飲み込まれるあたしの日常。
公爵令嬢スザンナ・ハルモント。
その私が、膝上15センチの布切れを履いている……。
ーーーーーーーーー
ざわめきが遠のく。
机に伏せた頬がひやりと冷たい。
まぶたが重い……。
いつの間にか景色が変わっていたーー。
「頭を冷やすにはちょうどよろしいでしょう?」
白い豪華な扇子で口元を隠しながら笑う。
その手から滑り落ちた銀の水差しが、からんと音を立てた。
赤を基調とした豪奢なドレスが、濡れた石畳に影を落とす。
目の前にいる少女は、頭から水をかぶっているのに何も言わず、ただ俯いている。
びしょ濡れになった素朴なドレスの裾は、擦り切れ装飾もほとんどない。
目の前の彼女に駆け寄りたいのに、手も足も動かせない。
唇が勝手に笑う。こんな笑い方、知らない。
…これはあたし?
それとも――夢?
ーーーーーーーーー
ーーー「お~い、紗菜〜!!!」
突然聞こえてきた声にガバッと顔をあげる。
「やーっと起きた。もうお昼なんですけど〜」
羅美ちゃんがだるそうにあたしの机に頬杖をついている。
手のひらを見つめる。
……ほんの一瞬、知らない指の感触が残っていた気がした。
「ねーえー。お腹空いたんですけど〜」
ぼんやり手を見つめていたあたしに言葉を続ける羅美ちゃん。
慌てて羅美ちゃん越しに黒板を見るとすでに日直が黒板を消し始めていて、そのまま右を見ると上の方にかかった時計が12時半より少し前を指している。
羅美ちゃんに視線を戻すとムスッとした顔をしていた。
「ごめーん!いつの間にか寝ちゃってたみたい、あとでノート写さして〜!!」
ウインクをするように片目を閉じながら顔の前で手を合わせるあたしを見て、「じゃあ焼きそばパンね」と意地悪く笑う。食に貪欲なところは平常運転だ。
購買で約束の焼きそばパンを買ったあと、いつもの中庭に向かう。
そこは常に賑わっている。全校生徒誰でも使えるし、今日みたいに天気のいい日は特に人気で、席取り合戦になる。
ジリジリと焼けるような日差しで、夏の暑さを肌で感じる。
だけどあたしたちは問題ない、だってあいつがいるはず。
キョロキョロと少し見回すと、ふわふわの髪が日陰のベンチに見える。
「あ、いたいた。尊〜。」
手を振りながら声をかけると、下を向きスマホいじっていた顔を上げ、カッコつけるように右手を軽く上げて「おう、早く来いよ」って呼んでるこいつは幼馴染。
最近パーマを当てた尊は、それに合わせるように喋り方や仕草までカッコつけだした。
ハナタレ時代から知ってるから、今さら色気づいてる姿見てると笑える。
「それにしてもさ〜、紗菜が授業中に寝るなんて珍しいよね〜。成績悪いけど授業態度は悪くないのにね〜。」
お弁当を食べ終えた羅美ちゃんは、焼きそばパンをもぐもぐと食べながら意地悪をいう。
でも、確かにそう。ノートはちゃんと取る派だし、夜ふかししてゲームしたとき以外は居眠りしない。昨日はちゃんと寝たはずなのに、なんで寝ちゃったんだろ。
さっきの夢…もうおぼろげになってきててはっきりと思い出せないけど、あの光景見た事ある気がするんだよね…。ぼーっと考えていると、
「まーたどうせ、乙女ゲームとかいうのやってて徹夜でもしたんじゃねぇのー?」
憎たらしい顔であたしをおちょくってくる。
尊には何でも話すからあたしの最近の好きな物とか全部知ってる。
こないだまで夜更かししてやってましたよ、乙女ゲーム。
メインヒーローのアレク様がものすっごく刺さって、憎たらしい顔をしてるそいつに延々語りまくってた。
「アレク様のルートは全部クリアしたからもう夜ふかししてないって。よく知ってんでしょーが。」
全スチル回収なんて当たり前。そのために何日の夜を使ったかわからない。全クリ後に尊にどれだけ語ったか。そんな趣味全開の話をしても、嫌な顔せずに聞いてくれるからなんやかんやいい奴。
羅美ちゃんは現実にイケメン彼氏がいるからか乙女ゲームには興味がない。
アレク様の良さは顔だけじゃないのに全く聞く耳持ってくれないの。
アレク様はいつも笑顔でTHE王子さまって感じがたまらないのよね~。
幼い頃から王太子としての教育を受けて来たのに、心を病むことなく、むしろ国の為にとか民の為にって常に考えてる優しい人なの。伴侶にもそれを求めちゃうところはちょっと自己中かなとも思ってたけど――
気付くとチャイムがお昼休みの終わりを告げる。
いつの間にか声に出していた推し愛を尊は聞いてくれてて、
「はいはい、愛しのアレク様の話はまた聞いてやるから。じゃあ、放課後な。」と自分の教室に戻っていった。
ーーーーーーーーー
キーンコーンカーンコーン。
午後の授業とホームルームも終わると
「紗菜〜、かーえろ。」そう言いながら立ち上がる羅美ちゃん。
前の席の羅美ちゃんがあたしの方へ振り向いた時に、ミルクティベージュの綺麗な髪がふわっとなびく。
少し巻いてるのか、ウェーブがかかってて胸のあたりまであるその髪があたしはすごく好き。
「ん~?どしたの」
羅美ちゃんに見惚れていると不思議そうにあたしの顔を覗き込んでくる。
たくさん食べるし身長高いのに、あたしより細い。
この暑い季節でもグレーの薄手ニットベストは常に着てて、リボン着用が指定だけどつけないところが羅美ちゃんらしさがあって好き。
羅美ちゃんは高校からの友達だけど、羅美ちゃんといると落ち着くしもっと昔から友達だったんじゃないかと錯覚する。
にへにへしながら羅美ちゃんのことを考えていたら
「置いてくよ~。」と当の本人は先に歩き始めていた。
羅美ちゃんは早く帰っておやつが食べたいからと足早に下駄箱へ向かう。
下駄箱では先に尊が待っていた。
「おう、おっせーぞ。」
またかっこつけて右手を軽く上げるだけの尊を横目に靴を履き替え、駅に向かった。
羅美ちゃんは反対方面だから途中で別れて、話に夢中になってたらいつの間にか家の前。
通り道じゃないのに家まで送ってくれるところもカッコつけてる。
家に入るとリビングでお母さんが呼んでる。
「紗菜、明日の夜ご飯はどうする?お友達とお祝いしてくる?」
そうだった。明日であたしは17歳になる。
ーーただの誕生日のはずだった。
夜ご飯は家で食べるよ、ありがとう。と伝えて部屋に向かう。
部屋のドアに手をかけると、ちょうど弟が自分の部屋から出てきたのを見て思わず駆け寄り頭を撫でまわす。
「ちょっと進〜!!なーんでそんな顔して見てくるの〜」
限界まで口角を下げているであろう顔。
進は3歳下の弟。昔と変わらず赤ちゃんの様な可愛がり方をするのが嫌みたいで、最近はちょっと嫌われ気味。
嫌がられても動じないあたし。
はぁ。とため息が聞こえ、軽い力で撫でていた手を払われる。
「姉ちゃんしつこい。」それでも姉ちゃんと変わらず呼んでくれるところが愛おしいんだよね~。
あたしとは反対に1階へ向かう進の背中を見た後、部屋に入る。
ふぁああ…。
部屋に戻るとあくびが出る。
なんか今日やたら眠いなぁ…。体も重いし、熱い…。
夏バテとはどこか違う気がする。
制服から涼しめのラフな部屋着に着替えていると、どくどくと早く心臓が脈を打つのを感じ、手足の感覚がぼんやりしてきた。
グラッと視界が揺れたあと、ふかふかの感触を肌で感じる。あたしはベッドに倒れこんでた。
ーーーーーーーーー
……な……ずな
…すずな……すずなっ……
…お母さんの心配そうな声が遠くで聞こえる…。
天井のライトが眩しく光って視界が白い光で覆われた。まるで真っ白な世界にあたしだけみたい…。
……す……な
……すず……な
……す……ざ……な
スザンナ……
…違う……。それは…あたしの名前じゃないよ…。
さっきまで聞こえてたお母さんの声が違う言葉に聞こえてくる。
はぁ…、はぁ…。はぁ……。
…熱い…苦しい…体中痛い……。
朦朧とする意識の中、最後に聞こえた名前がこだまする。
スザンナ…スザンナ…。
なんでだろう、胸が痛くて涙が止まらない………。
ーーーーーーーーー
ーーー白い世界の中、ピカッと強い光が見えた。吸い込まれるように光を辿ると…
処刑台に立たされ、膝が凍りつくほど冷たい石を踏む。
群衆はざわめき「早くやっちまえ」と、石を飛ぶ。
血が、涙のように頬を伝ったーー。
確かにあたしを見てるのに、
まるで“存在しないもの”を見るような、感情のない目。
その視線に、胸が潰れそうになる。
…そうだ、あの目で見下ろしてるのは……殿下。
殿下の隣に立つあの女の指先が、視界に焼き付いて離れなかった。
だから——あの女に、水をかけた。
……水…あの夢のこと…?………夢…?そう、学校で見た…夢…。
霧が晴れるみたいに、記憶が繋がる。
…断罪されるのは…あたしじゃない。
……スザンナ。
頭の中でこだましてた名前をはっきりと思い浮かべた時、激しく胸がドクンっと鼓動した。
「……なぜなのですか?こんなにも…こんなにも殿下を愛しているというのに…なぜそのような下賤な女性を守るのですか…なぜ…なぜ貴方様はそのような目をされるのですか……そこにいるべきは…殿下の隣にいるべきなのはーーー」
喉は動いてないはずなのに必死に叫んでいた。
……夢を見ているの…?それとも……
あた…しは………あ…たし…は…
はじめまして。読んでくださりありがとうございます。
加筆、修正する事が多々あります。
ぜひ何度も1話から読んでもらえると嬉しいです。
感想も指摘もどしどしお待ちしてます!
初めての作品づくりのため、至らないところが多いですが
没入してしまうような物語に出来たらと思ってます。
宜しくお願いします!




