09.リベンジ!
「ううっ………。まだあちこち痛い気がします」
「リーフのお陰でケガは治ってるんだから、本当にお前の気のせいだろ」
「う……アオバが僕に冷たいです」
セキトリ討伐の帰り道。
魔法の杖を支えによろよろ歩くパンドラへ、俺はぞんざいに言い捨てた。
と、裾がクイクイ引かれる。
「なーなー!リーフは?リーフは役立ったか!?」
「そうだな。取り返しのつかないミスはあったが、それでも3人の中じゃ1番だな」
「そうな!リーフが1番!いひひひひひ、1番やったー‼」
言いながら、喜びでリーフが駆けずり回る。
「と、ところでアオバ。2番はもちろん私だよな?」
「何を言ってるんですか。1番はリーフに譲るとしても、2番は僕に決まってるじゃないですか」
ルルとパンドラはにらみ合い、互いを牽制しているが。
「2番はルルだな」
「やはりそうか!聞いたかパンドラ、私が2番だ!」
「ぐぬぬ…なぜですかアオバ!?」
「なぜって……」
白熱するパンドラには悪いが、俺はありのままを伝えた。
「お前、今回なんかした?」
「何かしたって、それは……………っ!?」
事実に気づき、パンドラは口を開いたまま固まった。
そう、パンドラは今回気絶しに行っただけ。
「ふふふふ、アオバもついに私の凄さに気づいたのだな。パンドラ、何かっ言ったらどうだ?はっはっは!」
おかしい、なぜここでルルが得意気になるのだろうか。
「お前も囮以外に何もしてないだろ。パンドラとの差なんて、囮になったかどうかだけだぞ。本当にそれだけ、いやマジで」
「!?!?!?」
ルルは何か言いたげに身ぶり手ぶりするが、言葉が出てきていない。
「その点、確かにリーフはミスしたが、でもそれを補助魔法の凄さは分かった。敵のセキトリまで補助したけどな。そして何より、回復魔法が使えることがでかい!ミスで-50点だったが、回復魔法が使えるからトータル20点」
何を隠そう、気絶したパンドラのケガを治したのがリーフだ。
ついでに俺のすり傷も治してくれた。
ルルは……ケガすらしてなかった。
リーフさえ居れば、取り敢えず生存率がぐっと上がることは間違いない。
「ミスしていなければ…70点!?ち、因みに私は何点なのだろうか?」
ルルが、少しそわそわしながら尋ねてきた。
「ルル?んー、10点。パンドラは一応作戦立てたから、おまけで2点」
「じゅ、10………」
「……………」
「リーフの勝ちー!」
リーフの言葉がとどめとなり、赤点2人は沈んだ。
そんな2人を置き去りに、リーフと共にギルドの扉を潜った。
「1万1千………と250エール」
セキトリの討伐報酬と、肉の買い取りから運搬費を引いてこれだ。
本当に驚くほど安い。
あれだけ苦労して、4人で割ればたったのこれっぽっち。
割りに合わなさすぎて、セキトリなど2度と見たくない。
「なんて思ったのに。………なんだこれ!?めちゃくちゃ美味いな!なぁリーフ、もう1つくれよ」
「ダメ!これはリーフの!アオバはそっちがあるでしょ‼」
「くっ………と見せかけて隙あり!」
「ああああああっ!?」
俺が皿に残っていたセキトリのから揚げを奪い取り、リーフが悲鳴を上げた。
「返して!?返せアオバ!!リーフの取ったらダメでしょ!?」
「残念だ、もう口の中だ」
「うっ……がああああああ‼」
「おいやめろ!?やめて下さい!待て、それは取りすぎだ!?」
わいわいやる横では、辛気臭い空気を漂わせたパンドラとルルが未だ落ち込んでいた。
と、そんなルルが突然テーブルを叩き立ち上り。
「このままでは駄目だと思うのだ!」
「そうです。ちゃんと僕の魔法を、アオバに分かってもらわないといけません!」
ルルに続き、パンドラまで立ち上がった。
仲良いな、お前ら。
「いや、お前らの実力はもう分かったって」
「「分かってない‼」」
「お、おう……」
2人のあまりの剣幕に、つい頷いてしまった。
その結果…………。
「では、時間もまだありますし、もう1つ依頼を受けましょうか!」
「ああ、私もそれが良いと思うぞ!」
ルルとパンドラが仲良く掲示板へと行ってしまった。
「………って、おいリーフ!?」
「いひひひ、リーフの勝ちだ‼」
気付いた時には、俺の皿には付け野菜1つ残っていなかった。
──依頼に関して何も教えられぬまま、本日2度目となる街の外。
今回は森へと足を伸ばしていた。
「なぁ、そろそろ良いだろ。で、どんな依頼を受けたんだ」
「……ちゃんと聞く気はありますか?」
「もちろん」
言いながら、俺は見つけた薬草を採取する。
「アオバ、真面目に聞かないと命に関わるぞ」
なげやりだった俺へ、ルルがそんな不吉なことを。
…………おい。
「お前らどんな依頼を受けたんだよ」
「カメレオンオレメカの討伐です。前と後ろ、両方に顔の付いた体長2メールほどのカメレオンです」
それで前から読んでも、後ろから読んでもカメレオンってか。
「強いのか?」
「それはもう。攻撃は伸びる舌だけ警戒していればいいのですが、ほぼ死角なしの魔モノですから。僕たちの力を存分に見てもらえるはずです」
パンドラの横では、ルルが大きく頷いている。
いつの間に、お前たちはそんなに仲良くなったのか。
「………ちなみに、討伐報酬は?」
「1千5百万エールですね」
………なるほど。
「そうか、みんな頑張って来てくれ。俺はもう少し薬草を採取したら街に帰るから」
踵を返そうとした俺の頭を、ルルが掴んだ。
「ななな、なんだよルル。おい、離せよ!」
「どこへ行こうというのだ、アオバ」
「だから薬草を…」
「採点係りがいないと、私たちの点数が分からないではないか」
いつになく迫力のあるルル。
興奮しているのか、なんだか頭を締め付ける力が強く………。
「い、いだだだだ!?ルル、頭!俺の頭が割れる!」
「ああ、すまないアオバ。つい力が………。それより、これからどうするのだ?私たちはカメレオンオレメカを討伐しに行くのだが、もちろんアオバも来るのだろう?」
「いや、だから俺は───」
「今日私は、後3回魔法を残している」
俺の言葉を遮り、頭を掴んだままルルはそんな魔王ちっくなことを言い出した。
なんだよ後3回魔法を残しているって。
ようは3回しか魔法が使えないポンコツなわけで。
でも今日は3回魔法が使えるわけで………。
「よし、カメレオンオレメカを早く探すぞ、ちんたらするなよ。だからその手を早く離せ‼」
「まったく…お前は世話のかかる奴だな」
やれやれと言わんばかりのルル。
だが俺は、声を大にして言いたい。
どっちがだまったく!
……まだ頭を掴まれてるので、決して口に出すことは出来ないが。
「で、また俺が囮かよ」
しぶしぶながら着いていく最中、またもパンドラの作戦と言う名の暴論が発表された。
「はい。それでアオバとリーフ、僕とルルに別れて挟み撃ちにします。僕ら側はルルが囮です」
「……なぜ私なのだ。私のウィザードとしての魔法もだな」
「単純に硬いからです」
「………………」
既に森の中腹辺りまで来ている。
平静を装うが、内心気が気でない。
万が一、どえらい魔物が来ても、このメンツでは話にもならないのだから。
………こんなフラグになる様なことを考えるのはよそう。
「カメレオンオレメカ、だっけか?そいつの生息圏はこの辺りなんだろ?」
「はい、そのはずです。ですがカメレオンオレメカは、体表を周囲の色に同調させ姿を隠すのが得意なので、しっかり注意して見てください」
そんなヤツ見つけられるのかよ。
「あ、あそこにいる!」
簡単に見つかるな、おい。
「んん?どこだよ」
「あそこ!ほら、アオバあそこ!」
リーフが指差す場所を見るが、どこにも見当たらない。
「……どこだよ」
「もー!ほら、あそこ‼」
「ちょっ!?リーフ、静かにしてください」
慌ててパンドラが止めるが、時すでに遅し。
「うわっ!?」
何もない木から、舌だけが伸びてきた。
距離のお陰で間一髪なんとか避けれたが。
奇襲に失敗し隠れる必要が無くなったカメレオンオレメカが、そこで初めて姿を現した。
本当に前と後ろに顔がある。
2匹のカメレオンをくっつけたみたいな感じだ。
ぐりぐりした目が、しっかり俺たちを捉えている。
「リーフ、早く補助魔法!」
「おー!『クイックアップ』‼」
リーフが唱えた魔法により、俺を含めた4人が光を帯びる。
よく見れば、これ緑っぽい。
よし、今回は敵にまで掛かってないな。
「パンドラ、俺は回り込んで後ろの奴の注意を引く!そっちはそっちで何とかしてくれ!」
言い終わる前に、カメレオンオレメカがいる木を大きく迂回しながら、後ろへと回り込むためリーフと駆け出した。
その間も舌が狙ってくるが、補助魔法のお陰で回避速度の上がった俺には当たらない。
舌の1つを引き付けながら、パンドラ達の方を確認すると。
ルルが必死に舌を掴もうとしていた。
意地でも魔法を一当てしようと躍起になっている。
補助魔法でスピードが上がってるから、ちゃんと回避すればいいのに。
まあ囮としては、今のままでも良い働きだと言えるが。
今回パンドラも、順調に呪文を唱えられている。
あれ、もしかしてこれはいけるんじゃね?
そんな甘い考えが過ったとき、ヤツは来た。
聞き慣れた地響きと共に、木が折れる音が近づいてくる。
俺は即座に方向転換し、その場から逃げ出した。
2体同時攻略なんて絶対無理だ。
「おい、撤退だ!あれが来るぞ‼」
状況が掴めていないルルとパンドラを抜き去る。
「早くしろ‼」
はっ、と我に返った2人がやっと走り出す。
「なぜだ!あのまま行けば!?」
「そうですよ!もう少しで魔法も放てたのに!」
文句を言いながら着いてくるポンコツ達に、後ろを指差してやった。
振り向いた2人は………。
「はあっ!?くっそ、お前ら!」
俺を抜き去り猛ダッシュしやがった。
「リーフが1ばーん!」
その更に前を走るリーフ。
そうなれば、最後尾は俺なわけで。
「あああああああああああ!くっそ、なんで来んだよおおおおおお‼」
俺の後ろを、ダッシュタートルが追随してくる。
誰もが最後尾にはなりたくないので、必死に走った。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
いくら補助魔法で速く走れるとは言え、体力は有限だ。
見るからに体力の無さそうなパンドラが遅れ始めた。
「うぅ…もぅ…限界です……」
「おい、パンドラ!止まったら死ぬぞ!?」
「なら……」
パンドラは、今にも倒れそうになりながら横に並んだと思いきや、不意に俺の背中に飛び乗った。
「うお!?おいパンドラ、下りろよ!」
「僕たちはパーティーです。一蓮托生、死ぬときも一緒です。置いていかないで下さい、お願いします!」
がっしりと首に手を回し、離す気配のないパンドラ。
重さで徐々にペースが落ちる中。
「アオバ、役得ですね」
「どこがだよ!?それならせめて女と断言しろよ!」
「さぁ、それは……どっちでしょうか」
「余裕だなお前!この、離せ!ああ、もういい!リーフ、ヘルプ!助けてください!力が増す補助魔法を!」
「リーフにお任せろ!『アームアップ』!」
リーフが唱えた魔法により、帯びる光に赤い色が追加された。
「お、おお!……お?おおおおおおおおおお!?」
お陰でパンドラの重みが軽くなり、喜んだのもつかの間。
………後ろから響く破砕音も、力強さが増していた。
「リイイイイイイフ!お前、またやったろ!?」
ダッシュタートルも補助して差し上げやがったのだ。
「…………なー、リーフまたやったな!アオバ、すまぬな!」
もう、怒る元気もでない。
兎に角、ダッシュタートルを振り切るために走るだけだ。
何とか無事、街に帰れた時には俺の膝が爆笑していた。
膝が笑うんじゃない、爆笑していたのだ。
ガックガクに。