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短編・その他(ハイファン、童話、推理、詩、純文学、その他)

一時間話した男に全財産を貸した男の話

作者: 二角ゆう
掲載日:2026/03/18

数ある中はから作品を選んでいただきありがとうございます!

「俺の全財産を貸そう」

 男はそう言った。

 相手は一時間前に知り合ったばかりだった。



     *    *    *



「俺の全財産を貸そう」

「本当に!? 助かるよ」


 その数カ月後、貸したお金は泡となって消えた。


 まぁ、よくある話だ。

 新しい事業で失敗して貸したお金は返ってこなかったということ。


 兄のシュウバは頭を床にこすりつけて謝った。


 キンダはそれでも笑顔のまま『大丈夫』、と返す。それはキンダの口癖だった。


 それを聞いたシュウバは床から少し顔を浮かせたまま、唇を強く噛み、決意した。

 何かあればキンダの一番の味方になろう、と。


 シュウバはその後、もう一度よく見直して、事業の立て直しに努めた。時間は掛かったが、借りた金額よりも大きく利益を出した。

 シュウバはようやくお金を集めるとキンダに借りたお金を返した。


 キンダは借りた金額以上を求めなかったが、シュウバは無理やり渡した。

「俺の気持ちだ」と言ったお金をキンダはそっと受け取った。彼の顔からは表情は読み取れなかった。



 なぜキンダは人にお金を貸すのだろうか?



 彼の周りにはお金を借りに来る人が多かった。その中にはお金が借りれると聞いてきた人も多かった。


 金額はマチマチだが必ず貸した。

 もちろん貸したお金は返ってこないこともあった。


 仲の良い友だちが店を始めたい。

 学友がどうしてもほしい防具がある。

 一時間話した男に入り用がある。


「もちろん一時間話した男に貸したのは少しの額だろう?」

「いや、全財産だ」


 大きな音がバーに響く。

 周りにいた少ないお客様は振り向いたが、すぐに自分たちの話へ戻っていった。


「えっ全財産を貸した!?」

 シュウバはバーのカウンターを強く叩き、立ち上がってキンダを詰問しそうになるほどの歪めた顔を近づけた。


 キンダの表情は変わらない。


 シュウバは口を空けたまま辺りを見渡して言葉を探した。


「⋯⋯」

 言葉は見つからなかった。


「シュウバ、大丈夫だ」


 キンダの声は穏やかだった。シュウバは目を見開きキンダを睨んだ。

 キンダはゆっくりと目の前のグラスを持ち上げウィスキーロックをちびりと飲んだ。


 キンダが貸したのはアインという男。

 なんでも山の採掘を計画しているようだった。


 その数カ月後、その話の雲行きが怪しくなった。事業はそもそも行えないのかもしれない。もしかすると最初から嘘だったとの風の噂。


 それを聞いたシュウバは怒りに顔を熱くしたまま、キンダを探す。


 いつかのバーで穏やかにウイスキーロックを口へと運んでいる。


「キンダ、話を聞け。お前は騙されているんだ。大丈夫なんかじゃなかったぞ!」

「大丈夫だよ」


 キンダの様子にシュウバは自分の中で何かが爆発したように真っ白になった。


 キンダの胸ぐらを掴んだ感触で、意識が目の前に戻ってきた。


 ひんやりとした空気がシュウバの肺に入り込んでくる。キンダは動揺していない。

 至って普通だった。


「金は返ってこないぞ」

「いいんだ」

「キンダ!」


 子どものように騒ぐシュウバは打つ手がなかった。


 荒く肩で息をするシュウバは悔しそうに店を離れた。乱暴に開けた扉は大きな音を立てた。


 キンダはしばらく扉を見ていたが、グラスに目を落とした。



     *    *    *



 少しして、キンダの後ろに誰かが立っていた。


「隣に座っても?」


 キンダは声のする方へ向き直ると、

 上品なスーツに整った短い髪の大柄な男を見つけた。


「えぇ」

「少し話が漏れ聞こえてしまいましてね。もしよろしければ彼の話を聞かせてもらってもよろしいですか?」


 キンダはその男をじっと見たあと、そっと口を開いた。


 キンダがアインと会ったのも、このようなバーの一角だった。

 話し相手が欲しいと言ったアインにキンダは話を付き合った。

 それから世間話を何度か交わした後、彼は話を切り出したという。


 アインの話にキンダは耳を傾けた。

 そして、山の採掘事業の話が出たのだ。

 その内容を聞いたが、資金が足りないという。キンダは賛同して全財産を貸す流れとなった。


 ひと通り聞いた後、その男は首を傾げた。


「山の近くにある川からは何か出ているのですか? ほら、例えば砂金や宝石の欠片、鉱物など」

「いえ、特には。赤褐色の川があるだけです。そして周りに草が生えなくなったそうです」


 その男はバーカウンターを見つめた。


 鉱山である場合、周りになにかの兆候があるものだ。その兆しもなく、しかも土地が荒れ始めたというのだ。


 男は腕を組んで、吐息を漏らす。

 その間もキンダの様子は変わることなくグラスを口に運んでいる。


「なぜ貴方は⋯⋯いや、決め手は何だったのですか?」

「私にはこれっぽっちもよさはありません。でも、人を見る目だけはあるのですよ。

 人は失敗します。

ですが、本気で決めた覚悟に失敗はありません。

私はそれを、何度も見てきました」


 エドガルドは口を開けたがすぐに閉じて下を向いた。


「もしお金が返ってこなかったら⋯⋯どうしますか?」

「⋯⋯どうもしませんよ。お金は渡した時点で達成されたのです。お金が返ってきても来なくても一生の友が出来るだけです」


 そしてキンダを食い入るようにエドガルドは見つめた。



    *    *    *



 後日──。

 キンダとアインは予想もしないところへ連れてこられた。


 平民の町には似つかわしくない豪華な装飾を施した馬車に乗せられたかと思えば、外壁が遠くまで続く入り口の門を通る。

 馬車が通ってもまだ余裕のある道の真ん中には池があり、噴水が飛沫を上げている。


 その後、広まった突き当たりに大きな玄関の扉──まさに屋敷の入り口に相応しい風格だった。


 眩いほど四方に煌めくシャンデリアを眺めながら、大理石の滑らかな床が広がる玄関を通り、応接間へと辿り着いた。


 皺一つない漆黒のスーツを着る執事が扉の前でこう告げた。


「部屋の中には次期公爵であるエドガルド・ヴァルンハルト様がいらっしゃいます。『緊張せずともよい』と伺っております」


 執事は扉をノックして入室する。

 乱れのない完璧な角度でお辞儀をした。


 その先にバーで会った男がいた。

 優雅に力を抜きソファに身を預けている。


 キンダとアインは肩を上げながら不自然な動きで近づくのを柔らかい表情で眺めるエドガルド。


「驚かせてすまない、キンダ、アイン」


 その声に操られるかのようにぴょんと跳ねてお辞儀をしたアイン。

 反応こそはあまりないが固いお辞儀をするキンダ。


「アイン、君がやりたいと言った事業のきっかけを話してくれないか」


 三呼吸ほどの沈黙をアインの声が破った。


「⋯⋯妹が倒れたのです」

 それはキンダも初めて聞く話だった。


 少ない持ち金で町医者を呼んだが原因は分からなかった。そしてしばらくして、アイン自身も関節に違和感を覚えるようになった。周囲の草は枯れ始め、川は赤く濁っていた。


 何かある。


 そう思ったアインは領主に掛け合った。

 領主は理解を示し、書庫を開放してくれた。


 だが地方会議では実害が確認されていないとして取り合ってもらえなかった。


「驚いた。この事業計画は独学だったんだね」

「はい⋯⋯学がないもので⋯⋯」



 エドガルドは手に持ったものを机に置くと何かの書類だった。


「実はアインのいうアイゼン山とその周りを流れるフェリス川一帯を調べてみたんだ」


 山の土や川の水を調べさせた。

 周囲の草が枯れているのも確認した。


 この時代には厳密に調べる研究機関はない。


「魔塔で研究すれば、有害物質の利用や防ぐ方法も見つかるかもしれない」


 キンダとアインは難しい顔をしながらエドガルドの言葉を待っていた。


「よく聞くんだ、あの山は宝の山だよ」


 動植物や昆虫、水生生物などの調査は進んでいたが、あまり鉱物の取れないアルディナ王国では、有害物質を含む鉱物も貴重だとエドガルドは説明した。


 そこまで説明が終わると、エドガルドはアインの方へ向き直った。


「光魔法と闇魔法に理解が深い呪術者と医者に貴方の妹君を診てもらう。救う手立てはなにかあるはずだ」


 アインはその言葉にソファから飛び退くと頭を大きく下げた。


「ありがとうございます! 何といってよいやら⋯⋯本当に⋯⋯感謝でいっぱいです⋯⋯」


 手で胸を押さえながら声を絞り出したアイン。

 目を潤ませながらキンダはいつもの穏やかな顔でその様子を眺めていた。


 その後、アインと帰宅しようとドアの方へ足を向けたところ、エドガルドに呼び止められた。


 エドガルドはアイゼン山周辺の調査の際、もう一つ調べていた。


 それはキンダが他の誰にお金を貸しているかということ。


 理由をつけて多額の金額を貸した人物に会ってみた。

 その人物は五人。

 どれも一癖も二癖もある人間ばかりだった。


 キンダの兄のシュウバ、アインとあと三人。


 三人のうち一人は次期伯爵となった。

 もう一人は裏の世界で注目されている。噂では、ある一人だけに絶大な信頼を置くという。

 そしてもう一人は⋯⋯。


 そのことをエドガルドは執事のロッドに伝えると「キンダ様は人を見る目がお有りなんですね」と感心していた。

 エドガルドは賛同の意を表した。

「私の意も伝わるといいが」と零しながら、キンダに渡した自分の信頼する人たちのリストを出したのだ。


 エドガルドはキンダを十分に信頼に足る人物だと側近へ伝えていた。今日、ここまで来る間にキンダが感じた視線はそれだった。


「キンダ、これを見る気はあるかい?」


 キンダがその紙を覗くと、ヴァルンハルト公爵家の使用人リストだった。それにエドガルド本人の側近まで書かれている。

 この書類がどれほどの価値か平民のキンダでさえ計り知れないものだとひと目で分かった。


 キンダは紙から目を離し、エドガルドの瞳を覗く。


「エドガルド様は私を信用なさると仰るのですか?」

「ははっ、まさにそういうことだ」


 その言葉にエドガルドは顔を緩めて口元に手を添えた。

 キンダは紙に書いてある一人の男の名を指差した。


「この男、元平民なのはご存知でしょうか?」

「あぁ、借金だらけだった。この者は人を信じすぎる」


 エドガルドが見たキンダの多額の貸し付けリストに載っていた人物。そして現在の彼の側近の一人だ。


「えぇ、私が知る限りでも借金がなかったことがない。懐かしい、私の大切な友です」

「学園へ行かせたら学年で一番の成績だったよ。今は伯爵家の養子になっている」

「それはよかった⋯⋯」



「キンダ、私にいくらまで金を貸せるか?」

「全財産です。

 まぁ、エドガルド様にとっては少しばかりの金額ですが」

「それで十分だ」


 エドガルドはキンダと固い握手を交わした。


 それからまもなくエドガルドは、キンダを側近へと引き入れた。


 数年後、採掘開始されたアイゼン山からは鉄鉱石が出た。

 輸入の高価な鉄鉱石に頼るしかなかったヴァルネリア王国で初めて鉄鉱石が採れた。


 ここから採掘法と製鉄法の改善がみるみると進み、ヴァルンハルト公爵家は益々繁栄していった。


 後にヴァルンハルト公爵となったエドガルドの隣には常にキンダの姿があった。


 キンダが選んだ人物はそれぞれに大成し、その時代を作っていった。


 一時間話した男に全財産を貸した男は、

今日もまた誰かの未来へと金を渡していた。


 そしてその誰かが、また別の誰かの未来を変えていく。

お読みいただきありがとうございました!

少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。

誤字脱字等ありましたら、ぜひご連絡お願いします!

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― 新着の感想 ―
わァ…… 貸しすぎ! と思ったけれど、人を見る目があるという自負があるならいいのかな? いやでも、もし極悪人が……でも、それは…… といろいろ考えされられました。ありがとうございましたm(_ _)m…
いつもながらクオリティの高いストーリーでした。 お金の貸し借りは駄目って言う人多いですが、私は助け合いは必要だと思います。 ゜+(人・∀・*)+。♪ ちなみに私も全財産貸しますよ。全財産2000円くら…
「一生の友が出来るだけ」と言い切れるのは凄い! (・∀・) 私だったら取っ組み合いの末に「金返せ!」と言いそうですよ。 (´ε`)
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