巡り華
「調子はどう?」
扉をそっと開け声をかけると、彼女はゆったりと時間をかけて僕の方を振り返った。僕が今まさに現れることをすでに知っていたかのような、何処か余裕が窺える笑顔を浮かべて。
「うん、今日は体調いいみたい」
本当にそうらしく、今日は顔色がいい。桜色の頬がつやつやとして見えた。
「今日は天気がいいからかな」彼女は伸びをしながら自問自答のような言葉を口にする。
「そうかもね。お前は昔から天気が悪いと体調崩すか機嫌悪くするかのどっちかだからな」
僕がそう言うと、彼女はくすりと声を漏らして笑った。
「いつだったか、あなた、私のそれが天気予報よりよく当たる、なんて言ったわよね?」
「そんなこと言ったかな?」と、僕がとぼけてみせると彼女はまた笑った。
僕はベッドの傍にある窓のカーテンをさっと開けた。春の午後らしい柔らかな陽射しが僕を包む。
寒い寒い冬を越え、季節はもうすっかり春を迎えた。ふと窓の外を見てみると、小学生くらいの子供達が公園ではしゃぎ回っているのが見えた。春はやはり、生き物を活発にする季節なんだなと、僕は思った。そこで思い立って、僕は彼女に提案した。
「そうだ、お前が元気になったら、何処か出かけようか。何処か行きたいところはある?」
そう言いながら振り返ると、僕の目に彼女の白いうなじが飛び込んできた。カーテンの隙間から射し込んだ春の太陽の光が彼女を照らし、彼女の白い肌はまるで自らぼんやりと発光しているかのように見えた。
彼女は困ったような表情で俯いていた。ショートカットにした彼女の襟足が栗色にきらきらと輝いて揺れている。
——言葉を発さない彼女。僕も、何も言えなかった。彼女は悟っていた。そして僕も、それを知った。
やがて、彼女は顔を上げた。
「向日葵。ねぇ、私、向日葵が見たいわ。あと、コスモスも。そしてまた、桜を見るの。連れていってくれる?」
彼女の目は、光を受けて万華鏡のように輝いていた。その輝きはみるみる形を変えていく。
「あぁ、勿論。何度でも、見せてあげるからね」
僕はそう言って彼女の手を握った。痩せ細った、小さな彼女の手を。
了
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