家出少女ー2
「生きてますかね……」
テオとエルマはワイヤール洞窟の前に立ち、中をのぞく。洞窟の中から魔物の唸り声が聞こえてくる。ここにくる途中もゴブリンが誰かを探すようにうろうろしていた。まだ探していたなら依頼人の女子は無事だろう。
エルマは矢の数を確認しながらテオに聞く。
「師匠、魔法はここでも使わない方がいいですか?」
「そうだな……初級だけならいい」
魔法には初級・中級・上級と種類がある。たくさんの数の魔法があるが初級は使える者も多い、だが中級・上級になると相当の努力が必要になってくる。特に上級は長い年月をかけて修行した魔法使いがやっと使えるくらい難しい。例外もあるが上級の魔法は使える者が少ない。
「さて、お喋りはここまでだ。行くぞ」
洞窟の中に足を踏み入れる。中は光る苔のおかげで明るくランタンは必要なさそうだ。光る苔に興味があるのかエルマは指でつつく。テオは耳をすまし女の声が聞こえないか注意深く辺りを警戒しながら歩く。魔物の死体がちらほらと落ちている、魔物の表面が焦げていた。
依頼人は魔法使いか? だとしたらやはりエルマに魔法を使わせない方がいいな
「エルマ、やっぱり魔法使うな」
「えっ、初級もですか?」
「ああ」
「前から思ってたんですけどどうして私が魔法使えるとまずいんですか? 私の歳じゃ珍しいってくらいですよね?」
「……お前の」
テオが何か言いかけようとした瞬間、つんざくような悲鳴が奥から聞こえてきた。若い女の子の声、依頼人の子だろう。テオはエルマの背中を叩くと悲鳴の方向を目指す。
エルマは回答がもらえなかったことに少し不満を感じていたが師匠がそういうのなら何かあるのだろう、と思いテオの背を追いかける。
「こっちに来ないで!!」
その先にピンクのツインテールの少女が魔物に追い詰められていた。少女は杖を魔物に向け魔法を使う。ファイアボール、火の玉で魔物に攻撃するが魔物の数が多く攻撃しきれていない。少女が目の前の魔物に集中していると横から蛇の魔物、デイグスネークが牙をむいていた。
「きゃあああああっ!」
気付いた時には眼前に迫っていた、少女は思わず目を瞑る。しかしいつまで経っても噛まれた痛みがやってこない。おそるおそる少女は目を開ける。
「はあっ!」
テオは少女に飛びかかったデイグスネークを斬る。魔物に振り向く勢いを利用し横に剣を振った。ぐるりと回転するように動き剣は魔物を裂く。エルマは魔物の間を縫うように走り魔物の急所を的確にナイフで斬る。茫然とする少女に構わずテオとエルマは魔物を倒す。
魔物を倒すと、少女はぺたりとその場に座り込んでいた。テオは少女に近づき話しかける。
「おい、大丈夫か?」
少女は何も答えない。テオは再度問いかける。
「おい、聞いているのか? ああ……足怪我してんのか、ちょっと待ってろ」
黒いタイツが破れ、ふくらはぎの辺りから血が出ている。テオは鞄からポーションを出すと少女の足にかけた。ポーションは傷を治す薬だ。この上位のハイポーションは骨折やちぎれた腕や足を元に戻すこともできる。だがなくなった部位を生やすことはできない。なくなった部位を生やす魔法は存在しているが、それは上級魔法だ。
少女はポーションを足にかけられたところでようやく意識をテオに戻した。少女はテオの手を乱暴に叩き手に持っていたポーションの瓶は遠くで割れた。エルマが少女を睨み付けナイフに手をかける。
「何をするんですか!!」
「余計なことしないで!」
「師匠は貴方の傷を治したんですよ!」
「それが余計だって言ってるのよ!」
「はあ!?」
少女とエルマは怒鳴りあい、掴みかかる勢いで睨み合う。
テオは叩かれた手をさすりながらこの状況をどうするか考える。エルマをたしなめようにもすでにナイフに手を添えているあたり割とキレてる。
「魔物に襲われてた貴方を助けたのは師匠なんですよ、お礼のひとつも言えないんですか」
「そっちが勝手にしたことを何で私がお礼なんか言わなきゃいけないのよ、私ひとりで倒せたわ」
「みっともない悲鳴を上げたくせに……よく言いますね」
「なんですって!?」
「あーあー! やめろってお前ら」
これ以上ヒートアップすると収集がつかなくなる、テオはそう判断しエルマと少女の間に入った。エルマはまだ何か言いたげだったがテオの無言の視線を受け口を閉じる。だが少女はまた怒鳴った。
「私に指図しないで! 大体誰なのよ!」
「俺はテオ、こっちはエルマ。あんたの護衛をしてた男に頼まれて助けに来た」
「ああ、あの男ね……散々大口叩いてたくせにゴブリンの群れに遭遇した途端逃げ出してこんな奴らに頼むなんて……」
イライラとした様子で少女は爪を噛む。
「ところであんたの名前は?」
「見ず知らずの奴に教える名前なんてないわ」
「……名前も言えないんですか、常識的にどうなんですかこの人」
エルマが呆れたような口調で言う。すでにエルマの感情は怒りから呆れに変化していた。エルマはテオの服を引っ張り少女から離れようとする。
おいおい、こりゃ確かにめんどうな女だな……テオは思わず眉間を抑えた。
少女は尚もエルマを睨み付けている。
「さっきからあんたムカつくわ、誰に向かってそんな口聞いてるのよ」
「それはこちらの台詞です、それに名前も知らないんですから貴方が誰かなんてわかりませんよ。なんですか、有名人気取りですか?」
「何よ!? やっぱりムカつく……」
淡々とエルマは少女に言った。少女はエルマのその態度が気に食わないらしく杖をエルマに向ける。エルマは横目で杖の先を見る。
テオはエルマの前に庇うように立つと両手を前に出し困ったような表情で少女に言う。
「だからやめろって……俺たちはお前の護衛に来ただけだ」
「いらないわ、元々私だけで十分だったけど荷物持ちがほしかっただけ」
「だ、そうですよ師匠。行きましょう、こんな人に構ってる時間はありません」
テオの背中から顔を出しぐいぐいと服を引っ張る。少女はエルマの発言にまた怒ったようで杖の先に魔力が集中する。テオはそれに気づきエルマを抱え横に飛んだ。
「ファイアボール!」
杖の先から火の玉が現れテオとエルマのいた方向に飛んでいく。テオたちに当たらなかった魔法は目標を失い飛んでいく。少し上に杖を向けて放ったためか洞窟の天井に火の玉が当たった。
火の玉が当たった場所が崩れ、ガラガラと岩が落ち入ってきた道に岩が積み重なっていく。轟音が洞窟内に響き渡り、テオは崩壊する天井の岩や破片から守るようにエルマを自分の体で覆う。岩が落ちきり、通路は完全に塞がってしまっていた。
これにはさすがの少女も焦りをみせていた。
「そ、そんな……嘘よ……」
「あーあ……」
「やっちまったな……」
テオとエルマが慌てている少女に視線を向ける。まさか怒りに任せて魔法を使い道まで塞ぐとは思わなかった。静かになった洞窟で三人は閉じ込められてしまった。
テオは少女を見ながら深いため息を吐き、護衛を頼んだ男を少しだけ恨んだ。