「おうよ!っと、パーティーが呼んでるから俺行くわ!」
男はパーティー駆け寄ると、共にギルドから出ていった。
それを見送り、俺はまたオーラに手を伸ばす。
異世界に来て早くも1週間。
それなりに知り合いも増え、俺もこの街に馴染んできたと思う。
だが受ける依頼は相も変わらず薬草の採取。
なにせ他の張り出されている依頼は、どれもこれも凶悪な魔物の討伐や捕獲ばかりで、植物を成長させるだけの俺では無理ゲー過ぎる。
厳密には日本で言うところのアルバイト的なものも、あるにはあるのだが、異世界に来てまでアルバイトってのは何か違う。
その薬草採取で稼いだ小金で、一応ショートソードを買ったはものの、俺の超絶剣技が振るわれたことは1度しかない。
今の俺は日々コンスタントに大量の薬草をギルドに納品し、日銭を稼いで生活している。
そんな俺を見て、誰が呼び出したか薬草屋。
………まぁ、誰が呼び始めたか知ってるが。
今や、ギルドに来る冒険者の半数が俺を知っている。
俺も随分、有名になったものだ。
で、その有名になった理由なのだが。
何を隠そう、俺のお陰で街に出回るポーションの供給が増えた為だ。
ここルディアーゼの街は辺境で、軒並み魔物の強さは平均して高い。
そんなヤツ等と冒険者達は日々命懸けで戦っているため、回復手段としてポーションは必需品。
使用頻度も高く、需要に対し供給がままならない状態が続いていた。
ならば、自分達でポーションの材料になる薬草を採取すれば良いのだが、そこは報酬との兼ね合いが問題となる。
薬草を持ち帰る位なら、討伐した魔物の素材を少しでも多く持ち帰る方が断然金になるのだ。
困ってはいるが、出来れば自分の取り分は減らしたくない。
そんな時にちょうど現れたのが下っ端Aの俺。
薬草の採取という雑務を、自分達の代わりに嬉々としてこなす変り者。
そんな俺を、冒険者達は感謝と半笑いを込めて呼び始めたのが薬草屋。
そりゃ初めて呼ばれた時は、認められた様で少し嬉しかった。
2度目に呼ばれた時は、その半笑いにイラついた。
3度目に呼ばれた時は、俺の超絶剣技が火を吹いたが笑いながら、簡単にいなされてしまった。
4度目………俺は諦めた。
「ふぅ、さて行くか」
オーラも飲み終えたし、今日も一稼ぎするとしよう。
「すまない、少し尋ねたいのだか……あなたが噂の薬草屋であっているだろうか?」
ちょうど立ち上がろうとしていた俺に、背後から声が掛かる。
今度はどんなヤツが俺を冷やかしに来やがった…………!
俺はイラつきながら勢いよく振り返り、
「今度はだれうおおっ!?いてっ!」
全身甲冑が現れた!?
俺はその姿に驚き後ずさろうとし、見事に机で腰を強打した。
「大丈夫か?」
「も、問題ない。大丈夫だ……です」
その異様な姿にびびった俺は、つい敬語を付け足してしまう。
痛みと驚きで俺、涙目。
大きさはそう俺と変わらないだろうに、その甲冑が出す威圧感で大きく感じる。
ヤバい、怪しい。怪しい過ぎて関わりたくない。
俺の本能も全力で言っている、関わるなと。
「それで、あなが薬草屋だろうか?」
「いえ、人違いです」
俺は迷わず、本能に従い即答した。
「そうか、それはすまなかった」
「気にしないで下さい。それでは、俺は依頼がありますので」
少々の落胆の気配を漂わせる全身甲冑を放置し、俺はそそくさとその場から逃げ出した。
──その翌日。
ギルドの食堂でオーラを飲んでいた俺の背後から。
「すまない、薬草屋」
「なん…だ………っ!?」
またもや全身甲冑が現れた。
そして全身甲冑は、その背に怒気を纏いながら言った。
「やはり、あなたが薬草屋だったか」
「チ、チガウヨ」
「なんだ、と答えておいてか?」
「………………ははは………とうっ!」
俺は飲みかけのオーラを置き去りに、その場から脱兎の如く逃走を試みた。
しかし、椅子とテーブルの間から抜け出すのに手間取り、呆気なく肩を掴まれ。
「少し、話を良いだろうか?」
「いや、でも───」
「話を良いだろうか」
「…………はい」
俺は崩れるように、席へと座り直した。
何の話をされるのか、俺はびくびくである。
向かい合う形で席に着いた全身甲冑が、緊張した声色で言った。
「話というのは他でもない。薬草屋たる、あなたのパーティーに加えて貰えないだろうか?」
緊張して身体がこわばっているのか、微動だすらしないで俺を見詰める全身甲冑。
尋ねられた俺は、少し考える素振りをしてから。
「すいません、今はパーティーとか募集してないんで」
迷いなく言い切った。
これから先、冒険者を続けていくならパーティーは必要になる。
しかしだ、なぜ多くいる冒険者の中から、あえて目の前の全身甲冑を選ばなければならないのか。
………なにそれ、どんな罰ゲームだよ。
「そ、そこを何とか頼めないだろうか!」
「いや、そんなこと言われても。まだ俺も薬草採取しか出来ない駆け出しなんで、今はパーティーとかはちょっとまだ……」
むしろ俺の薬草採取のやり方は、パーティーメンバーがいても効率は変わらない。
いや、俺の取り分が減るまであるぞ。
と言うことで、俺はそのまま話を有耶無耶にして席を立とうした。
だが俺が席を立つよりも先に、全身甲冑が口を開いた。
「わ、私もあなたと同じく駆け出し……と言うか、まだ一つも依頼を達成出来ていない初心者なのだ!」
「……………は?」
「私は初心者なのだ!」
全身甲冑は立ち上がり、こぶしを握り力説し出した。
いや、聞こえてない訳じゃないから。
俺はその立ち姿を上から下まで見定め。
「ないわー……そのフル装備で初心者とかないわー」
「これは、あれだ……色々やむを得ない事情があってだな」
「後ろ暗い過去ですね分かります」
「ち、違うぞ!断じてその様な事ではない!」
必死に否定する全身甲冑。
だが、俺は追及の手を緩めない。
何故なら、こんな奴とパーティーなんぞ組みたくないから。
「なるほど、違うのですか。でも、ご自身が怪しい格好をしているのは自覚しているんてすよね?」
「それは……まぁ」
「では、そんな怪しい格好をした人物に、自分の背中を預けれますか?あなたは出来ますか?」
「うっ……」
「そう、無理ですよね?それが俺の答えでもあります。では、そう言うことで」
テーブルに腕を付いて項垂れる全身甲冑を置き去りに、俺はギルドから出た。
「少し遅くなったが、まだ大丈夫だな」
俺は太陽を仰ぎ見て、時間は十分にあることを確認した。
今日も稼ぎに行きますか。