//.ヘン境伯家の庭師
花はいい。
愛情を注げば注ぐほど、それに答える様に綺麗な花を咲かせる。
俺は大輪を咲かす彼ら彼女らに、やさしく水を撒く。
そんな、優しくも穏やかな時間をぶち壊す声。
「アオバ、ギルドに行くぞ!」
ガチャガチャと音を鳴らしながら、全身を甲冑で覆った招かれざる客の来訪。
そんなお客様にも、俺は優雅にお辞儀をし……。
「これはこれはお嬢様、またその様なお戯れを」
すると、ルルはカチャリと身震いし、自身でその身を抱き締めた。
「だ、だまれ!私をお嬢様と呼ぶなと何度言えば分かる!その喋り方も、うぅ…鳥肌が」
「大丈夫ですか、ルルティアーゼ様?」
「だから、その名で呼ぶなとも言っただろう!」
「可愛い名前じゃないですかルルティアーゼ様」
「だ・か・ら‼」
憤慨したルルが大切な庭で地団駄を踏み始め、俺は悲鳴を上げた。
「わー!?悪かった、俺が悪かったから!ルル、それ以上ここで暴れないでくれ!」
「ふん、そう思うなら初めから言うな」
無惨にも踏み荒らされた芝。
俺はそれを哀しげな目で見つめながら。
「で、何しに来たんだよお前」
「そうだった。アオバ、ギルドに行くぞ。すでにパンドラとリーフには声をかけてある。今日こそは打倒カメレ──」
「俺、行かないぞ」
俺はルルの言葉を遮り、水撒きを再開する。
「お、お前という奴は……!?」
「何でわざわざ定職を得た今、俺が危険な討伐依頼なんかやらなきゃいけないんだよ」
「そ、その定職を得れたのは」
「俺を気に入ってくれた奥様のおかげ、ひいては旦那様が雇ってくれたおかげ。お前じゃない」
「わ、私もお前を雇っている屋敷の」
「子どもだが、お前が俺に給金をくれてるわけじゃないし。ましてやお前が言ったんだろ、お嬢様扱いはやめてくれって。なら、俺に命令する権利はお前にはない!」
「くぅっ………」
ルルがぷるぷると震えだすも、俺には関係ない。
自分で言ったのだ、これまで通りの付き合いで頼むと。
俺はそれにしたがっているだけだ。
その時、ぷるぷるしていたルルがとんでもない行動に出た。
「わーーーーわーーーーあーーー‼」
突然叫び声をあげたかと思えば、花壇に向い直進していく。
あぁっ!俺の大事な花たちが………!?
「おま、このっ!『グロー』!」
俺はそれを阻止すべく、咄嗟にスキルを発動させた。
すると、走るルルの足下から、急激な成長を遂げた木が競り出た。
足下がおろそかだったルルは…………。
「あーーーえっ?うはっ……………」
その木に躓き、盛大にすっ転んだ。
「…………よ、よし」
予想外のすっ転びっぷりに、少し動揺してしまったが。
け、結果オーライだ。
俺は倒れたままのルルに背を向け、水撒きを再開。
今日は天気も良いので、少し多目くらいがちょうどいいだろう。
と、頭の中からルルの存在を排除するも、そうは問屋が卸さない。
背後から、がしっと頭頂部が掴まれた。
「選べ……ハゲ爆死か私と一緒に来るか」
「こ、ここでそれをやるとお前、役立たず2歩手前だぞ」
「……選べ」
「わ、わわ、分かった!お、俺が悪かった!すまん、ごめんなさい、許してください、申し訳ありませんでした!」
「で、どうするのだ?」
きりり、とルルの手に更に力が込められる。
「うあああああ!ちょっ、お前がやるとしゃれにならないって!行きます、一緒に行かせて頂きます‼」
「まったく……最初から素直に言っておけば良いものを。ほら、とっとと歩け」
そう言うが、ルルは俺の頭を掴んだままだ。
「え、このまま?」
「何せ気を抜けば、お前はすぐ逃げるだろ」
「……………………に、逃げないよ?」
「『ブラス──」
「行きます!歩きます!俺、超歩きます!」
俺は、きりきりと足を動かした。
……………頭を掴まれたまま。