03.異世界
────気付けば、視界の中に色が溢れていた。
光に包まれ、視界が真っ白に染まったかと思えば………。
「石畳に石造りの家……馬車まで……うっわー……きた…俺、異世界に…来たんだよ……ほんとに来ちゃったよ異世界!うっひょおおおお!
」
それはそれは、田舎から出てきたお上りさんの如く、俺は街中をはしゃぎ、駆けずり回った。
大剣を背中に携えたおっさん、派手な防具のお姉さんに杖を持ったご老人……これは魔法使いか?
「異世界と言えば大冒険!頼れる仲間!胸熱な戦い!ハロー異世界、ありがとう異世界!」
異世界に来た喜びに酔いしれ、進行形で脳内お花畑状態の俺は、数秒前までのクソ女神の事はきれいさっぱり忘却の彼方へ。
異世界といえば冒険、冒険といえばギルド!
ギルドといえば仕事の斡旋から仲介をしてくれる、所謂まんま現代の派遣会社みたいなものだ。
異世界生活の第一歩、ギルドに登録しよう!
──通りすがる人に道を尋ねながらたどり着いたそこは、一際大きな建物だった。
俺はドキドキしながら中へ踏み入った。
まず目についたのは食堂。今もちらほら先客がいるが、依頼終わりに利用する者も多いためか、建物の大部分を占めている。
ついで窓口。役所の窓口のようにカウンター形式で5人の受付が待機していた。
これだよこれ、まさに想像していた通りのギルド!
浮かれながら中に入る俺へ、多くの視線が集中した。
来るか、お約束の難癖つけての絡み!
身構える俺。
しかし、どうも向けられている視線の種類が違う。
物珍しい者を見る様で、どことなく心配しているような………。
そこで俺は自身と、先輩方の服装の違いに気づいた。
先輩方は誰も彼もが熟練者を思わせる身だしなみ、対して俺はラフなパンツにパーカー姿。
………………おい、かなり浮いてるぞ俺。
俺はその視線から逃げるように、受付カウンターへ逃げ込んだ。
「あの、登録をお願いしたいんですが!」
「え?」
話し掛けた女性職員が、鳩が豆鉄砲を食らった様な表情に。
「あの……登録を」
「あ、はい!少々お待ち下さい」
呆けていた受付のお姉さんが、慌ててカウンターの下に潜り込み何かを探し始めた。
なかなか見つからないのか、隣の受付のお姉さんまで応援に駆け付けてきた。
もしかしたら、俺の担当をしてくれる人は新人だったのかもしれない。
そんなおり、受付のお姉さん達の会話が微かに聞こえた。
「え、登録!?」「そうなの。用紙どこにしまってたかしら」「ルディアーゼでねぇ…」「若いって良いわね」
恐らく、新人さんがお小言を貰っているのだろう。
ようやく見つかったのか、ひょっこりカウンターからお姉さんが顔を出した。
「お待たせしました。それでは写しますので、ステータスを出して頂けますか?」
「?」
……………ステータスを出すとはいかに。
常識見たいに言われても俺はそんなの知りません。
あ、この世界では常識か…ど、どうする!?
てんぱってぎこちない俺の態度に、受付のお姉さんが不信がりながら。
「あの、こう……」
手の平を正面でスライドさせて見せた。
すると、どこかで見たことのある様なディスプレイが……。
あのクソ女神が出した物を小さくしたディスプレイだ。
「あ、あぁ…ステータスね、ステータス!ステーキを出してって聞こえまして」
「は、はあ………?」
俺の苦しすぎる言い訳に、お姉さんが早くも引いている。
俺は早くこの事を有耶無耶にすべく、手をスライドさせ。
「あれ…?」
ディスプレイが出ない。
何度も手をスライドさせるが、肝心のディスプレイは出ない。
ディスプレイが出ない、出せない、出てくれない!
無言で見詰めてくるお姉さんの視線が痛い。
この…出ろ、とりゃ!こい…出てください!出てくださいお願いします!お願いオープン!ステータスオープンしてください!
俺の切なる願いが通じたのか、ついにステータスディスプレイが出現した。
ホッとした俺は、受付のお姉さんに向き直り。
「さ、最近、調子悪いみたいなんですよ……ははは」
「では、拝見させて頂きます」
受付のお姉さんは完全にスルーでした、ありがとうございます!
俺に向けられたお姉さんの目は、とても冷ややかだった。
「ハナサキアオバさんですね。年齢は15歳、ステータスは魔力以外は平均より少し低いですね」
魔力、多いのか。よ…し?……それって魔法使い的な要素で?
あれって都市伝説だよね?嘘だよね?
確かに童貞だけど、覚醒するにはまだ月日が足りないよね?
「ですがそれも職業でカバーしていけますから大丈夫ですよ。えっと、職業はガードナーで………ん?」
ガードナーか、響き的にタンク職かな。
出来れば魔法とか剣の職業、メイジとかウィザード、ソードマスターとかパラディンなんかが良かったんだが。
しかし、タンク職か………痛いのは嫌だな。
「申し訳ありません、間違えました。ガーデナーでした」
…………………いまなんと?
「もう一度、お願いします」
「はい、ですからハナサキさんはガーデナーです」
ガーデナー?ガーデン?庭?ニーワ?………ぱーどぅん?
「ガー…デナー……庭師?」
「はい…誠に申し上げにくいのですが…正直、冒険者には向かない職業です」
向いてないどころか、戦闘職ですらない。
………………え?俺、冒険終了のお知らせ?
「ですが、転職が出来るのはご存知だと思います」
「マジですか!?」
前のめりにカウンターに乗り出した俺を、避けるように受付のお姉さんは仰け反った。
「は、はい、ハナサキさんは現在ガーデナーLv.1ですから、Lv.10まで上げなくてはなりません」
しかしLvか。まるで、と言うかまんまゲームだ。
となると、Lv.UPの方法は……。
「魔物じゃんじゃん倒していけばいいんですね!」
「はい、魔モノを討伐することが何よりの近道です。食べることによりごく少量なら経験値、正確には魔素を得ることも可能ですが」
「た、食べても……ですか?」
「はい、本当に極々少量ですけども。生物の根源たる魂を構成する魔素、その残滓が新鮮な食物ほど残っていますから。あれ?そう考えると…15歳でLv.1は」
マズイ!?食物で残滓を取り込めるならば、ごく少量でも15年の月日があれば少しはLv.も上がるのか。
いきなりこの世界に来た俺には、その経験がない。
「う、家、貧乏だったんで」
「それは……失礼しました」
なんとか今回はうまく躱せたようだが。
心なしか、俺を見る受付のお姉さんの目が優しくなった気がする。
「ごほん、ですが本当によろしいのですか?ここルディアーゼはかなりの辺境です。Lv.1の、ましてや冒険者に向かない職業でのLv.上げはそうとう大変ですよ?」
問題発生。
転職出来るという希望が見えたと思いきや、話を聞けば初っぱなからハードモードスタートでした。
受付のお姉さんが言うには、ここルディアーゼは辺境で遭遇する魔モノも、最弱くで中級冒険者クラスだとか。
あんのクソ女神、何から何までやらかしてくれる。普通、こう言うのははじまりの街的な所からじゃないのかよ。
「辺境……いや、それでも、俺はやります!」
だが、俺はキメ顔でそう言った。
いきなりのハードモード。不遇職以前の職種。想定外の逆境。
何これ、俺めっちゃ主人公してる!
ここで立ち向かう俺、ちょっと格好良くないですか?
「そうですか。いえ、差し出がましい事をすいません。説明に戻りますね。では、こちらを……」
普通に返ってきたので、あまり心には響かなかったようだ。
お姉さんが言って差し出してきたのは、手に収まるほどのクリスタルがついた首飾り。
「これは魔石と言って、登録者が討伐した魔モノの魔素を少しだけ吸収します。それをギルドにある機械で読み取り、討伐証明とさせていただきます。なお、こちらがギルド証代りにもなりますので、無くした場合は別途報告と料金が発生します」
「これは?」
俺、無一文なんですけども。
「初回に限り、無料となっております。依頼はあちらの掲示板に随時貼り出してますので、希望の依頼がございましたらここにお持ちください。以上で説明は終了ですが、何か質問はありますか?」
「あー、大丈夫です」
大体は日本で知ってる感じの事だったし、分からないことがあればその都度質問しよう。
「では、ハナサキ様に女神イル様の加護があらんことを」
俺もこれで、晴れて一端の冒険者の仲間入りだ。
受付のお姉さんに会釈し、その足で俺は掲示板に向かった。
「………確かにこれは」
掲示板に張り出されている依頼は、殆どが数字の桁が凄いことになっている。
爆裂岩の撤去───一千万エール
首狩り蟷螂の駆除─三百万エール
白獅子の討伐───五千万エール
多頭蛇の生捕り──四千万エール
エールがこの世界のお金の単位らしいな。
しかし、どれもこれも、見るからにヤバそうなものしかない。
「ダッシュタートル……1匹50万エールか。これがまだ楽そ………ん?」
ふと、俺の目にとまったそれは、誰もが知ってるチュートリアルクエスト。
「薬草の採取、だと………っ!?」
しかもお値段なんと10株2万エールの高価格。
俺は迷わずそれを引き剥がし、受付へと向かった。
俺の、冒険者としての1歩は踏み出された。
「あの子、大丈夫かしら」
「若いが故の無鉄砲ね……」
受付で手続きを済ませ、薬草採取の場所へ向かう俺の背後で、また新人さんが隣の受け付けさんにお小言を貰っていた。