失踪事件
ある寒い朝、私は夢を見ていた。暗くて、ただ暗い。そんな世界にいた。そして目の前に光が射し込んできて灰色の靄が生き物のようにうねり始める。ゆっくり形を作った靄は美しき双子の天使と悪魔を作り上げたのだ。(これ、ホントに夢……?)目を疑うほどリアルであり、しかし現実離れしていて混乱する。私はただただ見ていることしか出来なかった。彼らは私の方を向いて話し掛けてきた。
「白崎黒羽」
天使に名前を呼ばれた…もしかして私、死んだ?
「え、は、はい」
戸惑いながらも返事をすると、悪魔がくすりと笑って言った。
「緊張しないで。僕らの話を聞いて欲しいんだ、いい?」
「……あ、どうぞ」
私はこの双子に不覚にも興味が湧いてしまってつい言ってしまう。これは私にとって忘れられないな、とか呑気な事を考えていると、天使が話し始めた。
「私たちは見ての通り、双子の天使と悪魔。あなたが生まれたときからずっと見守っていました。この方が本当に幸せになれるようにと願って…しかし現実は残酷で、あなたは三度もイジメられ全てを捨てる結果となってしまった。あなたは純粋で優しい少女だったのに……そう、あまりに素晴らしかったからこそ傷付きやすく壊れてしまった。私たちは見守るだけでは救えないと思い、神様に頼みました」
まるで絵本を読み聞かせるように話す天使は、今にも泣いてしまいそうなくらい顔が赤い。悪魔がすぐに気付いて先を続けた。
「神様が一度きりのチャンスをくれたんだ。こうして黒羽ちゃんに会って伝えなきゃいけないことがあるから。……ねぇ黒羽ちゃん、僕らの事は信じなくていい。だけどこれから言う事は信じて欲しい」
「おとぎ話みたいだけど信じる。あ、後で物語にしていい?」
思わず冗談のつもりで言っちゃったけど効果はあったみたい。さっきまで泣きそうだった天使は笑っている。悪魔もくすくす笑って「いいよ」と言ってくれた。
「よく聞いていてね。黒羽ちゃんが絶望してしまった時にここじゃない世界、パラレルワールドが出来てしまったんだ」
??どう言う事だろう?
「パラレルワールド?」
悪魔は真顔で頷く。自然と私も背筋を伸ばす。
「闇から生まれた異世界のようなモノなんだけど、君だけじゃなく君とネットで繋がってる友達の闇からも。それが形になってしまったんだ」
天使が口を挟む。
「あなただけのせいじゃないから勘違いはしないで下さい。元々この世界にはよく起こっていたことなのです。経験者たちが忘れているだけで」
私は混乱してきてしまって目が回ったけど大体理解は出来たようだ。私たちの闇が異世界を作った、簡単に言えばこんな感じだと思う。現実はもっと複雑だろうけど。再び悪魔が喋り出す。
「ここからが本題なんだけど、君のネットの友達がそのパラレルワールドに飛ばされちゃったんだ」
……。
「……は?どういうこと?パラレルワールドは私たちのいるこの世界と違う、関係ない世界じゃないの?ずっと前に誰かが言ってたんだけど」
混乱してて苛々しながら問うと、天使が説明してくれる。
「いつも平穏な訳ではないんです。人間が争い、殺しあった時代があるように、世界もまた光と闇が存在するのです。今回はまだその友達が死んだわけではない。まだ希望はあります」
「だから君に、凄く危険だし皆無事に帰れるかわからないけど、ネットの友達と一緒にパラレルワールドで生きてる友達を助けに言って欲しいんだ。これは僕らには手に負えないから助言しか出来ないんだけど、黒羽ちゃん……」
そこまで言うと悪魔はしっかり私の目をみて言った。
「君自身の闇を倒しに行って欲しい。そして…闇の中に……が……………ること……思い……て―――」
(悪魔……?)
「ぅあ!?」
バッと飛び起きた私は勢いでベッドから落ちてしまう。
「いったぁ……」
ぶつけた所を擦りながら身を起こして辺りを見回すと、いつもの自分の部屋だった。(さっきのは夢、だったの……?)確か起きる直前、悪魔の声が聞こえなくなったと思ったら手に小さくて分厚い本を握らされて、飛び起きてって感じだったけど……。ふと手に何か握っていることに気づく。(ま、まさかね……)半信半疑のまま手の方へと視線を移すと、そこにはホントに手のひらサイズの本が握られていた……この場合握られていた、ではなくて、あったの方が良いのか?なんてバカな事考えながら現実逃避しそうになって真面目になる。夢は現実になることがあるけど、こんなにはっきりした出来事は初めてだ。それから私は小さな本を机に置くと支度をし始めた。今日は珍しく早く起きれたから少し気分がいい。ちょっとした変化もあったから更に。いつもの癖でカレンダーを見る。今日は1月7日。あと約1ヶ月で受験かぁ……早いな。さっきの本が気になるけど勉強しなくちゃいけない。仕方なく私はその本を空いてる本棚に入れて支度をして机に向かった。今日は土曜日、明日は最後の模擬試験。今度こそ成績あげなくちゃ…。これから1ヶ月、私は不思議な夢と本の事を忘れることにする。
1ヶ月半が過ぎた頃、私は部屋で机に向かっていた。模擬試験の結果は今までで一番良くて四百点を超え、本番の入試では見事合格した。面接で少し失敗したくらいでとくに何も起きず受験は終わった。模擬試験の日、ともに受験当日はなんと5時半に起きることができ、頭が冴えていて自分でも驚くくらい更々と問題が解けて吃驚したことがまるで昨日の出来事のようだ。そして現在。(春からは高校生になれるんだ……)本当に良かった。でももう少し努力すれば良かったかな。ちょっとだけ後悔も残った。そして今日は土曜日。珍しく早く起きた今日は、ある夢を見た。そう、天使と悪魔の不思議な夢を……。
(ここは……夢の中か)ただ暗いだけの私の世界。今度はいきなり二人が出てきたけど、そこまで驚かなかった。受験終えて、その反動で病んでたからかな。天使が微笑んで言った。
「良かった、受験合格して……。しかもずっと目指していた高校に」
悪魔も続けて言う。
「おめでとう。でもどうしてそんなにも目に光がないのかな?」
私の顔を心配そうに覗き込む。私は少しだけ口角をあげて答える。
「何でもないよ」
口癖だ。
「そう、ならいいけど」
疑い深い目でまだこっちを見てるけど、これ以上は聞いてこなかった。そして本題へと移る。私は一言
「で、何の話?」
と素っ気なく聞く。天使も悪魔も少し驚いてから、二人とも手を差し出した。その手に乗せられていたのは一つの小さな卵。
「また小さいモノなんだね。これは何?」
私は受け取りながらまた質問する。天使は白い卵、悪魔は黒い卵を持っていた。悪魔が少し笑って答える。
「起きたときのお楽しみさ。僕らは君の役に立つことができないからね。これはシナリオ通りのプレゼント」
(シナリオってどういうことだろう、まぁそのうちわかるだろうけど)天使は少しだけ涙目にになりながら続ける。
「これでしばらくお別れです。あなたにもうひとつだけ私からプレゼントをしましょう。……手を出して」
私は言われるがままに手を差し出して、天使はその手に一粒の雫を落とした。瞳から零れ落ちた雫はやがて、私の手に落ちルビー色の宝石となった。
「!?」
驚いて目を見開く。それから悪魔が自分の翼から羽根を一枚抜くと、あっという間に黒い紐となった。呆気に取られて見ていると、二人はそれを私の手に乗せて微笑みながら消えていった、と同時に私も後ろから引っ張られるようにして吸い込まれていった。(待って……まだ話が…………)どんどん意識が保てなくなり、ついには夢の中で気を失った。それからどれだけ経っただろう。気付けば朝の8時少し過ぎた頃にゆっくりと目を覚ました。手には最初の夢と同様何か持っていて、それが触った感触だとすぐに卵だとわかる。私は起き上がって持っているものを確認した。夢で見たものがそのまま手の内におさまっていて、なぜか少し苦笑してしまった。それを机に置くと着替えて取り敢えずリビングに行った。今日は父親と母親は仕事で、妹は遊びに行ってて誰もいないから静かで過ごしやすいし、どんなに文句や愚痴を言っても注意されないんだと思うとちょっと楽しくなってきたので、鼻歌を歌いながら朝御飯を用意して食べた。朝御飯を終え朝のニュースを確認したあとは部屋に戻ってくると、本棚に入れておいたあの小さな本を取り出して2つの卵と羽根で作られた黒い紐を通した真っ赤なルビーの涙と一緒に並べた。こうやって見るとかなり現実離れしていることに気付く。(でも夢じゃないのか)ちょっとだけ怖いと言う気持ちを押し殺してもう一度机に並べたものを見渡すと、早速本を手に取ろうとした矢先、スマホのLINE音が静かな部屋に鳴り響いてビクッと身体を強張らせた。(びっくりした……)そして本を手に取る前にスマホを確認する。そこにはあるLINEグループの通知だった。どうやらグループないで話しているらしく、私も参加しろとの通知が個人チャットに届いていた。グループ内でのコメントはうるさくなるからと通知オフにしているため、重要な事を話すときは個人チャットに送られる。(なんで今日に限って朝早いんだろ)好奇心に背中を押され、ついついLINEのグループを見に行く。
私「おはー」
仁川「あ、やっときたか白崎。もう少し遅かったらスタ爆してたぞ」
※スタ爆とはLINEスタンプをたくさん送り続けることである。
私「あっそ笑で、何の話?」
野桜「今日休みじゃん?折角だし仲良しグループ皆で遊びに行こうぜって話」
鈴音「正直仁川は来なくていいけどね、私からかわれるから」
仁川「なんだと?鈴音、お前もっとからかってやるからな」
汐里「とにかく、黒羽ちゃんも行こうよ!今日暇だって言ってたでしょ?」
藤原「あの、俺も?」
鈴音「勿論藤原も」
私「OK。で、来れるメンバーは?」
仁川「俺、鈴音、汐里、野桜、藤原、白崎、峰、佐藤、梶夜」
私「あ、嶺ちゃんと舞桜菜ちゃんもいい?」
鈴音「いいよ」
私「ありがとー。……誘っといてくれない?」
汐里「OKOK!」
私「ありがとー笑」
汐里「じゃあ今8時半だから10時くらいにM中の前で待ち合わせ、でいいかな?」
仁川「いいけど遅刻したらごめん」
野桜「了解、仁川はどうせぴったりに来るだろ」
鈴音「OK~」
藤原「御意…」
私「OK、んじゃまた後で~bye」
そして私はLINEを閉じた。相変わらずLINEグループ内は騒がしいな、こういう騒がしさは嫌いじゃないけどさ。そのままスマホも棚に置こうとしたらまた個人チャットにLINEが送られてきた。今度は何かと開いてみれば、彼氏こと藤原からだった。名前はあれだけど顔は綺麗で案外面白いやつで頭が良くて運動できないんだけど、なぜか引かれてしまったんだよね。まぁとにかくLINEを見てみる。
藤原「お久しぶりです」
私「?うん、LINEでは久しぶりだね」
藤原「受験どうだった?」
私「結構結果は良くてビックリしたこと以外は特に何も。藤原は?」
藤原「うーん、同じ」
私「何それ笑ところで」
藤原「何?」
私「藤原からLINEなんて珍しいね、どしたの?」
藤原「いや、黒羽がどこの高校行くのかなって」
私「ふーん…。私はA高校」
藤原「そっか、離れちゃうね。俺はB高校だから」
私「そーだね。…あのさ、別れたいならハッキリ言ってよ」
藤原「うーん」
私「取り敢えず支度しなきゃ、じゃまた後で」
藤原「うん、バイバイ」
今日の藤原はなんか変だ。(ハッキリしてよ……)私はちょっと苛ついてきたのですぐにLINEを閉じてスマホを充電し始めた。いつものピンク色のリュックサックにルビー色のネックレスと小さい本、卵は……壊れそうだからやめて、お金とポーチ、ハンカチ、ティッシュ、ヘッドフォン、お水、チョコを少しとカッターを入れた。そして上着を着て支度は終わり。腕時計を着けたら時間を確認する、と今は9時か。古本屋でも寄りながらのんびり行こっかな。(あ、そう言えば卵……)反射的に机に置いていた卵を見る。(どうやって卵からかえすのかな)ちょっとだけ考えてからリュックサックに入れた本を、取り出して最初のページを開いてみた。ちょっと読むの長くなりそうだから椅子を引いて座ってからじっくりと観察した。最初のページにはタイトルがなく、いきなり目次が書かれていて卵をかえす方法が一番最初にあった。(えっと…二つとも手で同時に温めるだけって……)
「それだけ!?」
思わず声を上げた。だってもっと大変だろうと思ってたし。でも卵をかえすのに絶対時間かかりそうって思ったのは一般論で、こんな突飛な事が起こるくらいなら多分、すぐに卵から何かがかえるんだろうなって期待してる。
「……よしっ」
自分自身に活を入れるとリュックサックに本をしまって、卵を同時に手に取った。すると10秒も経たないうちに卵にパリッと亀裂が走った。
「わぁ……」
その光景が感動的でまたもや声を上げてしまうほどに、素晴らしいモノだった。そしてだんだん卵の殻が溶けてきてゼリー状になった。まるで大切なモノを包み込むような感じで。そしてその上に小人のようなモノに光が形となっていく。白い卵の方は真っ白な翼を持つ可愛らしい妖精で、黒い卵の方は蝙蝠の真っ黒な翼を持つちょっと格好いい妖精。
「ふわぁ~……」
うわっ見た目のままに可愛い白い方が大きな欠伸をしながらこちらに向いた。そのあと黒い方が眠そうに呟く。
「ここ、どこ」
(何この子たち、ちょ、可愛すぎ…)しばらく見とれていると、二人とも吃驚したように立ち上がって私を凝視した。私はちょっと戸惑いを感じ、
「な、なに?」
と聞いてみる。彼等はしばらく凝視していたが、すぐにペコッと可愛いお辞儀をして言った。
「初めまして!」
「初めまして」
それから白い方が自己紹介をし始める。
「私は天使様の使いのミルクと言います!」
ミルクは言い終えると天使の笑顔と言うのに相応しいほどの笑みを浮かべた。それに続いて黒い方も
「俺は悪魔様の使いのシルク」
と自己紹介して、恥ずかしそうに目を逸らす。なんだかこっちも可愛い……とか思ってる私はちょっとヤバイかもしれない。
「白崎黒羽様、ですよね?私達を永い眠りから目覚めさせてくれてありがとうございます!」
「永い眠り……?」
ミルクがよくわからない発言をしたので聞き返してみたが、シルクの方が慌てて答える。
「あ、そ、それはまた後々わかるから!ミルク、取り敢えず、ね」
そう言ってミルクと顔を見合わせるとまた、こちらに向かって可愛いお辞儀をする。
「しばらくお世話になります。邪魔なら必要な時のみあなたの側にいるので、イソウロウ?させてください!」
ミルクは頑張って長い言葉を口にした。私は即答する。
「もちろんいいよ。だって可愛いし面白いし、それに……天使と悪魔に頼まれたんでしょう?なんか、シナリオがどうとか言ってたし」
シルクはパッと顔を上げた。恥ずかしそうにしていた最初とは大違いで無邪気な笑顔を見せている。(やっぱり可愛い)改めて記憶に刻み込もうと思った。ミルクも「やったー!」とか叫んで跳び跳ねたりしていて凄く可愛いかったので、心のシャッターを切った。それから私は腕時計を確認する……と。
「わっ!やっば!9時45分だ!……二人とも皆に見えちゃう?」
焦りながらスマホをリュックサックに入れると大事なことを聞いてみる。ミルクは
「パラレルワールドに関係ある方には見えますけど、それ以外の方は大丈夫です!」
と答えたので、少しだけ不安だけど着いてきてもらうことにした。自転車でダッシュするのでリュックサックにしばらく入ってもらうけど。
現在午前10時少し過ぎた頃、私は待ち合わせであるM中の前に来た。いたのは、仁川、藤原、鈴音、汐里の四人だけで、まだ揃ってないみたいでちょっとホッとした。
「遅れてごめーん」
私はちょっと大声を出した。仁川が即座に
「おせーよバァカ」
と言ったので、やっぱりなとか思いながら顔の前に手を持ってきて「ごめんって~」と軽く謝る。ちょっとは気がすんだのか
そっぽ向いて「あいつらおせーよ何やってんだよ」とかぶつぶつ言ってる。でもなんか変。(仁川も藤原も変…か)ちょっと混乱してきたので考えるのをやめた。腕時計が10時15分をまわった頃、ようやく全員が集まった。どうやら二度寝、親の説教や何やらで遅れてしまったらしく、仁川もそこまで怒らなかった。そして鈴音が話し始める。
「それじゃあ揃ったことだし、皆が前期で受験合格した事を祝う会の始まり~ってことで取り敢えず遊園地行かない?」
皆はもちろんOKとでも言うようにすぐ頷く。そうして今日の行き先が決まった。でもその前に
「あ、皆ちょっと待ってて」
少し皆から離れるとリュックサックを開けた。中からミルクとシルクが飛び出してきて私に抱き付いた。
「きゃっ」
思わず声を上げてしまい、皆がこっちを向いてしまった。(ヤバい、かな)そのまま動けずに皆がこっちに来てしまったのでどうしようもなくなった。皆が声をあげる。
「何この子達!かっわいい!」
「きゃーっ抱っこしていい?黒羽ちゃん!」
鈴音や汐里、舞桜菜、嶺はかなり興奮してる。……てかなんで見えてるの?男子達までもが、
「なんだこいつ、めっちゃ可愛い」
「お持ち帰りしたい」
とか言っちゃってるよ、ヤバいよこの状況!
「皆……?えっと、ミルクどういうこと?」
恐る恐る聞いてみる。ミルクはこっちを向いて笑顔で答える。
「この方達もシナリオの中に加えられちゃったみたいです!」
……え。ええええええええ!?
「つまり、皆にこの子達が見えてるのは……」
「俺らもパラレルワールドに行くってこと」
仁川が続きを答える。あ、そう言うこと……。
「うっ」
ヤバい、また頭痛が……皆ミルク達に夢中で気付いてないし、と私はその場にしゃがもうとするが身体が言うことを聞かない。
「あ、れ……?」
視界がどんどんボヤけていく。そして身体の力が抜けてバランスを崩して倒れそうになる。
「黒羽!」
咄嗟に藤原が身体を支えてくれたが、私は意識を手放してしまった。




