旅立ち
2日おきくらいのペースを保とうと思います
兵士の名はダン、シアノーダ国で小隊の隊長を勤めている。彼は真面目で勤勉な性格で曲がったことは許せない性質だ。ダンはテオを見たことがある。その時テオは20歳くらいだっただろうか、自信に満ち溢れた顔を今でもはっきり覚えている。
王に収集され魔王討伐という名誉ある命令を下された6人。正直とても羨ましかった。世界を救うための旅、子供なら誰でも憧れる響き、大人だって憧れていた。もっと多くの人員を魔王討伐に割いた方がいいのでは、という意見もある、だが魔王に戦力を集中しすぎると国や街が無防備になり魔物に襲われてしまう、そういった理由から天才・優秀と名高い最高の6人を選出したのだ。そうして彼らは冒険を始め、魔物を統括している魔族を倒し、魔王の領地である魔界に侵攻し熾烈な戦いの末テオ一人がシアノーダに帰ってきた。
帰ってきたテオは旅立った時の彼とは全然違った。旅立ちから5年経っていたが、歳のせいではない。自信に満ち溢れていた表情は無へと変化していた。目は虚ろで体は傷だらけ、着ていた服はボロボロ、何より驚いたのは片手に赤ん坊を抱いていたことだ。王はその赤ん坊は一体何者だ、と質問した。
「……人間です、母親は死んでました」
ぼそりと赤ん坊を見つめながら呟いた。赤ん坊を見てる時だけは目に光が戻っていたような気がする。ひとまずテオが魔王を倒したというのは事実、国を挙げて祝いの席を設け、テオを勇者として称え、テオは倒した証として魔王の角を王に献上した。魔物が大人しくなったと報告が入った。すべての魔物ではないが、喜ばしいニュースだ。
だがダンは城で不穏なうわさを耳にする。
「勇者テオが国を乗っ取ろうとしているらしい」
そんな馬鹿なとダンは思った。命がけで魔王に挑み仲間を失ってまでやりとげた彼がそんな事をするはずがない。ダンはテオを信じていたが他はそうではない、うわさは城の中に留まらず国中に広まり、テオの立場は段々悪くなっていた。だがテオは王が自分を恐れていたことを知っている。金や持ち物をどこかに隠し、いつでも逃げられるよう準備をしていた。
ついに王はテオの処刑を命じた。テオは赤ん坊を連れ自分を囲む兵士を斬り伏せ、兵士3万人の包囲網をたったひとりで突破したのだ。しかも赤ん坊を片手に抱いて。兵を蹴散らすその姿はまるで鬼のようだったが、死人は出なかった。きっと手加減していたのだろう。
何回か刺客を送り込んだらしいが、全員重傷を負わされ帰ってきた。
何も起きない平和な時を過ごし、魔王の脅威から解放され世界は平和になった、と思われた。
「大変だ! 魔族が……魔族が復活した!」
魔王の配下である知能と強大な力を持った魔族が各地でみられるようになったと報告が入ってくる。魔族はテオたちが冒険の最中に倒したと伝えられていたが、嘘だったのだろうか。王は言った。
「テオに調べさせるのだ」
正直言ってダンは酷く王に呆れていた。あれだけ魔王と手を組んだだの国を狙っているだの騒いでいたくせに、どの口が言っているんだ。とはいうものの王の命令は絶対、ダンは指名され数人の部下を連れテオが住んでいるという森へ向かうことになった。
その森は冒険者も近寄らない凶暴な魔物の生息地だった。植物系のモンスターに会ってしまい、全滅しかけ、テオとエルマに助けられ、そして―-
「ほら師匠! お客さんが来たんだから髪の毛とか整えてくださいよ!」
「押すな押すな! ったくさっきまで殺る気満々だったくせによ……」
ぐいぐいとテオの背中を押しぱたんと扉を閉める。兵士たちはテオの家に案内され、今に至る。エルマは兵士たちに向き直ると椅子を用意した。
「すみません、椅子の数が足りなくて……」
「あっ、いや、おかまいなく……」
ダンはエルマを見てあの赤ん坊がこんなに大きくなるとは、なんとなく感慨深くなる。
10歳にしては大人びているし、顔も人形のように整っている。どこかの令嬢と言っても信じるだろう。しかも魔法も使っていた、才能があるのか、テオの教育がうまいのか、きっとどちらもだろうな。
「……で、師匠を殺しに来たんじゃないんですよね」
「違いますよ! そんな事は……」
ない、と口で言っても信用しない。少しでも可能性がある限りエルマは警戒をやめない。少しするとテオが戻ってきた。黒い短い髪、眠そうな目、顎に少し髭があり顔にしわがある、だが髭もしわも年相応でむしろ似合っている。街にいれば女が寄ってくるだろう。どこか近寄りがたい雰囲気だが口を開けばそうでもない。
「いやあ、待たせて悪いな」
「おっおかまいなく!」
ダンは緊張のあまり声が裏返っていた。テオは気にすることなく椅子に座る。
「それで? 一体何の用だ、俺を殺しに来たか?」
「師弟そろって同じこと言わないでください!! ……その」
おちゃらけた様子でテオが言った。ダンは冷や汗をかきながら思わず声を大きくしてしまった。本題に入ろうと思ったが、今まで散々殺そうとしてきた王の命令を果たしてテオはどう思うだろうか。普通に考えたら拒否するだろう。それにあまりいい気分ではない、ダンはもごもごと口を動かす。
「いいさ、結論から言ってくれよ」
「……わかりました。最近各地で魔族が発見されたと報告されています。魔物の動きも不穏で、王は貴方にこれの調査を命じています」
「……へえ」
「随分手のひら返すのがうまい王様ですね」
エルマはさらりと王を馬鹿にしたが、兵士たちも同じことを思っていたので咎める気にもならない。ダンはテオの反応を恐る恐る窺う。テオは特に何のリアクションを起さなかった。ふー、と息を吐く。この様子を見てダンはああ、これは断られるな、と思った。
「いいぜ」
「そうですよね、でも……ん? えっ、い、今なんて!?」
「いいぜ、調査やってやるよ」
「ほ、本当ですか!?」
「えっ」
ダンが身を乗り出してテオに聞いた。これに驚いたのはダンたちだけでなくエルマも驚いていた。
「どうせ断っても同じ事言いにくる兵士が来んだろ、だったら今受けた方がめんどくさくねえ」
「ありがとうございますテオ様!!」
感激したようにダンはテオの手を握った。エルマは少し不満げではあったが口は出さない。帰りはテオが安全なルートを教え、兵士たちを返す。
家を出る前にダンは振り向き、テオに言った。
「……やはり貴方は勇者ですよ、テオ様」
「……そうか」
テオはふっと笑みを浮かべダンは家を出て行った。なんだか悲しいような嬉しいような不思議な気持ちだ。テオがくるりと振り返るとエルマがじっと見ていた。
「うおっ、なんだよエルマ」
「師匠、準備をしましょう。この際あっさり応じたことは聞きません」
てきぱきと部屋の荷物をまとめる、テオはぽかんとした表情で言った。
「いや、お前は連れてく気ないんだけど」
「ええっ!?」
どさりと鞄を床に落とし、雷にうたれたようにショックを受けたエルマ。エルマはテオに詰め寄ると早口でまくしたてる。
「嫌です! 私だけ留守番なんて嫌です! 師匠が行くなら私も行きます!!」
「この命令を受けたのは俺一人だ」
「人数制限は特に何も言ってませんでした! そこらの人よりよっぽど役に立ちます私!!」
テオの筋肉に覆われた胸を両手でぽかぽかと叩きながらエルマは訴える。テオはエルマが大事だからこそ危険になるかもしれない旅に連れていくのは嫌なのだ。
「じゃあ、約束しますよ」
「あ?」
「私は師匠より先に死んだりしません」
テオが目を見開いた。エルマはにこっと笑うと自分の部屋に荷物をまとめる作業を再開する。テオはくしゃりと髪をなでると自分の部屋に入っていった。
「はあ~……ガキに気つかわせてかっこわりいわ……」
テオはベッドに寝そべり明日からの旅について考える。何も起こらなければいいのだが。テオは目を閉じる。
この調査の旅が、またたくさんの戦いの始まりであった。