2日目
一夜明け、いつものように2人が、学校に一番近い僕の家に迎えにきた。
「ちゃんと本みて作ってきた」
Aは、鞄からこっくりさんで使われる、五十音のひらがなと数字、男、女、あと用紙の上の左右には(はい)(いいえ)とその中央部分に、鳥居のマ-クが書かれてある、あの用紙を出し始めた。
Bはまじまじと見ながら
「ちゃんと作ってきたんだ」
と、両手で広げて見始めた。
僕もそれを横から覗き込んだが、それは得体の知れない、何か不気味な印象を与えた。
心の中に深い、そこの見えない井戸のような、深い黒いイメージが沸き起こり、朝からとても不快な思いが広がった。
しかし、それはきっとあの雑誌の話の影響だと思い直し、その不安を振り払うかのように、明るい口調で会話に入り始めた。
いつものように授業を受け、休み時間は友達同士でふざけあい、そして放課後を迎える。
HRが終わり、一日の終わりの挨拶をして、皆帰り始める。
「あんまり遅くまで残るなよ」
と、先生が声を掛けてくる。
そうこうしてると、夕日が差し始めて、教室は僕たち3人にだけとなった。
「そろそろ始めようか」
Bのその言葉を合図に、Aは無言で用紙の用意を始めた。
「10円玉・・・」
僕も少し緊張し始め、会話よりも単語でしか話すことができなくなってきた。
やがて、3人で用紙を囲むように座り、お互いに目を合わせた。
「やるぞ」
3人で短く頷き、一緒に少し小さな声で例の有名な言葉を唱えた。
「こっくりさん、こっくりさん、でてきてください」
・・・なにも起こらない。
もう一度、今度は少し大きな声で唱えてみた。
「こっくりさん、こっくりさん、でてきてください」
10円玉は動く気配がない。
「お前ら、力入れすぎなんじゃない?」
するとBは、
「Aが一番ビビって力入れすぎなんじゃない?」
正直、一番ビビって力が入ってるのは、僕だと思っているが、何も起こらない今、それを告白するのは恥ずかしい。
さらに数十分、何度か同じことを繰り返してみたが、何も起こらない。
「もうやめようぜ。何も起こらないし」
Aも僕も、Bのこの提案に賛同して、家に帰る事にした。
帰りながら、Bはすでに次のイベントを考えてた。
「今度は、墓場とか行って、心霊写真撮りに行かない?」
なんて罰当たりで、不謹慎なんだ。
そう思いつつ、とりあえず考えとくと曖昧な返事をして、2人と別れた。
「ただいま」
「お帰り、今日は遅かったね」
キッチンのほうから母親が声をかけてきた。
「うん、AとBと放課後色々話してたら遅くなった」
小学校からの付き合いなので、いつの間にか、親同士も知り合いなのである。
「そっか。あ、お父さん、今日帰り遅いらしいから、お風呂先入る?」
くだね、じゃあ先に入ろかな」
返事をしながら2階の自室に入り、鞄を置いたり制服を着替えたり、くつろぎ始めた。
「早く入んないと、先に入っちゃうよ」
1階から大声がしたので、少し一息着かせてくれと思いつつ、風呂の準備を始めた。
その時、
「にゃ-」
少し遠くの方から猫の鳴き声が聞こえる。
いつもこの辺を通る、近所の猫かなと、窓を開けて見てみたが姿はない。
あまり気にせず、風呂に入ろうと窓を閉め、部屋を出たところで
「にゃ-、にゃ-」
と、鳴き声が聞こえたが、あまり気にせずバタンと扉を閉めて、1階に降りていった。
身体を洗い、今日一日のことを思い起こしつつ湯船に浸かっていると
「にゃ-、にゃ-」
さっきより少し近いぐらいの距離で2、3匹ぐらいの猫の鳴き声がする。
「珍しいな、いつもは一匹なのに」
と呟いてると、段々その声が近づき始めている。
今はまだ9月なのに、ちょうど発情期の時の鳴き声のように、何匹もが同時に、けたたましく鳴き続ける。
「んな-ご、んな-ご」
「んぎゃ-、んぎゃ-」
「んにゃ-、にゃー」
気がつくと、どんどんと猫が増えている気がする。
その、異常な鳴き声が恐ろしくなり、急いで風呂から上がろうとタオルを掴むと、走り去るように鳴き声が遠のいていった。
風呂から出てリビングに行くと、母親がテレビを見ていて、ちょうど後ろから声をかける形で話しかけた。
「外ですごい猫の声してたけど、喧嘩でもしてたのかな」
すると、母親は不思議そうな顔で振り返りながら
「猫?そんな鳴き声しなかったけど?」
「え、あれだけすごい鳴いてたのに?」
あれだけの鳴き声ならば、気付かないほうがおかしいぐらいの大音量だったはずだ。
テレビの音が大きかったとしても、あの鳴き声が聞こえないほど大きくしてたとは思えない。
嫌な予感がする・・・
こっくりさん、最後どうしたっけ・・・
何も起こらず、ほっとしてそのまま帰ったのではないか?
だから、怒ってるのではないか?
そう考えると、僕は急いでAとBに連絡をして、僕とBの家の中間のAの家に集まり、終了の儀式をすることになった。
「こっくりさん、ありがとうございました、お離れください」
これで一安心だ。
僕は安堵のため息をつき、先程の体験談をAとBに報告した。
「あの後帰って何も起こらなかった?」
AもBも首を横に振る。
ひょっとしたら、あれはこっくりさんで、自分だけに憑いてきたのかと思うと、恐ろしさもあったが、AやBに対して優越感もあった。
少し残念な気持ちを残しつつ家に帰ると、すでに父親はビール片手にテレビを見ていた。
3人揃って夕飯となり、終わると僕はすぐに自室にこもった。
夕方の余韻が残り、まだ少し恐怖を感じていたので、ヘッドホンのボリュームを上げ、コミックを読んでいた。
気がつくと、もう深夜の1時を回っていた。
少し眠くなってきたので、灯りを消し寝ることにした。
すると
「にゃ-、にゃ-ご」
また聞こえてきた。
「にゃ-ご・・・、んにゃ-ご」
近所の人が追っ払う様子もない。
やはりこれは近所の猫じゃない。
「んぎゃ-!」
よく聞くと、家の外じゃなくこの部屋の中で聞こえる。
灯りを付けるのに、起き上がろうとすると足の方からすうっと何かが体内を抜ける気配がした。
それと同時に、身体の自由が利かない。
そして、あの鳴き声が、僕のすぐ近くをぐるぐると回り始めた。
「ふぎゃ-、ふぎゃ-」
よく聞くと、それは猫などではなく、赤ちゃんの泣き声だった。
全身鳥肌がたち始める。
「ふぎゃ-、んぎゃ-」
身体が何かに重られてる、まるで酷い肩こりのように肩が重い。
ずっとぐるぐる・・・
「ふんぎゃ-、んぎゃ-」
ぐるぐる・・・
「ふんぎゃ-、んぎゃ-」
ぐるぐる・・・
「ぎゃ-------」
叫び声に近い泣き声・・・
金縛りを解こうと、手足の指の先を少しずつ動かし、何とか起き上がれるようになったので、急いで灯りを付けた。
すると、またピタッと声が聞こえなくなった。
時計を見ると深夜の4時少し前だったが、余りの恐怖でその日は眠ることができず、気がつくと朝まで起きていた。