11.辺境伯家の庭
「ではこちらで暫くお待ちください。今、主を呼んで参りますので。それでは、ごゆっくり」
そう言い出ていった執事さんを見送り、俺たち4人は場違いな応接間に残された。
辺境伯だからと嘗めていた訳ではないが、流石に一般人の俺たちは萎縮していた。
いや、リーフただ1人はいつも通りだ。
「なー、これすげーな!」
「リーフ、大人しくしていてください。ああっ!?勝手に触ってはダメですよ」
「おい、マジでやめてくれ!俺たちじゃ、一生掛かっても返せない額かもしれないんだぞ!」
心臓に悪いはこれ。
うろつくリーフを取り押さえ、なんとかその時を待つ。
──コンコン
ノックの音と共に、先程の執事さんの失礼します、との声が掛り扉が開いた。
「やぁ、待たせてしまったね」
言いながら入ってきたのは、爽やかな金髪イケメンのおじ様だった。その後に続き、なんとも綺麗なご婦人が。
俺たちは慌てて立ち上がる。
「あぁ、そんなに畏まらなくていいよ。もっとフランクに」
「い、いえ。そう言う訳には……」
誰も口を開かないので、仕方なく俺が返答する。
こう言うときはルル辺りがでしゃばってくると思ったのだが、なにやらアイツは微動だにせず固まっている。
「君が巷で今噂の薬草屋かな?」
「はい、一応その様な呼び方をされています」
「では私も、自己紹介をしておこう。シュテルド・バンレン・ラクスト、こんなだが一応この領地を任されていてね。で、隣が」
「マリーン・バンレン・ラクストだ。このモヤシの妻をしている。マリーとでも呼べ」
……まったく正反対の2人だ。
マリーさんの服装は、どこからどう見ても魔法職1択のローブに杖。
見た目に反して性格は竹を割った様な御方だ。
おっと、ぼーっとばかりしていられない。
「ラクスト様とマリー…様ですね」
マリーン様と言おうとした瞬間に、凄い眼力で見られた。
めっちゃ怖いんですけど。
「も、申し遅れました。私が花咲蒼葉。向かって右からパンドラ、リーフ、そしてこっちがルルと申します。この度は──」
俺がそれらしい口上を言うのを、マリー様が遮る。
「そんなのは良い。さっそく庭を見てくれ。案内する、着いてこい」
さくさく歩いていってしまうマリー様に呆気に取られる俺たちに、ラクスト様が申し訳なさそうに。
「いやぁ、悪いね。あんな感じたけど、可愛いところもあるんだよ」
「シュテルド、何をしている!速く着いてこい!」
マリー様の怒鳴り声が響く。
これは、ルルの言う通り断ればよかったか?
そんな思いが過るなか、ラクスト様は。
「……本当に悪いね。でも、そろそろ行かないと本気で怒られそうだ。さぁ、行こうか」
と、マリー様に続き応接間を出ていく。
あれはかなり尻に敷かれているな、辺境伯様。
「っと、俺たちも行くぞ」
急いでラクスト様に続く。
廊下を黙々と歩くなか、パンドラが小声で。
「どうしましょうアオバ。僕、なんだかとても不安なんですが」
「そんなの俺も一緒だ。取り敢えず、パンドラはリーフから目を離さないでくれ。何をしでかすか分からない。ルルは…何だか大人しいから放っておこう」
縷々は屋敷に入ってから、一言も発していない。
来る途中で、何か悪いものでも食べたのか。
そうこうしているうちに、屋敷の庭にたどり着いた。
そこは……地面が抉れ、穴だらけで花が飛び散った後だった。
いったい、この庭で何が起きたのか。
この世界での貴族様流のパーティー……とか?
「ガーデナーはお前か?」
「は、はい」
「ならこの庭を、見てくれだけでも戻してくれ。屋敷の者逹がうるさいのだ。ある程度時間が経ったら見に来る」
それだけ言い残し、マリー様は屋敷の中へ戻ってしまう。
「道具なんかはあそこの倉庫に全部入ってて、木や花の種はあそこにあるから。じゃあ、後はよろしくね」
ラクスト様もマリー様を追いかけて行ってしまった。
取り残された俺たち4人は、荒らされた庭を見詰める。
「アオバ、どうしますか?」
「どうするってもな…受けたからにはやるしかない」
「早く落とし穴つくろう!!」
「どっからその発想が出てきた!?お前、今までの話聞いてた!?」
「あー、違うのかー。残念」
バカな事を言い出したリーフに危機感を覚え、俺はパンドラへ目配せする。
「リーフは僕と穴を埋めましょう」
「おー!」
どうやらリーフの方は、うまくパンドラが舵をとってくれそうだ。
残るは………。
「いつまでぼーっとしてんだ。お前も仕事しろよ」
どこか上の空なルルを小突く。
はっとしたルルが。
「わ、分かっている。私は何をすればいいのだ?」
「そうだな……散らかってる木片や草なんかを片付けてくれ」
「ああ、分かった。任せてくれ」
少し心配ではあるが、ルルは基本は常識的な考えの持ち主だと俺は思っている。
だから、きっと……恐らく任せても大丈夫、だと思いたい。
それに、俺も人の事を心配している場合ではない。
ガーデナーは俺しかいないのだ。
「ちゃっちゃと終わらせて……早く帰りたい」
その為にも、俺が頑張るしかない。
腕捲りをしながら、種とスコップを取りに行く。
種はかなり豊富な種類が取り揃えられており、日本でも見たことのある花もあった。
ただ、そのなかにちらほらと知らない名前も。
「ガブリ草にカミヲハヤ草、こっちはモウダメ草にオタメシ花……ろくなものがねぇ………」
ここは、知っている花を使っていこう。
こんな貴族の屋敷で冒険する気にはなれない。
まずは1番被害の少ない花壇から取り掛かる事にした俺は、3人から離れた隅に向かった。
「さーて、初仕事だな『ファーティライザー』!」
今までは、せっかく得たのに1度も日の目を見ることの無かったスキルだ。
土を肥料に変える、完全な非戦闘スキルの代表格。
しかもこのファーティライザー、俺の記憶が正しければ化学肥料のはずだ。
口に入るものや、人体に使用する為のものに使うのは忌避感がある。
だから薬草には使えなかった。
「だけど、今日のは観賞用だからな。がんがん使っていくか」
スキルを使った場所の嵩が少し減り、他の土と明らかに違う物質へ。
それをスコップを使い、拡散させながら馴染ませていく。
「こんなもんか。次は種だな」
さて、どういう風に植えていくか。
覚えて貰うためにも奇抜なセンスでいくか、もしくは無難にいく。
………よし、無難にいこう。
色合いも無難になるように、ありきたりな配色を選びながら種を蒔いていく。
蒔き終わり、土をかぶせた俺は次のスキルを発動させる。
「『グロー』、『グロー』、『グロー』!」
花が咲く瞬間まで成長させ、うまくそこで止める。
このスキルは頻繁に使うので、我ながら手慣れたものだ。
順調に花壇を終わらせた俺は、他の進展具合を確かめるために振り向いた。
「あ、ちょっ、リーフ!僕を埋めないで下さいよ!」
「いひひひひ、パンドラの生首じゃー!!」
……俺は何も見ていないし、何も聞こえてない。
そっと目を伏せようとしたが。
「いや、おい!ここで何やってんだよ!?」
こんなところを見られたら、どんなことを言われるか。
最悪、依頼失敗もありえる。
「たた、助けてください!」
「当たり前だ!おらっ、リーフも手伝え!!」
「あー、発掘作業だな。しんちょうにーしんちょうにー」
「いいから早くやれっ!」
文句を言うリーフにも手伝わせ、なんとかパンドラを掘り出す事に成功した。
「た、助かりましたよアオバ。くっ、少し油断した透きに…!」
「しかし、大丈夫か?」
パンドラは土に埋められていたので、ローブやら何やら土でどろどろだった。
「ふっ、ふふ…大丈夫ですよ。もう僕は、油断したりなんかしません」
何やら黒いオーラが立ち込める幻が見える気がする。
「ほ、ほどほどにな」
「ええ、分かっています。次やったら凍らせておきますね」
パンドラ、それ分かってない。
取り敢えず被害はリーフが被るだけなので、様子を見て止めに入ろう。
最後にルルはどうしているのか確認したら俺も仕事に戻ろう。
そのルルは、1人黙々と作業をこなしていた。
ルルのやつ、この屋敷に来てからやけに大人しい。
俺はルルに手を上げて呼び掛けながら近付く。
「おーい、ルル!どんなかじ……危ねっ!?」
足下に開いていた窪みに足をとられ、蹴躓いた。
咄嗟に手をつき、顔からいくのは防げた事に安堵していた瞬間、頭の上を何かが掠めた。
「熱っ!?えっ?ええっ!?」
ファイヤーボールが、俺を掠めて飛んでいったのだ。
突然の意味不明な事態に、慌てて立ち上がった俺に後から声が。
「ほぅ、今のを躱すか」
杖を持ったマリー様が、俺を見据え仁王立ちしていた。