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 千維とアルバート・ノイマンはホテルをチェックアウトした。

 部屋の入り口に張り巡らせた糸はライターで燃やした。

 千維の使用する糸は、可燃性だが周囲には燃え広がらない性質を持っており、跡形も残らない。

「意外な弱点だな」

 それを見たアルバート・ノイマンは言った。

 弱点を知られるのは後々不利になるだろうが、今は仕方ない。

 罠は糸を外せば作動しない仕組みになっているが、千維は手順どおり安全装置を掛けなおした。罠はメタリックな容姿の長方形型立方体で、天井を向いた面に丸い穴がいくつも開いている。千維は罠をバッグにしまいこんだ。

 千維とアルバート・ノイマンは連れ立って通りを歩く。

「襲撃が和睦の理由か?」

 千維は聞いた。

 組織でもない、魔族でもない、第三の勢力。組織にとっても魔族にとっても脅威ならば共闘しようというのも分かる。

「ご想像にお任せするよ」

「迎え撃つにはそいつらの情報が必要だ」

 それと襲撃されても迎え撃てる場所を探す必要がある。

「魔法使い」

「は?」

「有り体に言うなら、昔話に出てくるウィザードの原型、アジア州域の伝承にある仙人。そして同時に強靭なウォーリアーでもある」

「どういうこと?」

「『アーサー王と円卓の騎士』は知ってるか?」

「あんた、マニアだな」

 千維は溜息をつく。

「それは見たことがある……アニメだけど」

「その中にマーリンという魔法使いが出てくるだろう?」

「ああ、それが何か?」

「つまり、それだ」

「今回の襲撃者か?」

「ホモ=サピエンス=サピエンス=ハイ」

「ウルク=ハイみたいだな…」

 千維はつぶやいた。

「なんだ、君も結構好きなんじゃないか」

 アルバート・ノイマンは茶化した。

 ホモ=サピエンス=サピエンス。いわゆるヒト。我々のことだ。

 サピエンス・ハイ? ヒトの上位種?

 つまり、それは、何を意味するんだ?

「君が考えていることで合ってるよ」

 アルバート・ノイマンはうなずいた。読心術か?

「人類より新たに発生した種族のことだ。人と異なるのは人里とは隔絶された場所に住んでいることと、『元素』を使うことだ」

「『元素』ってのは?」

「物質をコントロールできるってことだ。時間がないからこの程度の説明しかできんが、例えば、物を燃焼させたり、凍らせたり、風を吹かせたり……」

「確かに魔法使いだな」

「ファンタジーRPGでいうところのエレメンタル・マジックに近いかもしれん」

 納得。

 千維の頭にもイメージが沸いた。

「それにしても、人里離れた所に住んでるくせにわざわざ人里へ降りてきてくださるということですか、ありがたや、ありがたや」

「そう、そこだ」

 アルバート・ノイマンは千維の冗談には付き合わない。

「サピエンス=ハイ……我々は『ウィズ』と呼んでいるが、彼らが何故、里へ降りてくるか?」

「何でだ?」

「奴らの社会に変革が起こった。古臭い旧人類どもを抹殺し、我々が覇権を握るべきだ。旧人類は地球レベルの環境汚染を引き起こし、モラルの低下・犯罪の激化を引き起こし、果ては核戦争を引き起こしている。これは旧人類に地球の盟主たる力がないからだ。我々が旧人類に成り代わりすべての種族を制御するべきだ。ウィズの多くがそう考え始めている」

「お説ごもっとも」

 千維は唇を少し歪めて見せた。

「要するに聡明なるウィズ様たちが、愚かな旧人類に正義の鉄槌を下してくださるってことだな」

「我々も奴らから襲撃を受けている」

 アルバート・ノイマンは冷静に言うが、その声色にはかすかな怒りが感じ取れた。

 誰彼、見境なしってことか。

 魔族は既に少数派でしかない。虐げられた者達を解放する聖戦って訳ではないようだ。殲滅しか頭にない狂信的な連中なのか。

「背景は分かったが、迎え撃つにはもっと詳しい個人レベルの情報が必要だ」

「今まで我々が遭遇したのは、三人」

 アルバート・ノイマンは語った。

「すなわち『ヒート・メタル』、『ザ・フォッグ』、『シャドウ』の三人だ」

「分かりやすいコードネームだな」

「こちらの被害は約100人、言っておくがすべて純粋種だ」

「……1人あたり30人か」

 千維は目を細める。

 既に数え切れない程の魔族を屠って来ているが、しかしその中に純粋魔族は数人しか含まれていない。

 理由は簡単。純粋種ほど平和主義で、無駄な争いはしないからだ。絶対数が少ないこともある。

 実際、千維が狩っているのは犯罪者が魔族化したケースがほとんどだ。

「……あ、ってことはあんたとの一戦は………」

「私が頼んだ。君の実力を見たくてね」

「ふん」

 千維は鼻を鳴らす。

「で?」

「うん。君の戦闘力には期待している。この調子でウィズとやり合って欲しい」

「どうも」

 千維は立ち止まる。

 この辺が良いか。

 今回のようにいつどこから攻めてくるかがはっきりしないと、アルバート・ノイマンの時のように糸を張り巡らせて絡めとってゆく戦法は使えない。千維にとってはあれがデフォルトなパターンなのだが、今回は別のパターンをとらざるを得ない。

「奴らの各自の能力はどういったものなんだ? 元素とかいったっけ?」

 千維は準備を整えながら聞いた。

「その前に、順序は逆になったが、ウィズの武器を説明しよう。奴らは元素を使う他に各自武器を持っている。風説では奴らは体内で金属を精錬して武器にするそうだ。その形状は様々。ある者は剣、ある者は槍、てな具合にな」

 千維はバッグから罠の説明書を取り出している。

 アルバート・ノイマンは続けた。

「まず『ヒート・メタル』だが、これは文字通り金属を熱する能力だ。襲撃から生き残った者の話では己の武器を熱して敵をぶった切るとか」

「繊細さに欠けるね」

 ほとんどの魔族は切っただけでは死なない。

 恐らく金属だけでなくその他の物体も熱することができるに違いない。反撃不能になるまでぶった切った後、肉体を燃やし尽くしたってところだろう。

「次、『ザ・フォッグ』。霧を発生させ、目視の効かない状態にして獲物を襲うようだ。殺害方法は不明だが、死体はみな鋭利な刃物で切られたようにバラバラにされていた。ちなみにコイツに出会って生き残った者はいない」

「じゃ、私たちが最初ってことだ」

 千維は自信たっぷりに言った。

 しかし根拠はない。

 アルバート・ノイマンは何も答えなかった。

「最後に『シャドウ』。こいつのことはよく分かっていない。生き残った者の話では、こいつと対峙した仲間はいつの間にか殺されていたそうだ」

「……」

「それからこの三人以外にも刺客は存在するだろう。そいつらが今回出てこないことを祈るよ」

「消極的だな」

「君達と違って、無益な争いは好まないからな」

「有益なら争いも辞さないって聞こえるぞ、それ」

「もちろんそのつもりだが、何か?」

「いや、その方が好感がもてる」

 千維はにやにやした笑いを向けた。


 準備は整った。

 千維はウィズたちを迎え撃つべく広場の中央に突っ立っている。

 彼女が選んだ場所は、繁華街にひっそりと存在する公園であった。

 アルバート・ノイマンの姿はない。

 千維はゆっくりと計画の内容、順序を反芻し、待ち続ける。

 ふと周囲の空気が変わった。

 漲る殺気が千維に向けて押し寄せてくる。姿は見えないがすぐ近くに潜んでいる。

 ふと空気が霞み、ひんやりした冷気が千維の肌を襲った。

 霧だった。

 瞬く間に濃霧が辺りを覆い、視界が閉ざされる。

「ふんぐるい、るるいえ、ふたぐん」

 千維はつぶやいた。

 彼女の両腕を介して、縦横に張り巡らされた糸という糸にエネルギーが行き渡る。

 霧が打ち消されて消滅した。

 千維の発する負のエネルギーが術を解除していた。

 代わりに敷地内に張り巡らせた糸の陣が相手に知られてしまったことになる。

 さあ、次のターンだ。

 千維はじっと相手の出方を待つ。

 がさっ。

 音がして、正面の入り口に人影が立つ。

 女だ。

 肩まで切りそろえた髪をピンクに染め、上は黒のタンクトップ、下は灰色ベースの市街迷彩のアーミーパンツ。

 身長は170センチ強。身長程もある長剣を手にしている。

 アジア系の顔立ちだが、スラリとした体躯のモデルといっても良いスタイルをしている。

「だから、こんなもんは、ぶった切っちまえばいいのさ!」

 何事か喚いて、女は剣を振りかぶった。

 フィーン。

 虫の羽音のような音がして、剣刃が発光する。

 熱気が千維のところまで伝わってきた。

 剣が振り下ろされ、熱気は炎に変わった。

 しゅばッ!

 一瞬の溜めの後、公園が火に包まれた。

 千維の使用する糸が焼けて消滅していた。

 糸の陣は消え去った。

「どんなもんだい」

 ピンク髪の女がせせら笑った。

「……」

 千維は動かない。

「恐怖ですくんでしまっているとしたら、がっかりだわね…」

「……」

 千維はやはり動かない。

 前方の地面をみつめ、まるで何かを待っているかのようでもある。

「ふん、さっさと片つけさせてもらうよ」

 ピンク髪の女は表情を引き締め、間を詰めた。

 殺す気だ。

 光と熱を発し、剣が翻る。

「ふ……」

 その時、かすかに千維が笑みを浮かべた。

 ひゅん。

 何かがピンク髪の女の頬をかすめた。

 ドス。地面に突き刺さる。

「……んあ?」

 どこか間の抜けた声を上げる、ピンク髪の女。

 しかし、次の瞬間、上空に目を移した、その表情が驚愕に凍りつく。

 ひゅん。

 ひゅん。ひゅん。

 ひゅん。ひゅん。ひゅん。

 ひゅん。ひゅん。ひゅん。ひゅん。

「……な??!!!!!」

 ピンク髪の女は、とっさに前屈みになり両手で頭を覆った。

 ごく自然な反射行動にして、ごく自然な防御行動だった。

 ドス、

 ドス、ドス、

 ドス、

 ドス、ドス、ドス、ドス、ドス、ドス、ドス、ドス、ドス、ドス、

 ドドドドドドドドドドド!!!

 雨あられと次々に襲い来る、それは矢であった。

 小さな矢が、頭上から一気に降り注いだのである。

 十数本がピンク髪の女の体に打ち付けられ、何本かが皮膚を刺し貫いた。

 矢の雨は一瞬の間をおいて止んだ。

「……ちょっとびっくりしたけど、でも、これだけなの?」

 ピンク髪の女は不敵に笑って見せた。

 刺さった矢を抜こうともしない。

「……あら、あなた、自分にも矢が刺さってるじゃない?」

「……」

 千維は答えず、じっと突っ立ったまま。

 ピンク髪の女が指摘するとおり、体の何箇所かに矢が突き刺さっていた。

「痛くないのかしらね、無痛人間? やだやだ旧人類ってのは、せいぜい精神論唱えてな、おっ死ね、おら!」

 ピンク髪の女は剣を振りかぶろうとした。

 瞬く間に剣刃が眩く光を放ち、熱気が千維の皮膚を打つはずであった。

「……あ……」

 しかし、ピンク髪の女は攻撃を中断した。

 気づいたのだ。

 己の体に纏わりつく何かに。

 極細の糸。

 それ以外の何者でもない。

 矢に結び付けられた糸には、枝分かれした短い糸がのび、その先端には小さな鈎針がついている。さながら釣り糸の仕掛けといったところか。

 それらがピンク髪の女の服や皮膚に絡みつき、鈎針が引っかかっており、それがさらには千維の体に突き刺さった矢につながっている。

「むぐるうなふ、ふたぐん、るるいえ、くとぅるぅ、ふたぐん!」

 千維の両腕から負のエネルギーが放出される。

「うりゃぁッ!」

 ピンク髪の女は渾身の力を振り絞り、剣を振るった。

 剣先が足元の地面を大きくえぐり、砂塵が周囲一面に舞った。

 灼熱の軌跡が龍のように翻ったかと思うと、必殺の一撃が千維の左胸目掛けて突き出される。

 千維は地面へ身を捨てて、これをやり過ごした。

 もとより正面から格闘するつもりなどない。常に虚を突き、常に安全圏へ避難していなければ戦闘力に天地ほどの開きのある連中とは渡り合えない。

 仰向けの状態で懐のナイフを抜き、前方へ向かって手裏剣のように打ち放つ。

 砂埃のせいで命中の如何は分からないが、牽制にはなるだろう。

 数秒の後、砂埃が収まってきた。

 視界が戻ってくる。

 千維が起き上がると、ピンク髪の女は数メートル前方にいた。

 ナイフは外れたらしい。もしくは弾かれたのかもしれない。あさっての方向に落ちている。

 女は片膝をついて剣を杖代わりにしている。額に玉のような汗を浮かべていた。

 腐食。

 ピンク髪の女は既に邪神の息吹に蝕まれた。

 通常の魔術とは形態が異なるこの力は、不治ではないが治癒は困難だ。

 ゆっくりと体を蝕んで行き、やがては肉体が腐れ果てる。

「……」

 千維は無言のまま、落ちたナイフを拾った。

 矢に結んでいた糸は先ほどの攻撃で切られ、燃やされたようである。必然、とどめを刺すには近寄るしかない。

 しかし、歩み寄ろうとする千維の前に大柄な体躯の男が現れた。

 ピンク髪の女と千維の間に入る。

 身長は約180センチ、筋肉の発達した体つきをしている。頭にバンダナを巻き、白のジャケットに無地のズボン。いかつい顔で、目は小さく、口はいわゆるへの字口である。

 眼光に刃のような気配が宿っている。

「う……」

 いきなり、千維の額に衝撃が走った。

 男は何もしていないように見える。

 パチンコ玉のようなものが地面に落ちる。

「指弾……」

 その一瞬を逃さず、男は間合いを詰めた。

「く…!」

 千維は苦し紛れにナイフを飛ばした。

 男はわずかに上体をずらしてかわす。

 正面衝突は避ける。それが狩りの鉄則だが、この時、千維はとっさに反応してしまった。

 男の攻撃に備えようと身構え、逆に四肢に激痛が走る。身体をいくつもの矢に貫かれているのだ。無事ではない。

「ぐ…」

 千維は呻いた。

 男はその一瞬を見逃さなかった。

 鞭のようにしなる蹴りが千維を襲う。

 千維は両腕でブロックしたが、男の蹴りの威力は予想以上に大きく、ブロックごと吹き飛ばされてしまった。

 よろめいたところへ、フック気味の正拳が飛ぶ。鎖骨を狙っている。

 千維が身を引いてかわすと、男は前蹴りを繰り出す。千維は避けきれず腹に食らってしまった。思わず両手で腹を押さえ、前のめりになる。

 当然、千維の顔ががら空きになる。

 男はそこへ狙い澄ました一撃を見舞えばよい。

 貫き手が叩き込まれた。

 喉を狙ったものだ。

 筋肉の隙間を縫って指先が喉にめり込む。

 千維は即座に転倒した。

 ……呼吸、呼吸ができない。

 仰向けに倒れたまま、千維の両手は宙をつかむ。

 ゴスッ。

 今度は眉間に鋭い衝撃。それは脳髄にまで到達していた。

 千維は動かなくなった。

 目の前が無に覆われた。


「いかんな、レディに対してそういう扱いは」

 声がして、男はぎょっと辺りを見回す。

 付近には仲間である『ザ・フォッグ』しか居ない。

 『ザ・フォッグ』は無口で通っていて、仲間内でも滅多に口を利かない。

 ……敵。何か仕掛けが残っているのか……。

 男は警戒し、辺りを見回す。

「どこを見ている、ここだ、ここ!」

 ぬー。

 と、姿を現したのは眼鏡の優男。

 男はそれが持つ幾多の称号を知っていた。

 『最高峰のヴァンパイア』、『竜の使者』、『死の天使』……呼び名は月並みなものだが、その力は計り知れない。

 男は通常の状態であれば先制攻撃をかけ制圧を試みたのだろうが、しかし今回に限っては不可能であった。

 男は目の前の驚くべき現象を目の当たりにして、唖然としていた。

 アルバート・ノイマンは千維の体が作り出す影の中から現れていた。

「化け物め…」

 男は身構えたまま罵った。

「んー、それは心外だな」

 アルバート・ノイマンはいたずらっぽく笑って見せる。

「君たちは元素を使う。私は自分の能力を使う。それだけのことさ」

「……」

「さあ、かかってきたまえ」

 アルバート・ノイマンは両手で『こいこい』というジェスチャーをする。

 男は動かない。

 様子を見ているのだろう。

「…では、こちらから行くぞ」

 その瞬間、男は脱兎のごとく逃げた。

 恥も外聞もなく、背を向けて走る。

「嫌われたもんだな…」

 アルバート・ノイマンが後を追おうとして気づいた。

 男の姿がどこにもないことに。

 ……穏行の術か?

 アルバート・ノイマンは周囲を見回すが、どこにも男の姿はない。

 こんな短時間で見晴らしの良い場所から逃げられるのか?

 訝しんでいる時、

 ひゅば。

 アルバート・ノイマンの顔の脇を何かが疾った。

 右腕が切り落とされる。

 ひゅばッ。

 再び、何かが空を切り、今度は左足が切り落とされた。

「……おう」

 アルバート・ノイマンはきょとんとしている。

「手足をもがれたのは先の大戦ぶりだ」

 ひゅば。

 ひゅば。

 ひゅば。

 空を切る音が立て続けに鳴り響き、アルバート・ノイマンの体がバラバラになって地面に落ちた。


 攻撃の主は、長髪を背中で束ねた男だった。

 ジーパンに半袖のシャツというラフな姿であった。

「やったか?」

 先のバンダナの男がどこからともなく現れる。

「まだだ」

 長髪の男が言った。

「魔族はこの程度では死なない」

「じゃあ、燃やすか」

 バンダナの男が懐から小瓶とジッポーを取り出した。

「酒もタバコも、こんな時ぐらいは役立つ」

 長髪の男は眉を少し動かしただけだった。

「さっさと片付けよう、結界の効果はあまり長く持たない」

「オーケー」

 バンダナの男は小瓶の中身をバラバラになったアルバート・ノイマンの部品へふりかけ、火のついたジッポーを落とす。

 ぼっ。

 すぐに火がついて、肉片群を焼き始める。

「ち、ち、ち」

 バラバラにされ、さらに火に焼かれてなお、アルバート・ノイマンはしゃべった。

「火のまわりが遅すぎだな、ちなみに君たちが今まで相手してきた未熟者どもならいざ知らず、私はこの程度では殺せんよ」

 ひゅば。

 長髪の男がアルバート・ノイマンの頭を切り刻んだ。

 アルバート・ノイマンの頭はさらに四つの部品に分かれて地面へ転がった。

「無駄だ」

 なおも声が響く。

 アルバート・ノイマンのちぎれた腕に口が生えていた。

「化け物め!」

『無駄だ』

 長髪の男はさらに切り刻んだが、声はやまない。

『私は切られても死なない』

『私は焼かれても死なない』

『私は砕かれても死なない』

『聖水をかけられても死なない』

『心臓に杭を打たれても死なない』

『口の中に聖餅を詰め込まれても死なない』

『私は死なないのだ』

 見るとバラバラになった各部品に無数の口が次々に生まれていた。

「な…」

「火を消させるな」

 長髪の男が言った。

 バンダナの男は小瓶の中身をぶちまけたが、すぐになくなってしまう。

「『力』を使え」

 バンダナの男は胸の前で印のようなものを組んだ。

 長髪の男も同じように印を組む。

 火力が増した。

『ほう、他の元素も扱えるのか、特定の元素しか扱えないわけではないのだな』

 アルバート・ノイマンは独り言のように言う。

『だが、いつまで持つかな?』

「だまれ!」

 バンダナの男が怒鳴る。

 その瞬間、火力がさらに勢いを増し、アルバート・ノイマンの部品を焼き尽くした。

 アルバート・ノイマンの体は灰になった。

「…やった」

「……」

 バンダナの男と長髪の男はうなずき会うが、

『そうそう、ひとつ言い忘れていたよ』

 アルバート・ノイマンの声は変わらず顕在だった。

『私は灰になっても死なない』

 灰の塊がさらさらとそよ風に吹かれるかのように動き出す。

 灰は少しずつ移動していき、すぐに渦巻きを作って、ある一点へと集中していく。

 灰はその一点で黒い影のような物質へ変わっていった。

 黒い、黒い、どす黒く真っ黒な存在。

 深淵を思わせるそれは、やがて霧のように腕を伸ばし、二人の男に向かってくる。

「なんだ、これは?」

「???」

 うろたえる二人を取り巻く黒い霧。

 霧の中から無数の腕が伸びる。

 死人のような真っ白い腕が二人を襲う。

 ひゅば。

 長髪の男がそれらを切り刻んだ。

 しかし、腕は再び黒い霧に戻るだけで、何の手ごたえもない。

『効かんな、もっと気の利いた攻撃はないのかね?』

「く…」

 黒い霧の中から、今度は無数の口が現れる。

 口の中には、無数の牙が並んでいる。

「せいッ」

 バンダナの男が叫んだ。

 どこから取り出したのか、巨大な金属の塊を手にしている。

 それは一昔前の漫画に出てくる十字手裏剣の形をしているが、その大きさが化け物級である。

 バンダナの男は黒い霧へ目掛けてそれを投げた。

 ブン。

 ドシャッ。

 肉をすりつぶすような音が響き、無数の牙を持つ口がめちゃくちゃに飛び散った。

 手裏剣の回転が風を起こし、黒い霧を散らした。

「今だ!」

 バンダナの男は叫んで走り出す。

 長髪の男は無言のまま、地べたにへたり込む『ヒート・メタル』を抱えた。

 バンダナの男は手裏剣を回収し、出口に向かって走り出していた。

 長髪の男も同じように出口へ向かって走る。

『まて』

 アルバート・ノイマンは叫ぶが、飛び散った黒い霧が元に戻るにはしばらくかかりそうだった。


 アルバート・ノイマンは元の姿に戻ると、千維の様子を確かめに行く。

 ひどいものだった。

 喉をつぶされ、眉間に棒状の小さな剣が刺さっている。

 もちろん息などない。

 アルバート・ノイマンは千維の額から剣を抜き去った。

 確か、ニンジャが使うシュリケンという飛び道具だったな。

 限りなくオールドスタイルである。

「伝統的スタイルには好感が持てるがな…」

 アルバート・ノイマンは千維の傍らにたたずむ。

「この程度で死ぬことは許さんぞ」

 返事はない。

 融和が完全でないのかもしれかなかった。

「死ぬな」

 アルバート・ノイマンは静かにではあるが、有無を言わせぬ力強さをもって言った。

「命令だ、死ぬな!」

 その時、千維の指先がかすかに動いたようだった。

 アルバート・ノイマンは肩の力を抜いた。

「感動のシーンってやつだわね」

 と。

 突如、背後で声がした。

 ささやくような声だが、芯が通っていて、なおかつ澄んでいた。

「遅かったな」

「約束の時間にはまだ少しある、そっちが早く終わり過ぎたのよ」

 声の主は腕の時計を見やる。

 赤毛をキチキチに詰めて逆立てるような三つ編みにし、赤いワンピース、片方ずつ模様の違うハイソックスを穿いている。

 意志の強そうな眉と瞳、薄ら笑いを浮かべた唇が印象的である。

 身長は165センチ程度か、痩せて見えるがしなやかな筋肉が見え隠れしていた。

「ということは君が早く着いたってことかい?」

「ご先祖様の遺言でね、予定の時間より5分前に行動しなさいって」

「ユニークなご先祖さまだな」

 アルバート・ノイマンは肩をすくめた。

「まあね、5分ぐらいはサービスにしてやるさ」

 赤毛はニヤニヤ笑いながら、アルバート・ノイマンの方へ歩み寄り、地面に倒れた千維を抱えあげた。

 180センチの千維を軽々と担いでいる。

「体に似合わず力持ちだな」

「家系でね」

 赤毛はさらりと言って、

「で、行き先は変更なしだわね?」

「もちろん」

 アルバート・ノイマンはうなずいた。

「では出発だ、我が古巣へ」


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