家出少女ー1
翌日になりテオはエルマに起こされ身支度をする。
エルマのやつ、俺より気合い入ってんじゃないのか……
「師匠、朝ですよ! 起きてください!」
起きたそばからシーツと毛布を洗濯しに行く。今から普通に洗濯物を干せば時間が掛かるがエルマは魔法の扱いが天才的にうまい、水系魔法と風系魔法を使えば簡単に終わるだろう。
変なところで魔力のコントロールを使っているがテオが教えたことなので何も言わない。本当にやるとは思わなかったが。
「エルマ、妙に張り切ってるな……王の命令なんだぞ」
「それは正直腹が立ちますけど……」
エルマはそこで言葉を止め、曖昧に笑って誤魔化した。逃げるように洗濯物を持って外に出る。テオは顎のひげを掻くと窓から顔を出しエルマに言う。
「エルマー、腹が立つけどなんだ?」
「なんでもないですよ! それより早く支度してください!」
「俺と離れたくなうおぶっ!」
水の塊がテオの顔に当たった、髪も顔も濡れぽたぽたと水滴が落ちる。エルマのまわりに水球がいくつか浮かんでいる、続きを言えばまた飛んでくるだろう。テオは部屋の中に戻り大人しく支度を始めた。
タンスを開けるとそこには冒険していた時使用していた剣があった。毎日手入れはしていたため、刀身はぴかぴかに輝いている。対して鞘は長く使っていたせいか傷だらけだ。
「懐かしいな……」
両手持ちのロングソード、冒険中鍛冶屋に特殊な素材を使って打ってもらった世界に一つだけの剣。常人では重く少し浮かせるだけでも一苦労するだろう。
胸当てと手甲をつけ武器を背負う。鞄に金貨とアイテムを詰め部屋を出る。家の中にはエルマはいなかった。外に出ると支度を終えたエルマが立っていた。赤いマントですっぽりと体を包み大きなケースを横に置いている。
「早いな」
「昨日から準備してましたから」
ふふん、と胸を張ってケースを持った。テオたちは森を抜け広い草原に出る。エルマは心なしかそわそわと落ち着かない様子だ。エルマは10年、ほとんど森で生活していたため、街や村に行ったことは片手で数える程度。これからの旅が楽しみで仕方ないと隠すことなくにやけていた。
「何にやにやしてるんだ」
「しっ、してませんよ!」
無意識ににやけていたようでエルマは両手で頬を慌てて抑えた。テオはぐりぐりとエルマの頭をなでる。
「おいおい、これから魔族に会うかもしれねえってのに余裕だな~?」
「師匠がいるから問題ないんです! ……だ、だってこんな風に外に出ることなんて滅多にありませんし。師匠とこうやって出かけるのも久しぶりだから……」
言ってる内に恥ずかしくなったのか最後は尻すぼみになった。テオは嬉しそうにエルマの頭をぐしゃぐしゃになでまわす。エルマはテオと距離を置きぐしゃぐしゃになった髪を縛りなおす。
「いやー、可愛い弟子に育って俺は嬉しいぞー」
「馬鹿にして……ところで私たちどこに向かってるんですか?」
「んー、そうだな……まずはこっから近いルルネットに向かう」
ルルネットはそこそこ大きい街だ。人が多いしギルドもある。魔族の情報は冒険者の話を聞けばわかることも多いだろう。エルマはその街に行ったことがない、少し嬉しそうな顔になったがすぐ眉を下げてテオを見上げた。
「あの、師匠……」
「なんだ?」
「師匠って、その……王に狙われてたんですよね? 師匠の正体がばれたらまずいんじゃないですか?」
「あー……」
たまに食料を買いに行ったりはするが、長く滞在することはない。顔もマントで隠し目立たないようにしていた。テオは顎を掻きながら考える仕草をする。
あれから10年も経ってるし、国民に顔を見せたのはかなり前だ。帰ってきたときはやつれていて誰だかわからないだろうし、テオって言っても信じる奴の方がすくねえな……
「大丈夫だろ、多分」
「適当ですね」
「あれからさらにカッコよくなったからな、違う意味では目立つかもな」
エルマにキメ顔を向けた。エルマはジト目でテオを見つめる。
「ソーデスネー」
「おい、やめろ傷つくだろ。苗字言わなきゃ大丈夫だろ、名前が偶然同じだと思われるだけだ」
「なるほど」
「あまり人前で魔法使うなよ」
魔法を使うには長い月日と努力がいる。術の仕組みなど覚えることが山ほどあるし、向き不向きがある。どんなに勉強しても魔法が使えない者がいるのだ。
「わかりました。師匠がそういうのなら」
エルマは素直に頷く。テオはそれを見て満足そうにするとぴたりと足を止めた。テオが武器に手をかけるとエルマも弓を構えた。遠くの林から誰かが走っている。その後ろからゴブリンが5体追いかけてきた。緑色の肌に棍棒を持った姿は見る人に恐怖を与えるだろう。走っている男はテオとエルマを見つけ腕を抑えながら必死に叫ぶ。
「助けて! 助けてくれえええ!」
「エルマ! やるぞ!」
「はい!」
テオは剣を抜きゴブリンに向かっていく。エルマは弓を構え今にも男に棍棒を振り下ろそうとするゴブリンの頭に矢を射る。一瞬にして2体のゴブリンを倒し、テオは剣を横に振りぬきゴブリンの胴体を切り裂く。ずるりと上半身がずれ落ちる。続けて並んでいるゴブリンを薙ぎ払い、残ったゴブリンに飛びかかり大きく剣を振り下ろした。攻撃をする間もなくゴブリンは倒れる。
「……い、一瞬で5体のゴブリンを倒すなんて……」
男はへたりこんだまま倒されたゴブリンを茫然と見つめていた。男は冒険者なのか皮の鎧と剣を装備している。しばらくすると落ち着き男は立ち上がった。
「助かったよ……すげえなあんたら、どこのギルドのやつだ?」
「いや俺たちはギルドに入ってない、お前は?」
「お、俺はソロの冒険者だ……依頼を受けてたんだがゴブリンの群れに遭遇しちまって……」
ギルドとは何人かの冒険者がパーティーを組む団体のことを意味する。世界各地に依頼を受けられるクエスト場というものがあり、単体でも受けれるのだ。この男はソロのようで、依頼に失敗したらしい。
腕を先ほどから抑えているのでよく見てみると赤く腫れ上がっている。どうやら骨折しているみたいだ。テオはエルマに目配せするとエルマは男の腕に手をかざした。
「ヒール」
「! お嬢ちゃん、魔法が使えるのか!? その歳ですげえもんだな……」
赤く腫れていた腕がみるみる治っていく。男は腕をさするとテオとエルマに頭を下げた。
「ありがとう……それと、頼みがある」
「なんですか?」
「俺が受けてた依頼ってのは護衛任務だったんだ、俺以外にも雇ってるかと思ってたんだが、俺しか雇ってなかったんだよ……しかも我がままだしうるさいし」
なんだか依頼人の愚痴の話になってきた。
「おい、それで依頼人はどうしたんだ?」
「……わかんねえ、ゴブリンの群れにあった時はぐれちまった……多分ワイヤール洞窟の方に逃げた気がすんだよ……」
「どんな奴だ?」
「ピンクの二つ縛りの女だ、まだ若いな。多分ありゃどっかの貴族かなんかだよ」
男の話によると遠くの街まで連れて行け、というのが依頼だったそうだ。断ろうと思ったが金貨5枚の報酬につられ受けた。
金貨5枚は庶民にとって3年は食べ物に困らない程。飛びつくのは無理もない。
「それで頼みってのはその女を俺の代わりに助けてくれねえか?」
「丸投げですか……」
「まだ報酬は貰ってねえし、あいつに付き合うのはすげえ疲れる。けどなあ……さすがに見捨てるのもな……」
「あー……仕方ねえな……ワイヤール洞窟だな?」
テオはそう言うと男と別れワイヤール洞窟に向かった。ルルネットに向かう前にひとつ依頼を受ける。エルマはテオの背中を見つめながらふう、とため息をついた。