“こわい”ってなんだろう
この作品は、ハンフィクションです。
ハン分、ノンフィクションで、半分、フィクション。
……つまり、『実話を元にしたフィクションです』ってやつです。
どっからどこまでかは、言いませんけど。
2014年 4月 13日 (土) 晴れ
八時起床。昨日の夜はあまりよく、眠れなかった。
多分、昨日は十時に起きたからだろう。やはり、午前中特に用事がないからと言っても、生活リズムを乱してしまうのはよくない! 反省。
でも今日はちゃんと七時間寝て、八時に起きれたから。きっと今日はぐっすり眠れるだろう。
ところで今日の夢は不思議な夢だった。
俺は本屋(バイト先の本屋ではない)のレジにいて、隣には何故か、店のエプロンを付けた親父がいたのだ。
親父は「喉渇いたな」とか言って、コップを差し出してきた。その中身はなんとビール!
俺は何故か、それをすんなり受け取ると、一気飲み。案の定店長に見つかって、こっぴどく叱られる。……というところで目を覚ました。
なんだ、これ……。夢診断したら、どんな結果になるのだろうか。
それでも、最近よく見る悪夢でなくってよかったと思い、ホッとした。
どんな悪夢だったかは……全然覚えてないけど。
俺は最近思うんだ。『“こわい”ってなんだろう』って。
先々月、俺は初めてホラー短編を書いてみて“小説家になろう”ってサイトに投稿してみたのだけれど、あまりいい反応は得られなかった。
中には、「こわい!」と言ってくれる人もいた。でも、「こわくなかった」と言う人もいた。
何がいけなかったのだろう? と考えてみた。でも、よく分からない。
なぜなら、自分で書いたホラー小説ってのは、俺が読んでも全然怖くないのだ! そりゃそうだ。俺が考えてるんだから。
これは本当に“こわい”のだろうか……? “こわい”ってなんだろう。そんな思いが、先々月からずっと俺の頭の中でモヤモヤしてた。“こわい”って文字が頭の中をぐるぐる回って、ゲシュタルト崩壊するほどに。
そりゃあ小さかった頃は、心霊番組や、ホラー映画なんかはこわかったさ。でも今じゃ、そんなのは平気で見れるし。
人は、どんなものを“こわい”と思うのだろうか。う~ん……わからない。
そんな悩んでる折、昨日バイト先でいい本を見つけた。「Jホラー研究」って本だ。
ちらっと中身を見ると、これまでの日本のホラー映画に関わった人達のインタビューや、作品の紹介が載っているらしかった。
これだ! と俺は思った。実際にホラー作品を作っているクリエイター達のインタビューは、いい勉強になるかもしれない。夏に向けてホラー小説を書き溜めたいなぁ、と思っていた俺は、その本を買うことに決めた。
しかし、その本を見つけたのは閉店間際(ちゃんと店の見回りしろやっ! とセルフツッコミ)。明日、つまり今日。なんの予定もない日だったし、買いにこよう。と思った。
午前中は録画してたテレビ見てた。アニメと、バラエティ番組。
正午十二時。家を出る。外は晴れ晴れ。暑いくらい!
バイト先の本屋に寄って、昨日見つけた「Jホラー研究」を買う。表紙は、某有名Jホラー映画のあの人。S子。ホラー小説も一冊、適当に買って行こうと思ってたんだけど、何買っていいのかもわからず、店を出た。
銀行に向かって、お金を引き下ろす。財布に、二百円しか入ってなかったんだ。
そんで、次はレンタルビデオ屋。借りてたDVD五本を返して、三本借りる。今月はもうお金が無い……。ちょっとだけ、節約。
昨日のうちに連絡を取っておいた、まっちゃん家に向かう。思えばもう、知り合って十年近くになるか。そう考えると、感慨深いな、なんて。途中でアイスを買ってった。
まっちゃん、抹茶味好きだったよなぁと思ったら、やっぱそうだった。よかったぁ。
まっちゃんはずっとゲームやってた。FPS。自分で言いながら、FPSって何の略だっけ? って思った。ファーストパーソンシューティングの略らしい。なるほど。
俺は最初、そのゲームやってんの見てたんだけど、さすがに飽きて途中から、買ってきた「Jホラー研究」を読み始めた。
読みながら、ホラー小説書く上でヒントになるかもと思って、出てきたキーワードをメモすることにした。
心霊写真、金縛り、病院、旅館、モキュメンタリー形式、etc……。
その本の中に、“伝説的な傑作”って言われてる映像作品があった。「霊の住む家」ってタイトルの、短い作品らしかった。
当時はビデオだし、「もう見れないのかなぁ……」と思ったんだけど、ググったら……あった! 某有名動画サイトにあがってた!
まっちゃんにイヤホンを借りて、その場で見る。……確かにこれは超こわい。
しかし……。話はもちろんこわいんだけど、これを小説にしたとして、こわいのかな……と思った。
だって映像はさ。そのカメラアングルや音、不気味なBGM、俳優さんの演技があるじゃない。
だからこれを直接小説にしたら……。どうなんだろう。こわいのかな。
俺はその場でまたう~ん、と悩み出した。そんで隣にいた、まっちゃんに聞いて見ることにした。
“こわい”ってなんだろう。って。
まっちゃんはゲームをプレイしながら、「んー」と少し悩んでみて、
「このゲームが突然、現実になったら“こわい”な」
って言った。
ゲーム画面を見たら、ちょうどまっちゃんが操作してるキャラクターが、敵の手榴弾で死んだところだった。
うん。確かに“こわい”な。
まっちゃん家を十七時半に出る。別にその時間に出ることを決めていたわけではない。ただ、夕方になったからだ。
今度給料が入ったらどっか、遊びに行こうと約束をした。別に、約束しなくたって会うだろう。
帰りに、もう一度バイト先に寄ってった。やっぱり、なんか適当にホラー小説を買って行こうと思ったんだ。
手に取った本は、「目釘怪談」。なんか表紙が血走ったギョロ目で、まぁそれなりにこわいんだろうと思った。読んでみなくちゃ、わからない。たとえこわくなかったとしても、それはそれで勉強になるだろうと、思った。
十八時半、帰宅。
十九時、両親・弟と夕食。カレーだった。
弟にじゃんけんで負けたので、俺が食器を洗う。二十一時に風呂。
風呂上がりになんとなく、テレビでやっていた野球ドラマを見る。……来週は見ないかな……。
二十二時半。今日買ってきた本をひたすら読む。
……うーん……こわ……いのかな……。
やっぱりわからなかった。“こわい”がわからない。
俺どうしちゃったのかなぁ、なんて思う。まいったなぁ……。
時計を見る。二時。
やたらと時間を使った割にわからなかったなぁ、なんて思いながら、今、こうして日記を書いているのである。
丑三つ時ってやつか……う~ん。
ん、今書いててちょっと思いついたことがある。それを今からやってみよう。そうしよう。
続きは、終わってから。
*
やってきた。続きを書く。今は、三時ちょっと過ぎ。
俺がやってみようと思ったことは簡単だ。まず、部屋を出る。隣の部屋では弟が眠っているし、一階では両親が眠っているので、ゆっくりと。
部屋を開けると、真っ暗だった。当たり前だ。幾つもの部屋に囲まれた、窓も無い廊下。
天窓があるけど、見上げても、差す光は無かった。
部屋のドアを閉める。いよいよ、何も見えない。
少し進んで、俺はそこに腰を下ろした。壁を背にして。
文字で書くとなると、どう書けばいいのかな……。
そうだ。まず左手を握る。そして、親指と人差し指を伸ばし、L字を作る。
このLが廊下の形。人差し指、第二関節が弟の部屋の入り口だ。そしてそのL字の交点が、俺の部屋の入り口。
親指の先には、二階のトイレ。俺が腰を下ろしたのは、そのトイレと俺の部屋の中間。親指、第一関節辺りだ。
そこには、階段があった。
一階と二階を繋ぐ、階段。途中で曲がっている構造をしている。俺は、この階段が幼い時、無性にこわかった。俺にとって、幼い頃一番こわかった場所に、行ってみようと思ったのだ。
夜、トイレに行きたくなって部屋を出ると、この階段の前を通らなくてはならなかった。
両親が起きている間はいい。下から光が差してくるからだ。
問題は、両親が寝静まった後。
幼かった頃、おそらく五才くらいだったと思う。トイレに行こうと部屋を出て、ふと、この階段を見下ろしてしまったことがある。
幼かった俺は、硬直した。今だったら、『金縛りにあった』と思ったかもしれない。それほどに、動けなくなってしまった。
階段の下、底に、間違いなく何かが居る。そう思った。
幼かった俺は震え、小便を漏らし、その場に崩れ、ヒッ、ヒッ、と静かに泣いた。
そして、本当に誰かが階段を上がってきた。それは一階でトイレに行こうとしていた、祖父だった。
祖父は「大丈夫、大丈夫」と優しく声をかけてくれて、俺の背中をさすってくれた。その後、着替えた俺は祖父と一緒に寝た。
懐かしいなぁ。祖父は、その一年後に逝ってしまった。
この階段は、よく幼い頃夢にも見た。
当時大人気だった、あの某有名ホラー映画。俺はあれが苦手で。母がリビングで見ていた時、たまたまリビングに行ってしまって、ちょうどあのテレビから出てくるシーン。トラウマになった。
この階段を、あの女が這い上がってくる夢をよく見た。もう最悪だった。
そんな場所に、俺は座った。階段を前にして。壁を背にして。体育座りで。
少しすると目が慣れて、うっすらと階段の姿が見えてくる。
俺は手がじっとりと汗ばむのを感じた。
体が暗闇に圧されているような、息苦しさを、感じていた。
ほとんど何も見えない、真っ黒な、真っ暗闇でたった一人。一瞬、とても広い場所にいるような錯覚を覚える。それほどまでに、見えない。
そして無音。大音量の耳鳴りが襲ってくる。
ゆっくり、鼓動の音が聞こえてくる。それはゆっくり、早くなる。
ひんやり冷えた廊下に、熱い身体。
汗をかいていた。
手が、足が震えた。
“こわい”。
“こわい”――“こわい”。“こわい”。
これが、“こわい”だ。こんな近くに――こんなところにあった。
俺は何故だか、笑っていた。多分、引きつった笑いだったと思う。
答えを見つけたような喜び。動けなくなってしまう程の、恐怖。
全身の皮膚が粟立っていた。――もうわかった。もうわかったから。ここを離れたい。
――動けなかった。全く、ピクリとも。『金縛り』だと、思った。
目を閉じた。
閉じたはずだった。
見えているものは同じだった。階段があった。
目を閉じれているのか、開けているのか、わからない。どちらにせよ、目の前に階段があった。
俺は、やってはいけない事をしてしまったのだろうか、とふと思った。
そう、それは真夜中に部屋で、鏡に向かって「お前は誰だ」と問い続ける、あれのように。
肩を、誰かに押さえつけられている気がする。絶対に、立てない気がした。
ピシッ、と乾いた音が響く。
ラップ音……? いや、違う。あれは家の材木が気温の寒暖差で……。
ピシッ、
ミシッ、
音が止まない。
向こう側から、何かが来る。
目の前の階段の下、踊り場。暗闇の底に、確実に何かがいる。
気配を感じる。
俺を、見ている。
幼い頃に見た夢の映像が蘇り、投影される。
何かが、ゆっくりと、這うように近づいてくる映像。現実なのか、幻なのか。わからない。
ヒィッ、ヒィッ、と俺は必死に呼吸する。
渾身の力を振り絞って、両手を背の壁に添わせ、立とうとする。
力が出ない。
目の前の闇が、一層暗くなった気がした。
捕まる、と思った。
俺は壁伝いに動き、俺の部屋のドアを開けた。
室内の光が零れ差す。
久しぶりに呼吸をした気がした。
後ろ手にドアを閉め、正面の机に手を着き、息を飲む。
目の前に、血走った眼があった。
――本の表紙だった。
息を吐き、本を裏返す。
前を向いた。
鏡と化した窓ガラスに、ゆっくり開く部屋のドアが写っていた。
俺は、ゆっくりとカーテンを閉めた。
そして、そのまま机に座り、今日記を書いている。
まだ、後ろは振り返ってない。