01.プロローグ
気付いたときには、真っ暗な空間にポツンと椅子に座っていた。
頭上からスポットライトのように2つの光が射し、真っ暗な空間を照らしていた。
1つは俺に。
もう1つは目の前に立っている人物に───
「お疲れ様でした、花咲 蒼葉さん。15年と少しの短い人生でしたが、しかし、これもまた貴方の運命だったのです」
そして、朗らかに笑みをこぼし。
「ようこそ、死後の世界へ」
そんな衝撃の事実を唐突に告げられたのだが、自分でも驚くほど、実にあっさりと、その言葉を受け入れていた。
ここが死後の世界と言うからには、目の前の御方は神様や女神様と呼ばれるモノだと思うのだが…………。
スポットライトに照らされキラキラ光る白銀の長い髪。
くりっとした目と白い肌に映えるピンクの唇。
確かにここまでは、男の夢を詰め込んだ2次元にも勝る人間離れした絶世の美少女。その神々しさたるや、確かに顔は女神レベルだ。
しかし、だがしかし!
肩幅は俺の倍はある筋骨隆々で二メートルを超える逞しいお身体。
分厚い胸板にはアフロが…いや、胸毛がもっさりと付いて……生えている。いや、やっぱり完全に胸アフロだ。
ボディービルダーが着けるブーメランパンツを履いており、肌の色も日サロに通っているかのような黒々しさ。
顔だけ見れば女神様。
トータルで見ると……それは紛う事無き化け物で。
「あの…失礼ですが、男性ですか?女性ですか?それとも……」
「女の子に対してその質問は、本当に失礼だと思います。失礼だと思います」
「そ、そうですね。すいませんでした」
その姿で10000歩譲って女性ならまだしも、女の子……だと。
「なにかまた失礼な事を考えましたか?」
「そ、そんなことは滅相もありません!」
心を読まれたのかと、つい声がうわずった。
そんな俺を彼女?は、じーっと無言で見詰めてくる。
「な、なにか?」
「貴方は死にました」
「はい……?」
「んん?それは理解している………んなもの…の?」
彼女は思案顔でぼそぼそと何か呟いた。
「えっと、いまな──」
「こほん、前後の記憶ははっきりしていますか?」
それを誤魔化すように咳払いをして、早口で続けられた言葉。
俺の最後に残っている記憶─────
─────開店前の店先へ品出しならぬ花出しを終え、水をやるのが朝の日課だった。
学校に行かなくなって久しい今日この頃。
あぁ、このままのんべんだらだらと年を取りたい。そんな無気力な毎日を過ごしていた。
そんな自堕落な生活を送る俺を、両親は生暖かい、それでいて遠い目で見守ってくれていた。
そんな俺ん家は店先で花を売りつつ庭師を生業とする、いわゆる花屋だ。
今の状態が良いとは俺も思ってはおらず、多少の罪悪感から朝の準備を自ら買って出たのだ。
徹夜明けの閉じようとする目を擦りつつ花に水をやり終え、さっさと自分の部屋へ戻ろうとした時、床に落ちた花弁を見つけた。
綺麗なピンクの花弁。しかし、散ればゴミ。世知辛い。
俺はそれを拾おうと近づいて…………
花に水をやったことで濡れた床。
その上にたまたま落ちていた、透明の花を包む為のビニール。
…………俺はそのビニールを見事に踏みしめたまま、花弁を拾うために屈み。
「おわッ!?」
足を滑らせバランスを崩し、慌ててばたつかせ手が、触れた壁に安堵して───────
─────そこで記憶は終わっていた。
「どうですか?」
俺が思い出している間よほど暇だったのか、その手には何故か皆大好き某月刊誌が。
「…まぁ、だいたい?」
「………ああ」
釈然としない答えを返した俺に、彼女は何か思い至ったらしく雑誌をパタンと閉じながら言った。
「打ち所が悪かったのです」
「打ち所?」
「壁に手を付いたまでは良かったのです。が、その衝撃で頭上の棚から花がちょうど………ね」
つい俺は自分の頭の無事を確かめるが、死んだ身では意味のないことだった。
…………………しかし、だ。
「………俺は花に殺された?」
そんな俺の呟きを耳聡く拾い。
「そんな物騒なものではありません。あれは事故です。寧ろあなたが壁に手を付かなければ、防げた運命の分岐点とも言えます。故に、あなたは自分で選び死にました。普通に転べば最悪でも失神で済んでいました。なのに一人壁ドンして、頭にパカンと植木鉢が直撃して………プッ」
……………おい、今。
「なんか、笑ったような………」
「いえ、そんなプ、ことはププ、ないププ、です………プフッ」
「いや、どう見ても笑ってるよね!?隠す気ないだろッ!!」
よし、殴ろう。
可愛い顔だからって、俺をなめた事を後悔させ………るのはまたの機会にしといてやるか。俺は女性に優しい紳士だ。
彼女の顔からずれた視界に逞しいお身体が目に入り、浮きそうになった腰をもとに戻す。
命拾いしたな…………オレ!
だが、彼女の笑いはおさまらない。
「だって、プププ…頭に植木鉢が落ちてププ…綺麗に植木鉢が二つに割れてプ……頭にプッ、頭にププ、は、花が、花が咲いて」
………落ち着け俺、視点を彼女の綺麗で可愛い顔だけに集中するんだ。
「頭に花が咲いた様な見た目でププ…白目向いてプ…ププ…ムリ、もうムリプッ……イーヒヒヒアハハハハハハ!」
「おいいいいい!人の死に様を笑うなよおおおおお!!」
「だって、だってヒヒ…第一発見者の玉三郎さんも『き、君、大丈ぶはっ!?』て、ぶはって噴き出したのよ?」
御近所でも表情が微動だにしない事で有名な、あの玉三郎お爺ちゃんが……………。
「しかも!しかもよ!頭に落ちた花、なんだと思う?白くて花弁が五枚!なんだと思う?ねぇ、なんだと思う?」
頭に落ちた花なんて何でもいい…………。
うつむき、ぷるぷる振るえる俺を知ってか知らずか、彼女のトークはこれで終わらない。終わるはずがない。
もったいぶるように溜めを作り、笑いと共に彼女はそれを吐き出した。
「せ、正解はねププ……なんと、なんと!売れ残って棚の上に追いやられた、ハエトリソブプヒヒハハハハハ‼」
「やめてえええ!お願いしますううううう‼」
椅子から崩れ落ちる俺。
その様を楽しそうに見下ろしながら腹を抱えて…笑……う!?
「……………は?」
俺はとんでもなく間抜けな顔を晒したことだろう。
「イーヒヒヒアハハハハハハ!」
そんな俺に気付かず、彼女は笑い続ける。自身の手が腹を抱えるどころか、貫通していることにも気付かずに髪を振り乱し笑っていた。
「おい…おいおい、おいいいい!」
「ハハハ…はぁ…はぁ……な、何よもぉ」
笑いすぎて荒い息のまま、息絶え絶えに俺の方へと顔を上げた。
「て、テ、Te!」
「はいぃ?だから何よ!」
「手‼」
俺が指差し指摘することで彼女はやっと気付き、しかし何食わぬ顔で…………。
「あぁ、これね………えい」
軽く指パッチン、ピカッと閃光が視界を埋めつくしたと思えば。
「え?う?あ?……はああああああああ!?」
なんと言うことでしょう。あの筋肉だるまのアフロさんが、完全美少女へ早着替えならぬ早変り。
「ふっ……どや!」
それはそれは、してやったりの満面のどや顔だった。
見てくれは女神に大変身したが、残念な中身は変わらなかった様なので、他に女神がいるのならチェンジをお願いしたい。
黙っている俺に何を思ったか、彼女は誇らしげに。
「どお?どお?びっくりした?これね、魔法でした!びっくりしたでしょ!ふふふーん、これでもうここからのイニティアティヴ?……ん?イニ…シアティブ?は私のものね!あー、この部署での初仕事だからちょっと張り切っちゃったけど、私にかかれば楽勝よね‼」
彼女は慎ましやかな胸を張ってそう宣った。
その言動には日頃穏やかな俺ですら怒髪天の勢い。
だが、その前に聞き捨てならない内容が。
それを聞き出すためにもここは何とか平静を装って…………。
「おい!今の部署だの、仕事だのどういうことだ‼」
俺は平静と、ついでに微かに残っていた敬語をかなぐり捨て噛み付いた。
しかし、そんな俺の態度を歯牙にも掛けず。
「迷える狭き心の子羊よ、よく聞きなさい!私は女神ベル。アオバ、あなたの逝く末の案内人よ!」
彼女─女神ベルは、ビシッ!と俺を指差し尊大に言い放った。