第03話「人形空を飛ぶ」
第03話「人形空を飛ぶ」
「レイオン、これどう~? えへへ、かわいいかな~?」
わぁ、すごいすごい、似合うよアリッサちゃん!
ママさんが作った新しい洋服を着てはしゃぐアリッサちゃんを見て、俺はもう大絶賛。
だってさ、このちょっとロリータ系っぽい服装がめちゃくちゃ似合うんだもん! うはぁ、マジで可愛すぎるよ、アリッサちゃん!
「ふふっ、この子ったらはしゃいじゃって。気をつけないと、せっかくのお洋服を引っかけて破いちゃうわよ?」
「はーい。でも……えへへ、ありがと、ママ!」
満面の笑みでアリッサちゃんはママさんに抱きつく。
それにしてもママさん、よくこんな服を用意するお金があったね? 手作りみたいだから、安く付いたのかな?
元々俺を作ったアリッサちゃんに裁縫を教えたのはママさんだし、不思議ではないけれども。
それはそうと、俺が冒険者協会に登録してからすでに5日が過ぎた。
毎晩のように家を抜け出して、ちまちまお金を稼いではパパさんに貢いでいるけど、まだ借金は返済できていない。
うーん、もっと大きく稼がないとダメなのかな?
ちなみにパパさん、枕元にお金が置いてあってすごく驚いたみたい。そりゃあ、覚えのないお金があればビックリだよね。
最初は泥棒でも入ったのかと思ったみたいだけれど、盗まれた物はなく、それどころかお金が置かれている始末。不思議なことがあるもんだって納得していたよ。
パパさん、疑われないのはありがたいんだけど、それはさすがにどうかと思うよ……。
それだけ人が良いからこそ、騙されて借金を背負っちゃったんだろうけど……少し心配になったのは俺だけかな?
アリッサちゃんにはいつまでも純粋無垢でいて欲しいけど、パパさんの血も引いているから将来がちょっとだけ怖い。
なお、今になっても俺が動けることはミュウゼル家の人達に気付かれていない。
最初はちょっとだけビクビクしていたけど、そこまで警戒しなくて良かったかもね。
「そうだ、アリッサ。これからお夕食の買い物に行くけど、一緒に行く?」
「うん、行きたい! ねぇママ、レイオンもいっしょでいいよね?」
「うーん……ちゃんとアリッサがママの言うことを聞けるのなら、レイオンも一緒で良いわ。どう?」
「大丈夫、ちゃんといい子にしてママの言うこときくもん!」
「そう? じゃあ、レイオンも一緒に行きましょうか」
「わーい、ありがと、ママ~」
いそいそとお出かけの準備をするママさんとアリッサちゃん。
特に、アリッサちゃんは新しい洋服でお出かけできるのがすごく嬉しそう。そしてそんなアリッサちゃんの笑顔を見ていると、俺まで嬉しくなって来ちゃう。
「さあ、行きましょうか」
「はーい」
ママさんとしっかり手を繋いで。その反対の手で俺をしっかり抱きしめて。
アリッサちゃん達は仲良くお買い物へ出発する。
ふんふんふ~ん、アリッサちゃんとお昼のお出かけ~。
最近は夜中に街中をさまよっているけど、やっぱりお昼に出歩くのは違うね。
しかも1人きりじゃなく、アリッサちゃんも一緒なのが良い!
「あっ、おばあちゃん、こんにちは~」
「はい、こんにちは。アリッサちゃんはいつも元気ねぇ」
お隣に住んでいるお婆さんに元気よく挨拶をする。
「今日もそのお人形さんと一緒なのねぇ」
「うんっ、レイオンとアリッサはいっつもいっしょなんだよっ。ねー、レイオン」
ねー、アリッサちゃん。
「ふふふ、本当にそのお人形さんを大切にしているのね」
お婆さんのアリッサちゃんを見る目が、なんとも微笑ましそうだ。
そしてママさんと一言二言交わしてそのまま別れる。
実はご近所でも可愛いと評判のアリッサちゃん。こうやって街を歩くだけで、結構いろんな人に声を掛けられる。
時々目付きの怪しい中年男とかもいるけど、そいうのはノーサンキュー!
もしアリッサちゃんに手を出そうものなら万死に値する!
まぁそんな人には、気付かれないように念力を駆使してお帰り願っているけどね。
石を投げ付けたりして。
アリッサちゃんの安全のためにも、ロリコンは滅びれば良いと思う。
「……あ」
あ。
多分、同じく市場に買い物へ行くのだろうエルフさんが通りかかった。
えっと、いつもと違う服を着ているから一瞬誰だかわからなかったけど、冒険者協会の受付のお姉さんだよね? なんか、こちらを見て驚いたような顔をしている。
まさかとは思うけど、この状態で声を掛けてきたりしないよね?
「…………ふふ」
薄く笑って、離れていくお姉さん。
あのおっぱいの揺れ方は今日もノーブラみたいだね。ご馳走様です。
それに声を掛けられなくて助かったよ……アリッサちゃんやママさんに俺が冒険者をやってお金を稼いでいるなんて知られたら困るし。動けることすら知られていないのに。
あーでも、今晩冒険者協会へ行ったら何か言われるんだろうなぁ。
撫で回されるくらいなら良いんだけど……。
というかあのお姉さん、最初のあのおどおどはどこへ行ったんだろう。もうすっかりデレデレ通り越して病んでる感じがして怖いです。マジで。
おっぱいでかいし、美人なんだけどな~。他の冒険者の人から彼氏はいないって聞いたけど、何となくわかる気がする。だって、怖いもん。
ま、今はそれはいいよね。俺は身動きしないし話もできないけど、アリッサちゃんとのお買い物を楽しまなければ!
そして、また夜になりなったよ。
「レーイオン、んふふ~。レイオン、レイオン~」
ベッドの上でアリッサちゃんに抱きしめられながら、ごろごろ転がる俺。
うむむ、この感触……もしかしてアリッサちゃん、また胸が育った……!?
この年頃の子供ってこんなに成長が早いものなのかな? いや、多分アリッサちゃんが規格外なんだよね。だって、アリッサちゃんだし!
「そんなこと言ってどうするのよ!?」
「ふぇっ!? マ、ママ……?」
突然ママさんの怒ったような声が聞こえてきて、アリッサちゃんがビクッと肩を震わせた。
こんな時間に怒鳴って、どうしたんだろう? パパさんと夫婦喧嘩かな?
「……レイオン、ママどうしたんだろ……?」
ちょっぴり涙目になって、ギュッと俺を抱きしめてくる。
それでも何を言いあっているのか興味があるのか、こそっと自室のドアを開けて耳を澄まし始めた。
「だけどな、レイラ。これ以上はもう貸してくれる人がいないんだよ」
「でも……でもっ……! じゃあ、王都にある私の実家に頭を下げてでも……」
「実は、レイラには秘密でもうお願いの手紙は出したんだ。でも、駆け落ちで出て行った娘のことは知らないなんて……」
「そんなっ……」
すごく深刻そうなパパさんとママさんの会話が聞こえてきた。
その声色にアリッサちゃんは自分がいけないことをしているという罪悪感に駆られたのか、慌ててドアを閉めてベッドの中に潜り込む。
「レイオン……なんか、パパもママもこわい……」
アリッサちゃん……。
多分、子供のアリッサちゃんには両親がどうして言い争っているのかはわかっていないだろう。
だって借金があって大変なことになっているだなんて、ママさんは全然感じさせないように振る舞っているし。
でもきっと、良くないことが起こっているのはわかるんだろうな。
「うー……ぐすっ、うぅぅ……」
ああ、泣かないでアリッサちゃん! 大丈夫、俺がついているから!
でもアリッサちゃんの前ではただの人形でいようと決めているから、こんなときに慰めてあげることもできない。
はぁ……なんだか切ないなぁ。
でも俺を抱きしめてうずくまっていると、次第に気持ちも落ちついてきたのかな?
「んぅぅ……すー……すー……」
可愛らしく寝息を立てながら夢の中にフェードインしたみたい。
俺はその頭を優しく撫でて、そっと腕の中から這い出す。
まだ、パパさんとママさんは言い争っているのかぁ。それだけ深刻な状況なんだろうね。
俺も毎晩少しずつ稼いでいるけど、借金の前では雀の涙なのかな。
もしかすると、もうあんまり返済までの期限に余裕がないのかも……。
よし、アリッサちゃんをこれ以上悲しませないために、俺が何とかしてみせる!
そのためにも、今日も冒険者協会に行って稼いで来なくちゃね。
夜の街を人目を避けるように飛んで、冒険者協会に飛び込む。
たのもー!
「あら、こんばんは、レイオンさん」
うげっ、いきなり受付のお姉さんにロックオンされた……!?
この人は夜の当番なのか、なぜか毎日この時間にいるんだよね。
女の子を夜に働かせるのはどうなの? と思わないでもないけど、お姉さんはエルフで100歳を越えているんだっけ。
「うふふ、今日の昼間は、可愛い女の子と一緒だったんですね?」
しかも、いきなりその話だー!?
あー、えっとね、その~。
「おーい、受付の姉ちゃん、仕事してくれよ!」
「あ、はーい、ごめんなさい。今行きまーす」
そこで珍しく依頼を受けるのだろう冒険者の人が、お姉さんを呼んでくれた。
ふぅ、なんとか追求から逃げられたかな……?
「それではレイオンさん、また後ほど」
俺に向かってウィンクをして、お姉さんは受付カウンターへと行ってしまう。
……どうやら、逃がしてはくれないみたい。
今日の依頼の受付、別の人がしてくれないかな。でも夜だから人がいなくて、どうしてもあのお姉さんが担当になっちゃうんだよね……。
ま、まぁ、ノーブラなお姉さんのことは置いといて。
パパさんとママさんが言い争いをしているとアリッサちゃんが悲しむため、その禍根を断てる依頼を探すよ!
具体的に言えば、時間効率が良いか、儲けのでかいものが良いね!
でもそんな依頼があれば、すでに誰か彼かがやっているから、この時間には残っていない。
でもせめて、銀貨を数枚稼げるような依頼をやりたいな。
うーん……でもなぁ、残っている依頼で街中で完結するようなのが全然ない。
あったとしても誰かに会って話を聞いたりしなきゃいけなくて、昼間に行動しなくちゃダメなものばっかりなんだよね。
こうなったら街の外に出ることも考えた方が良いかな?
モンスターもいるから危険だし、門が閉じているから普通には出入りできないけど、そこはそれ、人形だからなんとかなることもあるし。
なんて考えていたらものすごく良さそうな依頼があったよ!
ズバリ、『宵闇花』の採取依頼。
説明を読む限りでは、これは月明かりを受けてほんのり光る綺麗な花なのだとか。調薬の素材になるらしいね。
生花を生薬じゃなくて、乾かして粉末にして使うらしいから多少しおれても問題ないのも良い。
夜の森に入らないと採取はできないけども、なんと一輪採取するだけで銀貨3枚! 何これ、破格過ぎるよね!?
ちょっと遠出しないといけないのは大変だけど、まとめて持って帰ればすごい大金。合わせて金貨相当の報酬を稼ぎ出すことだって夢じゃない!
こういう依頼はすっごく助かるよね。夜に光るなら見つけやすそうだし。
初級の冒険者でも受けられる依頼だから、早速受けてみますかね。
あー、やっぱりお姉さんが受け付けにいるけど……うん、しかたないか。
お姉さん、この依頼の受理をお願いします!
「レイオンさん。この依頼をお受けに……え、えっと、本当にこれで良いんですか?」
およ? 受付のお姉さんが、依頼票を見て困った表情をしているぞ。
何でだろうと思って小首をかしげると、お姉さんは俺を見てちょっとだけ表情を崩す。しかもほっぺたの辺りをぷにぷにと指で押してきた。
おおう、このお姉さん、冒険者カードを入れるところを縫ってくれてからというものの、スキンシップがちょっと激しいよ……。
おっぱいに包まれるようにして抱かれるのは、ちょっと役得かな? なんて思うけれどもね。
ともあれ、俺がこの依頼を受けることに何か問題があるんだろうか。人形だからダメだとか?
「その……この宵闇花の付近には、アッシュクロウラーというモンスターが出るんです」
アッシュクロウラー? なんだろ、それ。
初めて聞く名前に、俺はさらに首をかしげる。人間だったらこんなにかしげたら骨が折れちゃうけど、人形なので問題ない。
「灰色の這いずる……その、芋虫みたいなモンスターで、これ自体は草食でさほど強くはないのですが」
あ、なんかピンと来た。
当然だけど、この世界には化学繊維とか合成繊維とかは存在しない。もちろん布も100%木綿とか絹がほとんどだ。
で、人形の俺だけど、絹なんて上等な物は使わずに木綿で作られている。アリッサちゃんの家は借金もあって貧乏だからね。
ここまで言えばわかると思うけど、木綿って植物繊維なんだよ。で、このアッシュクロウラーとか言うモンスターは草食。
つまり、俺、食べられちゃう。
「見た感じ、レイオンさんは戦えるようには見えませんが……それでも受けますか?
それに門の外に出るには日が昇っている時間でなければなりません。夜じゃないと見分けの付きづらいこの花の採取ですと、外で夜を明かすことにもなりますけれど」
どうやらお姉さんは俺を心配してくれたらしい。それだけ面倒な依頼だからこそ、報酬が良いのだろう。
しかしどうしようか。食べられるのは嫌だけど、この依頼ってメチャクチャ美味しいんだよね。
いや、食事的な意味じゃなくて、効率的な意味で。
ちなみに俺を食べても美味しくありません。多分!
日頃アリッサちゃんとずっと一緒にいるから、幼女のエキスとか染み込んでいるかもしれないけどね!
あと夜中に外に出る算段はついているので、実はそこのところは心配は無用だったり。他の人には無理だし、俺もそれを人に話すつもりもないけど。
だから夜中に行って、採取して、夜が明ける前には帰ってこられる計算なのだ。
でもモンスターの危険があるのかぁ。でもハイリスクハイリターンって言うし……。
うーん……うーん……決めた! 相手は芋虫だし、逃げるが勝ちってことで何とかする!
何よりアリッサちゃんの笑顔のため、少しでも早くパパさんの借金を返済したいしね。
ってことでお姉さん、その依頼を受けます!
「わかりました。気をつけて行って来てくださいね?」
最後には笑顔で送り出してくれるお姉さん。まだ何か言いたそうだったり、俺を抱きしめたそうに手が動いているけど、そこは華麗にスルー。。
俺はお姉さんにブンブン手を振りながら、冒険者協会を飛び出して行く。
さて、宵闇花は森の中で少し開けた月の光が当たる場所に群生しているらしい。
森はこの街の西にあるって話だから西門から出るとしようかな。
ってことで西門近くの壁際まで来ました。
この世界ではモンスター被害が日常的にあるため、街は城塞都市のように四方が壁に囲まれている。
開拓村とかはまた別らしいんだけど、それだけ危険な世界ってことなんだろう。
普通の村だって、柵を周りにめぐらせて自衛しているって話だしね。
あと、この時間は門がしっかりと閉じられていた。
兵隊さんも見張りについていて、とてもじゃないけど通り抜けられるようには思えない。
しかし俺は人形だからね、壁を飛び越えて外へ行くのだ!
そう、これこそが俺の策なのさ。
念力で自分の身体を浮かせて移動している俺だけど、まだどこまで高く上がれるかは試したことがないんだよね。
でも多分できるような気がしている。そう、人形に不可能はない!
えっと……今日は特に強い風も吹いていないし、湿度もそれほどじゃないね。
上に見張りの人がいると大騒ぎになっちゃうけど、門の真上じゃなければ立ちっぱなしじゃなくて巡回する感じの警備なはず。
上手くタイミングを合わせて……レッツフライ!!
ひゃっほー!! こいつは高いぜ!
俺ってここまで高く飛び上がれるんだね、知らなかったよ。念力は実はすごい力なのかも。
まぁ人形の身体を持ち上げるだけだから、それほど力がいらないだけって理由だろうけどね。いまだに5kgくらいまでしか持てないし!
ともあれ、そのまま俺は余裕を持って城壁を越え、いざ街の外に着地を──
「くぇえぇええええええ!」
……は?
いきなり何かに掴まれ、俺の意志とは無関係にどんどん高度が上がり、街も遠ざかっていく。
なぜ? ホワイ? どういうこと?
「くぇええぇえぇぇぇぇぇ!」
っていうか、お前は誰だぁああああぁぁぁぁ!?
え、鳥? デカっ!? マジでなんなの!?
お前鳥目じゃないの? なんでこんな夜中に飛んで、人形なんて捕まえて自慢げに鳴いているの?
「くええぇえぇぇぇええぇぇぇぇぇ!!」
くえぇぇぇぇぇえええ、じゃねぇぇえぇっ! やばいって、もう街が見えないくらい遠ざかってるから!
い~~~や~~~、誰かぁぁぁあぁあぁぁぁ!
なんて、いくら叫んだって誰も助けてくれるわけないよね。そもそも声なんて出ていないんだし。
くそっ、こうなったら自力で何とかするしかない!
でもどうする? 人形だけに、手も足も出ないんだけど。
むむむむ……そうだ、手も足も出なくても、俺には物を動かす力があるじゃないか!
さすがにこの鳥を掴んで地面に引き下ろすほどの力は出ないけど、羽をむしるくらいならできるはず。
恨むなら、いたいけな人形に手を出した自分のバカさ加減を恨むが良い!
ていっ! ていっ! ていっ!
「ぐぎゃあああああぁぁぁぁぁあぁぁぁあ!」
ブチブチッて音を立てて羽が大量にむしられていく。そんな状態で、当然この鳥が飛び続けられるわけがない。
となればどうなるか。
俺は鳥ともども地面へと真っ逆さまに落ちるハメになるのだった。
ま、アリッサちゃんの愛と綿が大量に詰まった俺の身体には、落下の衝撃くらい何ともないんだけど。
ドサッという大きな音と、激しい衝撃。
それで絶命した鳥の爪から抜け出して、ようやく一心地つく。
ふぅ……焦ったなぁ。このまま鳥の巣に連れて行かれるかと思ったよ。
だけど、ここはどこなんだろう? 森の中?
この鳥ってばでかいだけあって結構飛ぶ速度があったように思える。めちゃくちゃ街から離れちゃったよな、きっと。
これは夜明けまでに帰れるかも疑問だ……。
「……モンスター?」
え?
少し高めの女の子の声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには真っ黒なローブをまとって杖を持った人影が1つ。
「…………」
えっと……。
「火弾!」
その声と同時に、目の前にいきなり火の玉が現れた……!