.ヨン / 前哨。
決めたことを悔やんだりしていない。正しいとも思っていないけど、過ったかどうかなんて踏み出したばかりでわかる訳も無い。
月の無い空のよう、とまでロマンチックなことを言うつもりも無いけど暗中模索に違いない。
あの、薄っぺらな空に滲む雲を掴もうとするのと同義だと。
スカスカと空を切って実体の無いものに伸ばすこの手の中は。
ほんの少し前まで握っていた誰かの手が在った。
【 ヨ ン / 前哨。 】
戦術カリキュラム。まぁ、名前のまんまだ。頭脳での模擬戦と言うか、シミュレーションだ。こうこうこう言う戦況でこう言った軍備で、さぁどうする、攻略せよ、って感じの。教官が出した戦況モデルに対して、前日行われた普通科の模擬戦を元に作成された、クラス別の戦績データを渡され三人以上四人まででチームを組み攻略作戦を立てる。ミーティングタイムのあとコンピュータを使い実際シミュレートするのだ。
「今日は対抗式か」
対抗式は要するに戦略を競い合うチーム戦だ。チーム別対抗戦。Aチームの戦略対Bチームの戦略って言う。戦術カリキュラムの授業は普通科の模擬戦授業といっしょで二クラス合同の場合も在る。今日は一つ挟んで隣のクラスと合同だった。
「あのクラスはウチと毎回順位が接戦だからな。今日の戦果は学年で注目しているだろう」
シミュレート結果は戦果として廊下に成績順みたいに貼り出される。椎名の、クラスが色めき立っていることへの解説に僕はへぇ、と気の無い返事をした。僕のチームメイトは椎名、邑久ともう一人。名前も思い出せない誰か。だいたいこの定番メンバーに一人プラスαと言う。αは日によって変わる。僕が加わっての初日に、溢れている人に声を掛けたのが始まりだ。僕は単純に一人で困っていた人間に他意も無く「入れば」と言っただけ。コレがいけなかった。あのとき、邑久と椎名が笑っていた理由が今ならわかる。
あの日から、しばらくチームを組むのが遅くなったのだ。昼休み中に決めなくてはならないのに、チャイムが鳴っても決まらないことも在った。椎名曰く「上位者のチームに入りたいのはみんな同じってことさ」成績に響く訳だし出来るだけ加点が見込めるところへ行きたい、そう言う人間と組みたい。
人として理解出来なくないが、授業が遅れる原因にされるのは迷惑だ。そもそも、邑久も椎名も散れば問題が無くなりそうなものを。僕の意見は邑久に即却下された。
「人の好き嫌い激しいあんたが何言ってんの。あんたのために私は櫻木教官に直談判してあげたのよ?」
恩着せがましいこと甚だしいが、後に椎名から「“香助は初めてのことが多いと思うのでここは成績に余裕の有る私と椎名で面倒見ます”とか丸め込んだんだよ」と聞いた。教官も、教室以外での標準装備たるほんわかした態度で眼鏡を直しつつ「そうねぇ。邑久さんたちなら心配無いわね」と承認したらしい。
椎名に関しては元から頼むつもりだったとかで異論も無く更に脇を邑久が固めるなら大丈夫だろうと。教官、完全に僕出汁だと思います。立派な出し汁です。
「俺、頑張りますっ」
で、最後の一人。三人でも可能人数なんだから選ばなければ良いのだけど、そうするとクラスで一人残るのだ。放って置くとクラス合同対抗式のとき相手のクラスから顰蹙を買うので、邑久と椎名に役目を押し付けられた僕が仕方なく「成績の悪い人間からローテーションで仲間に加える」と伝令を出した。……高慢な言い草だけれど驕っている訳じゃない。僕はともかく、邑久も椎名も成績が飛び抜けて良いんだ。成績が悪い人間からしたら良い挽回のチャンスだろう。
まぁ? 特別成績の悪い人間はいないけども。僕、邑久、椎名の以下は団栗の背比べだ。それであっても、下位と言うものは存在する。今意気込んで僕らに宣言した一人も悪くは無いが良くも無い平凡な成績の生徒だった。
奇しくも、最初に僕が誘った男子生徒である。「まぁまぁ。気楽に行きましょう」邑久が意気込む生徒の肩を揉む。「は、はいっ」と顔を真っ赤にして吃る男子生徒。後ろで小さく「ちっくしょ、邑久さんに肩揉んでもらってるぜ、アイツ!」「佐東のヤツ!」滑稽な罵声が聞こえる。ああ、そうだ、佐東くん。よく在る名前の、漢字がちょっと変わっている。うん、佐東くんだ。
「邑久の言う通りさ。ウチは香助がいるから安心して良い」
「何で僕。お鉢回すのやめてくれないかな」
むしろ横流しの勢いで。こう言うとき、すかさず椎名は僕に水を向けて来る。自分は安全圏に逃げて行くのだ。
「だって間違ってないだろ?」
「大間違いだよ」
「俺も、橘くんに同意です! 鳴海くんがいるから心強いです」
「佐東くんねぇ、……」
僕は言い掛けてやめた。ニヤニヤと癇に障る笑顔の椎名になら毒も吐けるがきらきらと瞳を輝かせた一生懸命さ溢れる佐東くんには何か言える気がしない。僕が肩を落とすと邑久は苦笑しながら「まーまー。佐東くんにとって香助は“ニューヒーロー”なんだから仕様が無いってぇ」なんて宥めようとする。良いけどね、別に。てか。
「“ヒーロー”って……」
僕が嫌そうに顔を歪めると邑久が急に僕の肩を抱いて耳打ちして来た。「何」と言い掛けて「佐東くんはさ、」遮断された。
「香助が来るまで余ってたのよ。どう言うことか、わかるでしょ?」
「……おかしいだろ」
一瞬、邑久の科白が飲み込めず間を空けてしまった。おかしいだろ。僕が呟くと「おかしくないでしょ」邑久が反論した。
「香助が来て丁度の人数になって、私たちだけでチームにしたら一人余るの。簡単なことでしょ」
「……」
一回納得し掛けたけど、やはりおかしいと思い直す。邑久が言うことはおかしい。
「今の人数は一人増えたら確かに余るよ。だけどさ、邑久。一人減る分には余らないはずだ。違う?」
「……」
邑久が唇を尖らせて黙る。だって、僕がいなければ少なくとも邑久と椎名は二人になる。ここに一人入ればクラスのチーム分けは全部決まる訳だ。だって三人以上四人なのだから。僕がそのことを指摘すると邑久は苦虫を潰したみたいな顔で「香助、あのね」話し出した。
「このクラス、ってかこの士官候補コースって言うのはプライドの塊ばっかなの。エリートと言うのを鼻に掛けなきゃ生きていけないような、ね。そんな中で頭は悪くなくても、成績の平均点をちょっとでも下回れば、どんな扱いを受けるかわかるでしょう?」
想定内と言え、僕は眉間の皺が増えるのを止められなかった。不意に、普通科時代の己が脳裏に浮かぶ。僕もあの時分、補習はしても平均点はキープしていたのでここまでじゃなかったけど、侮蔑されたことが多々在った。多くは都香の取り巻き、都香信者にだ。
「本当、下らない」
僕の口からぽろりと落ちた。吐息混じりで、音量も最小で周辺は聞き咎めもしなかった。肩を組む邑久の外は。僕は首を巡らせて肩越しに佐東くんを見た。当の佐東くんは椎名と談笑していた。椎名の機転か佐東くんはこちらの会話には一切気付いていないようだ。
僕は邑久の拘束を解いて佐東くんに歩み寄る。そう言えば、邑久が僕の肩に腕を回しても陰口が叩かれなかったな。佐東くんは肩を揉んでもらっただけでぴーちくぱーちく囀ってたと言うのに。これが群集ってヤツか「佐東くん」本当に、下らない。
「は、はいっ」
椎名と楽しそうにお喋りしていた佐東くんは、突然僕に呼び掛けられ慌てて答える。その様子にも「……っちっ、佐東のヤツ、鳴海くんに手間掛けさせやがって」と小声で罵倒する。僕を悪口の材料に使うなっての。
「今日、絶対勝とうね」
僕は思いっ切り櫻木教官の笑みを念頭に置いて意識して微笑んだ。佐東くんは目を瞬いて次いでうれしそうに頬を染めて綻ばせた。
「人誑し」
邑久が背後でぼそっと零した。うん、あとで絞めるね。
授業開始時、今日から対抗式はトーナメント制にするとお達しが出た。一週間、今決めたチームで戦略を出し勝ち抜けと言うことらしい。周囲から舌打ちが聞こえたけれど気のせいだね。なので、正式には二クラス合同ではなく全クラス合同だった。
ただ初戦は二クラスずつで平時と変わらず。合同は混合戦だから、隣のクラスかもしれないし同じクラスかもしれない。勝ち抜く毎に、ともすれば席だけじゃなくクラスを移動したりと何とも面倒臭いことこの上無い企画だ。
「勝ち抜けば勝ち抜く程、強いチームと当たる訳ね」
「運も関係するだろうな。良い駒ばかりのクラスが来れば良いけど」
「今日は来ても次回はどうか。コレは成績に影響大ね」
「関係無いですよ」
椎名と邑久が渡されたプリントを読みながら難しい表情で私見を交わしていると、意外にも口を挟んだのは佐東くんだった。無意識だったみたいで二人に注視され「あっ、いやっ」と口籠もる。僕も首肯して援護した。
「そうだね。戦況モデルにもよるし、一概には言えないよ」
要は、総員がどこまで適応出来るかだ。適正は勿論だが指揮官の手腕が問われる。普通科のデータから作られる駒がするだろう先の行動パターンを読み取ってどれくらい生かせるか。先手を如何程打てるか。勝敗を決めるのは指揮官の先読みの熟練度だ。
「“弘法筆を択ばず”、か」
「“弘法にも筆の誤り”、かもしれないけどね」
溜め息を吐きつつ言ちる椎名にさっくり応酬して僕は教官に配られた戦況モデルに目を落とした。今日の題目は「制圧戦」だ。目標はテロリストの活動拠点と言う設定。随分簡単なものだと思ったが情報量に視線を走らせると、その判断が間違いだとわかる。
少な過ぎる上曖昧なのだ。これでは、父さんのケースのように「実は間違いでした」なんて悲劇も生み兼ねない。シミュレートのくせに、そこまで精巧に設定を作られているのが戦略カリキュラムなんだ。……厄介だな。
「準備期間は一箇月の設定ね」
「その間に信憑性の高い情報を掴んで動くしかないな。駒のモデルは……」
邑久と椎名がああだこうだと議論する横で僕は総員データが僕の普通科時代在籍していたクラスだったことに気が付いた。ウチのクラスってことは倉中と……。僕は総員のデータを浚う。やっぱりだ。
「このクラス、練度はD。良くも悪くも無いわね」
「情報収集能力値は───」
「……。情報に関しては問題無い」
僕の一言に全員が目線を上げた。僕は「このクラスは情報系統に特化している者が多い。平均してこれだけの技術点を持っているなら潜入と、場合によっては攪乱が使えるだろう。一部部隊を編成して潜り込ませる。隣の村に」と告げる。目標の横十数キロ先に村が在り情報の一つにこの村で物資の調達をしているらしい。地図の見るに位置関係や地形からして間違いないだろう。僕の提案に邑久が食い付いた。
「ちょっと待って。隣の村ったって、確固とした情報も無い内から潜り込ませるの? 目標の体制がどうかもわからないのに。バレたらどうするの? なまじ出来たとしても、」
「流通を押さえるつもりですよね、鳴海くん」
猛反対する邑久の遮ったのは佐東くんだった。僕は「ああ」頷き「邑久」邑久を呼んだ。邑久は厳しい目で僕を見据える。僕は平然と「村と街との貨物や流通を押さえる。そこに紛れ込ませて徐々に範囲を詰める。街からの流通ルートなら警戒も薄いだろう。情報は何より大事だからな。慎重にしたい。が、期限も在る。実行の外にサポートを付ける。情報に裂く反面拠点が若干手薄になるだろう」言い放った。目標と交流の在る村は、もっと目標から数キロ離れた街と取引していた。街の内部も気にするところでは在ったが、街には自軍の駐屯地が在る。ならば、ここの情報は確かだろう。と言うか、下手すれば街がテロの標的になり兼ねない。協力は、惜しまないだろう。
「手の内を読まれていたら、どうするの? 作戦が洩れていたら奇襲だって……」
「そう言うときのために二重三重補助プランは練るものだろう。最悪、本営に罠を仕掛けても良い。街の駐屯地が本営じゃないしね。……邑久。対抗式と言っても僕たちが直にやり合うんじゃないんだ。全部作戦行動を入力したコンピュータが自動でやるだけ。目標の設定はいつだって僕たちと初対面だ。目標だって慎重に動くさ。僕たちにおいて重要なのは如何に欺いて成功率を上げるか、だよ」
目標が癖を知り尽くしたクラスメート自身なら、また別の練り方をするさ。作戦は手堅く、着実に。だが予測外を狙って。そう。対抗式なんて言ってもAの拠点をBが潰すとかでは無い。AとBに戦況モデルCを出し同等の戦力、準備期間の設定を与えて、より多く点数を取れたほうが勝ちと言うものであくまで、競い合うのは化かし合いの度合いで無く点数だった。補助とか、作戦ミスやアクシデントが起きた際手動で手ずから補正はするけど、その外はオートだ。
ま、化かし合いになると勝敗を決めるのに時間が要るってことだろう。多く経験値を学ばせるには数をこなすのが最良だし、成績を付けると言うことを鑑みれば、一律のレベルの中でやらせるのが実力も明らかになるってことなのだろう。
僕たちはその後も作戦を組み立てた。そうして、この日僕たちは勝った。
僕の知る倉中はあれで情報戦のエキスパートだ。何が面白いのか終ぞ理解出来ないままだったけれど、情報が好きだと言った。中身では無く流れを掴むのが好きだ、変遷を眺めているのが好きだと豪語していた。他の成績は中の中もしくは下くらいだのに、バランスの悪いことこの上無いが、情報だけはその手の機器も強く良かった。
倉中がいるあのクラスが負ける訳が無い。どんな采配か、情報関係に強い人間が多いクラスでも在ったから。
「通りで香助が情報に焦点を絞るはずよね。情報特Aがいるクラスだったなんて」
授業が終わり表示された戦果順も見て、さてHRと言うところだった。邑久が話し掛けて来た。
「データちゃんと見なかったのか」
「見てたわよ。けど付随データまで見てなかった。普通科は普通科での戦績しか基本出ないじゃない」
駒に反映される普通科のデータはまず基本的な名前と戦績の数値、ランクが出る。個人の補足された成績データは個人名をタッチして出るのだ。倉中もタッチして見れば異常なパラメータを確認出来ただろう。成績のランクはA、B、C、D、E、F、と在りAが最も良くFが最も悪い。特Aはランクにも入らない程に最優秀ってことだ。
「あー、見落としたなぁ。ケアレスミスだわっ」
最近香助に任せっ切りだからかしら。邑久がぼやく。普通科に特Aがいること自体おかしいことなんだけどね。「僕も大して見ていないよ」僕がぽそり返した。「え、」邑久が何らか続ける前に僕は教室へそそくさと逃げた。
だって、僕はデータを全部チェックする必要性は無かった。僕にとって既知の事柄なんだから。
僕たちは順当に勝ち進んで、順位も着々と上がって行った。僕は首位とか興味無かったけども必然的に候補に挙がらざるを得ない。
そして最終日。本日の題目は「掃討戦」。先日は「撃退戦」だった。掃討と制圧は一見似ているようでまったく違う。危険分子、不安分子を残らず排除することを掃討、暴徒などを力で抑え付けることを制圧と言う。今日やるのは掃討だ。完全なる排除。ふむ。僕はデータを流し読みして、駒のデータで目を疑い二度見した。……嘘だろう?
「よりにもよって……」
掃討戦で使う駒のデータ、参考先は都香のクラスだった。
結果として、僕たちは首位に輝いた。だけれど、以前邑久が言っていた『扱いづらい』発言を僕は身を以て知ってしまった。今日びシミュレーションシステムがよく出来ていることは認めよう。認めても良いけど、何も性格ってか行動パターンまで真似なくて良いんじゃないかな。
都香の駒は扱いづらかった。と言うか独断専行が多い。率先して動く駒。……指示する人間の気持ちも考えてほしい。どんなに都香が強くても、これじゃ指揮官は毎度胃を痛める羽目になる。
都香の上官にはなりたくないな。本気で思う。アイツはサポートする分には嘆息量産機だが上司には病欠量産機になりそうだ。それでも、普通科ではアイツは英雄だからね。貼り出されている戦果を見ていた僕はふと、横に目をやった。
佐東くんがうれしそうに顔を赤くしていた。静かに、興奮しているようだ。佐東くんは初めて良い成績を収めたらしいから、心からよろこんでいるのだろう。僕は複雑だけれども。
佐東くんは、正直莫迦じゃなかった。気後れしていると言うか、少々押しに弱いところが在るだけで、視野は邑久、椎名より広い。先読みの精度も悪くない。ぶっちゃけ、二人より僕の痒いところに手が届いている感じだった。思うに、今までは引っ込み思案で消極的な性分で己の主張など言えなかったのではないか。言ったとしても通らなかったのではないか。最後まで根拠も語らせてもらえないまま棄却されたのではないか。こう考えたらしっくり来るのだ。
「……佐東くんはさ、」
「え、あっ、はいっ!」
「畏まらなくて良いよ、『同級生』なんだから」
わざと“クラスメート”、でなく“同級生”と僕は言った。両方同じ意味を持つ単語だけど『同級生』のほうが対等感が有る気がして。何となく。佐東くんは瞠目して、次には微笑して「……、ありがとう、鳴海くん」照れ臭そうにお礼を口にする。僕は敢えてそこに触れず「うん、それでさ、」中途半端にした話へ戻した。
「佐東くんはさ、もっと自分の私見とか見解とか、言って良いと思うよ」
「え、」
「飲み込んだら苦しいし、良い結果になんかならないよ。間違ってたって良いじゃない。意見交換して間違いが在るなら正せば良い。考えを交わして不安だって取り除けるかもしれないだろう? 更に良いものに出来ることだって在る。一人で抱えて靄々するのなら、自信が無いなら言っちゃいなよ」
「……」
畳み掛けるように話して僕は一旦黙って佐東くんを窺い見た。佐東くんは俯き加減になってしまって面容は見ることが叶わない。佐東くんは僕の頬ぐらいの辺りに天辺が来る身長だった。都香と比べてやや佐東くんが勝つくらいか。邑久に至っては佐東くんと変わらない。と言うか、ミリ単位邑久が高い。
「佐東くんの事情も在るのに勝手なこと言ってごめんね。だけどね、僕は今回凄い佐東くんに助けられたと思ってるんだ」
佐東くんの様相を観察して僕は再度口を開いた。謝罪、あとに佐東くんを褒めた。
「えっ、」
「佐東くんは補佐に向いているんじゃないかな。佐東くんが補佐官なら上官は物凄い助かると思うよ」
佐東くんはとても控え目だ。しかし彼みたいな人が支え役には最適なんだ。邑久や椎名はかなり頼りになる。けれど二人は押しも灰汁も強い。補佐より指揮官や司令官向きだ。つまり派手で人目を集め人望も在る。補佐は、人望は有ったほうが良いけど目立ってはいけない。縁の下の力持ちであるのがベストだから。
佐東くんが芯を強く持ってくれれば良い補佐官になれると僕は見立てている。
僕が言葉を重ねようとしたとき。
「良いよなぁ、佐東のヤツ」
「こんな大チャンスにさぁ、上位グループとチーム組めたんだぜぇ」
「アイツはさ、頭悪いくせに運だけは良いからな」
「そーそー。知ってるか? アイツさー、碌な案も出さねぇの。よくアレでこのコースにいるよ」
「ははっ、言えてるぅ」
下世話で品の無い笑い声が響く。僕の耳にしっかり入ったってことは佐東くんにもはっきり聞こえた訳で。萎縮する佐東くんを横目にしながら僕は大仰に、確実にそいつらにも届くよう大きく息を吐いた。途端、悪口を喋っていたヤツらはびくっと体を震わせた。僕は、都香の如く熱い人間ではない。都香のように他人のいざこざに首を突っ込む気性でもない。けれどね。
だからって、ぜーんぶスルー出来る人間性でもないのだ。
「……何か、今日は廊下が騒がしいね、佐東くん」
僕は、わざわざ真っ向から言いはしない。都香とは違う。都香は直接抗議するだろう。これでは駄目だ。喧嘩両成敗になってしまう。効率的に、相手だけダメージを受けねばならない。僕は、ゆえに佐東くんに笑い掛けた。佐東くんは突如世間話をのんびり振る僕に当惑しつつも「そ、そうですね」と肯定した。うん、それで良い。僕は笑みを深めて並べ立てる。
「最下位の人とか、悔しいのかな、やっぱり。順位が低いと、普段がどうあれ数字がすべてだし、ね」
コレでまた成績決まっちゃってるもんねぇー。僕はあくまでも世間話として話す。あの連中の順位なんて把握していないが、僕の然り気無い口撃に具合が悪くなっているようだ。今後、この成績を覆すために必死になるだろう。何たって成績が悪いことがどんなことより罪とする価値基準だ。汚名は返上したいに決まっている。
で、トドメ。
「今回の対抗戦、佐東くんの御蔭で本当良い働きが出来たよ。不思議なのは佐東くんの成績だよね。こんなに凄いのに。つくづく思ったよ。佐東くんの成績が揮わなかったのは、チームメイトが悪かったんだね。
仲間の良いところも生かせないようじゃ、人の上に立つ士官候補としてまず資質が無いよね」
部下も付いて来ないねーそんなんじゃ。僕の発した科白に廊下が凍る。だけども誰一人として抗弁しない。聞き耳を立てていた外野はおろか悪口集団も。当然だよね。
ここで口出ししたら“自分がそうだ”って認めるようなモンだから。僕は世間話をしているのであって“誰がどう”とは明言していない。僕は殊更微笑んだ。目だけは嘲笑だっただろうけど。
「……何、場の空気凍らせているのよ」
現れるなり邑久がうんざりした風体で僕に洩らした。僕は邑久の苦言を置いて「お帰り」と返した。僕の平常では目にしない満面の笑顔に胡乱げな視線を寄越して「無視かい」と悪態を付かれた。椎名も戻って来ていて、僕と椎名は手を挙げて挨拶した。
邑久と椎名は教官に呼ばれていたのだ。士官候補コースのクラスにクラス委員はいないらしく、二人が成績上位者と言うことで教官たちの覚えもめでたいのか雑用を頼まれていた。
「椎名、椎名。香助、超怖いんですけど」
「何気に、コイツの精神攻撃は痛いからな」
「精神攻撃なんかしてないよ」
だって、攻撃なんか出来る訳無いじゃない、世間話で。僕が嘲るように呟けば邑久たちは顔を見合わせ「確信犯だわ」「香助だからな」と、失礼千万だなコイツら。
「あ、あと。僕、佐東くんいると凄い助かるから、チームは当分僕たちと佐東くんで良いよね」
と宣言した。声量は勿論、大きめ。佐東くんが目を引ん剥いていた。廊下と僕たちの教室がさざめいたが僕はちょっとボリュームを上げ「よろしくね、佐東くん」と右手を差し出した。度重なる急展開に戸惑い躊躇する佐東くんの手を両手で掬い挙げ強引に握った。僕の行為に空気の読める椎名がフォローした。
「香助が言うんだし、良いんじゃないか。僕は構わないよ。
佐東は使えるし」
さすが椎名。皆までどころか何一つ伝えていないのに良い付け足しだ。邑久は邑久で。
「まぁ、良いけど。香助が良いなら私も良いよ。
佐東くんは、的外れなこと言わないしね」
邑久は通常おチャラけているが雰囲気を感じ取れない訳ではない。むしろ意図的に黙殺しているのだ。愉快犯に近い感性は、ときに心強い。ときに、鬱陶しいけども。士官になったら、部下の胃薬を増やすだろうな。都香と立場が違うだけか。や、都香は天然だけど邑久は自覚有りか。
「そうでしょう? 佐東くんが一番気遣わなくて良いよ。
遠回しに、誤った見解をいちいち是正させられるのは困るもの」
別に、僕も邑久も椎名も“佐東くん以外が無能”だなんて言っていないよ。
ただ、佐東くんがとても優れていて、今後も佐東くんと仲良くやろうってだけさ。……まぁ、これはこれで反感を買うだろうし真っ先に矛先が向けられるのは佐東くんだろうからその辺は押さえて置かないと。
僕は脳内で一人奸計を巡らせていた。
邑久と椎名は僕の懸念をきっちり見越していたようだ。二人の配慮に僕も佐東くんもこのあとも平穏に日常を過ごせた。
が、そうそう上手く事は運ばないものだ。
明くる日、次の授業に向けて教室を移動中、僕は遭遇してしまった。
「よぉ」
「……どうも」
ここは、移動中だけど士官候補コースの校舎だよね? 未だに。どうして、この人たちがいるんだろうな。隣にいた邑久の眉が片方跳ねる。椎名は無表情。椎名の無表情は冷淡に見えて好きじゃないんだけどなぁ。
「お前もまさか士官候補とはなぁ」
「……。僕も、先輩方が士官候補だと思いませんでした。作業着でしたし……今日も」
僕はにこっと微かに笑んだ。愛想笑いも疲れて好きじゃないよ。僕の笑みをどう取ったか相手もにやにやと笑い返して来た。
僕の前、いやらしい顔面を晒していたのは、いつかの、羽柴先輩に暴行を加えていた加害者集団だった。
「んぁ、コレかぁ? コレはなぁ、問題が起きて逃げたときにたとえ目撃されても普通科だと思われて逃げ切れるじゃねーか。良い考えだろー?」
士官候補生は頭使わねぇとなぁ、と下品な笑い方をして吹聴している。僕は同調するように顔色を一つも変えなかったけれど心底「捕まったらいっしょじゃん、莫迦じゃないの」って思っていた。しかも士官候補コースで特定の人物がずーっと作業着着てたら目立つしね。僕が黙視していると「つーか、お前だってこの前は作業着だったじゃねぇか」などと言われた。僕は間髪入れず応答した。
「……僕は一学期まで普通科だったもので」
こんな頭の悪い策の仲間にされては堪らない。冗談だって死にたくなる。僕の平身低頭振りがお好きなのか僕が過去に普通科だったことに優越を感じたのか知らないがとても楽しそうに。
「おう、そうか。そりゃあ良かったなぁ。お前もこれで晴れて俺たちの後輩だな」
「ええ」
ははは、一遍死ねば良いのに。父さんが死んでから人の死を願うなんてとんでもないことだと思っていたけども、考えずにいられないくらい僕はこの人たちが嫌いなようだ。内心、さっさと行ってくれないかな僕たち授業に遅れるんだけど、と腹を立てていた。おくびにも出しませんが何か。僕の不機嫌を察知したのか出しゃばることの無い椎名が口を挟んだ。いつもこう言った場面で進言するのは邑久の役割だった。けれどもその邑久はこれ以上無いくらい嫌悪に染まって口を一文字に引き結んでいた。
「申し訳在りません先輩方。僕たち次の授業がございますので」
椎名の莫迦丁寧な申し入れを咎めることも無く「おお、そうだな」と思ったより素直に連中は聞き入れた。授業大事なところは士官候補と言うことか。成程、この前の羽柴先輩の件でも僕の説得に渋りつつも応じた訳だ。
「じゃあな、しっかりやれよ」
先輩風を吹かせながら僕の肩を叩いて連中は去って行く。僕は一応会釈した。椎名も、僕たちの陰に隠れていた佐東くんも。邑久だけが睨め付けていた。
連中の一人がそんな邑久に「ひめかちゃーん、今日も可愛いねぇ」と野次を飛ばして来た。邑久はますます剣呑とした空気を漂わせたが口を開くことはしなかった。それで良い。僕は連中が振り向いても目に留まらないよう体で隠して邑久の腕に触れた。邑久の表情が和らぐ。連中の姿が見えなくなって邑久が。
「────何っなのよアイツらぁぁああああっ」
叫んだ。どうどう、と椎名が宥める。佐東くんは緊張していたのか息を詰めていたらしく緩急付けて深呼吸していた。
「香助」
「何」
僕も疲労感から溜め息を吐いていると比較的平静を保つ椎名が僕を呼んだ。僕も応えた。
「知り合いなのか、さっきの」
「───。知り合いではないけど、一学期ちょっと在ってね。まさか士官候補だとはね」
僕の説明に椎名は得心したと一つ首を縦に振り「また面倒なヤツらに覚えられているな」と言う。僕も「でしょう。嫌になるよ」と空笑いを浮かべた。時計に目を落とせば始業時間が迫っている。無駄にしてしまった感満載で、僕は「急ごう」と声を掛けた。みんなは同意して歩き始め、歩みを速めた。
「ねぇ、香助。アイツらとは関わっちゃ駄目よ」
連中に絡まれた日の昼休み、邑久が購買の弁当を突付きながら僕に忠告した。僕はパンを齧りながら「嫌だって関わりたくないよ」と反論した。ふ、と僕はあることに気付く。
「そう言えば邑久とアイツら、面識が在るの?」
邑久の態度や連中の物言いに昨日が初とは考え難い。同じ士官候補コースの腐っても先輩後輩で、邑久は成績上位者だし向こうは向こうで悪目立ちしていそうだから顔は知っていてもおかしくは無いと思うけど……どうも違う気がするんだよね。邑久の嫌悪感が最早憎悪の域と言うか。邑久は容色を見る見る内に変容させて歯軋りした。
邑久の気色ばんで変わり果てる有り様に佐東くんが本心で怯えているので、僕は椎名に目で合図を送った。僕より椎名のほうが断然邑久の操縦が上手い。椎名は一つ息を吐いて「邑久、落ち着け」と邑久の肩を叩いた。邑久は佐東くんの戦慄いている様に正気に戻ったらしく「ごめん」とばつが悪そうに謝っては口籠もる。
「……で、そこまで嫌う程の何かが在る訳ね」
僕はパンを銜え邑久を見遣る。邑久は一つ出汁巻き卵を口内に放り咀嚼している。これを機に話題は途絶え僕らは黙々と粛々と昼食を進める。しばし間を空けて邑久が開口した。
「アイツらの内、馴れ馴れしいのがいたでしょ?」
「邑久に、“可愛い”って言ったヤツ?」
「そう、それそれ。そいつがさー……一学期のときちょっと、しつこくて」
「ああ、告られた?」
「断ったのよ? あんなのでも先輩だし? 丁寧に、わかり易く」
「それがマズかったんじゃないの?」
丁寧とか、鳥頭の脳内変換じゃ「自分に気が有るけど遠慮してる」もしくは「照れてる」みたいになると思うんだけど。私見を述べれば美少女顔をだだ崩れさせて頭を抱えている。「そうよねー……あー……」唸る邑久には悪いけど、顛末が見えない。椎名に視線で催促すれば一度咳払いをした。
「告られた。断った。付き纏われた。ここまではよく在る話だろう」
「そうだね」
「で、だ。当初例に洩れず人身御供を作ろうとした」
「“人身御供”?」
「『壁』だよ『壁』。彼氏役さ」
あー。僕は拳で手のひらを打った。彼氏ねぇ。でも。
「が、誰も彼も逃げるんだよな」
「だろうね」
あそこまで厄介な連中相手に名乗り出ようとする兵はいないだろう。普通なら成績上位者、美人の邑久の彼氏なんてハリボテ、偽りだって引く手数多だろうが、まぁねぇ……。
「香助が一学期からいたら即行任命だったんだが」
「嫌だよ。椎名がやりなよ。その口振りだと、一番に逃げたんでしょ」
「当たり前だろう。何で僕が」
言い切ったっ。コイツ言い切ったよ……! 僕は心の底から一学期は普通科で良かったと思った。経緯はどうあれ。
「まぁそうやって手を拱いている内にだんだんエスカレートして来て。とうとう風紀のお世話だ」
「風紀?」
僕が聞き返すのと同時に邑久が「あぁぁあああっ……」とか奇声を上げてのた打っている。だーかーらっ、佐東くんが泣きそうだからやめてって。涙目だよ佐東くんが。
「ああ。風紀委員の斎藤和刃って人にね。二年在籍で次期風紀委員長最有力候補って言われているんだけど……知らないか」
「うん、知らない」
次期風紀委員長ねぇ。第一風紀自体僕にとっては「ああ、言われてみれば、いたような?」程度の認識だ。莫迦正直に白状すると椎名も幾分か立ち直った邑久も「うわぁ」と声にせず全身で表現して引いていた。佐東くんでさえ、引いてはいなかったが遠い目をしていた。
「……。香助はさー……もうちょっと周囲に気を遣ったほうが良いわよ」
呆れ気味の邑久に「そうだね」と共感する。確かに僕は無関心が過ぎる気がする。何て言うか。
「気を遣うって言うのは正しくないよな。香助は、自身には注意を払ってないって言うか」
椎名の挙げる欠点が的を射ていて僕は返す言葉が見付からない。そうなんだよな。何か。
「自分より注意を払う人間に気を取られ過ぎていたって言うか」
危なっかしいのが一人いて、味方も作るけど敵も作るから僕はと言えばそっち優先だったしなぁ。形振り構わず動くから、都香は。
「香助って、基本敵を作らないけど、だからって別に敵を作ることに関して特に忌避してるって訳でも無いのよね。出来たら仕方ない、排除しよう、みたいなの」
邑久がつまらなそうに頬杖を突いて僕の分析をするが僕は「そう? 僕事なかれ主義だけどなぁ」と笑って置いた。嘘じゃない。面倒事は嫌いだ。まぁでも。
「邪魔するなら、退けるだけだよね」
僕は、面倒事は嫌いだ。多分僕の性格のせいだろう。細かいからなぁ、僕。あらゆる可能性は潰さないと気が済まない。一目で穴が開いているようなプランも、絶対塞ぐための受け皿を用意している。てか、わざと穴は開けてたりもする。そこにしか穴が無ければそこに行くだろう? 砂だって水だって人だって。僕は手間を惜しまないから。
ただし、自分までこの労力は回らないんだよね。気にしないものなぁ。自分が火の粉を被る分には。僕は己を省みていた。
「……ねぇ」
僕が物思いに沈んでいると邑久が話し掛けて来る。僕は空中に視点を浮かせていたので邑久へ戻した。僕を見詰めていた邑久の眼差しは結構真剣だった。僕が耳を傾けていると邑久は常の軽い雰囲気を引っ込めたまま喋り出した。
「アイツら、かなりウザいのよ。私のことも実は尾を引いているの。今、標的は逸れてるから良いんだけど」
尾を引いている、てことは要するに現在も継続中ってことだ。標的は逸れているってどう言うことだろうか。今は噂の風紀委員、斎藤さんだっけ? がなっているとか? 邑久のくれる情報を整理しつつ余計な発言はしないで聞き続けた。
「マジな話ね。私もまだ手を焼いてるの。このままで良いとも思ってないんだけど……私じゃあ、現今如何とも出来ないし。関わるなとも口酸っぱく言い付けられているし。……香助も最悪、何かで拗れる前に相談したほうが良いよ。風紀、……でも良いんだけど、」
滔々と僕に語る邑久の口調が淀んだ。僕は首を傾げた。
「斎藤はねぇ……香助は、ちょーっと苦手な人種かもね」
暑苦しいって言うか、熱血って言うか、良いヤツなんだけど。邑久の微苦笑に、うわー、間違いない、僕は避けたいタイプだ。そうして、僕が長くない付き合い上で掌握している邑久も得意じゃないだろう。椎名は……上手く流せそう、かな。椎名って飄々としてるんだよな。少し、倉中に似ているかも。
「邑久も苦手なんだ」
「うーん。苦手って言うか……」
はきはき話す邑久っぽく無く停滞していた。言い難い。邑久には事情が在るようだ。何か在るのか。僕も都香のことを言っていない訳だし邑久にだっていろいろ在るだろう。僕は追及しなかった。
「良いけど。じゃあ誰に言えば良いのさ」
「そうねぇ……ああ、鈴木さんとか良いかもね」
「鈴木? 誰」
僕が尋ねると今度は佐東くんが見兼ねて教えてくれた。
「邑久さんが言っているの、多分鈴木先輩のことだよ。鈴木先輩、鈴木千尋先輩はね士官候補コースの二年で、現在の生徒会副会長だよ。来期の生徒会では生徒会長になるんじゃないかって」
だよね? 佐東くんが伺えばこくんと邑久が肯定した。
「へぇ」
風紀の次は生徒会か。僕が生返事をしていると椎名が「鈴木先輩は覚えて置いたほうが良い」と告げられた。え、と僕が目線を移すと椎名は眼鏡を中指で押し上げ理由を述べた。
「香助、生徒会に選ばれる大半は大抵士官候補の成績上位者なんだ」
椎名曰く生徒会にしろ上に立つ人間と言うのは方々で発言権を持つ人物でなくてはならない。が、軍事学校であるこの学校で昔の学校のように行事が在る訳でも無く仕事と言えば学校の運営だそうだ。
でもって学校の運営って主にデスクワークの雑用だ。戦績重視の普通科、技術重視の整備士専科には至って無理。こうなると。
「成程ね。座業の士官候補コース、しかも余裕が在る上位者、と」
あー、そうか。僕は上位者ですね。曲がりなりにも。鈴木、鈴木千尋。頭の中で名前を復唱していた僕。その間も椎名は話は続いていた。
「風紀も、風紀委員は普通科、整備士専科でなるヤツもいるんだが、委員長は士官候補が必至なんだと」
風紀に入るぐらいだから、腕っ節は在るんだよ、と。詰まるところ、斎藤とやらは頭も良い武芸者と言うことだ。ふぅん。僕は斎藤和刃の名前も脳裏に刻んで置いた。
とは言え、僕としては覚えて置こう、程度だった。この当時の僕は。
まさか今後繋がりが出来るとか、僕は露とも思っていなかったんだ。